ファイターズからロサンゼルス・エンゼルスに移籍した大谷翔平の活躍がめざましい。いきなり三試合連続ホームラン、さらには二勝(一つは七回までほぼパーフェクト)、打率も四割近くでエンジェルスを一人で引っ張っている感すらある。日本のメディアは「アメリカ中を震撼させるスーパースターの誕生」「Otani-San」「Sho Time(「翔」と”Show”のもじり)」といったアメリカメディアの大谷フィーバーを取り上げている。
しかし、このアメリカでの人気、本当なの?そこで、地元の人間に訊いてみた。
結論から先に言ってしまえば全体的にはウソ、限定的には本当だ。
まずウソから考えてみよう。こうした「人気沸騰」という現状を日本のマスメディアは、アメリカのでの野球人気を無根拠に日本のそれと同じとみなしてところにある。つまり全国的に人気がある(最近は凋落気味ではあるが)。ところがアメリカでは野球は、もはやそんなに人気の高いものではない。アメリカ人にとって一番人気はもちろんアメフト、二番目は大学のアメフト、三番目はバスケット。野球はグッと下がってその次の次くらいといったところだろう。だから、一般には大谷のことはほとんど知られていない。アメリカは多民族国家でそれぞれの嗜好も多様だ。そして人口も3億2000万強で日本の2.5倍。しかも国家もだだっ広い(カリフォルニア州だけでも日本より大きい)。だから、日本人みたいに国民一丸となってスポーツを楽しむというのはほとんどない(スーパーボウルを除いては。これもハロウィーンやクリスマスみたいな“年中行事”的な位置づけだけれど)。もちろん、オリンピックにしてもさしたる関心を持っていない。「開催されはじめれば、まあ見る。アメリカの選手限定」といった程度だ(例外は1994年リレハンメルオリンピックの女子フィギュアくらい。これはスキャンダルだったから)。
そうはいっても州単位ではJリーグみたいにご当地チーム的な人気があるんじゃないのか?つまり地域おこしの道具になっている。残念ながらこれもまた違う。たとえばドジャースであっても、それに関心のない南カリフォルニアンにはどうでもいい存在だ。より限定的な話をすると、先の平昌オリンピック・スノーボード女子ハーフパイプで活躍した韓国系アメリカ人クロエ・キムはロサンゼルス南の都市トーランス(人口13万、韓国人と日本人の割合がそれぞれ一割程度)出身だが、彼女が金メダルを獲得してもトーランスで記念式典やパレードが催されることはなかった(日本は必ず開催する)。
さて大谷である。ロサンゼルス・エンゼルス所属だが、ホームグランドはロサンゼルスから高速で南に40分ほど下ったアナハイム(ディズニーランドで有名)にある(正式名は”ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)。大谷が暮らすアパートはさらに南のアーバインだが、どちらでも大谷フィーバーが起きているといることはないらしい。つまり、扱いはクロエ・キムと同じなのだ。というか、これがアメリカ人の関心の持ち方なのだ。まずは個人主義。
しかし、日本では、大谷は「アメリカ中を震撼させている」ことになっている。そして、それを傍証する報道やスタジアムでの熱狂が伝えられている。いったい、これはどうしたことか。
その答えが「限定的には本当」ということになる。南カリフォルニアンで野球好き、かつエンジェルスファンの間では大谷は大人気なのだ(ちなみにこのエリアはトヨタ、本田、エプソン、ヤマハ、三菱など、日本企業のアメリカ本社が多数存在し、当然日本人もそのファンの一部構成している)。僕がトーランスに暮らしていた時は、たとえば和食店では「マエケンが勝ったら天丼半額」みたいなことをやっていた。
日本では、こうしたアメリカでの「一部の限定的な熱狂」を取り上げ、これをキー局や大手新聞・雑誌などのマスメディアが取り上げることで、大谷はあたかも「アメリカ中を震撼させるスーパースター」であるかのように仕立てられている。確かに映像や記事は存在するのだが、これを大仰に報道しているわけだ。このような「メディアが事実を作り上げること」をメディア論ではメディアイベントと呼んでいるが、ここで行われている報道は、まさにこれに該当する。ということは、大谷がこ10勝以上をあげ、3割、ホームラン10本以上を打ってベーブルースの記録を抜いたとしても、それに興奮=震撼するのは3億人の内の野球好き、しかも南カリフォルニアンの一部だけということになる。
まあ、日本人としてはこれを楽しめばよいわけで、それはそれでよいかな?という気もする。ちなみに、アメリカで本当にスゴい日本は日本食とポケモンだ。この二つは明らかに「アメリカ中を震撼させている」。ただし、前者は都市部に顕著であることも加えておかなければならないけれど(ド田舎へ行ったら寿司すらなくなる)。ということは本当にスゴいのはピカチュウってことになるのだろうか?これは本当に、スゴい!知らない人間がいない(これにマリオを加えてももちろんオッケー)。
大谷の存在は現状では、そして未来においてもアメリカでは絶対にピカチュウにはかなわない。ポケモンより知名度が落ちるセーラームーンやワンピース、NARUTOよりもはるかに下。これが正しい認識の仕方だろう。
でも、やっぱり大谷の活躍はワクワクする。せっかくだからこのメディアイベントに乗っかってしまおうか?