宮崎の魚は旨くない?
僕は宮崎に暮らし始めて十年になる。十年前、宮崎に住み始めたとき、びっくりしたこと。それは、「魚が美味しくない」ということだった。真ん前が海、海産物は全国的にも知られているはずなのに、美味しい魚にありつけないのだ。僕の生まれは静岡県島田。ここはすぐ隣が焼津で新鮮な魚、しかもマグロの水揚げ漁港であり、おかげでマグロの赤身の美味しいところを、それこそ本当に安い値段で手に入れることが出来た。近所のおじいさんの中には、晩ご飯には必ずマグロという、さながらマグロ=タクアン状態の人もいた。とにかく魚は新鮮で安かったのだ。また高校時代は金沢にいたのだが、ここでも安くて美味しい寿司屋とか、格安の甘エビなんてのが手に入った。つまり漁港があって水産が盛んなところの近くに住めば、当然美味しい魚にありつけるはずと思っていたのだが……宮崎だけは違ったのだ。これには本当に驚いた。また魚屋がとっても少ないことにも驚いた。だから、結局魚はスーパーに行ってビニールパックに包まれたモノを買うみたいなことになっていた。当然、こういった魚にはあまり期待は出来ない。お陰で日本酒党だった僕が、滅多に日本酒を飲むことはなくなった。要するに酒の肴である魚がなかったためである(で、代わりに焼酎を飲むようになったのだが)。
港の魚は旨かった
ところが、ちょっとドライブに出かけ油津などの港の食堂に入って魚料理をいただくと……これが美味しくて、しかも安い。「いったいこれはどうなっているんだ。宮崎からほんの一時間ほどの至近なところで、突然こんなに美味しくなるなんて。これをもってくればいいだけの話なのでは?」思わずそうつぶやかざるを得なかった。美味しいモノは宮崎には残らない
そこで、この現状を私の大学の専門の先生に伺って見ると、こうなる理由は、宮崎でとれる美味しいモノはすべからく築地に行ってしまう。そして残り物が宮崎県民の下に残るからだと言われた。要するに美味しいモノは高値で売買が可能なので、東京の料亭に行ってしまうというわけだ。また、魚の流通に関する体質が古く、昔ながらの卸、仲買というルートのなかで、結局鮮度も何もなくなっていくような状況があるらしい。
県民総力戦のために
さて、東国原知事が県民総力戦を掲げていることは皆さんご存じだろう。当然、海産物もまた県民総力戦で県外に知らしめるべき。ところが、宮崎県民はずっとこんな状況に置かれているわけで、ひょっとした宮崎の人たちの多くが宮崎の海産物のすばらしさを知らないのではないか。つまり魚はパックで売っているモノと思ってしまっているのではないか。そうであるとするならば、その良さを知らない県民が、県外の人に魚のことを宣伝できるはずはない。これでは県民総力戦になろうハズもないだろう。そこで「敵を欺くには味方から」ではないが、宮崎の海産物のすばらしさを知らしめるために、先ず宮崎の人が手軽にこのすばらしさを楽しめるような環境を用意することが必要ではないだろうか。具体的には、こういった海産物の流通の側面、古き構造的な体質を抜本的に改めること。要は、どう工夫して、あるものを庶民の手に届けるかという問題だ。
最後に一言、申し上げたい。これは僕個人の切なる願いなのだが……「とにかく、宮崎のウマイ魚を食べさせてくれ」。そして、これは県民の皆さん全体の願いでもあると思うのだが、いかがだろうか?