前回のスマホによる板書撮影の是非に続き、今回は授業へのスマホ持ち込み、及び授業内での使用の是非について考えてみたい。
先ず、講義でのスマホ使用について
講義中にスマホをいじることを禁じている教員がいる。つまり「私が講義をやっているのに、スマホをいじって内職をやっているなど、けしからん」といったところだろうか(笑)。実際、授業中スマホをいじる学生が見られるのは、教員の間ではもはや日常的な風景。SNS、ネットブラウズ、ゲームなんてことやっているわけなんだけど。これに業を煮やし、受講生のスマホを取り上げた教員もあったとか。
スマホを講義中に使い始める理由
しかし、どうなんだろう……
講義中、スマホをいじって内職するのは教員、受講生双方に原因があるだろう。
先ず教員側。思いっきりつまらない授業、あるいはわけのわからない授業、あるいは聞き取れない授業を展開し、これに学生側が愛想を尽かし、でもそれでは手持ち無沙汰なので、とりあえずスマホをいじるなんてことが考えられる。でも、これって、授業に全く配慮のない教員(やっつけで授業をやっているような教員)の場合、実はWINーWIN関係が成立する。学生側の利益は先ほど説明済みだが、教員側の場合でも「講義が静かになる」というメリットがあるのだ。スマホいじりは授業では原則単独でやっている。その際、私語がなくなるからだ(もっとも、隣通しでYouTubeをブラウズし、笑ったり語り合ったりするという辣腕学生も存在するが)。講義は静寂さを保ちながら進行していく(「なんだかな~」とういう状況でもあるけれど)。結果として「講義」という「形式」が成立する……。
また、学生の側に、そもそも講義をまともに聞く意志がなければ、当然、スマホに指先が向かうだろう。まともに聞く意志がないのは忍耐力が無い、そもそも授業に全く関心が無い、出席をとるのでとりあえずいるなどなど、まあいろいろ理由があるのだろうけれど。
中には、こんな事例もあるという。
真面目な学生。だが教員が講義で説明した単語の意味がわからない。そこで、それを調べようとスマホをいじった。その行為を教員が気づき、これを「内職」と捉えて退出を命じた。もちろん単位取得資格も剥奪。「誤解を招く行為」ということなんだろうが。この時、教員ははじめから講義中のスマホ使用禁止を宣言していたわけではなかった。本人は積極的に学ぼうとしていただけなわけで、う~ん、これは可哀想。
講義中に使っていても、実は誰にも迷惑がかからない……神経質な教員以外は
僕は講義中スマホをいじっていても原則、構わないという方針で講義を進めている。それは、前述したどれかに原因が該当すると考えるからだ。つまり、こっちの授業がダメか、学生がダメ(あるいは両方)。前者の場合であるならば僕の責任なので、これはそうならないように工夫をしろという受講生からのメタメッセージと受け取ることにしている。ちなみにスマホを講義中にいじることに僕がさして頓着しない理由は二つ。一つはこれも前述したように私語がなくなるという恩恵があること(つまり「勝手に内職やってろ。黙っていて他の受講生に迷惑かからないんだから、放っておこう。ま、試験で痛い目に合うのは本人なので」という認識。ちなみに、画面を隣の人間と眺めながら喋っていたら、こりゃ当然、迷惑だから止めさせる)。もう一つは授業関係で調べてもらうというのは授業に耳を傾けようとする積極的な姿勢であると考えられるから。内職なのか、それとも関連事項の調べごとなのかは割合簡単に判断がつく。関連事項の調べごとの場合、一斉に調べ始めることが多いから。これが察せられた場合には、僕の方でスマホをいじっている受講生一人を指名し、調べている内容をたずね、こちらの方で説明することにしている。この場合は、授業内容に学生たちが関心を持ったか、あるいは僕の説明が舌足らずだったかのどちらかのサインであると判断している。もちろん調べることそれ自体を制止することはない。ま、調べ始めたら関連事項に次々とネットサーフィンされて、授業がおろそかになっちゃうのは困りものだけれど。
ゼミ進行ではスマホは格好のツールになる!
次にゼミでの使用について。
ゼミは、言うまでもなく少人数で学生と教員がインタラクティブに関わる形式の授業。ここではスマホの使用はむしろ積極的に活用した方が授業は活性化する。
たとえば、ちょっとでもわからないことがあったら即座にネットで調べさせる。学生の場合、言葉の使い方もかなり間違っているので、これもスマホでソッコー調べさせる。またゼミはインタラクティブな授業形式なので、はじめから用意していたもの以外の学習項目も登場する。こんな時、スマホは本当に便利だ。彼らにとって(僕らにとってもだが)、スマホは実に忠実な執事、家庭教師として機能してくれるのだから。だから、僕のゼミではスマホは全員(教員も含めて)常に机の上。で、誰かがよいデータを引っ張り出してきたら、これを大型のディスプレイに表示して共有する。その昔、辞書を引くのは「片手3秒で」なんて言われたものだけれど、現在はこれがスマホに取って代わった。そして、とにかくわからないことが出てきたら、すぐにスマホで調べる癖を付けさせる。これで「バカの壁」を超えることが出来るわけで。だから、わからないことがあってボヤッとしてた時には「指を動かせ!」と口を酸っぱくして言うことにしている。で、これができるようになった学生は強い!
おもしろいのは、ゼミの最中、スマホを私用に使っている場合だ。これも内職になるのだけれど、同じ内職でも講義とは全く異なった位置づけになる。というのも、これをやられると、ものすごく不快な雰囲気がゼミ全体に広がってしまうのだ。つまり、他のゼミ生たちが「アイツ、完全にやる気がない」というふうな印象を抱き、授業の雰囲気に水を差しモチベーションを下げてしまう。ちなみに、ゼミ内での私用のスマホ利用の場合、操作は机の下になり、下を向いているので、すぐにそれとわかる。少人数、狭い空間で相互が見える状況では、私用に使うといっても、結局、十分に周囲に迷惑がかかるわけで、教員が不謹慎と思うのみならず、他の学生もまた(いやむしろこちらの方が)不謹慎と思う。これについては禁止するというのが、まああたりまえだろう。
スマホの教育利用はまだ始まったばかり、いや、始まってもいない?
もちろん、これ以外にも授業にスマホを活用する方法はいろいろ考えられるだろう。大学側、教員側はスマホという新しいメディア(もはや新しくもないが)に戦々恐々としているのではなく、もう少し活用する方にアプローチすべきではなかろうか。もっとも、そのアプローチはスマホの特性を考える前に、先ず教育をどうするべきかを考えることから始めなければならないのだけれど。
オマケ:ゼミでのインターネットやSNS、スマホの活用法の僕の論考及び実践例については本ブログ「クラウド時代のゼミナール運営術」http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/62869697.html、「機能していない大学のインターネット環境」http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/64558702.html、「卒論作成ツールとしてのパワーポイント」http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/63563644.html等を参照されたい。