今、ビストロが旬だ!
「俺のフレンチ」の象徴されるように、最近旬な格安フレンチ・レストランは「ビストロ居酒屋」と呼ばれるカテゴリーだ(「ビストロ」はフランス語で「小料理屋」という意味だが「居酒屋」という意味もあるので、これだと「居酒屋居酒屋」になってしまうのだけれど)。ここ20年以上、日本人にとってポピュラーな洋食と言えばイタリアンだった。通称”イタメシ”と呼ばれるこのカテゴリーが日本に普及したのはバブル末期の90年頃。それまで洋食と言えばフレンチのイメージが強かったが、フレンチ=高級というイメージも付随していて「ちょっとフレンチ」という具合に食べにいけるものではなかった。そこに料理法、価格ともカジュアルなイタリアン・レストランが街に出現する(ティラミスが大ヒットするのもこの頃だ)。イタリアンの勢いは凄まじく、究極のカジュアル・イタリアンであるサイゼリヤ、ジョリーパスタといった格安チェーン店まで出現した。で、「カルパッチョ」なんて料理もごくごく一般的なメニューの一つとして人口に膾炙した。一方、この煽りを受けたフレンチは不人気料理の部類に格下げされてしまう。店をたたむフレンチが結構出てくる始末だった。
でも、フレンチってやっぱり経費かがかるはずなんだが……
ところが、である。ここに来て格安フレンチであるビストロ居酒屋が出現。これが結構な賑わいを見せている。フォアグラやパテ・ド・カンパーニュ、アヒージョ、タジン、コンフィ、ジビエなんてものが千円以下。こうなるとフレンチはイタリアンと拮抗する価格帯になり、ウマいワインとウマいフレンチを懐を痛めることなく堪能できるということになったのだ。
とはいうものの、やはりフレンチは原価がそれなりにかかる。イタリアンに比べると料理法もちょっと手が込む。そこで、これをなんとかクリアしようと、店の方では様々な工夫が凝らされているのだが……。そこで今回はその内の1件、渋谷にある小さなビストロ居酒屋のやりくりを紹介してみたい。
経費節減その1:喫茶店の改造?
渋谷駅西口、道玄坂の小道をちょっと入ったところにあるこの店は、間口が一軒半、奥行きが六軒ほどの細長い、どう見てもかつての喫茶店を改装したとしか見えない小さな作り(まるで電車の車内のような空間)。内装もそっけない。奥になんとか四人掛けを確保してあるが、その大半が二人掛けとカウンターだ。おかげで厨房は小さく、中ではシェフ達が押し合いへし合いしながら料理を作っている。この作りなら、まあ、渋谷とは言え、家賃はそんなに高くないだろう。ギューギュー詰めの店内で先ずコストの削減がはかられているのがわかる。
経費節減その2:冷菜とオードブル的メニューがたくさん
次に料理。種類は限られている。そして作り置きが可能ですぐに供せるフォアグラ、冷野菜、パテ・ド・カンパーニュ、チーズやピクルスの盛り合わせなどが並ぶ。厨房での作業をなるべく省略しようという戦略だろう。また、すぐに料理を出すことで客にどんどん食べてもらい回転を高めるという狙いもある(混雑時は二時間制だ)。そして、これらメニューを前面に出した売り方をしている。たとえば、ここで定番となっているのがパテ・ド・カンパーニュで、客のほとんどがこれを注文するのだ(もちろん作り置き)。このやり方は廉価のサイゼリヤと同じ。だが、その一方でコンフィやタジンといった、ちょっと手間の掛かる料理も忘れない。問題はこのバランス。これがサイゼリヤだと、全てサッと出るものばかり並べて顧客の回転を豪快にはやめると言うことをやっているのだけれど、さすがにそこまではしない。ゆっくり食べさせるというものも用意する”周到さ”を備えている。ただし、この時間の掛かる料理も概ね料金は三桁。もちろんサイゼリヤよりは高くなるが、それを加味してもコスパ的にはまだまだ安い。サイゼリヤはチェーン店なのでスケール・メリットがあるが、こちらはそちらについてはディスアドバンテージといった状況になっているはずだ(で、あちらは究極の半完成品なので)。だから、これだけじゃ、商売にならない。さて、じゃあどうやってカバーしているんだろうか?
経費節減その3:ワインで粗利を稼ぐ
実はそのからくりはワインにあった。ここが提供する最も安いワインはボトルで2600円(チリ)。これは一般のイタリアン・レストランでの提供価格とまあ、だいたい同じだ。ただし、サイゼリヤに比べれば高い。サイゼリヤの場合、最も安いのはデキャンタで供されるテーブルワインのマグナム・ボトル(1500cc)で1080円、最も高いキャンティ・ルフィナ・レゼルバでも2160円。しかし、この2600円で提供されるチリ・ワイン(シャルドネとカベルネソーヴィニオン)、結構、ウマい。だからこの値段が高いとはあまり思えないのだ。当然、こいつも格安で提供されている(つまり、粗利が低い)のだろうと思い、ネットで当該ワインの価格を調べてみると……なんと一本、たったの510円。ワインのレストランの提供価格は、サイゼリヤを除くとだいたい定価の三倍程度。ところが、これは五倍と、とんでもないふっかけ具合。しかし、クドいようだが、これがその辺のスーパーで売っているような500円ワインとはわけの違う味なわけで……う~ん、粗利を稼ぐにも、客に不満を持たせないような工夫をしていることがよくわかる。僕みたいに「調べてみよう」なんてスケベ心がなければ2600円でも文句は出ないような逸品をチョイスしているのだから(事実、僕も価格を調べるまでは何の不満もなかったのだ)。
経費節減その4:ワインについての客のステレオタイプを利用する
ワインについてはもっと面白い工夫もしている。一つ上のランクの2700円のオーストラリア・ワイン(シャルドネとシラーズ)の仕入れ値が950円、さらに上の3000円のアルゼンチン・ワイン(トロンテスとマルベック)が1200円と、ちょっと値段を上げただけで仕入れ値が跳ね上がっているのだ(つまり粗利が低くなる。いずれも三倍未満)。しかし、その一方で同価格(3000円)のフランス・ワイン(南仏のテーブルワイン)の仕入れ値は750円と、四倍。で、味はどれも吟味してあって合格点だ。だから、こういったメチャクチャな価格設定でも客から文句は出ず、みんな楽しんでいる(ひょっとしたら、価格を知った瞬間、怒りはじめたり、粗利の低いものばかりを注文しはじめる客もいるかも知れないけれど)。
巧妙な錬金術、でもみんな満足
この価格帯のからくり、僕はこう読んだ。問題は粗利の高い二つのワイン(チリとフランス)の位置づけだ。まず2600円の最安値のチリワイン。これについては「とにかく、なんでもいいからボトルでがっつりやりたい」という客を目当てにしている。つまり「ワインの味なんかわからない。安けりゃいい、飲めればいい」という客。しかし、ちゃんとした味なので文句は出ないどころか、むしろ満足し「リピートしよう」とも思うようになる。で、最安値なので注文される割合が最も高い。次にフランス・ワイン。これは「フレンチだからフランス・ワイン」という顧客の固定観念に訴える。同じ価格のアルゼンチン・ワインを比較したら、おそらくこちらを注文してしまうだろう(確かによく吟味してチョイスされてはいるが、はっきり言って味はアルゼンチンの方が上)。
つまり、この店はチリ、アルゼンチン、オーストラリアといった第三世界の割安ワインを厳選して味のレベルを保ち、その一方でワインが最安値であることとフランスものであることの魅力で粗利を稼ぐという構造になっているのだ。いいかえればワイン消費に対する客のエコノミーとステレオタイプ、つまりイメージをうまく利用しているというわけだ。
このやり方に腹を立てることはヤボだろう。儲けるためには様々なレベルで価格調整し、その差異を、自らの味覚と作り出す味でカバーするという”創意工夫”をしているのだから。「なるほどこの手があったか!」
料理・酒もさることながら、客も喜ばせ、自分もまた喜ぶというシステム。高く評価してもいいのではないか。参考までに、最終的に支払う価格はサイゼリヤの1.5倍強になる。だからメチャクチャ安いというわけではないが、結局納得させられる。結構、キモチイイダマされ方だと、僕は考えるのだが、みなさんはどうだろう?