デジタルコピーの時代~0年代の音楽メディア受容
CDによって出現したもの。それはコピー文化のさらなる進展、そしてカセット・テープとウォークマンの終わりだった。当初CD-ROMは音楽専用のように扱われていたが、これがパソコンのデータを扱うディスケットとして装備されるようになる。しかも、それもまたCD-ROM=読み込み専用からCD-R/CD-RWへ、つまり書き込み可能なドライブへと変化する。もちろん、これで音楽のデータを取り込むことも可能。それは要するにCDの音質を全く落とすことなく、しかも素速くコピーすることを意味していた。
カセットは音質的にCDやレコードにはかなわない。レンジは狭く、ノイズも常態となっているし、聴き続けていけば次第に音は劣化する(高音がボケ、低音がボヤボヤし、ノイズが増え、最後はタイル張りの風呂場で流す音みたいになる)。一方、CDにはこれがない。しかしカセットにはコンパクト=つまり可搬性が高いという利点があった(CD出現当初はCDに比べはるかに廉価でもあった。生CD一枚1000円なんて価格だったのだ。カセットは数百円程度)。だからCDドライブが普及し始めた90年代後半ではあっても、まだカセットが主流だった。つまりCDからカセットへコピーしてウォークマンで聴くというのが一般的だった。
だが、CD再生形態の攻防の中で、カセットという録音メディアの牙城が崩れていく。要は、遙かに音のよいCDをどう携帯するかが次世代音楽ハードの存在条件となり、これをクリアしたものが覇権を握るということになったのだ。SONYはこれを察してウォークマンの次の世代、ウォークマンのCD盤であるディスクマン(後にCDウォークマン)を発売している。これだと音はよいし、コピーしたCDも聴ける。ただしディスクは直径12cmもあったので携帯性ではカセット(10cm×6cm)に劣っていた。またMD(ミニディスク。直径6.4cm)というメディアも登場し、こちらもSONYはMDウォークマンを発売したりもした(ただし、メディアが高価だった)。しかし、これらはいずれも音楽データをハードメディアに置き換える際に手間がかかるという点についてはカセットと同様だった。つまり「面倒くさい」。
iPodの出現
カセットそしてウォークマンの終わりは2001年、Apple(当時はアップル・コンピューター)がiPodを発表したことに始まる。iPodは音の劣化がほとんどなく(AIFFからMP3あるいはAAC形式に変換するため実際には音質が落ちたが、素人の耳にはほとんどわからない)、ハード・ディスクにコピーする形式だったので大量のコレクションを収めることが出来た(当初は1000曲程度)。つまり、ウォークマン以来の“伝統”だった「ハード・メディアをいちいち入れ替える必要」がなかった。また、パソコンのソフト・iTunesを経由して音楽データを取り込むので、そのコピーはあっという間だった(同期が自動的に行われた。それ以前の音楽プレイヤーソフトは操作が煩雑で、一般には馴染まないものだった)。iPodはカセット、CD、そしてMDに対し全ての面で圧倒的なアドバンテージを備えていたのだ。しかも、これがウォークマン以上に小さな筐体に収められたのだから、まさに「鬼に金棒」状態だった。
レンタル、仲間内の貸借、そしてダウンロード
そして、この「鬼に金棒」状態を決定的にしたのが2003年のiTunesWindows版の無料配布開始で、逆にこれでウォークマンの終わりも決定的になる。圧倒的なユーザーを誇るWindowsマシン上でiTunesとiPodが連携するようになれば、もはや誰もが前述したような容易な音楽ソースの確保、コレクションが可能になる。iPodは瞬く間に普及し、覇権をウォークマンから奪い取り、Appleの主力商品にまでなっていった。ちなみにiTunesの場合、レンタルCDはもちろん、ネット上から取り込んだMP3ファイルもライブラリーに加えることが出来る。そこで若者たちはCDレンタル、仲間との貸借、そしてネット上からのダウンロード(YouTubeやダウンロードサイト、ダウンロード・アプリ等)によってiTunesに次々とコレクションを登録。これをiPodで楽しむというスタイルが一般化したのだ(その一方でiTunesはダウンロードの乱用から音楽販売を守るという、逆説的な役割も果たしたのだが。つまり子供はコピーで大人はダウンロード購入という棲み分け)。
この流れはさらに2008年以降のiPhoneをはじめとするスマートフォンの普及で決定的なものとなる。それは言うまでもないことだがカセット、そしてカセット型ウォークマン(CD型、MD型も含めて)の死を意味していた(iPodのようなデジタル・プレイヤーとしてのウォークマンは2006年に発売されているが、利便性(データの取り込みなど)でiPodよりは劣っている。また発売時点でデジタル・プレイヤーの覇権はすでにiPod=iTunesに握られていたため、もはや入り込む隙間がなかった。だから、かつてのカセット型のような力を持ち得ていない。音質的にはウォークマンのほうがiPodよりもよいのだが、素人の耳にはやはりほとんど区別がつかない)。
そして2015、今度はiTunesがアブナイ?~音楽を所有するという習慣が消滅する?
ここまで、ジュークボックス/電蓄/セパレートステレオ(レコード)→オーディオ(レコード、カセット)→ウォークマン(カセット、CD)→iPod/スマホ(MP3などのデジタル・データ)という「音楽受容機器の変容」をたどってきた。じゃあ、iTunesがこれからも覇権を握り続けるのか?いや、そんなことはない。iTunesさえも、安泰ではいられないのだ。というのも、メディアの重層決定はエンドレスだからだ。言い換えれば、音楽聴取スタイルの変容はとどまることを知らない。
iTunes販売に陰り~音楽所有の終わり
2014年、今度はiTunesのダウンロード販売が頭打ちになり、下降線を辿っている。これはSpotify、Sony Music Unlimitedなどの定額聴き放題サービス、いわゆるサブスクリプション・サービスの普及に基づいている。これらでは1000万曲を超えるコレクション(最大のSpotifyは1600万曲)をストリーミング、あるいはダウンロードによって聴くことが可能になる。これに馴染んだリスナーたちは、遂に音楽をコレクションする、所有するという考え方自体を放棄しつつあるのだ(サブスクリプションは、いわば「図書館」。言い換えればコレクションはすでにそこにある)。80年代からCDのコピーを巡って繰り広げられてきた音楽受容の攻防は、iTunes=iPod/スマホによってCDそれ自体を駆逐、つまり消滅させようとしているが、今度はサブスクリプションが「音楽所有=コレクション」という概念を消滅させようとしているのだ。つまりレコード、カセット、CD、iPod(この場合ハードディスク、あるいはメモリー)という物理的なハードメディアを不要とし、音楽だけを純粋に楽しもうする習慣=音楽聴取スタイルの誕生の兆しが見えている。
こうなると、今度はデータであったとしても、あくまで音楽を「販売する」というビジネス形態を採っているiTunesの雲行きがあやしくなってくる。iTunesはデータのダウンロード販売といっても、そこには依然として音楽所有=コレクションという認識が前提(つまり「音楽を購入する=所有する」)されているのだから。いやはや「メディアの重層決定」、なんととどまることを知らないことか(ちなみにSONYが現在志向している高音質再生機器、いわゆるハイレゾ・マシーンだが、これがヒットするかどうかは未知数だ。もはやiPodレベルの音質で一般ユーザーはすっかり満足しているのだから。また、これも「所有」という概念にとらわれているのだから)。
Beats買収はiTunesの次の一手
もちろん、Appleも音楽受容の新たな変化に対して手をこまねいているわけではない。次世代の「コレクションの認識無き音楽視聴スタイル」への適応へ向けて次の一手を考えていることは、もうご存知の方も多いだろう。Appleは今年5月、そのデザインと音質(ドスドスと響く低音強調がウリ。分解能力を基調とするモニター音が好きな僕は一切魅力を感じないが)で若者に絶大な人気を誇るヘッドフォンメーカーのBeatsを30億ドルというAppleとしては過去最大の金額で買収した。だが、AppleがBeatsを買収したねらいはヘッドフォンではなくBeatsが所有するサブスクリプション・サービスのBeats Musicにあると考えた方がよい。つまりAppleはiTunesにBeats Musicを組み込み、サブスクリプションを始めようと画策しているのだ。
もし、現在圧倒的なシェアを誇るiTunesがサブスクリプションを始めたとしたら(一説には来年の5月と言われている)、恐らくサブスクリプションによる音楽聴取スタイルは一気に進んでしまうだろう。Appleのことだから、iTunesやiPhoneをリリースしたときと同様、ものすごく簡単にこれにアクセス可能になるようなインターフェイスを用意することは間違いない(ちなみに僕は現在、Sony Music Unlimitedのサブスクリプション・サービスを利用しているが、実に使いづらい。重いし)。そしてiTunesは現在覇権を握っている。ということは、つまり、あなたのスマホにインストールされているiTunesに、ある日、突然サブスクリプション・サービスの機能が加わり、チョコッとアカウント・サービスをいじることで、これまでと同じようにiTunesを操作しながら、膨大な音楽のコレクションの海に身を投げるという事態をとんでもなく膨大なユーザーたちが始めるのだ。で、これによって他のサブスクリプション・サービスが駆逐されていく。Appleとしてはこんなシナリオなのではなかろうか。
そうなれば、またもやここでわれわれの音楽聴取形態はさらに変容してしまうだろう。もちろん、それがどうなるかは未知数だ。ただし音楽のパーソナル化を何らかのかたちで一層進めること。これだけは間違いないだろう。