勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

カテゴリ: 芸能ネタをツッこむ

AKB48というユニットは変わっている。選挙によってセンター、つまりメンバーの中心と主要メンバーの神7などが毎年選ばれるが、メインを張っているアイドルは早晩、「卒業」と称してAKBを離脱していく。その後、個々で活躍を始めることになるのだが……なぜか、そのほとんどがフェードアウトするという現象が発生しているのだ。前田敦子しかり、大島優子しかり。神7を担ったメンバーも同様だ。篠田麻里子とか板野友美とか、もうメジャーでは全然見かけないのだけれど……どうしてなんだろう?

今回は、AKBのメンバーが卒業するとフェイドアウトするの理由をメディア論的に考えてみた。ちなみに、これはかなり必然的な問題と、僕は踏んでいる。元凶はプロデューサー・秋元康の方針にある。

秋元康という利己遺伝子

進化生物学者のR.ドーキンスは「利己遺伝子」という面白いアイデアを提供している。バッサリいってしまうと「遺伝子は自己中である」という考え方だ。遺伝子は自分が生き残ることに専ら関心があり、そのためだったらなんでもする。この時、生物=個体は遺伝子にとって「乗り物」でしかない。この乗り物=個体が使えないとなったら、とっとと捨てて乗り換えるということを平気でやってしまうというのだ。典型的な例として「レミングの集団自殺」を取り上げてみたい(ちなみに、この話はディズニーが映画でデッチあげたウソ話だが、説明としては解りやすいので比喩としてご理解いただきたい)。レミングはネズミの一種。例えば小さな島でレミングが大量発生し、個体を維持するのに十分な食料を確保できないとなると、突然大量のレミングが海に突進し、自殺する。これによって、いわば「間引き」が行われ、その結果、レミングという種の生存は確保される。このプログラムを実施しているのが、要するに遺伝子、つまりひたすら生存したいために乗り物を破壊する利己遺伝子というわけだ。

すでにお断りしておいたように、これはフィクションだが、遺伝子にはこういった性質があるとドーキンスは説いたのだった。

さて、ここからはアナロジーで考えてみたい。利己遺伝子=秋元康、遺伝子の乗り物・個体=AKB48である。秋元という利己遺伝子は、専ら自己によるプロデュースというシステムを維持することに関心を持っている。これを作り上げることを専ら目標に掲げるのだ。そして、これまで様々なシステムを構築してきた。80年代初頭に作り上げたシステムはフジの深夜番組『オールナイトフジ』だった。プロデューサー・石田弘の下、構成を担当し「オールナイターズ」と呼ばれる素人女子大生からなるパーソナリティーを大挙出演させ、人気を博すことに成功(キャッチフレーズは「私たちはバカじゃない!」)。80年代半ばには、やはり石田傘下で、今度は『夕焼けニャンニャン』をスタートさせ、ここでオールナイターズ同様の「おニャン子クラブ」を結成した。ただし、おニャン子クラブは女子高生からなる一群で、実際に放課後の部活的なイメージで番組は進行した(時間帯は午後五時から一時間枠。こちらもフジ)。おニャン子クラブは大ブレークし、社会現象と呼ばれるまでに。メンバーをぞろっと並べて歌わせるという(代表曲は「セーラー服を脱がさないで」)手法を編み出し、個々のメンバーからは国生さゆり、渡辺満里奈、工藤静香等が輩出した。そして、その延長上というか、極端にしたものがAKB48に他ならない。

オールナイターズ、おニャン子クラブ、そしてAKB48という個体には共通する特徴が存在する。すべて「ほとんど素人」であることだ。容貌、スタイル、演技力、歌唱力、ダンス能力、話術力、どれを取ってもほぼ素人なのである。そして、この素人という個体=乗り物を秋元利己遺伝子は面白いように操作して、自らのシステムを構築し、その生存を続けるのである。言い換えれば、秋元は自分が乗っかる個体に、実際ところ、ほとんど関心がないということなのだが。

このことは、個体=乗り物の乗り換えという操作をいとも簡単に行うところにも出ている。ここまで、秋元利己遺伝子を「システム」と呼んできたが、もうすこし厳密に表現すれば「自己組織」ということになる。単なるシステムであればメカニズムとして閉じているのだが、秋元のシステムは状況に応じて、そのシステムを柔軟に変化させるのだ。つまり、システム=自己組織性が十全に機能なくなり始めると、乗り物の新陳代謝を行っていく。メンバー=個体をどんどん取り替えていくわけなのだけれど、それでも対応できないとなると、今度は既存の個体からなるシステムそのものを破壊してしまう。

で、その時、秋元の利己遺伝子はどうやってサバイバルしているのかといえば、もはやおわかりだろうが、新しい個体にシステムを移し替えることによって、これを達成するのだ。それがオールナイターズ→おニャン子クラブ→AKB48という形でのシステムの名称替えだ。もちろん、この時、個体=乗り物は女子大生→高校生→アイドル志望の女子というかたちで変容を遂げている。しかしながら秋元利己遺伝子は基本的に同じ。いや厳密に言えば、そのシステム=自己組織性を時代に合わせてより洗練化させているということになるのだろうが。

その究極の形が、ようするにAKB48なのだ。秋元自ら「クラスで10番目くらいの子を集めた」と発言しているように、秋元利己遺伝子が作り上げたシステムの中で、AKB48は利用している個体が最も特徴的に乏しいものになっている。秋元は、要するにシステム=自己組織性を十全に機能させることだけに関心をどんどんと集中させ、このシステムを洗練させることに注力していったのである。要するに、ここにあるのは秋元利己遺伝子の「美学の追究」だったのだ。システムが中心となって美しく機能すれば、個体はなんでもいいというのが秋元のスタンスだろう。

システム消費するファンたち

そして、このシステム=自己組織性戦略が花開く。AKB48に血道を上げるファンたちは「推しメン」だなんだといいながら、その実、彼らもまたメンバーそれ自体には関心を持っていない。にもかかわらず握手券をゲットし、総選挙の投票権を獲得するためにCDを大人買いし、ライブに頻繁に通い続ける。この時、ファンたちがやっているのは推しメンのメンバーに思いを託しているようでいて、その実、秋元の作り上げたシステムに包摂されることに深い快感を覚えているのだ。だから、容姿や演技力、歌唱力、パフォーマンスは実のところ付随的なものになる。言い換えればファンたちはAKB48のメンバーという乗り物=個体をメディア=媒介に、秋元利己遺伝子によるシステム=自己組織性を消費しているのである。本丸は秋元の方にある。

ファンにとって秋元利己遺伝子によるシステムの消費は実に快感だ。このシステムの中に身を置くことによって、ファンは他のファンとの競争(これまた推しメンによる神セブンやセンターの地位を巡ってのせめぎ合いとなるのだけれど)に荷担し、秋元システムが提供する様々なイベントに参加することで、この大きなシステムの中に包摂される。ファンやたくさんのAKB48メンバーに囲まれることで自分が決して一人ではないこと、大きなものに包まれていること(ホーリスティックな感覚)、いいかえれば、そこにイリンクス=めまいを感じることが出来る。ま、フロイト的に表現すればタナトス(死の欲動)ということになる。あのエクスタシー状態での「死ぬ―っ、死ぬー」ってやつである(笑)。

だがメンバーはあくまで乗り物=個体である。ということは、メンバーがAKB48を卒業するとどうなるか。当然、この個体には、もはや秋元遺伝子は存在しない。ということは、いくらこの個体=元メンバーに血道を上げても、そこからは、かつては獲得可能だったホーリスティックな感覚やイリンクスは得られない。その瞬間、今度は「クラスで10番目くらいの子」の度量が剥き出しになる。つまり「ただのクラスで10番目くらいの子」。ファンはハッと目が覚め、興醒めしてしまうのだ。「なんで、こんなフツーの女の子に入れ込んでいたんだろう?」

ファンは「AKB48のメンバー」という秋元利己遺伝子のシステム=自己組織性の下でのみ機能する記号に惚れ込んでいたに過ぎなかった。だから、卒業してしまった元AKB48のメンバーにはすっかり関心を示さなくなっていく。

卒業後のメンバーたちのその後は悲惨だ。メディアからの露出が先ず、消える。例えば前田敦子。劇画『ど根性ガエル』で前田は弘の彼女・京子ちゃんに抜擢されたが「学芸会レベル」と酷評された(その一方で、女優の満島ひかりがピョン吉の声で出演し、絶賛されたのはなんとも残酷というか、皮肉というか)。篠田麻里子は自らの立ち上げたブランドを撤退させた。板野友美は、その顔面模写で登場したざわちんのほうがもはや目立っている。そう、時代はほぼ素人の「ともちん」ではなく、芸に長けた「ざわちん」なのである。

メンバーたちは犠牲者か?

こうやって見てみると秋元康という利己遺伝子は、端から才能のない、しかしアイドルになりたい女の子たちをかき集めて、システムに載せて利用し、その必死さをファンに楽しませ、システム消費させた後、消費しつくされてしまえばとっとと捨てるという、きわめて利己的な存在と考えることができる。おそらくAKB48というシステムが十全に機能しなくなれば、今度はまた別のシステム=自己組織性へと個体とシステムを乗り換えていくのだろう。

これに比べると、ジャニーズ事務所は少し違っている。システム的には類似だが、それなりに才能のある人財を発掘し、その内のいくらかはジャニーズというシステムから離脱した後も一本立ちさせるようなメタシステムを用意している(事務所からは抜けられないという現実もあるが)。SMAPや嵐、TOKIO、V6といったユニットのメンバーを思い浮かべた時、われわれシステムというより、メンバー個々のキャラクターや芸風が浮かんでくるというふうにもなっているわけで(まあ、これは一部のみであって、その多くはAKB48と同じで使い捨てではあるのだが)。

秋元という利己遺伝子。どこまで行っても利己的、自己中なのだ。だが、この強烈な自己中を徹底する限り、ファンは世代を変えて誕生し続け、結果として秋元という利己遺伝子は生き残り繁栄し続けるのである。

SMAP騒動に終始を打つべく急遽行われたSMAPの謝罪会見について、メディア報道とBLOGOS論壇?との間の見解の違いが興味深い。メディアはとにかく「よかった、よかった」、一方BLOGOS論壇の趨勢は「まったくもって、納得がいかない」と正反対。ちなみに後者の問いは、SMAPのメンバーが「何を誰に謝罪したのかわからない」といったメディア報道が伝えているSMAPメンバーの対応についての「納得がいかない」のではなく「なぜ、SMAPのメンバーが謝罪する必要があるのか」という、もっと根本的なものだ。
で、僕も概ねこの論壇の論調に同意したいと思う。明らかに、おかしい。そこで、この疑問がなぜ生じるのかについて今回の騒動をダイジェストでまとめるかたちで考えてみよう。

老害の構図

ジャニーズ事務所の勢力争いが生じた。マネージメントの勢力図はジャニー喜多川、藤島ジェリー景子、飯島三智。ただし、実質的なイニシアチブを握っているのはジャニー喜多川の姉であり、藤島ジェリーの母であるメリー喜多川。当然、飯島は外様。

ところが飯島は才能があった。なかなか売れないSMAPを、アイドルとしての芸風を様々な分野に拡大する(SMAPがSport Music Assemble People”、つまり多方面に展開するタレントという名称であることがこれを象徴している)。そして、SMAPはジャニーズ事務所の中でも飛び抜けた国民的アイドルとなり、マルチに芸を発揮するのがデフォルトとなったその後のアイドルのスタイルを作り上げ、ジャニーズを巨大な芸能プロダクションへと変身させた。当然、飯島とSMAPはジャニーズの大いなる貢献者である。

ところがメリー喜多川はこれが気に入らない。一族経営が基本?と考えるのか、このプロダクションは娘の藤島ジェリーがメインでなければと考える。そこで飯島を事務所から排斥しようと考えた。

しかしSMAPとしては自分たちを育ててくれた飯島には恩義がある。そんなお家騒動もどきのゴタゴタで恩人を裏切るわけにはいかない。そこで飯島に忠誠を尽くし、彼女についていこうと、木村拓哉を除く四人はジャニーズ事務所からの離脱を考えた。

これにメリー喜多川が激怒。芸能界での活動の圧力をかけようとした。それが解散報道として大々的に取り上げられることに。

ところがファン、いや国民からの反応は予想外に大きかった。いまやSMAPは「日本人の必需品」的存在であったことが、図らずもこの騒動から露呈したのだ。このことに気づいたメリー側が事態の収拾を目論見始めた。ただし、「お家継承」が安泰であるという条件づきで。その結果、行われたのがSMAPの緊急記者会見、つまり「公開処刑」だった。

ザッとこんなところになる。


SMAPの屈辱

この山本一郎による「公開処刑」という表現は秀逸だ。まあ「カノッサの屈辱」ならぬ「SMAPの屈辱」と言い換えてもよいかも知れない。ここでの処刑を命じたのは、もちろんメリー喜多川。処刑されるのはSMAPだ(いや、木村は処刑人を兼ねているのかもしれないが)。

では処刑=謝罪は誰に向かってなされたのか?表向きは国民に向かってである。つまり、「みなさんにご心配をおかけしました。ご迷惑をおかけしたのは私たちです。責任は全て僕たちにあります。申し訳ありませんでした。」

しかし、国民は誰もそんな謝罪を望んではいないし、そんなふうには思っていない。むしろこれを理不尽な「公開処刑」と受け止めた。なぜか?

いうまでもない。今回の騒動を引き起こしたのはメリー喜多川だからだ。だから謝罪するべきは会社の側であって、板挟みに遭ったSMAPが謝罪する必要など、どこにも無いのである。SMAPが謝罪をする理由はシンプルだ。そうしなければ、自分たちの存在が失われてしまうからだ。だから先ほどの謝罪内容を深層で言い換えれば、

「僕たちは謝罪しないとクビになります。芸能界から干されます。それでは困ります。愛してくださっているみなさんにも申し訳が立たない。だから僕たちが悪いと言うことにして事態を収拾します。ちなみに自分たちが悪いだなんて、本当は思っていません。」(中居正広の「腕白坊主が屈辱に耐えている」という風情が美しかった)。

これで、おそらく国民の必需品であるSMAPの商品価値は傷つけられただろう。しかし、メリー喜多川はそんなことお構いなし。自分という、そしてジャニーズ事務所という「世界で一つだけのアタシ」がいれば、それでいいのだ。国民やSMAPなど問題ではない、というわけだ。

そう、まとめてしまえば、これは老いた権力者が、その権力にすがるために、しばしば至ってしまう「老害」以外の何物でもないのである。その「屈辱シーン」を支持者の国民たちの前に晒したのが、この記者会見という公開処刑だったのだ。自らの商品を自らの欲望のために傷つけるという醜態。
メディアという、もう一人の老害に侵された
公開処刑人
しかし、である。こんな老いぼれた老害をまき散らす人間こそ駆逐されるべきなのではないか?SMAPは国民の必需品、われわれのものなのだから、われわれからすれば価値観の比重は当然SMAP>ジャニーズ事務所である。ならば、SMAPはさっさと事務所から離脱してしまえばよいのだけれど……。世論の支持からすれば、当然そうなるはずだ。だが、それを許さないもう一人の公開処刑人がいた。そう、それこそがメディアだったのだ。

今回のSMAP騒動の報道のされ方、明らかにおかしい、不自然だ。前述したように、今回の記者会見についてメディアは「解散に至らないでよかった」と声を揃えている。また「SMAPガンバレ」とわけのわからないエールを送っている。その一方でBLOGOS論壇が指摘するような「老害」を指摘する報道は一切ない。つまり、どのメディアもジャニーズ事務所側を批判しないのだ。

その理由は、言うまでもないだろう。メディアとて事務所側に楯突いたら痛い目に合うことをよく知っているからだ。仮に一つのTV局が事務所批判をやったとしたら、その瞬間、こちらにも老害が波及することになる。つまり、ジャニーズタレント全ての出演や取材をボイコットされる。嵐、TOKIO、V6、Kink Kidsなどなど錚々たるメンバーが使えなくなるのだ。これは、いまやジャニーズ頼りのテレビや雑誌にとっては死活問題。だったら黙っておいた方が身のため。むしろ、この際だから言われた通りにしておけば、こちらの利益にすらなるとまで考える(フジテレビが緊急記者会見を開いたのは「なにをか言わんや」なのかもしれない。紅白のトリがジャニーズの長男マッチだったことも同様だ)。メディアもジャニーズ側と同じ価値観、SMAP<ジャニーズ事務所。言い換えれば、メディアもまた保身に身を固めた老害体質を抱えているのだ。こうやって二人の年老いた処刑人によって「SMAPの公開処刑」、あるいはカノッサならぬ「SMAPの屈辱」は執行された。

老兵は消え去るのみ?

しかし、メディアはよく考えるべきだろう。こういった公開処刑の執行は、もはや民意とは全く逆のところにあることを。BLOGOS論壇も示すように「われわれは何が悪いのか、誰が悪いのかを
知っている」。だから、メディアが保身に身を固めた「奥歯に物が挟まるような言い方」を続ける限り、メディアの衰退は避けられないということを。

「公開処刑」、近年におけるメディアの没主体性と迷走を象徴的に示す事態でもあったと言っても過言ではないのではないだろうか?客を見ていないから、衰退するのだ!(そして、その衰退する組織の中で癌のように実利をむさぼっているのがジャニーズ事務所なのだ)。

NHKのど自慢は1946年にラジオが、そして53年にはテレビが放送が開始され、現在でも毎週日曜の昼に放送されている最も息の長い番組だ。9月26日放送の会場は岩手県山田町。そして出演はなんとSMAP。この番組は震災復興支援の下、土曜夜のゴールデン枠で一時間半の特別放送が組まれたのだが、これがなかなか魅せるコンテンツだった。まあ、あののど自慢にSMAPが出るのだから特別枠になるのはあたりまえ(まあ8月30日の秦野大会でも出てはいたが)、でもって相変わらずジャニーズ事務所は偽善に満ちているなんて陰口をたたくのは簡単だ。しかし、そんなヤボなことを言う輩はスルーして、今回ののど自慢の新しさについてメディア論的視点から考えてみよう。ポイントは素人をどう扱うかだ。

出場者を完全にコントロールしていた60年代までののど自慢

考えてみればのど自慢という番組は専ら素人を相手とすることを旨とする番組だ。ただし、当初は完全に制作側が素人をコントロールする形で展開されていた。

僕は子どもの頃(60年代後半、正確な年は忘れてしまったが、おそらく67年)、地元でののど自慢の公開録画を見に行ったことがある。番組は本番前にリハーサルが展開されるのだが(これも公開されていた)、すでにシナリオが決まっており、参加者は本番ではリハーサルと全く同じことを喋らされていた(だから本番がものすごくつまらなかったのだけれど)。このスタイルは、恐らく現在でも踏襲されているだろう。ただし、スタイルは同じでも、状況はだいぶ異なっているのではないだろうか。それは、素人が必ずしも制作側の指示通りにはならない、あるいは指示に従ったとしても、カメラに対する対応の仕方を学習しており、番組進行に素人側がある程度介入することができるようになったこと。さらには、こういった素人側の介入を番組の中に取り込んでいくというスタイルを番組側が採用するようになったことだ。いわばNHKのコントロール下にあってもある程度、アドリブによるジャムセッションが繰り広げられるようになった。こういった番組編成の柔軟化がマンネリであるはずののど自慢を長らえさせてきた理由のひとつでもあるだろう。

サンフランシスコ大会の奇跡

2002年、のど自慢は会場を海外、アメリカのサンフランシスコに移して行われた。これが偶然「感動のサンフランシスコ大会」となってしまったことは、知る人ぞ知る事件。単身アメリカに上陸しハリウッドスターを夢見ながら歌う若者、元ロッテの外人助っ人レオン・リーの娘の熱唱(会場にリーがいて、友人の北島三郎がステージから声をかけた)、亡き日本人の妻を偲んで彼女の好きだった曲を歌い上げる白人老人。彼らはアドリブこそ飛ばしたわけではないが、自分の人生を背後に抱えながら曲を歌い上げる。会場は次第に異様な雰囲気に包まれ、感動の涙の渦と化す。ゲストだった北島は感極まり「この大会は普通ののど自慢ではありません」的なコメントを思わずしてしまう。この時、まさに歌がその人たちのライフヒストリーを語ってしまうという、番組始まって以来の前代未聞のアクシデント=ヒューマンドラマを発生させたのだ。

ヒューマンドラマを巧妙に挟み込む

さて、今回ののど自慢。やはりポイントはSMAPを登場させたことだろう。そして、時間枠は一時間半へと拡大。この二つの要素が加わることで、番組はヒューマンドラマをを中心とした展開を色濃くしていった。出場者が歌を披露する前に、事前に収録した参加者の日常が映し出されるのだが、これがSMAPによる訪問という形を取ったのだ。もともとこういった素人の中に入り込んで話し込むというスキルについてはプロ中のプロであるSMAPのこと。NHKのスタッフとしては、ただカメラを回してSMAPのメンバーに勝手に参加者たちとやりとりをさせれば、それで生き生きとしたドキュメントが撮れてしまう(もっともNHKのスタッフもSMAPに口を挟むことなど出来ないだろうけれど)。そして視聴者側は出場者のヒューマンドラマをコンテクストに歌に聴き入ることが出来る。もちろん、それが上手いとか下手とかいうレベルは大した問題ではない。人生が語られているかどうかの方がはるかに重要なのだ。つまり素人の「素人ライフ」を徹底的に主役にする。そして、これを盛り上げるのがSMAPのメンバーに他ならない。司会は小田切千アナだったが、ほとんどどうでもいい存在にまで引っ込められ、進行は実質中居正広(紅白司会、金スマ等司会)、香取慎吾(仮装大賞司会)、草彅剛(ぷっスマ進行)この三人のゴージャスな「司会者」による展開となった。で、これを盛り上げたのが木村拓哉と稲垣吾郎で、とりわけキムタクは徹底的に出場者に荷担するというヨイショぶりで会場を盛り上げる。

まさにSMAP出ずっぱりなのだが、このメンバーたちがスゴいのは、結局、自分たちより出演者をゲストとして盛り上げていたことだ。そして最後は参加者、会場が一体となって「世界で一つだけの花」を合唱。参加者、会場、そして視聴者全員を満足させることにも抜け目がない。

こういった構成、ある意味NHKらしい。型にはしっかりはめてはいる。しかし、かつてと違い詳細まで型にはめるのではなく、大枠だけを徹底的に固め、あとは参加者に委ねるような、さらにはSMAPという芸達者たちにアドリブをさせるような余裕のある演出を展開しているところが、かつてとは違う。いわば「素材を引き出す」という演出法がここにはある。
型にはめながらもドキュメント的な、そしてあまりヤラセにならないヒューマンドラマ的な、つまり「ナマを取り出す」という手法。現在のところいちばん長けているのがNHKなのではないのだろうか。ちなみにこの手法、「ファミリーヒストリー」「鶴瓶の家族に乾杯」「キッチンが走る!」「サラメシ」といった番組でもしっかり採用されている。

評価が二分する「ヨルタモリ」

10月からタモリの新番組「ヨルタモリ」がスタートした。3月に「笑っていいとも!」を終了して以来のタモリによる新レギュラー新番組。当然ながら期待は高まっていた。で、フタを開けてみると……その評判は「すばらしい」「くだらない」と真っ二つ。どうやら、ちょっと「つかみづらい」という印象が、こういった評価のバラツキを生んでいるようだ。今回は、この評価が二分することの理由が、実はタモリの芸風に依存している、そしてそれこそがタモリの魅力であるという前提で論考を進めてみたい。

「ヨルタモリ」の進行

先ず番組の進行を確認しておこう。とある東京の右半分、湯島辺りにあるバー”White Rainbow”が舞台。レギュラーはママの宮沢りえ、常連客のエッセイスト・能町みね子、そしてタモリ。ただし、タモリは別人として登場する。扮するのは、現在のところ大阪で工務店を営む坂口政治、または一関でジャズ喫茶を経営する吉原という人物だ。ここに毎回、2人のゲストが登場する。1人は文化人系で、これまで劇作家・宮沢章夫、音楽家・大友良英などが登場。もう一人はスペシャルゲストで、第一回は不明だが(スタッフの1人?)、二回目以降は井上陽水、上戸彩、堂本剛、松たか子が出演している。

展開は、能町、文化人系ゲストがすでに一杯やっているところにスペシャルゲストが登場。5分ほどトークを続けたところでタモリ扮する人物が登場する。そこでしばらくトークを続けるのだが、途中、タモリは電話やトイレといった所用で二回ほど席を外す。その間、残りのメンバーがテレビを見るのだが、これがタモリが演じるショート・コント。現在のところ「世界音楽紀行」「国文学講座」「ドッキリマル秘報告」「ワールドショッピング」がある。
この間、タモリ扮する人物が、わけのわからない蘊蓄を傾けながらトークを続け、最終的に終電に間に合わないからと言って途中で店を出て行く(その際は、ツケ)。

内容はこれだけだ。しかも、途中の会話が脈絡なく続く。言い換えれば適当な始まりと終わりがあるだけで、とにかくダラダラと続くのだ。なので、番組の一貫性や物語、仕掛けを予期して番組に臨むという、視聴者の一般的な構え=コード(たとえば「水戸黄門」なら勧善懲悪で、最後に印籠が出るという「お約束」の進行)を完全に裏切っている。言い換えれば大雑把な「枠」が用意してあるだけ。だから、こういったものがないと落ち着かない視聴者には中身が読みづらく、スゴくイラつくコンテンツに仕上がっている。

タモリは終わった?

そしてこの一般的な構え=コードは、タモリ自身にも向けられている。50代半ば以下の視聴者にとってタモリとは「笑っていいとも!」のイメージがデフォルト=コードとしてある。「ヨルタモリ」は、まあ適当に(「適当」はタモリの座右の銘)ダラダラやっているのは同じだが、「いいとも!」は昼の番組だったこともあり、タモリ、そして番組にはほとんど毒がなかった。つまり、タモリは無難に(つまり「適当に」)やっていた。ところが「ヨルタモリ」は、これを裏切っている。言うならば「毒」がある。エッジな展開だ。しかも長寿番組「タモリ倶楽部」より、ある意味、一層毒を吐いている。わけのわからなさ、エッジな人間の登場、エロネタの満載、大衆受けしそうもないようなギャグ(たとえば「国文学講座」でタモリ演じる季澤京平教授はどうみてもただのスケベなのだが、これをアカデミックな蘊蓄でオブラートしてしまうのでなんともいえないリアリティが生じる。ちなみにこれは、おそらく、かつてタモリが演じた中洲産業大学教授の文系教授への転換だろう)。「タモリはもう終わったな」なんて書き込みが2ちゃんねるでなされるほど。

我らがタモリが帰還した?

「君子豹変」したかに思われるタモリ。ところが、僕のように50代半ば以上でタモリのデビュー当時からタモリを見ている人間にとって、このパフォーマンスは少しも「君子豹変」ではない。むしろ、これは「本質」だ。タモリの芸のルーツは「密室芸」。新宿三丁目ゴールデン街で、わけのわからない文化人やゴロツキを相手に、メディアでは決して映すことが出来ないギリギリ、いやギリギリを超えてしまった芸をやるというのが基本。テレビに登場したイグアナ芸やハナモゲラ語は、いわばその象徴化された存在(もっともテレビ向けにある程度、毒を抜いていたが)。赤塚不二夫と2人で裸になりながらローソクショーをやるなんてことを毎夜繰り広げていた人間なのだ。70年代、パーソナリティを務めた「オールナイトニッポン」でも数々のアブナイコーナーを用意し、当時のオタクたち(当時、まだそんな言葉はなかったが)を驚喜させていた(NHKのラジオニュースを切り貼りしてマッシュアップしてしまうなんて著作権無視のコーナーすらあった。バレて中止させられてしまったけれど、そのことすらネタにするという「エッジさ」だった)。こんなタモリを知っている人間は、82年に「笑っていいとも!」が始まって、司会者としてタモリが登場した際には、むしろそちらの方を「君子豹変」とみていたはずだ。つまり、当初はスゴイ違和感で「いいとも!」を見ていた。

ただし、タモリの「適当」感覚にとって、そんなことはどうでもいいこと。メディアに流されながらもダラダラと「いいとも!」を続け、気がつけば三十年を超える国民的番組となり、今やタモリはカリスマ。オーディエンスからも「タモリさん」と「さん」付けで呼ばれる尊敬すべき人物になった。

ところが、この「ヨルタモリ」では、こうやって培ってきた社会的評価を全く無視するかのように、かつての密室芸を再び展開しはじめたのだ。ハッキリ言って視聴者無視というか「いいともタモリ派」をバッサリ切り捨てている。そんなことをしたら視聴率がどうなるのか?いいや、タモリはそんなことはお構いなしである。仮にお客が離れても、それは「適当」だから、そりゃそれでいいとでも思っているのではないか。かつてタモリはNHKの番組「ブラタモリ」で秋葉原を取り上げたとき、この街を褒め称え「振り返らない街」と表現したが、それは要するに自らのことを表現しているということになる。つまり、タモリもまた「振り返らない」。

そして、多くの視聴者がこの番組に違和感を感じる中、「タモリ原理主義派」の50代半ば以上のタモリ・フリークたちは、この「密室芸」「大衆無視」の復活をおそらく大歓迎しているだろう。それは、いうまでもなく「イグアナタモリの帰還」に他ならないからだ。実際、「ヨルタモリ」でのタモリのパフォーマンスはすっかり三十年以上前に戻っている。原理派からすれば、三十数年ぶりにタモリに対する「違和感」を解消したのだ。

ただし、タモリは「振り返らない」。そうやってノスタルジックにタモリを歓迎している年配層もまた「適当」にいなしていくのだろう。

でも、なぜタモリは回帰したのだろう?それはタモリがジャズだからだ!(続く)

タレント・ざわちんによる顔真似がスゴイ!元AKB48の板野友美の真似から火がついたらしいが(そもそも本人の顔が「ともちん」にソックリ。だから「ざわちん」なんだろうけど)、その後AKB48の様々なメンバー(大島優子、前田敦子、篠田麻里子など)の他、滝川クリステル、きゃりーぱみゅぱみゅ、ローラ、沢尻エリカ、倖田來未、浜崎あゆみなどなど次々と女性タレントの顔真似を展開(ちなみに、そのほとんどは鼻から上だけで口元はマスクで覆われている)。さらに物真似は嵐、SMAP、羽生結弦などの男性にまで及び、挙げ句の果てにはテリー伊藤、松本人志といったオッサンまで演じてみせる。やっていることはメイクだけなのだが(演出もあるが)、これが実に精密でよく似ていて、見ている側を唸らせる(コンピュータでレタッチしたのでは?と疑われるほどの精度)。このざわちんの顔真似、実は物真似のジャンルとして新しいだけではなく、物真似に対する僕らのモノの見方そのものを根底から覆す新しさも備えている。つまり、メディア論的に、きわめて面白い。いや、それだけではない。物真似のターニングポイントを示していると同時に、僕らにとっての「リアルとは何か?」を根本的に問いかける、言い換えれば現代におけるリアリティの変容を考えさせすらするのだ。今回は物真似というジャンルについて言及し、その中でざわちんの持っている物真似としての、そして社会のリアリティの映し鏡としてのリアリティについて考えてみたい。

ちなみに、物真似は人間の「学習」、そして「遊び」というメカニズムにとって根源的なものだ(社会学者R.カイヨワは遊びの四大要素の一つとしてミミクリ「=物真似」を挙げている)。ただし、ここで題材として扱いたいのは、そういった包括的な物真似ではなく、演芸、とりわけテレビ出現以降のビジュアルにこだわるマスメディアを媒介とした物真似だ。これを一般的な物真似と区別して、カタカナで「モノマネ」と表記しておく。

60~70年代、そっくりショーの時代は、どれだけオリジナルに近づくかがポイントだった

モノマネがテレビメディアのコンテンツとして大々的に取り上げたのは、おそらく1964年から70年代後半まで断続的(タイトルが微妙に変えられた)に続けられた「そっくりショー」(読売テレビ)を嚆矢とするのではなかろうか。視聴者参加型の番組で、有名人(当時は「スター」と呼ばれていた)のそっくりさんの素人、つまりコピーが登場し、これがスター、つまりオリジナルにいかに似ているかが競われた。僕の記憶では、歌や演技が似ているというよりも、やはり顔立ちの類似度が評価のポイントとなっていた。まさにテレビ時代のビジュアルを重視したコンテンツだったわけだ。この時点でオリジナルには絶対的価値、絶対的優位、つまり理念系としての位置づけがあり、それにコピーがどこまで近づけるかがポイントになっていた。

80年代、コロッケはオリジナルとコピーの価値を逆転させた

こういった価値におけるオリジナル>コピーの図式を破壊したモノマネタレントがコロッケだった。コロッケはフジテレビの番組『ものまね王座決定戦』で活躍し、「ものまね四天王」の1人と呼ばれる地位を獲得する。コロッケは美川憲一、ちあきなおみ、田原俊彦、岩崎宏美など、実にさまざまなタレントのモノマネを披露したのだが、その芸風はこれまでのモノマネとは質的に異なっていた。というのも、実は全然似てなかったのだ。誤解を避けるためにもう少し厳密に表現すると、コロッケはモノマネ対象となるタレントの特徴的な部分のみをデフォルメし、一方でその他の部分をバッサリと省略して別のキャラクターに仕上げてしまうというスタイルだったのだ。美川憲一はオカマ、ちあきなおみは何かに取り憑かれた女性、田原俊彦はちょっとオツムの足りない人間、岩崎宏美は歌う途中で突然発狂するといった具合だった。つまり、コロッケが演じて見せたモノマネはオリジナルを素材としつつも、それを忠実にコピーするのではなく、お笑いのネタ=メディアとして利用し、これをひとひねりすることで成立するモノマネだったのだ。実際、その時点(80年代)では、美川憲一のことを誰もオカマとは思っていないし、もちろんちあきが霊媒師?だとも思っていない。

だが、ここで面白いことが起きた。実はコロッケが取り上げた時点で美川とちあきは芸能界からほぼ干された状態にあった。ところが、この2人をKINCHOがCMに起用したのだ。地方のアーケード街を、ちあき扮する主婦が首を振り身体を揺すりながら、何かに取り憑かれたように「臭わないのがタンスにゴン」と連呼する。すると後ろからママチャリに乗った美川がやってきて、オネエ言葉でちあきに向かい「もっとはじっこ歩きなさいよ」と警告する。コロッケのマネをヒントにしていることは明らかだった。

ここで美川とちあきが演じているのは、かつてあった2人のイメージではなく、芸能界から消え去ったあとコロッケがネタとして取り上げ、ひとひねりした別人格としての新しい2人のイメージだ(そして、この後、美川憲一は「オカマキャラ」として復活し、現在もそのイメージを維持することで芸能界に生きながらえている)。ということは、ここでは美川・ちあき=オリジナル、コロッケ=コピーという図式が崩壊し、コロッケのコピーがオリジナル=メタ・オリジナルとなり、そのメタ・オリジナルをオリジナルだった2人がコピー=メタ・コピーするという図式が出来上がっている。つまりコピーとオリジナルの逆転(オリジナル<コピー)。さらにコピーの自立。う~ん、実に80年代的、J.ボードリヤール的なシミュラークルな話ではあった。

コロッケの構築したこういったコピーの自立、コピーによるオリジナルの凌駕、オリジナルのネタ化は、その後のモノマネ、そしてテレビ芸能ネタの定番となっていく。「俺たちひょうきん族」「とんねるず」「SMAP×SMAP」などでは、こういった「芸能人ひとひねりパロディネタ」があたりまえの出し物として定着していくのである。

2010年代、ざわちんはオリジナルを否定する!

さて、そして2010年代、ざわちんの登場である。ざわちんの技法を表現するメタファーとしてはアート技法のスーパー・リアリズムがピッタリだ。リチャード・エステス、チャック・クロース、ロバート・ベクトルといったアーティストたちが60~70年代にかけて提唱した絵画手法で、別名フォト・リアリズムともよばれるように、写真そっくりに描く手法だ(サンプルはこちらを参照http://matome.naver.jp/odai/2135299216508206701)。ただし「写真よりももっと写真らしく」というのがポイントで、その多くはシャープネスとコントラストが強調されたものになっている。彼らがこの技法=運動によって志向したことは多岐にわたるが、そのひとつが写真のリアリズムの否定だ。つまり、技法においてその写真的性質を徹底的に強調することによって、逆に写真の備えている無機質な感触、その不自然な色彩を浮き彫りにすること。つまり、写真をもっと写真らしく描いてしまうことで写真がコピーでしかないことを白日の下に晒してしまおうとするのだ。

ざわちんのやっていることは、まさにこれに該当する。ざわちんの顔真似=鼻から上の模写はハンパではない。病的なまでにそっくりだ。これはモノマネと言うより、もはやアートといった方が適切なほど。彼女の顔真似写真をご覧いただければお解りになると思うが(サンプルはこちらを参照http://matome.naver.jp/odai/2139644241084128601?&page=1)、これを見た人間のほとんどは「わーっ、よく似ている」というよりも、まず「スゴイ!」と驚嘆する。それほどまでにそっくりなのだ。ある意味、本物より本物をもっと強調していて本物らしく、本物がヘタするとコピーにすら見えてくる。

そして、この「本物よりももっと本物らしいコピー」が、ざわちんのようなアーティスト的、そしてアカデミック、アクロバティック的な技術を持っている人間の手によって手がけられたとき、われわれの中に恐ろしい認識の逆転が起こる。まず、われわれは「ひょっとして、ざわちんこそがオリジナルではないのか?」という錯覚にとらわれる。もちろんそうでないことは、驚嘆の後、冷静になったときにフィードバックされてくるのだけれど、その次に揺り戻しとしてやってくるのは「そうか、徹底的に顔を作れば、ああいったタレントの顔になれるのか」という認識だ。つまり、ざわちんは徹底的にコピーすることでオリジナルが作れることを示してしまった。

と、いうことは……この認識は、そもそもオリジナル自体が「作成されたコピー」ということを逆照射的にわれわれに明らかにしてしまうということでもある。

「あの連中、整形手術したり、メイクで顔を作っているんだ!」

ざわちんの顔真似は、スーパーリアリズムが写真のリアリズムを否定してしまうように、オリジナルのタレントたちのリアリズム、つまりオリジナリティの虚構性を暴いてしまう。そう「あんたたち、つくってるんでしょ」ということ。

さて、あらためて整理しよう。モノマネは60年代オリジナル>コピーというかたちではじまった。それが80年代、コロッケによってオリジナル<コピー、あるいはコピーの自立といったスタイルを生んだ。そして2010年代、ざわちんはモノマネにおける「オリジナル―コピー」という軸それ自体を解体する。繰り返すが徹底的にコピーすることで、実はオリジナルと思われたものがコピーでしかないこと、リアルでも何でも無いことを示すと同時に、今度は「コピー一元論」的な視座をわれわれに提供したのである。そして、それは現代社会のリアリティを、きわめて象徴的に示していると、僕は考える。つまり「コピーしかない」。

ポストモダン、ハイパーリアルの次をみせてくれたざわちんに、喝采!(ちあきなおみの歌曲では、ありません)。

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