勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

カテゴリ: スポーツ

大活躍するプロ野球選手はすべからく大リーグへ!

ご存知のように楽天ゴールデンイーグルスの「マー君」こと田中将大投手が歴史的な記録を打ち立て続けている。CSも含めて昨年からすでに29連勝。向かうところ敵なしのマー君だが、当然ながらメジャーリーグから大きな注目を浴びている。ポスティングシステムを利用すればその入札額は60億円にも及ぶとか?ダルビッシュの50億円を踏まえれば、この数字は結構リアリティがある。

前述のダルビッシュではないが、日本のプロ野球選手は球界で頂点を極めるまでに活躍をすると、すべからく大リーグへと言う図式が出来上がっている。野茂を嚆矢として(記録上は村上雅則がいるが)、イチロー、佐々木、松井、松坂、上原、岩隈といったように実力人気ともに併せ持った選手が次々と大リーグに挑戦していくのは、年棒の高さもさることながら、やはり「大リーグで勝負してみたい」という選手の憬れによるところが多い。
だが、その一方で、これは国内のスター選手の流出でもあり、これがプロ野球人気の陰りに影響を与えていると考えることも出来る(もっとも、人気低下はこれよりもプロ野球機構のシステムが時代にマッチしなくなっているところの方が影響としては大きいだろうが)。

で、今球界ぶっちぎりのマー君が大リーグに行ってしまえば、日本のプロ野球はますます人気を低下させるのではないか?そして楽天もまた下の弱小チームに逆戻りするのではないか?だから、プロ野球界のためにはマー君の海外流出はなんとしても阻止するべきではないか?と考えたくなる。行くな!マー君!

しかし、メディア論的に考えれば、これは逆だ。マー君を放出することで、むしろ楽天、そしてプロ野球界、さらに東北地方は活性化する可能性がある。「えっ?なんで?」と思われるかもしれないが、やり方さえちゃんとすれば、必ずそうなると僕は考える。

ということで、今回は「マー君放出によるプロ野球の、そして東北地方の活性化」という議論を展開してみよう。

マー君の経済的効果

マー君を大リーグに放出するのなら、最もふさわしい球団はヤンキースだ。現在、ヤンキースは投手の台所が苦しい状況。だから主軸となる投手がなんとしても欲しい。ここにマー君が入団すればいきなりエースとなることは間違いない。

で、ヤンキースならば、当然、60億くらいは出すだろう。ポスティングシステムだから、そのカネは楽天イーグルスに転がってくる。楽天とすれば、この金を使って国内の有力選手をトレードしたり、育成制度にカネを注いだり、施設の充実を図ったり、広報に使うことが出来る。つまり、マー君を放出したカネで球団全体を強化することが出来る。

「楽天=東北のマー君」が大リーグで活躍する、という図式

ただし、これだけだと、ただ「カネ欲しさにマー君を手放した」ということになってしまう。つまり、朝三暮四的な発想の域を出ない。

そこで、楽天としては田中投手を手放しても「マー君」は手放さないというやり方を採る。つまり、ヤンキースに行っても楽天としてはずっと、記号としての「マー君」を保持するのだ。まず、マー君には日本球界に復帰する際には楽天で何らかの活躍をしてもらうこと(選手でも指導者でもいい)を確約させる。そして、東北の地元メディアはニューヨークに特派員を派遣し、マー君の活躍を逐次テレビや新聞で流す。当然、楽天の広報でもマー君をずっと取り扱うのだ。こうなると田中将大投手は「アメリカ大リーグ、ニューヨークヤンキースで大活躍する”楽天のマー君”(厳密には「東北のマー君」だが)」ということになる。

一方、田中将大投手にも引き続き「楽天のマー君」としての活躍をしてもらう。シーズン中には、試合ごとに東北向けのコメントをしてもらう、あるいは東北からヤンキースに観戦に来たファン用のボックスシートをマー君のポケットマネーで用意する。シーズンオフには当然、仙台に凱旋帰国し、地元のイベントに参加する。ちなみにポスティングシステムで充実させた施設にはマー君の痕跡を残す。たとえばトレーニングセンターを建設するなら「田中トレーニングセンター」なんて冠付きの名前をつけてしまう。マー君はシーズン中はアメリカで、シーズンオフは東北で大忙しということになるのだ。そして地元東北も年がら年中マー君で盛り上がる。

マー君が地球の裏側から東北を活性化

こうなると、マー君と東北=楽天の間に相互活性化の循環が発生する。つまりマー君が活躍すればするほど、マー君は「東北の星」「東北の誇り」となり、東北のファン、楽天ファンはマー君を応援したくなる。しかも、それは世界のヤンキースでアメリカをきりきり舞いさせるマー君。そこに自らをアイデンティファイさせれば、東北に、そして自分に自信を持つことが出来る。「アメリカでがんばるマー君、東北のわれわれもがんばらねば!」となるわけだ。

一方、マー君の方も常に東北がバックアップする体制ゆえ、安心して大リーグに打ち込むことが出来る。当然、マー君の東北へのアイデンティファイ率も高まっていく。こういう循環を作り出せれば、だれもがトクをしてしまうのだ。東北は地域活性化、マー君は野球へのモチベーションがそれぞれ付与されるのだから(ちなみ、これを部分的にすでに実行しているのが中日と巨人だ。中日は大リーグに渡った選手を中日スポーツで追い続けているし、巨人はヤンキースで活躍した松井秀喜を徹底的に抱え続けるという方策を講じている)。

ところで マー君をめぐる、こういったアイデア。実は、長期低落傾向にあるプロ野球の改革のためには有効ではないだろうか?後半はプロ野球のこれからのあり方について考えていく。(続く)

高野連はなぜ「ご理解」を求めたのか

花巻東高の千葉翔太選手が夏の甲子園大会で行ったいくつかの行為が物議を醸している。一つは塁上から相手のサインを読み取りバッターにジェスチャーで送っていたこと。そしてもうひとつは「カット打法」。ボールをカットし続け、好球かフォアボールを狙う技法。双方とも高野連の高校野球特別規則に抵触するということで、高野連側から注意され、どちらも使えなくなって準決勝では敗退したといわれている(まあ、これをやめたから敗退したと必ずしも言い切れるわけではないけれど)。これについて前者はともかく、後者については概ね世論は同情的であり、一方、注意を促した高野連には非難が浴びせられるという図式になっている。

さて、今回の騒動をメディア論的に、かつ安心理論的(安心理論とは、全てを肯定的に捉える”屁理屈”のこと)に考えるとどうなるか?それがこのタイトル、つまり「高野連は正しい」という結論になる。「なにをふざけたことをほざいているのか?」といきり立たれた方もおられるかもしれないが、怒りをおさめてしばらくお付き合いいただきたい。意外と、これはハッピーエンドになり得る出来事なのだ。

先ず高野連の「ご理解」という事実上の「注意警告」について。高野連の役割は野球を通じた教育といった側面を持っていることは言うまでもない。いわば「清く、正しく、たくましい」青少年の育成と言ったところだろうか。だから勝利至上主義、技術至上主義よりも努力が重んじられるという傾向がある。いわば「スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦う」といったところが理念。だから、まあ素直じゃなけりゃいけないみたいな文脈もあるだろう。実際、高校野球では高校生が審判にクレームをつけるなんてことはありえないし、テレビ中継の際、判定のきわどいようなプレーは決して再生されることはない。もちろん相撲みたいにスローモーションで微妙なところを再生なんてこともやらない。いわば、ちょっとカビたようなかつての「青年育成」的な立ち位置だ。

こういった高野連の方針=理念からすれば、当然、千葉選手のやった二つの行為は×か△になる。「正々堂々」とはしていないし、夏のクソ暑いときにひたすらピッチャーの球数を増やして疲弊させるなんてのは「卑怯」だ。それが技術的にいかにスゴイものであろうと、だ。ちなみに千葉選手に対する注意は試合中でなく、試合後に行われているのだが、まあこうった立ち位置からすれば、このようなシチュエーションもあるだろう。だから、高野連を後出しジャンケンみたいに非難するのはあまり意味がない。

だが、これの高野連の対応はプロ野球に馴染んでいる多くの野球ファンからすれば噴飯物。見ている側はプロ野球のように駆け引きのスペクタクルが見たい。また努力を技術に昇華した千葉選手の技術も見たい。だから、高野連には一斉に非難が上がった。古びている、保守的すぎるってな感じに。

ところが、である。高野連が高野連であるためには、こういった花巻東への一連の対応は絶対にやらなければならないことでもある。どんなに古くカビたものであろうとも高野連はそれなりに高邁な理念を抱き続けてきたわけで、それが結果として高校野球という「国民的スポーツ」を築いてきたことも確かだからだ。もし、こういったカビたような理念は古いと言ってどんどんルールや黙契を変更していったならば、それは結局他のスポーツ、そして高校生のやるスポーツとの差異がなくなってしまう。そうなった際には、高校野球はこれまでの高校生のスポーツの中でも特別なものであるという地位から引きずり下ろされてしまうはずだ。

あたりまえだがスポーツにはルールがある。そしてそのルールは各スポーツで恣意的に決定されている。そして一つのスポーツにもさらに下位分類があり、分類されたそれぞれのジャンルでまたルールは異なっている。またそれぞれにも黙契がある。だから野球の一分野である高校野球にも、一般のプロ野球のルールの他に、前述したような「青少年の育成(カビた)」といった理念、そして黙契があり、これがスポーツの一ジャンルとして、しかも他のスポーツよりも特化されたものとしての地位を確保し続けることを可能にしてきた。ちなみに、そのルールは前述してきたように、それぞれのジャンルで恣意的に決定されているので、科学的根拠や道理などというものは原則関係がない(ただしカビすぎると日本大相撲協会や全日本柔道連盟のように構造的腐敗を来してしまうのだけれど。で、実は今回、最も懸念すべきことは高野連のカビた構造がヘンな状況になっているのではないかということなんだが)。

で、高野連はこういった高校野球の伝統を守ろうとするがゆえに、今回花巻東にご理解≒注意警告を促すという行為に出たわけで、構造維持といった意味ではきわめて「まっとう」な対応をしたと考えてよいのである。

千葉翔太選手の取り分

でも、それじゃあ千葉選手の努力、そして技術はどうなるんだ?いくらなんでも可哀想ではないか?まあ、これはいわばプロ野球マンガの「巨人の星」で星一徹が従軍して肩を壊し、それでも巨人軍で野球を続けようとして魔送球を生みだし、これがいわば走者のアタマにボールをぶつけるような黙契に抵触する技術だったので川上哲治に促されて(つまり「ご理解」を求められて)野球界を去っというのと同じ図式になる。つまり、どんなに素晴らしい技術であっても、高校野球で「それをやっちゃあ、おしまいだよ」の範疇に収まってしまうのだ(収まるかどうかは高野連が決めている)。これはプロ野球が舞台になっているが、高校野球になぞらえマンガを例に出せば「ドカベン」の殿馬一人のような選手は許されないということになる(秘打「花のワルツ~」\(^_^))。

準決勝でカット打法を封印され、役割を果たせず敗退、試合後泣きじゃくり過呼吸にまで至ってしまった千葉君の心中を察するにはあまりあるところである。だが、千葉君、今でこそがっかりしているかもしれないが、実は今回いちばんトクをしたのは千葉君なのだよ。キミは試合に負けて勝負に勝ったのだ。なぜって、キミは甲子園で殿馬をやってくれたクリエーターなんだから。もう、キミの人生の肩書きには「カット打法の千葉翔太」という記号がしっかりと刻まれている。当然、この後の大学進学は引く手あまただろう(ひょっとしてプロ野球?)。だいたいカット打法と言ったところで並の人間が出来るような技術じゃない。もうすでにYoutubeではキミのカット打法の映像が35万回以上も閲覧されているものすらあるくらいなんだから。

で、もしこの打法に高野連がクレームをつけなかったらどうなっていたか?花巻東は彼の技術を擁して延岡学園に勝利したかもしれない。しかし、それなりの注目しか得られなかっただろう。ところがこれに高野連がケチを付けた。そしてメディアが一斉にこのことを騒ぎ立てた。その結果、今や千葉選手は今大会でも断トツのヒーローだ。しかも「卑怯な選手」というより「技術を封印された同情すべき選手」として。そう、キミの打法に歴史的痕跡を刻印してくれたのは、他でもない高野連、そしてメディアなのだ。それは92年に星稜の松井秀喜が明徳義塾から五打席連続敬遠をされて敗退したが、その後、この事実が松井という人物を野球の歴史に刻んだのと同じことだ(一方、その時の明徳の選手たちはバッシングの嵐で酷い目に合った。もう忘れ去られているが、次の試合は観客席から非難囂々。モノも投げ込まれるという始末で、選手は完全にビビり、大敗してしまったのだ)。そう、繰り返そう、千葉君、キミはメディア論的には試合に負けて勝負に勝っている。

そして、みんな幸せになりましたとさ

さて、今回の騒動、今後どうなるか?おそらくカット打法についてはかなり明確なガイドラインが示され、もはや千葉翔太的な打法はご理解≒注意警告どころか完全な禁止事項になるだろう。でも、そうすることによって高野連は高校野球を高校生のスポーツとしては特化されたものであることを維持できるようになる。ちなみに、スポーツを楽しむ側からすれば、こういった「わけのわからないルール」「不条理なルール」というのは、そのスポーツに関心を寄せるモチベーションとしても、実は機能する。たとえば、これはプロ野球で考えればよくわかるだろう。今や計測技術が進んでいる時代。審判なんておかずに機械計測した方がよほど正確なハズだ。あるいは審判を置いたとしても補助的な存在にしておいたほうがルールとしては厳密でフェアなものになるはずだ。ところが相変わらず審判によって試合が進行する。なぜか?実はスポーツは、こういった「人間的営為」、つまり人間が裁くことによる不確定要素が混入することによってスペクタクルを築き上げ、オーディエンスたちの関心を惹起するものであるからに他ならない。「あのジャッジはおかしい」なんて議論が展開されるということも、実はマクロ的な視点からすればスポーツという「観客を必要とするジャンル」を形成する一つの要素なのだ。ようするに、このイイカゲンさ、不確定性が、実はたまらなく面白い(余談だが、僕は箱根駅伝の際、箱根登山鉄道を止めずにいつものダイヤ通り運行させるべきだと思っている。メチャクチャ面白い勝負の綾となるはずだ。実況中継が「あ~っ、ここで遮断機が下りてしまった~っ」なんてやるわけだ)。

一方、千葉翔太選手は、もう問題ない。高校野球史に残る選手としてカット打法という金字塔を打ち立て、これからも野球の世界の中で輝き続けることが考えられるからだ。来年、彼がどこかの大学(おそらく六大学のどこかが引っ張るに違いない)で試合に登場したとき、メディアは彼を大注目することはもう約束されている。しかも、その時にはどれだけカット打法を繰り広げようがお咎めなし。いや、僕たちは彼がどんな技術で、どれだけボールをカットし続けてくれるかに興味津々となるに違いない。

そう、今回の騒動。今のところは同情だ非難だと騒がれている状態だが、結局のところ関わった人間がいずれもトクをするウィンーウィンの出来事だったのだ。つまり高野連、千葉翔太選手、そして僕たち高校野球の観客。

はやく千葉君のこれからの活躍が、見たいなあ!

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(東京中日スポーツの一面。優勝した安藤より浅田の背中の方が大きい)


四大陸選手権での安藤未来のメディアでの扱い

フィギュアスケート四大陸選手権女子で安藤美姫が優勝した。で、ここでの報道が実におもしろい。フジテレビの中継ではもっぱら浅田真央が映され、女王=浅田真央とその周辺という感じの報道のされ方だったのだ。もちろん、浅田が昨年優勝しているという点からすれば「女王」という名称は間違っていない。しかし、今シーズン浅田は絶不調、一方、安藤は絶好調で、どうみても日本の女子フィギュア界での女王の立場は逆転している。でも、そんなことはおかまいなしである。

これは、他メディアでも同様で、翌日のスポーツ新聞では安藤が二百点越えという快挙を果たしたにもかかわらず、一面を飾ったのが必ずも安藤ではなく浅田だったのだ。もっともすごかったのがスポーツ報知で一面全部が二位の浅田だったのだ(安藤は映っていない)。一方、面白かったのは東京中日スポーツで、確かに優勝した安藤が一面にデカデカと映し出されているのだが、そのシーンが浅田と抱擁する写真。安藤は浅田の後ろ姿に隠れて顔しか見えていない、一方で浅田の後ろ姿がバッチリというものだったのだ。

浅田は「浅田真央」ではなく「まおちゃん」だ

で、こういった「偏向報道」は、いうまでもなく浅田の人気が絶大であることに由来する。浅田真央という存在は僕たちオーディエンスにとっては「浅田真央」という生身の人間ではなく「まおちゃん」という記号的存在。その記号内容はといえば、日本国民の娘、日本国民の妹といったところになるのだろうか。オーディエンスがまるで彼女の庇護者のように発言や演技に一喜一憂する。一方、安藤は「ただのフィギュアスケート選手」。いや、場合よっては「したたかな女」という記号でさえもある。

ならばメディアとしては安藤を取り上げるよりは浅田、いや「まおちゃん」を取り上げる方が視聴率、発行部数を稼ぎ易い。いいかえれば、浅田は「まおちゃん」という虚像=記号を勝手にメディアによって付与されているわけで……ひょっとしたら彼女が不審からなかなか立ち直れないのは、この商品としての記号の重圧に押しつぶされているからかもしれない。つまり「まおちゃん」が「浅田真央」を苦しめている?

ちなみに、安藤は商品としては使えないので、今後勝ち続けたとしてもスルーされるだろう。でも、もし浅田が復活するとことがなかったならばメディアはどうすればいいのだろう?

実は、メディアは蒙古のことを考えて手を打っている。次の存在としての村上佳菜子をすでに準備しているからだ。しかもこれを浅田の継承者として、二人の親密な関係をクローズアップする形で。すでに、村上に対する報道が安藤よりも圧倒的に多いのはご存じだろう。こちらは「元気いっぱい」で「ノリノリ」の記号性あふれる存在。近々にも浅田の「まおちゃん」に相当するニックネームが与えられるはずだ。

浅田も安藤も、そして村上もメディアにとっては記号でしかない

で、実際に浅田が復活できないとすれば、メディアとしては、いわば「賞味期限切れ」。とっととポイして、晴れて村上に乗り換えるというわけだ。しかも、村上には「まおちゃん」の財産を全部継承させるという手続きを取って。そして、安藤はやっぱり注目されないわけで(そういえば、最近、安藤にはニックネームの「ミキティ」という表現が使われなくなっているなあ)。

つまりメディアは注目すべき記号として浅田を執拗に持ち上げ、一方で注目すべきではない記号として安藤を執拗に取り扱わない。メディアにとって必要なのは浅田、安藤本人ではなく、彼女たちに付与された記号性なのだ。そして、これはもちろん、村上も例外ではないのである。

天才と秀才が分野を切り開く

天才と秀才の違い、そしてその役割について考えている。

「ある分野、あるジャンルに天才と秀才が現れたとき、それは一分野=ジャンルとして定着する」こんな法則があるように、僕には思える。そしてその出現の順番は必ず天才→秀才の順だ。つまり天才がジャンルを開拓し、秀才がこれを体系化する。ここではロックを創り上げたビートルズの二人を取り上げよう。天才はジョン・レノン、秀才はポール・マッカートニーだ。

ビートルズがセンセーショナルなデビューを遂げたのは1962年。当初はどう見てもジョンのバンドだった。そして楽曲もレノン=マッカートニー(実は、当初のクレジットはマッカートニー=レノンだった)とあるものの、ジョンの楽曲の方が多く、シングル・カットされるものもジョンのものだった。”Please Please Me””From Me to You””She Loves You””I Wanna Hold Your Hand””A Hard Days Night”といった楽曲がそれ。これらに共通してみられるのがストレート・アヘッドな構成だ。カンタンに言い換えれば、深いことは考えず、ノリノリで、一気にまくし立てるようなパターン。どう見ても作曲に時間がかかったという感じではなく、鼻歌まじりで出てきたアイデアをそのまま曲にしてしまったといえばよいだろうか。ジョンは細かいことなど考えず(面倒くさがりだったのはツトに有名)、とにかくノリで作ってしまったという感じだ。そして、それがスゴい。曲のフレッシュな感覚とグルーヴィさは何十年たっても色褪せることがない。

しかし、中期以降のビートルズの楽曲をチェックしてみると、その多くがポールの楽曲になっている。”Let It Be””The Long and Winding Road””Get Back””Hey Judo”などなど。ビートルズは中期以降、ライブを取りやめ、コンセプトを重視したアルバム制作に精力を傾けていくが、こういった流れの中で手の込んだ作業を徹底的にやり込んだのがポール(そしてプロデューサーのジョージ・マーティン)だった。たとえばアルバム「アビー・ロード」のB面のメドレーは、そのほとんどをポールが手がけている(ちなみに、この手法はソロになってからのアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」のB面でも見ることが出来る)。ポールはジョンの才能を認めつつ、それに追いつこうとさまざまな手法を身につけ、手の込んだ作品を創り上げていったのだ。

一方、後期のジョンは冴えない。歌曲もいくつかは存在するが、ポールの作品の中に埋もれているという感じだ。これは、結局、ジョンが音楽を対象化するという作業ができなかったからだろう。ノリだけ、感性だけで曲を作り続けるわけで、前回のイチローの言葉を借りれば「ヒットを説明できない」、つまり「楽曲を対象化して説明できない」ということになる。一方の、ポールは曲を徹底的に分析したわけだ。

このことは解散後にリリースされたアルバムを聴くとかなりよくわかる。70年代、ポールは楽曲をリリースし続け、70年代で最も成功したミュージシャンとなった。一方、ジョンの方もアルバムを出すが、散漫なものが多く、息子のショーンが誕生した七十年代後半はハウス・ハズバンドとしてその活動を停止させてすらいる。

「いやそんなことはない。”Imagine”といった歌曲もあるではないか。そしてジョンは偉大なミュージシャンのナンバーワンとして位置づけられてもいる」とツッコミを入れることもできるのだけれど、実はジョンが神格化されたのは80年に暗殺されて以降の話だ。そして、その神格化(“Imagine”を傑作化する作業も含む)をプロデュースしたのが、ジョンのもう一人のパートナーだったオノ・ヨーコであったことは言うまでもない。

こうやってみてみると、天才ジョンを巡ってジャンルやシステムが二つ立ち上がっていることがわかる。一つは言うまでもなくビートルズとロック。天才ジョンが立ち上げ、秀才ポールが「ビートルズ」というブランドを構築した。そしてもうひとつは「ジョン・レノン」というブランド。これもまた天才ジョンが立ち上げ、秀才ヨーコが構築した。

天才=秀才というセットによるジャンルの成立図式は枚挙にいとまがない

こういった天才=秀才の組み合わせは、ジャンル成立に欠かせないのかもしれない。今回、はじめに挙げたV9という巨人の歴史を作った天才=長嶋と秀才=王、パーソナルコンピューターの世界を駆逐した天才=スティーブ・ジョブスと秀才=ビル・ゲイツ、昭和のしゃべくり漫才を完成させた天才=横山やすしと秀才=西川きよし、ディズニー王国を創り上げた天才=ウォルト・ディズニーと秀才=ロイ・ディズニーl、江戸時代を築いた天才=織田信長と秀才=豊臣秀吉・徳川家康などなど。

やはり、天才が立ち上げ、秀才がこれを制度=体系化するという図式があるようだ。言い換えれば、もし片方だけだったなら、そのジャンルは成立しない。前者だけなら、その輝きは一代限り、後者だけなら何も生まれない。

そういった意味でイチローは、野球史がこれまで構築してきた様々なアイデアをまとめた存在として歴史に刻まれることになるのではなかろうか。

天才・長嶋と秀才・王

天才と秀才の違い、そしてその役割について考えている。

もうすこし天才と秀才の違いについて考えてみよう。で、ここでも例をあげてみたい。イチローということで野球つながりで。60年代から70年代にかけての巨人のV9(9連覇)を遂げるが、その際の立役者となったのが長嶋という天才、そして王という秀才だった。二人のコントラストについてはこんな証言がある。

野村克也の「つぶやき戦術」、その有効性

一つは野村克也によるもの。野村は今でこそ「ボヤき」による選手管理が有名だが、現役時代は「つぶやき」戦術による、対戦相手バッターへの心理作戦が知られていた。キャッチャーである野村は、バッターボックスに入ってきた相手チームの選手にボソボソっとつぶやいて心理的な動揺を加えるのだ。そしてこれが一般レベル、秀才レベルの選手には功を奏した。秀才である王はその典型。たとえばバッターボックスに立った王に対して野村は次のようにつぶやいた。

「あれっ?ワンちゃん(王の仇名)。ちょっと左肩が下がってない?」

バッティングの構えのことを指摘しているのだが、これを聞いた王は、途端に自分の左肩の具合を意識しはじめる。王は自らのバッティング・フォームを論理的に徹底して詰めるという形で作り上げている。つまり、どのようなスタイル、どのような腕や足の位置でスイングするのが理想的なのかについてイメージし、これを定点観測的にチェックすることでバッティング・スタイルを形成している。野村はそこにつけ込むのである。

論理的に組んでいると言うことは、その一部の誤りを指摘すれば、それを修正する必要がある。王がそのことを意識してしまえばバッティング全体のバランスは崩れてしまう。そうすることでピッチャーがボールを投げる前に王を仕留めてしまうのだ。

一方、長嶋の場合は全くダメだったという。野村が、長嶋に対して、やはり同じようにフォームのことを指摘した時、長嶋は

「あっ、そう」

と答えただけで、そんなことは一切記にしなかったという。そして、結局、長嶋はいつものようにヒットをかっとばした。

板東英二のON対策

中日のエースであった板東英二(現タレント)は、ON(王と長嶋の略称)をどのように攻略しようかと日々頭を痛めていた。板東はエースではあるが、急速が130キロ程度しか出ない。もっぱらバツグンのコントロールとボールの出し入れで相手を討ち取るというピッチング・スタイルを旨としていた。ただし、この二人は別格で、どう対応したらいいかわからない。で、王に関しては何とかパターンを読み込むことができた。ところが、長嶋に対してはどうしても対応策がわからない。いろんなやり方を試してみるのだけれど、やっぱり打たれてしまう。おかしいのは、一つの試みが時に失敗、時に成功する。つまり、長嶋のバッティング・スタイルは”つかみどころ”がないのである。


ヤケクソになった板東は、ある日ちょっと考えた。

「今日は何も考えないで投げてみよう」

すると、長嶋はなんと三振したのである。

その時、板東は悟ったのだ。

「つまり、この男は何も考えていない。だから対策を考えても無駄!」

この二つのエピソードについても、もはや説明の必要もないだろうが、要するに「長嶋は天才だから自分のバッティングが説明できない、というか自分でも知らない。王は秀才だから説明できる」と言うことなのだ。だから、長嶋に何を言っても、どう対策を困じても無駄。一方、王はそうではなかった。

ただし、だからといって天才が素晴らしく、秀才はそうではないと言うことではない。新しい世界が開くとき、必ずと言っていいほど天才と秀才が出現する。しかも、それぞれの役割を持って。では、それは何か?(続く)

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