NHK朝の連続テレビドラマ小説「あまちゃん」の魅力はテーマパーク消費、つまり空間的設定=ジャンルの統一、時間的設定=物語性という二重のテーマ性をハイパーリアルに楽しんでしまうところにある。前回は空間的設定について触れた。今回は時間的設定、つまり物語の側面について考えてみたい。
時間軸=物語としてもテーマ性が貫かれている。中でも徹底して行われているのが、番組の中に登場する「80年代アイドルシーン」の物語だ。
「80年代テーマパーク」的要素がいっぱい
とはいうものの時間軸からではなく、まず空間的なテーマ性を確認しておこう。番組の中では頻繁に春子(小泉今日子)がアイドルを目指した80年代半ばのシーンが登場する。上京した若き春子(有村架純)がバイトするのはベタに80年代的な喫茶店であるし(コーヒーを淹れるマシンは当時の主流の一つだったサイフォンだ)、応募したタレントスカウト番組番組「君でもスターだよ!」は「君こそスターだ!」という70年代に放送された番組を雛形にしたものだ(番組の中で展開される80年代アイドルシーンは、そのままというよりも70年代後半から80年代前半全般が舞台となっている。たとえば「君こそスターだ!」は80年に番組を終了しているが、ドラマの中では84年だ)。
そして、ここにアイドルを目指す架構の若者・春子が挿入される。彼女は当時絶対アイドルであった松田聖子を真似て、髪型をいわゆる「聖子ちゃんカット」にしている。そして「君でもスターだよ!」に出演、見事グランプリを獲得するのだが、時代はおニャン子クラブのような素人アイドルが受ける時代に移行してしまい、プロらしさを目指す春子は時代遅れで、その夢が絶たれてしまう。
80年代アイドルシーンというテーマ=物語設定に欠けている二つ
そして、この春子と80年代の絡みが実に「いわれ」に満ちたハイパーリアリティを形成しているのだ。注意深く見てみると、この番組が描く80年代アイドルシーンの中にはホンモノのそれとは決定的に異なるものがある。それは当時のアイドルが、ドラマが指摘していたような、おニャン子クラブに代表される「素人主導の時代」一辺倒というわけでは必ずしもなかったことだ。79年に松田聖子がデビューし山口百恵の後継(ただし「時代と寝た女」から「時代に添い寝した女」とその位置づけは変わる)が決定した後、松田聖子の二番煎じ的なアイドルもまた登場している。実際、これらタレントの多くが聖子ちゃんカットだった(完全にパクリの「聖子ちゃんズ」という三人組ユニットまであった)。また、映画からも女性アイドルが登場してもいる。この「後続世代」、そして「銀幕アイドル」の存在がドラマの80年代アイドルシーンから全て外されているのだ。なぜか。
理由は簡単だ。前者の代表が小泉今日子であり(中森明菜も含まれる。二人ともデビュー当初は聖子ちゃんカットだった)、後者の代表が薬師丸ひろ子だからだ(薬師丸は角川春樹事務所が生んだ銀幕アイドル。この後に原田知世、渡辺典子が続いた)。この二人もまた、松田聖子と並んで80年代(薬師丸は70年代後半から)を代表するアイドルであったのは周知のこと。そして、なんとこの二人が朝ドラ「あまちゃん」を彩るきわめて重要なキャラクターを演じている。しかも、番組の中では本当の80年代アイドルシーンからは欠けている二つの要素を別の形で番組の中で再現しているのだ。つまり当の本人二人が、ヴァーチャル80年代でのもう一人の自分を演じているのである。
「潮騒のメモリー」は80年代アイドルシーンのすし詰め
その究極は春子が歌うシーン。春子はスナック梨明日で仲間たちに促されて80年代のアイドル映画のテーマソング「潮騒のメモリー」を歌うのだが、この曲はどうみても松本隆+筒美京平による一連の松田聖子ソングをごった煮にしたものだ。この曲から松田の「スイートメモリーズ」「小麦色のマーメイド」「赤いスイートピー」といった曲を思い浮かべるのは40代以上なら容易だろう(タイトルにはメモリーがあり、歌詞の中にもマーメイドが登場し、サビの部分は赤いスイートピーのサビの”I will follow you”以下の部分を彷彿とさせるメロディーだ)。そして、この映画は山口百恵が出演した映画「潮騒」が雛形になっているし、また、そのストーリーが荒唐無稽である(内容は明らかにされていないので、本当のところどういったものかわからないが、そのような解説が施されていた)ことから、これは70年代後半~80年代、その荒唐無稽さで一世を風靡した大映テレビ室による一連の「赤いシリーズ」ドラマを彷彿とされる(赤いシリーズの主役山口百恵であり、80年代、その続編的なドラマ「少女に何が起こったか」の主役は小泉今日子だった)。この映画に出演し女優の地位を獲得したのが薬師丸ひろ子演ずる鈴鹿ひろ美だ(名前の部分の前半があえて「ひろ」とひらがなで併記し相同性を示している)。そしてドラマの中では、現在、鈴鹿ひろ美は大女優だが、薬師丸ひろ子も大女優なのである。ちなみに「潮騒のメモリー」をオリジナルで歌っているのは鈴鹿ひろ美ということになっているが、この曲は薬師丸の大ヒットを放った一連の曲のイメージ(「セーラー服と機関銃」「メインテーマ」など)もまた踏襲している。つまり小泉が歌っても、薬師丸が歌っても80年代が彷彿とされる作りになっているのだ。なんという、「いわれ」そしてリアルを踏まえたヴァーチャルの創造であることか!スゴイ!
春子が歌うシーンにはもう一つ「いわれ」が付加されている。春子が前述のオーディション番組「君でもスターだよ!」に出演して歌ったシーン。ここで歌われた曲が松田聖子の「風立ちぬ」。で、若い頃の春子役(有村)の歌うシーンをよく見ると口パクなのだが、その吹き替えをやっているのが他ならなぬ小泉今日子なのである。前述したようにデビュー当時、小泉今日子の髪型は聖子ちゃんカットだったのだけれど、ここもまた、しっかり踏襲されている。有村演じる若き日の春子は現在、ドラマの中で小泉が演じる春子の若き日であるとともに、小泉がひょっとしたら若い頃になっていたかもしれないもう一人の小泉でもあるのだ。(続く)