未来ニュース:10月22日衆院選の結果、自民公明が三分の二の議席数を確保

今回の衆議院選挙。終わってみれば「大山鳴動してネズミ一匹」という状況だった。既存勢力の自民党は過半数を維持、さらにこれに公明党を併せ三分の二を確保した。また共産党も微増だが議席数を増やした。一方、希望の党は予想に反して惨敗に近い状態、議席も60を割るという惨憺たる状況だった。意外だったのは民主党から締め出しを食らった一派で構成される立憲民主党で、予想外の健闘だった。

さて選挙序盤戦、台風の目といった感すらあった小池百合子と希望の党だったが、なぜこんな体たらくな結果になってしまったのだろう。これを今回はメディア論的に分析してみたい。

小泉が教えた勝利の方程式=ブレないこと

小池が希望の党を立ち上げて世間の注目を集めたとき、多くの人間が「これは何か凄いことが起きそうだ」と色めき立った。小池は先の都議選で都民ファーストの会を立ち上げ、自民党中心の都議会から覇権を奪うことに成功する。これに注目したメディアは一斉に1つの経験則を引用した。それは「都議選の結果は次の国政選挙にベタに反映する」というもの。それゆえ、小池が希望の党を立ち上げたとき、政治の流れに何か変化が起きるのではという感覚が頭をよぎった人間は少なくないはずだ。そして党立ち上げ直後に党CMを公開。しかも、このCM企画は既に三月に立てられていたとのアナウンスで「小池百合子は政権奪取に向け周到な準備を行っている」というイメージを世論に植え付けることに成功した。

実際、自民党員たちからも危機感を感じさせるコメントが頻出した。どう見ても新しい風が吹きそうな気配だったのだ。

さて、こうした「風」について、われわれは既にいくつか経験している。ひとつは「郵政民営化選挙」と呼ばれた2005年の衆院選だ。首相の小泉純一郎が議会を解散した理由は「郵政民営化」の是非を問うものだった。本人は徹底した民営化の推進派。しかし自民の郵政族は抗戦に打って出た。そこで選挙で勝負ということになったのだった。

この時の小泉の戦略は見事と言うほかはなかった。「郵政民営化は行政改革の本丸」と言い放ち、あたかも郵政民営化が全ての問題を解決するようなアピールを行ったのだ。これはたとえば衆議院比例区の小泉による政見放送の際もまったく同じだった。郵政民営化以外は一切語らなかったのだ。さらに、郵政族と呼ばれた民営化反対の自民党議員には刺客と称して対抗馬を立て、その多くを敗北させた。

しかし、このやり方、実はかなり詐欺まがいであったことも確かだ。まず郵政民営化=行政改革という図式。よくよく考えてみればそんなことはありえない。実は、行政改革の内実は不透明なままだったのだ。さらに郵政民営化自体も、実のところ有権者の多くは理解していなかった。また、敵が野党ではなく自民党内部であったことも実に不思議なことだった。

矛盾だらけの小泉戦略。ところが、これを確信犯的に小泉は推進し、一切ブレることがなかった。こうした選挙に向けての畳みかける攻撃。自民郵政族はさながら「悪代官・越後屋」、小泉は「御老公」、刺客は男なら「弥七」、女なら「お銀」という単純な水戸黄門型劇場図式で、反対派を「抵抗勢力」として、これを攻撃していったのだ。小泉は「ブレないこと」そして「次から次へとサブライズを出し続けること」という戦略を推進していった。有権者たちは政権内容では無く、全くブレない小泉の姿勢とサプライズの連続に陶酔していた。こうして小泉劇場は成立したのだった。

東国原が教えた勝利の方程式=徹底したしがらみ排除

2006年末に実施された宮崎県知事選に東国原英夫(当時そのまんま東)が出馬する。当初泡沫候補と呼ばれていたのだが、あれよあれよという間に県民の支持を取り付け、知事に登り詰める。東国原の戦略には小泉のブレない姿勢にプラスして「しがらみ排除」があった。それまで宮崎県知事はいずれも「しがらみ」にまみれていた。2代前の知事は談合事件で逮捕されて失職、一代前はシーガイアを誘致して県民に多大な借金を負わせた挙げ句、外資系企業に二束三文でこれを売却した。前任の知事も談合疑惑で辞任(後に逮捕)している。

そこで東国原は「しがらみ排除」を前面に押し立てて選挙戦を展開した。もともと支持基盤を持たないのでしがらみも何もあったものではない。だが、芸能界出身。芸能人からの応援を得ることは可能で、事実、以前ユニットを組んでいたたけし軍団の大森うたえもんが応援に駆けつけると手を挙げたことも。ところが、東国原はこうした芸能界からの応援を一切拒絶したのだ。なぜか?論点が「しがらみの排除」だったからで、自らそのことを身をもって示そうとしたからだ。そう、東国原は完全にしがらみがなく、しかもブレていなかった。そして、それ東国原劇場を誕生させていった。

小池百合子の失敗

さて、小池百合子である。小泉=東国原的な手法を今回の衆議院選で使おうとしたのはどう見ても明かだ。つまり「劇場」を演出すること。実際、小池は「ブレないこと」「しがらみ排除」この二つを戦略に置いていた。ブレないことについては、小池は常にひるむことなく攻めの姿勢を見せ続けた。たとえば弱いところ、都合の悪いところを突っ込まれたときには、かならず「微笑み返し」あるいは「逆質問」という戦略に出ていた。そして前述したように、様々な仕掛け=サプライズが周到に用意されていて、それが次から次へと繰り出されるといったことを大衆に期待させるような演出を展開していた。しがらみについては、そもそも政治モットーが「しがらみ排除」だった。これは言うまでもなく森友・家計問題に対する異議申し立てだった。いいかえれば安倍は、閣僚は「お友達」、政策も「忖度」にまみれた「しがらみマン」で、この疑惑を選挙で払拭しようとしていたのだけれど、そこに小池はツッコミを入れたのだ。もちろんカウンターをあてる自分は「しがらみ無し」という立場で。このコントラストは東国原のやり方と同じだ。

ところがこの二つがガタガタと音をはじめて崩れ去っていく。事の始まりは言うまでもなく民進党代表前原誠司との連携だった。この連携で民主党党員は無所属になり希望の党から出馬することを前原は宣言したのだが、小池は「三権の超経験者は排除」という姿勢に出る。政策が異なるから、これらの民進党員とは共闘はしないという姿勢を示したのだ。これで民進党は分裂し、一部の枝野幸男を中心とする排除予定者たちが立件民主党を立ち上げる。すると有権者は「なんだ、希望の党、全然ブレてんじゃん」「周到な準備なんか、実はなかったんじゃないの?」「希望の党は単なる呉越同舟集団。それ自体がしがらみ」というイメージを抱いくようになってしまった。
いや、立憲民主党が立ち上がろうが、ある意味、実は問題はなかった。小池は立憲民主党の候補者に対して、徹底した対決姿勢を示し、小泉の時のように刺客ならぬ対立候補を全てに立てると明確に言い放てば良かったのだ。そうすればブレないだけで無く、サプライズにもなった。

ブレに関してはまだある。最大のブレは「国政でアンタは何をするつもりなんだ?」の答を言わなかったことだ。自分は最後まで国政に打って出ないと言い張っているのはブレないように思えるが、では「じゃあ、仮に希望の党が政権を取ったら誰が首相になるの?」についての答がなかった。それは小池のビジョンがブレていること、仕掛けの底が浅いことを言わずもがなに露呈してしまうことになる。

ホップ=都議選での都民ファーストの会の勝利、ステップ=希望の党の立ち上げと民主党や維新の会との提携と、ここまではよかったのだが、次のジャンプとなるブレない形での次のサブライズを出すことには失敗したのだ。前述したように三権の長経験者排除は徹底すればこれはサプライズになった。そして最後まで国政にでないといいながら、公示日に「やっぱり出ます」と言いえば、これは究極のサプライズ=ダメ押しのスーパージャンプになっただろう。「都政を放り出したんだからブレている」と思いたくなるが、これもやり方次第で劇場を演出しこれを加速させるサプライズには十分になり得た。たとえば「私は都政をやらなければいけないと思っていました。道州制的な新しい政治のあり方が今求められていると考えたからです。しかし、そのためには地方自治体の集合体としての国会を構築する必要がある。そこでやむを得ず都知事を辞任し、国政に打って出ることにしました。ただし、都政を放り投げたのでありません。私の政治のあり方を理解しこれを継承してくださる候補者が見つかったので、その方に安心して都政をお任せし、私は国政に打って出ることにしたのです。その方は○○さんです」とやればよかったのだ。ちなみにこの○○は「橋下徹」でも「東国原英夫」でも構わない。ところが、ただ国政に出ないだけなので、「じゃあ、アンタは国政を真面目にやる気があるのか」「希望の党の目的がわからない」ということになった。これで党のイメージは拡散。完全に有権者はシラけてしまった。小池は「緑色をトレードマークとする政治改革の旗手」から、ただの「緑のきつね」に堕していった。

冷酷なメディアの肌感覚

メディアは、こうしたムーブメントには敏感だ。人々がワクワクしそうなことについてはすぐに飛びつく。逆に言えば、そうでもないものについてはさっさとスルーする。なんと言っても世の耳目を引くことがマスメディアの仕事。視聴率が取れること、発行・出版部数が増加することが至上命題だから、この辺についての感覚は敏感だ。

希望の党が立ち上げられたとき、メディアはこれを一斉に取り上げた。大きなムーブメント起こること=劇場が発生する気配をメディアは感じたのだ。そう、ワクワクを人々と共有しようとしたのだ。ところがここ二週間というもの、政治、とりわけ選挙が取り上げらることは実に少ない。たとえば先週(10月第三週、投票日の1週間前)、ワイドショーがいの一番に取り上げた項目の中に選挙はなかった。取り上げられたのは仁所ノ関親方が自転車運転中に倒れたこと、煽り運転にまつわる高速道路での死亡事故、「空のF1」と呼ばれるエアレースで室屋義秀が年間チャンピオンになったことなど、ほとんどどうでもよい話ばかりだっ。つまり、この時点で選挙への関心は失われていた。いいかえれば選挙はとっくに終わっていて、結果はもう決まったも同然だったのだ。

投票に行かない無党派層

選挙への関心の無さは当日の投票に如実に反映された。史上最低の投票率を記録したのだ。小泉純一郎は「無党派層は宝の山だ」と言い放った。つまり無党派層がキャスティングボードを握っている(支持政党なしは6割近い)。ただしこの層は「何か面白いことがないか」と言った具合に関心がかき立てられなければ投票には向かわない。それゆえ無風状態では投票所に向かう層は決まっている。公明党、共産党のほとんどの支持者、そしてあらかたの自民党支持者だ。新しい風を期待する人々、つまり無党派層のほとんどは投票所に足を運ばない。だって、つまらないんだから。ワクワクできないんだから。そしてこれは当日台風が接近し、投票所への二の足を踏んだこともさらに追い風になった。

選挙は民意を反映しない

となると、今回の自民党の勝利は安倍政権の信任ではないと考えるのが妥当だろう。ただし安倍政権としては「これで森友・家計問題は禊ぎが払われた」「憲法九条改正はオッケー」「消費税10%も認められた」と解釈するだろう。これは最悪の構図といえないこともない。ただし、こういった、いわば「悪循環」を招いた元凶は、やはり小池百合子にあると言わざるを得ないだろう。彼女が政治改革をぶち上げながら、実のところ全てを壊してしまった(民主党に及んでは木っ端微塵に砕け散った。アダ花的に立憲民主党が健闘したのは反小池票を集めただけ?)というのが正直なところなのではなかろうか。


ということで、僕のこの原稿が明日ハズれていることを望むばかりである(本日は10月22日の投票日)。