映画の世界では数年前から4D映画というカテゴリーが登場している。ご存じ3Dはメガネをかけて立体映像を楽しむものだ。4Dは”four dimension”なわけで、名前からすればリアルワールドを超えてしまうのだが(笑)、4Dは3D技術に各種の体感が付け加えられたものを指している。4DXは風、水しぶき、香り、煙、風圧、雷、雨、泡、それにシート可動などの効果が。最近では地響き、霧、カラダへの感触、シートの突き上げが加わったMX4Dというシステムもあるらしい。

先日アメリカ・フロリダにあるウォルトディズニーワールド(以下WDW)のバックステージ(バックステージ=キャスト=スタッフのみが入り込むことのできるエリア)を覗く機会があったが、そこで4Dにまつわるちょっと面白いエピソートをキャスト=スタッフから聞くことができたので紹介したい。

最新技術の導入を志向し続けたウォルト

ウォルトがアニメ映画、そしてテーマパークを中心としたエンターテイメントビジネスの第一人者となった背景には、これらをより魅力的に見せるために、様々なテクノロジー、しかもこれまで使われてはいなかったものに次々と手をつけていったという事実がある。最もよく知られているのはミッキーマウスのアニメで、ミッキーの出世作『蒸気船ウイリー』(1928)は、アニメとしては実質的に初のトーキー(音入り映画)だった。これ以前にも、すでにトーキーは存在したが(アニメ映画初のトーキーは『なつかしのケンタッキーの家(Old Kentucky Home)』(1924年)実写映画初のトーキーは”Jazz Singer”(1927))、本作は音の映像が完全に一致し、しかもその組み合わせによって新しい表現方法を開拓していた。それが結局、後の技術のデファクト・スタンダートとなっていったことで「実質的に初のトーキーアニメ」と呼ばれるようになった。ウォルトは技術を志向し、そしてそれを世に放つときには作品に新風を吹き込む完璧なものにすることに余念が無かったのだ。

ウォルトは終生、こういった技術に対する執着が止むことがなかったが、その志向の一側面は、いわば「4D技術に向けて」と表現するのがふさわしい。歴史を辿りながら、このことを確認してみよう。

70年以上も前にアニメに4Dを取り入れようとしていた

一つ目は3D的な技術の追求について。これについては1933年に開発され、37年の二作品『風車小屋のシンフォニー』(原題”The Old Mill”)、『白雪姫』で初めて使われたマルチプレーン・カメラがある。原画と複数のセルを直接重ね合わせるのではなく距離をおいて浮かせ、真上からカメラ撮影するというもので、それぞれのセル画を上下することで微妙な立体感を作り出すことに成功している。その技術がよくわかるのは『ピノキオ』『バンビ』の冒頭シーンだ。とりわけバンビは秀逸で、森のシーンなのだが、思わず実物、あるいは3Dメガネなど不要と思いたくなるくらい見事な立体感が作り出されている。

4Dの技術に乗り出したのは1940年に上映された、セリフゼロ、クラッシック音楽に合わせて映像が流れ続ける実験的作品『ファンタジア』だ。映画館内に多数のスピーカーを配置し、それぞれ別の音を出させることで、立体音響、つまりサラウンドを可能にしようとする試みだった。この技術には「ファンタサウンド」という名称が与えられた。ただし、技術的には可能でもこの設備を映画館内に設置するには膨大な費用がかかるため、結局、ごく一部の映画館だけで、しかも3chでの立体音響になったという話は有名だ。ただし、録音は9トラックで行われていたため、戦後のリバイバル上映に当たっては立体音響が実現し、好評を博したという。また、現在販売されているDVD/Blu-rayでは、このサウンドが英語は7.1ch、日本語は5.2chで楽しむことができる。

さて、ここまでの情報は結構よく知られた話だ。しかしWDWのキャストの説明によれば『ファンタジア』制作に際しては、もう少し話が込み入ってくる。ウォルトの欲望はサウンドだけには留まらなかった。構想にはサウンドの他に、前述した4Dの技術も織り込まれていたのだ。具体的に思いついたのは風と煙。ただしこれは却下された。当時は映画館内でこれらを実現することは経費的にも技術的にも不可能だったのである。会議の席では他のスタッフから「映画館を火事にするつもりですか?」とたしなめられたという。

ただし、これくらいのことではめげないのがウォルトで、こういった4Dへの志向は映画制作を飛び越し、結局テーマパークの建設によって実現することとなる。1955年オープンのディズニーランドはこの時点ですでに蒸気で走る本物の機関車がパークを一周していた。また機械仕掛けの人形=オーディオ・アニマトロニクスという技術は音(オーディオ)、動き(アニメーション)、技術(テクノロジー)を一体化させたもので、これによって1963年、音に合わせて鳥が歌い踊るアトラクション『魅惑のチキルーム』が誕生した。現在、その最先端のひとつはWDW・マジックキングダム内のニューアトラクション”Seven Darfs Mine Train”で見ることができる。これは鉱山列車型のジェットコースターに乗って『白雪姫』の物語の一部を覗くものだが、ここに登場するこびとたちは完璧にセリフを喋る。台詞に合わせて口が「パクパク」するのでなはく、英語を「喋って」いるのだ。これはキャラクターの内側から映像をあてて動いているように見せているとの説明を受けたが、キャラクターには外側から光が燦々と浴びせられているにもかかわらず、口元はクッキリと見える。なので、説明されても実際のところ技術的にどうやっているのかサッパリ解らない。

ディズニーランドは4Dランド

4Dに向けた技術の革新はウォルトの死後も続けられ、その多くが現在ディズニーが運営するテーマパーク内で稼働している。「動き」についてはアトラクションなので言うまでもないが、それぞれのアトラクションでは熱や風、冷気、水しぶき、振動、地響き、煙、雷、まあとにかくいろんな仕掛けが登場する。パークはウォルトの4D志向の結晶したものといってよいだろう。

最後に、パーク内にある、ちょっと面白い4Dを紹介したい。それは「におい」についてものだ。ディズニーのテーマパークのアトラクションには「におい」のでてくるものがいくつかある。ハングライダーに乗ってカリフォルニアや世界の旅行体験ができる『ソアリン・アラウンド・ザ・ワールド』(旧『ソアリン・オーバー・カリフォルニア』、上海ディズニーランドオープンに伴ってワールドに変更された)では森の上空で森のにおいが、旧『カリフォルニア』ではオレンジ畑でオレンジのにおいが出てくるという具合だった(もちろん、同時に風も吹いている)。またフロリダのアニマル・キングダムやアナハイムのカリフォルニア・アドベンチャーにある、昆虫の地下世界に潜り込む『イッツ・タフ・トゥー・ビー・ア・バグ』やフロリダ、エプコットにある『ジャーニー・イントゥ・イマジネーション』で放たれる「におい」は、なんと「おなら」だ。

ディズニー流、究極の4Dとは

だが、さらに究極の「におい」がある。それは、フロリダ、マジックキングダム内のメイン・ストリートUSA(TDLのワールドバザールに相当するテーマランド)にあるスターバックスがテナントとして入っているお店「メイン・ストリート・ベーカリー」にある。ここはいつも客で賑わっている。一般のスタバ同様、コーヒーの他にサンドイッチにもありつけるのだけれど、店内、そして店の前はつねに焼きたてパンの香ばしい香り=「におい」が漂っている。まあベーカリー=パン屋だからあたりまえと思ってしまうのだが、ここにはパンを焼く設備はない。あらかじめ作り終えたものを運んできて提供しているだけなのだ。パンは地下にあるユトリドールという通路を使って搬入されている。ということは、この「におい」はいったい?実はこれもまた人工的に作られた「におい」なのだ。ユトリドールの天井に「におい」を出すボンベが取り付けられ、そこから店内と店の前ににおいをばらまくという仕掛け。言い換えれば、誰もこれが偽物だとは気づいていない。で、こうなると店の前のにおいがいちいち妖しい気もしてくるわけなのだけれど(笑)、これはさすがに驚いた。究極の4Dとは、もはやそれが4Dであることがわからない世界ということになる。