昭和レトロ?を守る食堂が閉店?

先日、一部の人間にとって衝撃的なニュースが流れた。

それは
「花巻マルカンデパート閉店」
である。

えっ、何のこと?

岩手県花巻市の商店街のど真ん中にあるこの百貨店。イトーヨーカドーなどの郊外型スーパーなどの進出ですっかり閑古鳥が鳴く状態に。いや、この百貨店と言うよりも、かつての商店街それ自体がシャッター通りと化しており、それに引っ張られた状態でもあるのだけれど(ただし、百貨店を経営するマルカングループ自体は事業を手広く展開している)。だから6月に閉店と相成った。

しかし、しかし、である。

この百貨店は店を閉じてはいけないのだ!たったひとつの理由で。
それは、

六階に大食堂があるから。

このガラガラの商店街、ガラガラの百貨店。ところがエレベータで六階に上がった瞬間、信じられない風景が広がる。この階はワンフロアが食堂になっている。つまり、かつてのデパート(百貨店といった方がすんなりくるが)の最上階にあった、あれが、そのまんま、ほとんどシーラカンス、トキ、ニホンカモシカのように残っているのだ。そして、驚くことにその席数、400もある。で、昼時にはなんと満杯!

デザインは古ぼったく、ウエイトレスのユニフォームも濃紺でダサい。チーフとおぼしき老人は白のワイシャツにネクタイと、かつての大食堂のそれ。提供される料理も寿司、ラーメン、お子様ランチ、ソフトクリーム、スパゲティ・ナポリタン、そば、うどん、オムライス、ホットケーキとジャンル横断で、こちらも大食堂のそれ。わけのわからないメニュー(マルカンさん、失礼!)ではマルカンラーメン(ラーメンに辛めの甘煮)、ナポリカツ(スパゲティ・ナポリタン+チキンカツという奇っ怪な組み合わせ)、ソフトクリーム(10巻き180円!!)なんてのもある。ティラミスというメニュー(パフェのティラミス風)やコーラクリーム(普通は「コーラフロート」と呼ぶ。現在メニューからは廃止)も。


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名物10巻ソフト。箸で食べる




で、味はどうか?これまたスゴい。完全にベタな味。例えばオムライスとナポリカツはケチャップバッチリ。で、料理は全般的にボリュームタップリ。つまり、全てが全て昭和のまんま。タイムスリップ気分が味わえる場所なのだ。

ただし、ここは90年代あたりから流行はじめた昭和レトロとは全く違う。あれらは要するにヴァーチャル、言い換えればメディア的に媒介された昭和のイメージを再現しただけ(大村崑や水原弘、由美かおるのホーロー看板なんかが貼り付けてある、あの「インチキ昭和」だ)。一方、マルカン大食堂は、そんなものとは一線を画している。昭和レトロではない。ただ単にずっと昭和から変わっていないだけなのだ。つまり昭和リアル!もはや、こんな食堂、日本には存在しない。これだけでも文化遺産としては貴重だ。50代以上の人間がココを訪れれば、まず嬉々としてしまう。僕も30年前、ココを初めて訪れて以来(花巻はカミさんの実家)、ずっと虜のままだ。

昭和リアルを証明するのは、何もレストランのシステムだけに留まらない。もしこれだけなら、ただの「昭和レトロ観光地」でしかない。昭和リアルは店側の一貫した方針の他に(まあ、ただ昔のパターンを続けているだけなのだけれど)、顧客の側のリアルがある。で、もっと驚くことは、冒頭に述べたように昼時ともなると、この席全てが埋まってしまうのだ(夜は営業していない)。エレベータを出てすぐ両脇にある2つの食券カウンター(食券機ではない)の前には列が出来ている。彼らが贔屓にするメニューは中華(普通のラーメン)、マルカンラーメン、ナポリカツ、オムライスそして十巻きソフトだ。このわけのわからないメニューこそが市民を虜にしている。そう、この古色蒼然としたスタイルを守っているもう一方の張本人は花巻市民なのである


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チキンカツとナポリタンの組み合わせという、なんとも不可思議なメニュー。しかし定番。ハマる!


でも、市民たちは、なぜこんなものを、そしてこのマルカン大食堂を愛するのか?もちろん、彼らがレトロ感覚でここにやってきている「昭和オタク」なんかではない。そのほとんどはリピーターなのだ。そして、ただの日常。マルカン大食堂に行くのは「そこにマルカン大食堂があるから」に過ぎない。では、なぜ?

それは、

ここが彼らにとっての人生そのものだからだ!

人生絵巻がリアルタイムでずっと繰り返される亜空間

ここを知らない部外者が、店内の顧客層を見れば、恐らく驚くべきものを発見するだろう。家族連れ(核家族から3世代まで)、おじいちゃん・おばあちゃんと孫、学校帰りの高校生が連れ立って、恋人のツーショット、お年寄り連れ(最近は、この食堂が注目されているので昭和レトロマニアも多いが)。客層がゴチャゴチャなのだ。誰もがホッとした顔、そして笑顔を浮かべている。

この世代横断的な客層は次のようにストーリーを繋げれば理解が出来るだろう。
子どもの頃、親やおじいちゃんおばあちゃんに連れられてここにやって来た。そこでソフトクリームやお子様ランチ、オムライスに馴染む。中学高校時には学校帰りに制服姿で仲間とやって来て、おやつ代わりに中華とソフトクリームを楽しむ。仕事を始めて恋人が出来ても昼食はココだ。若くてカロリーを欲しているからナポリカツあたりがお気に入りだろうか。もちろんソフトクリームは必須。あまりにデカいこのソフトはそのままでは手で取って食べることが出来ない。そこで台座に乗せたまま下から割り箸で掬って食べる。二人で食べればラブラブモードも否応なく盛り上がる(笑)

結婚して子供が出来たら、やっぱりマルカンへ。子供はもちろん、ココの賑わい、そしてソフトやお子様ランチの味に馴染む。人でいっぱいのお祭りモード、華やいだ気分がすっかり気に入り、どこかに食べに行くということになれば、マルカン大食堂がご指名となる。そう、親と子の人生が繰り返されるわけだ。そして、子供が巣立ち、歳を重ね老人となった時、昔馴染みとくつろぐ場所は、やっぱりココ、マルカン大食堂なのだ。

市民の人生がギッシリと詰まっている場所。だから、客層がゴチャゴチャ、そして客でいっぱいになるのはあたりまえなのだ。この食堂には、人々を強烈に惹きつける文化が50年以上、全く変わることなく息づいているのである。


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開店間際の11時台。もう客がいる。母、娘、孫が楽しく食事中。


「文化とは何か?」を再考させてくれる大食堂

マルカン大食堂。これは本物の文化なのだ!食が、空間が花巻市民の魂全てを吸収し、そして世代から世代へと再帰する。そして、これが衰えることなくずっと続いてきた。

だから、この大食堂を閉じてはいけないのである。

花巻市役所は早くこのことに、もっと気づいて欲しい。ここは市民会館や市民公園など、まったく叶わないほどの文化を放ち続けていることを。だから、これを失うことは花巻市民のアイデンティティの一部(しかも重要なそれ)を失ってしまうことであることを。本ブログでは解りやすいように「食の文化遺産」と表現したが、本当はそうではない。文化遺産はいわば「干物」。もはや終わってしまったものを「遺産」として維持すべく、改めてメディアを媒介させてまなざしを与えようとするものだ。ところが、こちらは「ナマの文化」。いまだ変わることなく人々を引き寄せて止まない。しかも生ものだから市民たちも気づいていない(閉店すると聞いて、現在、これまで以上に大挙して人が押し寄せているらしい。あたりまえが突然そうではなくなることで、市民たちが、この大食堂の重要性に気づかされたのだろうか)。市役所職員のみなさんも、ここで子どもの頃からお世話になっていることは間違いないのだから、マルカン大食堂がただの民間企業だからどうなろうと放っておくなんてことを考えるのはおかしいはず。自分の胸に聞いてみて欲しい(笑)

ところで、これを存続させようと地域活性化をめざしている若者たちが運営する地元企業・花巻家守舎が立ち上がった(関連記事http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160318-00000119-it_nlab-life)。なんならテレビ局もこれを取り上げてもらいたい。テリー伊藤さんとか孤独のグルメのスタッフさんとか、いかがですか?花巻家守舎さん、是非がんばって欲しい。なんなら、僕も協力したいと思う。

文化そのものをリアルに見たければ、ここに行くべきなのだ。