マクドナルドが販売する商品の中にプラスチックの破片や人の歯が混入されているといった報道があちこちでなされている。まあ、最近調子のあまりよくないマクドナルドのこと。組織体制が緩んでいている、チンタラしている、体たらくで安全管理、危機意識に欠けるなんてイメージがメディア的に媒介されつつあるのだけれど……そうではない。これは「メディア社会のトリック」と思った方が的を射ている。今回は「マクドナルドは安全管理に不備がある」というイメージがどう作られたのか、そういったイメージの形成が僕らの生活の中に及ぼす影響、危険性、そして処方箋について考えてみたい。

ラーメンのスープに入っていたものは?

先ずは僕個人のエピソードからはじめてみたい。
もう二十年近くも前のこと。僕は当時住んでいたアパートの近くにあるラーメン屋でちょっと不快な思いを経験した。いつものように、いつものラーメンを注文し、麺を食べ終わってレンゲでスープをすすっていたときのこと。もう一口とレンゲを丼に突っ込んでスープをすくい上げると、中に何やら焦げ茶色っぽい小さな物が。その破片の片方には、なんかヒョロヒョロと繊毛のようなものがついている。「なんだろう?刻んだ椎茸かな?」そう思った僕はそれを箸でつまみ上げてみた。すると……なんとそれは小さなゴキブリだったのだ。「うあっ、もうラーメン食べちゃったよ~っ!これってゴキブリのダシ入りかよ」
ちょっとゾッとしたので、店員にクレーム。すると件の店員は平謝り。お代はいりませんということになったのだけど。さすがにちょっと気分が悪くなった(これは店員に腹を立てたのではなく、食べた後にゴキブリ入りのラーメンを食べたという記憶が蘇ってなんか気持ち悪くなったというわけなのだけれど)。

さて、その後このラーメン屋はどうなったのか。何事もなく営業を続けたのだ。しかも結構、人気。このラーメン屋、いまだに健在である。

でも、ゴキブリ入りラーメンを販売したのに、なぜ未だに営業を続けることが出来ているのか?なんのことはない。この「ゴキブリ混入事件?」知っているのは僕だけだからだ。まあ、もし僕が腹を立てて保健所にこの事実を報告したとしても、おそらく当時の保健所だったらスルーしてしまったのではなかろうか?(理由は後述)そして僕もそんなことをするつもりはなかった。自分が鈍感なのかも知れないが、そうしなかった理由は「ラーメン屋やってりゃ、そりゃスープの中に小さいゴキブリくらい入ることはあるだろう」と思ったから。つまりラーメン屋の側に悪意はない。しかも、ゴキブリは毒というわけではない(細菌はあるけれど、あったとしても、とっくに殺菌されている)。つまり、それで自分に危害が加えられるというわけではない。だからそんなに騒ぎ立てることでもないだろう、と考えたのだ。ラーメン屋の店員は本当に申し訳ない(まあ「隠し通したい」ってな気持ちもあっただろうけど)と思ったのか、次に店を訪れたときには、再び平謝りされ、チャーシューを盛ってもらったのだけど(^_^)b(「オマエがただ鈍いだけだ」と言われそう(笑))。

ところが時代は変わった。もし、同じことが今起こったら、たいていの場合、こんなわけにはいかない。ちょいとシミュレーションしてみよう。顧客がラーメンにゴキブリを発見したらどうするか。多分、店員には報告しないだろう。その代わりスマホでそれを撮影。早速Twitterやfacebookにその写真をアップしてしまう(それは告発的な意識でやるかもしれないし、おもしろがってやるのかもしれない)。ところがこれらSNSは不特定多数に情報が流れる。そうなると、こういった、ある意味「日常的だがセンセーショナルな事件」はあっという間に拡散される。で、これをめざとくマスメディアが見つけて大々的に放送。さらにインターネット≒SNSとテレビの間でスパイラル、つまり双方でこの事件のキャッチボールが行われる中で話がデカくなり、事は国民的事件にまで発展していく。と、その結果は……言うまでもなく店は営業停止、いやそれどころか閉店に追い込まれるという事態にまで発展する。

マクドナルドから異物が頻繁に発見される理由1:SNSの普及

さて、僕が経験した「ラーメン屋ゴキブリ混入事件。ただし、僕だけの」。実は、マクドナルド商品の異物混入事件とまったく同じ構造と考えたらわかりやすいだろう。マクドナルドの安全基準、実は今も昔も変わらない。いや、おそらく安全基準は昔よりもアップしていると考えた方がいい。言い換えればマックで異物混入は昔からしょっちゅう起こっていたはずだ。にもかかわらず、あっちこっちから異物混入の報道がなされるのは、要するにインターネット社会で情報の受け手側がSNSというメディアによって発信力を持ち、これを表沙汰にしてしまったから(こういうことが繰り返されて権利意識が高まってしまったからと言うのもある)。で、こういった事件はマスメディアとしてはお手軽なネタとして取り扱うことが出来る。そこでTwitter、facebookで騒がれ拡散されているこのネタをあっちこっちから集め、それを報道すると、それは「僕だけの混入事件」であったはずのものが「社会問題となる大事件」へと変貌するのだ。その結果、マクドナルドは「安全管理を怠っている、体たらくなファーストフード」というネガティブなイメージを作られてしまったというわけだ。

マクドナルドから異物が頻繁に発見される理由2:リスクという概念が備える必然性

でも、なんでこんなにマックばかりから異物が発見されるのか?これは、ある意味あたりまえだ。
こんなふうに考えると、これはよくわかる。
もしあなたが交通事故に絶対に遭いたくなければ、つまり交通事故遭遇率をゼロにしたければどうすればよいか?……家から出なければよいのだ。しかし、それはイコール社会生活の放棄を意味する。

マクドナルドが異物混入をゼロにするためにはどうしたらよいか?……店を全てたためばよいのだ。しかし、それは企業活動をやめることを意味する。もちろんマクドナルドはそんなことはしないし、実際、膨大な数の店舗を国内に抱えている。ということは1店舗が異物を混入させる確率より遙かに低い確率の「高い安全基準」を設けたところで、店の数が多いだけ異物は絶対に混入されざるを得ないのだ。これは、ゴキブリが入っていたことで製造・販売を中止しているペヤング・ソース焼きそばも全く同様だ。まるか食品が提供するこの焼きそばは、カップ焼きそばの草分け。「みんな大好き」と呼ばれるほど人気のある商品。ということは、これもマクドナルドと同様、異物混入の危険性をバラまいているということになるのだから。つまり、ターゲットになるのは大手なのだ。

アイスクリームボックス侵入、ペヤング、マック事件の背後に見え隠れするメディア的不寛容

「ちょっと、危ないんじゃないのかな?」
ローソンでバイト店員がアイスクリームの冷蔵庫に入った事件、そしてマクドナルドとペヤングの異物混入事件。この発生メカニズムに僕が率直に感じたのがこれだ。よくよく考えてみても欲しい。こういった事態は、まあよろしくはないことではある。しかし、そうであったからといって、われわれの日常生活に何らかの影響を及ぼすものなのだろうか。店員が冷蔵庫に入るとアイスクリームがヤバいのか?ペヤングにゴキブリが入るとヤバいのか?マックフライポテトに人の歯が入るとヤバいのか?……はっきり言ってヤバくなんかないだろう。極端な話、食べたからってどうってことはないし、異物はのけてしまえばよいだけの話。「万が一子どもが飲み込んだら、そしてそれがプラスチックの破片で、尖っていて内臓を傷つけたら?」、そりゃ危険だろうけど、これって「あり得そうもないことの中でも、とりわけあり得そうもないこと」だろう。

でも、そうはならない。これらは格好のメディア・ネタとなった。ネット上の「祭り」みたいなことをテレビがメディア・イベント的に展開してしまった。で、実際、ほとんど祭りみたいになってしまっている(おそらく、このうちのいくつかは調子に乗って混入をねつ造したなんてことをやっている愉快犯によるものでもあるだろう。で、こんな連中がいたとしても、その連中も軽い気持ち、つまり「祭りを盛り上げる」という動機でやっているはずだ)。

こういったネタ的消費としての異物混入事件。SNSとマスメディアでのネタの使い回し。僕はここに「集団的なイジメ」を感じないではいられない。ただし、ネットとテレビで媒介されているので、このイジメを展開する当事者はすべて「匿名」(強いて実名を挙げれば、それはテレビ局)。ということは「人の不幸は蜜の味」「大企業で儲かっているヤツは、イジメてやればオモシロイ。ザマーミロ」という悪意が抑制されることなく展開される。まさに「群集心理」(ただし、この群集はもはや一定空間に同居せず、ネットを介して散在している)、そして「嫉妬の裏返し」。僕はそこに「不寛容」という言葉を見てしまうのだ。で、これに乗っかっていれば「あなたも、知らないうちに立派なクレーマー」ってなことになっている。

事件に対する鈍感力とSNSの使い方に対する敏感力の必要性

安全管理という錦の御旗を立てるのはよいだろう。しかしわれわれは人間だ。当然ヒューマンエラーをやらかす。これに対してはある程度寛容でもよいのではなかろうか。僕がゴキブリ・ラーメンを店員に指摘しながらも、どこにも訴えなかった理由、実はそこにある(で、当時の保健所にこのことを報告したところで、保健所も適当にスルーするだろうといった理由もそこにある。保健所は、そういったクレームにいちいち対応したら埒が開かないことくらい重々承知だからだ。つまり保健所はヒューマンエラーをよく認識している)。だって、さっきも書いたように、子どものゴキブリが入ってたところで、どーってことないんだから。つまり、鈍感力が必要。

もうひとつ指摘したいことはSNSから流される情報に対するわれわれの「初心さ」だ。あそこに書かれていること、写真として掲載されていること、それは本当に事実なのか?あるいは起きていることを正確に照射しているのか?こういったことに対する疑いの目を持たず、アップした人間の煽り(ネタ的な)を真に受けてしまっているというのも事実ではなかろうか。つまり、問題なのは、これらに何も考えないで書かれたがままに、アップされたままに「危険」と敏感に反応してしまう鈍感力。この鈍感力を敏感に感じる必要があるのだ。

もし、あなたがマクドナルドに行って商品を注文したときに、異物が混入されていたら、そのことを店員に報告しましょう。そして商品を交換してもらうなり、返金してもらうなりしましょう。さらにいえば「管理をきちんとしてくださいね」とお願いしておきましょう。僕らがやることはここまででよいのではないんだろうか?それで、もしまた混入しているというようなことがあるのなら……そこで初めてクレームするなりしましょう。で、どうしてもあなたが異物混入を許せないのなら、あなた自身でリスク管理をしましょう。それは……もう、そのマクドナルドには行かないようにすればいい。SNSにアップしてしまうことは、よっぽどの確証が無い限りやらない方がよい、僕はそんなふうに考える(もちろん、あれば別だけれど)。だいたい、世の中アタマにくることなんかいくらでもある。それをいちいちネットにあげつらっても無駄なんじゃなかろうか。だって僕らは人間、コンフリクトは必ずあるし、ヒューマンエラーは必ず起こる。それが人間なんだから。こういった寛容さを持つことの方が健全だし、最近アタマの悪いメディアのネタに使われることもない。そう、煽られてはいけないのだ。