東京ガスのCM「家族の絆『母からのエール』篇」が、放送後まもなく打ち切られたことがネット上で話題になっている。「批判が相次ぎ打ちきりになった」との書き込みがあり、これが拡散したかたちで物議を醸しているのだ。

実際に批判が相次いだかどうかはわからない。だが、何らかのクレームがあり、放送を打ち切ったことだけはおそらく確かだろう。実際、こういうかたちでCMが自主的に打ち切られるという事態は頻繁に発生している。

そこで今回は、こういった「打ち切りが起こるメカニズム」について、このCMを題材にメディア論的に考えてみたい。ちなみに、繰り返すが、このCMの本当の打ち切り理由はわからない。だから、ここから先は、4年ゼミ生という就活生を毎日見ている僕の妄想と「クレームがあり、打ちきりになった」という前提による文化論になってしまうことをお断りしておく。ただし、こういったクレームがあったとしても、もはやなんら不思議はない。そして今回指摘したいことは「この手のクレーム、そしてそれに応じての打ち切りという行為の危険さ」だ。


先ずは作品のストーリーを示しておこう(ついでにYouTubeのURLも付け加えておく)
書類選考、面接、何度やっても内定が取れない就活女子が、やっとのことで最終面接にまでこぎつけ「もしかして、うまくいったかも?」と期待を抱き、ケーキを購入して、帰宅するが、玄関の手前で不採用のメールを受け取る。落ち込んで公園のブランコに座っていると、そこに母親が「やっぱりここだ」と迎えにくる。思わず泣きじゃくってしまう就活女子。帰宅すると、そこに母の作ってくれた鍋焼きうどんがあり「家族をつなぐ料理のそばに」というコピーが現れる。「おいしい」と就活女子。最後のシーンはメールに「まだまだ」と書き込み、再び就職戦線へと向かう雄姿が。(https://www.youtube.com/watch?v=_h3as7hFQxo



まあ、作品的にはよく出来ている。がんばる就活女子とそれをエールというかたちで支える母親。その橋渡しをするのが東京ガスで作った「おいしい鍋焼きうどん」というわけだ。そして気を取り直して再びガンバリはじめるところに若者のたくましさを感じさせる(就活女子を演じるタレントが、タレントっぽくなく、マジに就活女子っぽいところも、また、いい)。まあ、五つ星と言うほどでもないけれど。

内定がまだない、就活生の反応は?

このCM、就活生の間でも話題になった。その中で、二月からずっと就活しているが、エントリーシートで脚切りされ、集団面接で落とされ、さらにやっとのことで最終面接まで行ってが不採用になったCMの就活女子とまったく同じ境遇のゼミ生(男子)が、この作品に、こうつぶやいた。

「いや、リアルですよね。見てるとこっちのトラウマがズキズキします。しかも、自分は自宅通学じゃないし」

このコメント。おしまいの「自宅通学じゃないし」がイケている。つまり「CMの就活女子と同じ境遇どころか、こっちは母からのエールすらない」、言い換えれば「東京ガスの恩恵」を受けられないというもっと酷い状況。ただし、こういったコメントをちょっと自虐的に微笑み(もちろん苦笑いで)ながら僕に返してきたのだけれど(こいつは、なかなかタフだ!(笑))。

だが、このゼミ生がマジにこの話を受け取っていて、それを親が知っていたら、その中にはクレームを付ける過保護な人間が現れる。つまり「自分の子どもが悲惨な思いをしているのに、これじゃ神経を逆撫でする。落ち込んでいる自分の子どもが、これを見てもっと落ち込み、ややもすればノイローゼ、自殺なんてことに……けしからん!」……ひょっとして、そんなことがあったんじゃないだろうか?

また、その逆もまたある。もしこれのオチが「なんとか決まって、東京ガスの火で作ったおいしい鍋焼きうどんを食べている」だったら、今度は「そんなに簡単に内定取れるわけがないだろう!」ってクレームがつくなんてことも考えられるのだ(ちなみに、こういったオチだとCMの出来は星一つくらいになってしまうが)。つまり、実のところどう転んでもクレームがつく。

就職サイトと大学の就職支援がメンヘラ就活生を輩出する

ただし、実際のところ、就活を巡ってメンヘラ、つまり精神的に支障を来す就活生は少なくないのも事実だ。僕のところでも、毎年必ずと言っていいほど発生する。そしてこのCMの通り、他の連中の内定が出れば出るほど、焦燥感が増し、それが昂じておかしくなっていくのだ。こうなっていく理由のひとつとして、僕は就活のネット化をとりあげたい。

今や就活するに当たってはリクナビ、マイナビなどの就職サイトに登録し、これを介してエントリーシートを書き、応募し、というのがあたりまえになっている。で、これによって発生したのは人気企業へのエントリーの集中という事態だ。ところが人気企業が採用する新卒者数が増えるわけではない。ということは、以前に比べこれら企業はものすごい倍率になってしまっているのだ。しかしチャンスは平等。だから就活生たちは、これら人気企業にどんどん応募する。当然の結果として採用されない就活生の数は膨大になる。

でも「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」と考える学生たちは、これをやめない。ところがこれは飛んで火に入る夏の虫というか、あえてものすごい競争の中に身を投じるわけで、結局のところ「数を打っても当たらない」。で、そんなことをやっている内に疲弊していく。その一方で就職させたい大学は就職支援部が学生に発破をかけてくるし、就活サイトもいろいろと情報を投げてくる。これが結果として就活生に「就職しろ!内定取れ!エントリーシート書け!」という強迫観念を植え付けることになる。で、耐えられなくなるとメンヘラに。

こういったネット就活と大学の過剰な就職支援(今や大学は就職率をアップさせることがビジネスにすらなりつつある)で疲れておかしくなった就活生の親は、自分の子どものことを不憫に思うようになる。そんなときに今回のようなCMが流れたら……今度は親の方が苛立って、そのうち過保護な親がクレームを付けるのだ。

企業の都合がメンヘラ就活生を増加させる

ただし、あったとしてもこれはあくまで少数意見。でも、こういった場合、企業の側(この場合東京ガス)は、しばしばCMを引っ込める。その理由は簡単。訴えられたり、付けられたクレームがネットなどを通じて拡散され企業イメージが損なわれるのを恐れるからだ。まあ、これもメディア社会が作ったイメージに対するナイーブさが生み出した現象なんだけれど。

そして、これらは結局のところ「負のスパイラル」を発生させることになりかねない。つまり、就活サイト・大学が就活生に危機感を煽る→就活生がメンヘラ化する→一部の過保護な親がCMを見て怒りクレームを付ける→CMを自粛するという流れは、これだけにとどまらないのだ。こうやって「臭いものに蓋」をし、傷口に触れないようにしたところで、結局、危機感を煽る大元(就活サイトと大学の煽り)は存在するのでメンヘラ化は減らない。で、傷口も癒えないどころかむしろ悪化する。そうなると、このCMよりもっと当たり障りのないものにまでクレームが付けられるようになる。で、やっぱり企業側は自粛する。そうすると学生たちはますます脆弱になり、親はさらに過保護になっていく。つまり、都合の悪いところをみせないようにする配慮=やさしさを施すことで、それがかえって現実から若者を遠ざけさせ、いっそう若者を弱体化させていく。……よくよく考えてみれば、これっぽっちのCMごときにクレームを付けると言うこと自体が、すでにこういった負のスパイラルがある程度進んでしまっていることを示唆しているといえるのではないだろうか。

放送を自粛してはいけない!

こういった負のスパイラルを止める方法は、もちろん先ずは大元のネット利用の脅迫的な就職システムを改善するところにあるといえるのだけれど、もう一つは負のスパイラル化を進行させるクレームを無視するというところにも求められるだろう。こういったクレームは少数意見。これをいちいち真に受けていることで、マジョリティが脆弱化していくのでは、正直言ってたまったものではない。マイノリティの尊重は重要だが、それが社会全体を脆弱化させる側面も持ちあわせていることは十分認識しておく必要がある。

今回の例ならば、たとえばこれにクレームがつき、議論が沸き起こったが、支援者が増えたために、改めて放送を再開したなんて感じになると、いいのかも知れない。

このCMは「就活生へのエール」、つまり彼らへの応援を意図している(その末端を東京ガスが担っているという造りだ)。これを「現実の残酷さが含まれている」といった側面のみを強調して否定することの方が、そもそもおかしいのだ。「たくましくなれ、くよくよするな、ガンバレ、就活生!」と考える方が、読み方としては正しいし、その読み方が圧倒的なマジョリティ。そういった本来のメッセージを堅持するために放送することの方が、はるかに健全な社会のあり方だろう。