自虐的なご当地地図

今、Twitterで「よくわかる○○県」と呼ばれる地図が話題を呼んでいる。「こまけぇことはいいんだよ、ざっくり描いたよくわかる都道府県地図」ということで、神奈川県、茨城県、北海道などの各県が、作者(おおむね地元民)の主観に基づいて勝手に区分けされ、大雑把に説明されている。岩手だったら久慈は「じぇじぇじぇ(あまちゃん)」、東野は「妖怪居住地区(東野物語)」、 小岩井エリアは「人より家畜が多い(小岩井農場)」 、盛岡はなぜか「青森県盛岡市(誰か、教えてください)」と、ひたすら主観に基づいて勝手に「こまけぇことはいい」文脈で「ざっくり」と県の説明がなされている。
その指摘は、実証性こそないものの、当たらずとも遠からず。地元民の誇りというよりは「自虐的」「自ギャグ的」ネタに満ちている。その一方で「あるある」という感じも。見ているこちらも、思わずニンマリとしてしまう。

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よくわかる岩手県pic.twitter.com/RmkxByDajT


ある意味バカバカしい。だけど、よくよく考えてみると、これ、実はぜんぜんバカバカしくないのではないか?

地元民の二つの顔~宮崎の焼酎は20度。ところが県外に売り出されると25度になるわけ

地元民は地元について二つの顔を持つ。表=オフィシャルな顔と裏=そうでない顔だ。で、オフィシャルな顔では、世間一般、全国的に知られている情報を県外の人間にアピールする。その裏で、ひた隠しにして外には出さない(ちょっと、言い過ぎか(笑))情報がある。

僕は十年ほど宮崎に暮らしていたが、そんなことがちょくちょくあった。例えば焼酎。宮崎と言えば芋焼酎。現在ではコンビニにも置いてあり、芋焼酎としては全国一のシェアを誇る霧島酒造の「黒霧島」(黒霧)が有名だが、実は、この芋焼酎についてもものすごいコンプレックスを宮崎県民は持っていた(いまだに?)。宮崎の焼酎は一般にアルコール度が20度。ところがこれを県外に出荷するときには25度となる。先ほどの黒霧にしても県内20度、県外25度の「鉄則」は守られている。で、こうなったのには理由がある。

戦後、宮崎は貧困にあえいだ。しかし酒は飲みたい。そこで密造酒が出回った。当然、これで健康を害する県民が続出。そこで、密造酒を駆逐するために考えられたの20度の焼酎だったのだ。ご存知のように酒の価格のほとんどは税金。で、アルコール度が税率に反映される。つまり度数が高い方が酒税が高い。となると、当時貧乏だったみやざき人には一般の25度の焼酎には手を出せない。そこで20度にして酒税を抑え、密造酒の代替にしてもらい、密造酒を駆逐するという策に行政が打って出たのだ。で、これが功を奏し、気がついてみると県内の焼酎はほぼ全域20度になった。

ただし、これはいいかえれば「20度」が自分たちが「貧乏」「貧困」であることの証明になってしまう「恥ずかしいアルコール度」ということでもある。だから、県外に出荷するときは必ず25度にするのだ。かくして20度の焼酎は裏の顔となった。

文化を相対化し、地元意識をめざめさせるきっかけに?

こういった県外にはちょっと言えないような「恥ずかしい」ネタを主観に基づいて「よくわかる○○県」といったかたちで、地元民が勝手に表現してしまう。こうなると、今度は自虐ではあるけれど、そのことが笑いとともに相対化される(だから「自虐的」というよりは「自ギャグ的」)。そして、「裏」の顔が諧謔として現れるのだ。いいかえれば「よくわかる地図」は裏と表をなくし、スーパーフラットな状態を作り上げる。

これまで裏の情報は、メディアに乗ること無く口コミで、しかも地元の外には知られないような状態で語り継がれてきた。そして、それがいわば「裏文化」を作り上げていた(地元民は、それを決して「文化」とは呼ばないのだけれど)。しかし、この裏文化はプラバタイゼーションが進展し、個別化・原子化といった事態、つまり、それぞれがミーイズムに基づいてバラバラに消費生活の日常を繰り広げるようになると伝播能力を失ってしまった。これにファスト風土化(全国がAEONとセブンとTSUTAYAとヤマダと青山とMacとスタバとユニクロみたいなもので均質化した空間、均質化したライフスタイルをつくってしまうこと)が進むことで、地方はその特色も失ってしまった。

これでは地方が地方である存在根拠がなくなってしまう。そこで、マスメディアが地域性取り上げようとして、やれゆるキャラグランプリだ、B1グランプリだ、ひみつの県民ショーだといった具合に、ご当地の「裏情報」を表に出して活性化をやり始めた。だが、これはいわばマスメディアによる「トップダウン方式」。そして、もちろん、それらが深いレベルでの「裏文化」に触れる可能性は少ない(放送コードに引っかかってしまうから)。

そこで、ある程度アングラが可能なネット上、しかも匿名性が担保されているTwitter上に、これを公開して知らしめるというアイデアが生まれた。それこそが「よくわかる○○県」なのだ。くりかえすが、この現象は地元民=県民自らが自虐ネタ、恥ずかしいネタとして「裏文化」をカミングアウトする。ただし、それによって笑いが生まれ、カミングアウトした裏文化が受容されていく。恥ずかしい「おらが県」が、恥ずかしいまま、それでいてかわいらしい、ちょっと誇らしい、諧謔に富んだアイデンティファイすべきものへと変容する。そう、なかなか効率のいい、ネットを使った地域文化の活性化方法なのだ。

そ・こ・で、この「よくわかる○○県」。あっちこっちでやってみたらどうだろう。「こまけぇことはいいんだよ」の精神で多少の顰蹙系のものにも目をつぶって。たとえば教育現場でやってみるなんてのはよいのでは。クラスの児童それぞれに「わたしの○○県」を作成させ(「わたしの○○市」「わたしの○○町」「わたしの○○地区」でも、もちろんかまわない)、コンペをやったり、それぞれのアイデアをまとめて集合知として「○年×組がざっくりと考えた「よくわかる○○県」なんてのを公表させ、県の教育委員会や広報課でイベント化してしまうなんてのは、かなりオモシロイし、県民アイデンティティを醸成するという、「精神性からの地域活性化」も可能になる。しかも、くりかえすが「相対化された笑い」とともに。さらに、これは「靖国○○」みたいな上から押しつけられる文化じゃなくて、下から積み上げた「みんなの文化」だ。だから、みんなおもしろがってやるに違いない。

地方公共団体のみなさん、ご一考、あれ!