無料という囲い込み

前回は、LINEのオリジナル・キャラクターが人気を博した理由として、テクストによるコミュニケーション際に、これらスタンプがコンテクストを補完する語彙として機能している点を取り上げた。つまり、それまで絵文字・顔文字が備えていた文字に「空気を送り込む機能」を大幅に拡張し、コミュニケーションを豊穣化・多層化する点が魅力だったと指摘しておいた。

ただし、前述した感情表情=語彙の豊富さは必要条件でしかない。種類を用意していたとしても、これを使わせる十分条件がなければ普及はしなかったはずだからだ。LINEのスタンプには、オリジナル・キャラクターが普及する十分条件≒インフラがいくつか存在した。ひとつは、LINE自体がそもそもスマホ用の3Gでも使用可能な無料Wi-Fi電話の草分けの一つであったことが大きい(それ以前にViberやTangoもあったけれど)。これで「カネのない層」が飛びついた。カネのない層とは要するに若年層だ。たとえば高校生たちに普及していた携帯としては無料電話機能が売りのウィルコムがあるが、この層がスマホに乗り換える大きな理由の一つが無料電話の存在だったのだ。

そこで、初期には先ずはこの機能でLINEに飛びついた(ちなみに今や、若年層がスマホに乗り換える大きな理由の一つがLINEの存在になっている)。ただし、そこにあったのは通話よりももっと魅力的なチャット機能のトークだった(ViberやTangoにはトーク的な機能はなかった)。これはmixiから乗り換えるには実に都合のよいものだった。Twitterを使うとバカ発見器に引っかかるし、Facebookは実名主義が怖いし操作が難しい。で、LINEを使うことになったのだけれど、そこにスタンプというオシャレな機能、いつも使っているケータイ・メールのもっと楽しいやつがついていた。そして、そこに始めからビルトインされていたのがオリジナル・オリジナルキャラクターたちだったのだ。

で、前述したように彼らは「カネのない層」。ということは「課金する必要があるものにはなかなか手を伸ばさない層」ということでもある(実際、有料ゲームとかアドオンとかを購入することはほとんどない)。ということは、スタンプがいろいろ販売されていても、それらのほとんどは有料で課金の必要がある。たかが170円だけれども、それでもやっぱり手を伸ばさない。

これが、かえってデフォルト、つまり無料で提供されているオリジナル・キャラクターたちの頻用という事態を招いた。そして比較的たくさんあるスタンプの内、語彙=感情表現の多いこれらのキャラクターを使うようになったのだ。さらに、仲間全員が使うに及んで、これらは仲間内の共通の語彙を形成するようにもなる。つまり、仲間内での独特なスタンプ文法が完成する。こうやって、まずはユーザの囲い込みに成功した。また、囲い込みの中でユーザーたちはこれらキャラクターに馴染み、さらに文法を学んでいったのだ。ちなみにこの時点ではまだオルタネティブは存在しない。つまり、まだ後発はなかったので、これもまた囲い込みの揺籃としては上手く機能することになった。

オリジナル・キャラクターなら有料でもOK

こうなると、面白いことが起こる。新しいスタンプが販売されても手を伸ばさないというのは当然だけれど、逆にスタンプを購入しようとする欲望も喚起されるようになるのだ。そう、彼らは既存のキャラクターには課金しないけれども、コニー、ブラウン、ムーンには課金するようになる。というのも、これは「語彙」。もっと語彙を増やしたいときにはインターフェイス、つまりキャラクターが同じ方がいい。だから、こっちは必要に駆られて無理しても購入する。こうやって感情表現だけを持ち、語彙としては機能するが、物語を持たないポストモダンなキャラクターが人気を博すことになったのだ。

commの出現は「時、すでに遅し」

そして、この「囲い込み」は、翻って後発を排除することにも成功する。ほとんど同様のサービスとして登場したcommがその典型だ。DeNAが1012年10月にサービスを開始したWi-Fi無料通話のcommはLINEとほとんど同じ機能を備え、またLINEと同様、タレントを用いた派手な広報戦略を打っていたのだが、さっぱりだったのは、要するに「時、すでに遅し」だったのだから。つまり、囲い込みはとっくに終わっていて、もう入り込む余地がなかった。競合を狙っていたのだろうが、LINEのようなオリジナル・キャラクターをユーザーたちになじませるインフラがもうなかった。そして、もうその頃にはすっかりLINEが市場を確保していて、ほとんど同じ機能しか備えていないcommにはあえて新たな語彙を学習してまで乗り換える理由は見つからなかった。そう、お客さんは、もうコニーやムーンやブラウンに持っていかれてしまっていたのだ。だから、現状でもさっぱりという事態に甘んじている(逆に言えば、commが先行だったらLINEは入る隙間がなかったとも言える)。

スタンプのこれから

要するに、LINEが普及したのは無料通話ではなく、このトークにおけるスタンプ機能が新しいコミュニケーション様式を生み出したから。ということは、今後、LINEはこのスタンプを発展させていくことで、その地位を盤石なものにするのも可能といえる。

やり方は四つ。一つは既存のオリジナル・キャラクターの語意=感情表現を増やすこと。これが一番単純なやり方だ(すでにムーンには「怒り爆発編」「サラリーマン、ムーン係長」「ダイエット編」などがある)。ただし、これには問題もある。オリジナル・キャラとて何度も繰り返しペタペタ貼り付け続けると、やがて飽きる。だから、ただ増やすだけでなく定期的にデザインを変えていく必要がある。二つ目はオリジナル・キャラクターを増やすこと。ただし、いきなり増やしてもなかなかユーザーは食指を伸ばしてはくれない。そこでコニーやブラウンたちとコラボを組ませ徐々にメインキャラクターに仕上げていく。ポケモンならピカチュウがピチュウを加えるようなやり方だ。三つ目は、ニュアンスを伝えやすいようスタンプに吹き出しをつけてしまう。スタンプのみの会話なんかをやるときには、かなり便利だろう。そして四つ目は前回お伝えしたような禁断のキャラクター役割の解除、ようするに「ミッキーマウスに出刃包丁を持たせること」だ。

現状ではケータイ世代(ケータイネイティブ)に圧倒的な支持を受けるLINE。その一方で中高年には今一つというところだろうが、ケータイ世代の年齢上昇とともに、このLINEのスタンプ文法は空気を読む文化である日本人のコミュニケーション・メディアとして一般化していくのではなかろうか。海外でこれがどの程度訴求力を持つかは未知数だが。