アベノミクスの影響でどんどん円安が進んでいることは周知のことだ。あたりまえの話だが、円安になれば輸出にドライブがかかり、一方で輸入が減少する。だが、これは(これまたあたりまえの話だが)観光客については逆になる。つまり円安になることで割安感が出るのが外人観光客で、輸入増ならぬ日本への観光客増が見込まれることになる(当然、日本人の海外旅行者は減少する)。だから、国内の観光業界には外人観光客ゲットのビジネスチャンスが大きく開けている。そこでとりわけ提案したいのが「タイ人観光客の誘致」だ。タイ人は日本観光活性化の目玉になる可能性=インフラを秘めているからだ。しかもそれは他国の比ではない。そしていろんな意味でメリットがある。

コンビニがタイでの日本ブームの火付け役?

注目したいのは、ここ十年のあいだにタイで起こった日本ブームだ。90年代後半、タイではコンビニエンス・ストアがオープンしはじめる。セブン、ファミマ、ローソンといった日系企業を中心にコンビニが進出したのだ。そして全国中に広がりを見せ、現在12,000店を突破。タイ人にとってコンビニは日本人と同様、生活に欠かせないモノとなった。当然、ここでは日本的なレイアウトで、日本的なものも売られるようになった。カップ麺(ただしタイ味にアレンジしたもの)、どら焼きなんてものがおかれ、一時はカウンターの横でおでんが売られていることもあった。

そして、このコンビニの「主力戦闘機種」となったのが、緑茶のペットボトルだった。バンコクで1999年に日本料理店”OISHI”がオープン。廉価で日本料理を食べ放題ということで大人気となり、勢い余って店で出していた緑茶をペットボトルとして売り出したところ、これが大ヒット。そして、今やコンビニで売られている最もポップなソフトドリンクとなったのだ。コンビニの冷蔵庫にはさまざまなメーカー(キリンやダイドーなど日本メーカーもある)の緑茶がギッシリと並べられている(ただし、OISHIが当初提供したモノが砂糖入りの緑茶だったため、売られている緑茶も砂糖が入っているという、ちょっと日本人の味覚からすると”痛い”ものなのだけれど)。

日本食の爆発的普及

こういった日本食のベースとなる緑茶や日本食の大衆レベルでの広がりがゼロ年代の半ばくらいからバンコクを中心に日本食ブームを生むようになる(ただし、ブームになる前からヤマザキパンや北陸を中心に展開するラーメン・チェーン”8番らーめん”などは進出していた)。かつてバンコクで日本食と言えば、原則、在タイの日本人が利用するもので、日本人が多く滞在するスクムビット通り周辺に店が集中的に存在していたのだが、これがいつの間にかバンコク全体、いやバンコクを飛び出して全国中に展開されるようになる。当初は寿司、すき焼き、とんかつなんてのが基本だったが、そのうちサバステーキ(鯖焼きのこと。もともとはパッポンのミズ・キッチンというレストランに昔からあった)とか、焼き鳥(これもタイ人にはもともと焼き鳥=ガイヤーンがあるのだが、タレをつけて”YAKITORI”となった)などがスーパーの総菜として売り出されるようになった。その中で後発ながら大ブレークしたのがラーメンだ。タイ人にとってラーメンももともと馴染み深いもの。”クイッティアオ”と呼ばれる屋台ラーメン(米の麺”センミー、センレック、センヤイ”とかんすい麺”バーミー”がある)が庶民の食なのだが、これに近くて異なっているものとして“ラーメン”は大ブレークを遂げるのだ。今や、バンコクでは醤油、味噌、塩、とんこつどころか博多、仙台、さつま、尾道、喜多方、久留米、そして家系といったご当地ラーメンにすらありつくことができるようになった(とんかつラーメン、天ぷらラーメンなんて、日本人にはやっぱり”痛い”メニューもある)。もちろん日本料理店もとんでもない数になり、とっくにブレークは終了。すっかり定着してしまったのだ。

バックパッカー向け日本食レストランがタイ人の若者でいっぱい!

この定着のスゴさについて、僕が経験したエピソードを一つ。僕は毎年夏、一ヶ月ほどタイに滞在するという生活を二十年近く続けているので、たまにしか来ないぶん、この日本食、そして日本文化の定着がずっといる人間よりはかえって現象を対象化してみることができ、ビビッドに感じられるというポジションにある。滞在するのはバンコクの安宿街カオサン通り(フィールドワークの場所)なのだが、ここに初めて日本料理店が開店したのが98年。小さなラーメン屋で、この時、店が顧客としてターゲットにしていたのは日本人バックパッカーだった。当時はバックパッキング・バブルで、日本人がどんどんカオサンに集まってきた時期。これに合わせて二件、三件と日本料理店がオープンし始める。その中に2003年”レックさんラーメン”というお店がオープンする。この店はもともと前述した98年にオープンしたラーメン屋があちこちに移動して、ここにやって来たのだが、この当時、やはり顧客は併設する日本人向けゲストハウス「SAKURA Guest House」の日本人旅行者だった。

ところが、店の様子が変わってくる。この店は乗っ取られ「SAKURAレストラン」と名前を変えるのだが(レックさんラーメンはさらに移動)、この顧客層が次第に変わり始めたのだ。びっくりしたのは2010年の8月のこと。いつも通りに僕はこの店に夕食をとりに出かけたのだが、その時、店内は客で一杯だった。ただし、そのお客は僕を除くと全てタイ人、しかも若者たちだったのだ。

「なんで、こんな辺鄙なところを知っているんだろう?」

そもそもビルの四階という目立たない場所での営業ゆえ、口コミだけが頼りという運営。だからタイ人が知る由もないはずなのだが。僕は次のように考えた。「とにかく日本食がブームをこえて定着している。ということは若者にとっても日本食はトレンド。でも彼らはカネがない(日本食はタイ人たちにとって「ヘルシー」というのと「高級」というイメージがある)。でも、みんなで楽しくパーティ気分に浸りながら食べたい。そんなふうに考えるとバックパッカー向けの日本料理店は格安。で、この店がタイ人若者の間に口コミで広がった」。この店の客の構成はその後もずっと続いている。つまり、客のほとんどがタイ人若者。そして仲間連れでやってくる。言い換えれば、こんな裾野にまで日本食はタイ、とりわけバンコクで徹底的に定着したのだ。

タイは、もう日本大好き人間がいっぱい!

もともとタイ人は日本好き。ところがこういった日本食ブームの中でその日本好みにさらに拍車がかかった(「すいか」「ザブ」(洗濯洗剤名)「フランチェスカの鐘」といった日本では絶対に見かけることのない、わけのわからない文字がデザインされているTシャツを身につけているタイ人をバンコクではよく目にすることができる)。ドラえもん、ドラゴンボール、クレヨンしんちゃんといったアニメもよく知られているところだ(もっともこれはタイだけではないけれど)。実際、日本へのタイ人留学生はうなぎ登りで増加してもいる。だからタイ人は他の国よりも、はるかに日本にタイする基本的な知識、そして憬れが強いのだ(そういえば東京ディズニーランドに行くと、必ずタイ語を耳にするようになったなぁ)。こういったタイ国内に浸透する「日本文化インフラ」を利用しない手はないだろう。他の東南アジア諸国、中国などとはその潜在力では訳が違うのだ。

タイ人観光客は日本の観光業界にとっても歓迎すべき存在

受け入れる側としてもタイ人にはメリットがある。九州、北海道などの観光地が海外の観光客を誘致しようとしてターゲットにあてているのは、これまでは韓国や中国(そして台湾)が中心だった。ところが、これらの国の客(台湾を除く)には問題がある。それは、自らのライフスタイルを日本でそのまま踏襲し、他の日本人客に大迷惑をかけてしまうことだ。風呂場で湯船に石けんをつけたまま入浴したり、食事会場や室内で大騒ぎをしたり、あちこちにゴミを散らかしたり、部屋のアメニティを持ち帰ってしまったり、朝食会場に食事を持ち込んだり(韓国人ならキムチ。会場中にキムチの臭いが広がってしまう)、その反対に朝食バイキングの食事を持ち帰ってしまったり、列に横入りをしたりなどなど。こういった「韓国人、中国人大迷惑」という状況は、日本に限ったことではなく世界中で有名だが(世界フォーラムが発表した「外国人観光客友好度ランキング」で韓国と中国は、調査対象となった140カ国中、129位、130位と”最下位ゾーン”を占めている)、これが観光地のムードをぶちこわしかねないのだ(別府のある大型温泉施設で韓国人・中国人観光客と日本人観光客の宿泊棟を分割しているなんてところもある)。

ところがタイ人はそうではない。中国人や韓国人と同様、集団でやってくるが(まだ個人旅行よりもパッケージツアーが主力なのだ)、まずおとなしい(タイ語がうるさくないということもあるが)、みんなで大声で騒ぎ立てるとこともまずない。また傍若無人な行動はしない。マナーも守り迷惑もかけないという国民性もある。だから、観光地としてはきわめてフレンドリーな顧客なのだ。

タイ人にとってはとっても魅力的な日本という国、そして日本人にとってもとっても魅力的な外人観光客=タイ人。究極のWIN-WIN関係。そしてこの円安、バーツ高状況(現在1バーツ3.4円。もっともバーツが安い時期は2.5円だった。つまり現在、タイ人にとって日本はバーツ安の時期よりも3割以上も贅沢ができる状態)。この際、タイ人相手にこれまで以上に日本観光向け大キャンペーンをやってみてはいかがだろう?タイーバンコク間の飛行機も山ほど飛んでいるのだから。