最後に、ちゃぶ台返し……オタクで突っ切る?

ここまで東京ディズニーランド(TDL)=TDRがディズニー・オタク=ディズヲタによってアキバ・ドンキホーテ的なごった煮状況を現出させ、それがテーマを失った異様な空間を現出させて一般客の興を殺ぎ、客離れを起こすような環境を作り出しつつあることを考えてきた。そこで、ディズヲタ以外の一般のゲストを呼び戻すための一提案として伝統文化的な要素を盛り込むことの必要性を考えてみた。

一番最後に、ちょっとちゃぶ台返しを。それは、ここまで展開してきた議論をちょっと否定してしまうようなパターンになるのだけれど。

TDL=TDRの戦略については、実はもう一つパターンがある。しかも、とっても日本文化的なやり方が。それは……いっそのこと消費文化を徹底してしまう、つまりアキバ・ドンキホーテ化で突っ切ってしまうというものだ。この際だからどんどんオタク化を進めて一般客を寄せ付けないような環境にしてしまい、「ディズヲタのワンダーランド」にしてしまうのだ。で、このオタクのニーズに対応して、パーク内もどんどん変更してしまう。そうすると、これは完全にテーマ性が失われアキバ・ドンキ化する。必然的にディズヲタ以外にはものすごく気持ちの悪い空間が出現する。だが、そういった環境はディズヲタにとっては完全な、そして究極の「聖地」となる。まさにアキバ化、乙女ロード化、中野ブロードウェイ化、そしてドンキ化。でもって、こういった「ごった煮的な環境」というのは、実はものすごく日本的なものとも言える。

日本の伝統文化は「消費文化の形式」を永続させること

僕が最後に逆説的な考えを提示したのは以下の理由による。日本の、このごった煮的な消費文化って、その中身こそどんどんと変更されていって何も残らないのだけれど、ごった煮状況の中身がどんどんと入れ替わるという構造=形式それ自体はずっと維持され続けてきた。ということはこの形式、つまり「消費文化という形式」こそが、実は恒常的な伝統文化ではないのか?ということなのだ(実際、日本の街並みって、どんどん変わってしまい、おおむね過去を残さない。原則木造住宅だからスクラップ&ビルドが繰り返される。必然的に痕跡を見つけるのが限りなく難しい)。だから、これを突き詰めていくと多くのゲストは去って行くけれど、その分を消費文化の形式を歓迎するオタクが補完し、結局、現状の集客力を維持するということになるとも考えられるのだ。もちろん、もうここにはディズヲタしかやってこなくなるのだけれど。

「世界のディズヲタの殿堂化」というのも、ありかも?

そう、それでも実は構わないとも考えられる。というのも、この消費文化=オタク文化の究極化は、海外からすれば日本を象徴する文化として位置づけられるようになる可能性があるからだ。なんといっても、もはや外国人環境客に日本を紹介するガイドブックの巻頭がアキバやコスプレになるような時代なのだから。いいかえれば、TDRは世界中のディズヲタの「オタクの殿堂」になっていく。こうなったとき、TDL=TDRは見事にクレオール化、つまり日本独特のディズニーとなる。つまり「オタク・ディズニー」というクレオール文化(そして本家本元とは一線を画した消費の究極としてのディズニー世界)を確立し、世界に情報発信をするようになるのだ。で、世界のディズヲタたちは、もはやアナハイムではなくTDL=TDRこそをディズニー世界、つまりディズヲタの殿堂=聖地と位置づけるようになる。そうすると世界のディズヲタがTDL=TDRに大挙して「参拝」する、つまり押し寄せることになる。これが消費文化の究極としての日本独自のディズニー文化の世界発信ということになるわけだ。これって、ある意味とっても日本の伝統文化らしいと考えることも出来る。

さて、TDL=TDRの未来はいったい、どっちだろう?