クレオール化するTDL

第一回では、東京ディズニーランド(TDL)が83年の開園から20年間の間、もっぱらゲストにディズニー・リテラシーを涵養させるべく、啓蒙し続けたことについて展開した。しかし九十年代も後半に入るとディズニー世界は日本人にもすっかり定着し、ディズニー的なものはもはや国内のあちこちに偏在するようになる。当然、日本人の多くがディズニーのキャラクターを熟知し、ディズニーランドにも頻繁に訪れるようになった。TDL側の教育は見事に花開いたのだ。だが、こういったリテラシーの向上はTDLとゲストの関係性の逆転をもたらすようにもなっていく。

文化人類学の用語に「クレオール化」ということばがある。クレオールのもともとの意味は、中南米やカリブ海に生まれたヨーロッパ人を指すのだが、これが転用されて用いられるようになったのがクレオール化ということばで、文化が異文化に輸入された場合、それがそのまま異文化に定着するのではなく、当該の異文化の文化性と混ざり合って新しい文化として成立してしまうことを意味する(クレオールはヨーロッパ人、とりわけスペイン人であったのだけれど、中南米に住み着き何世代も後に生まれた世代のためにもはやヨーロッパ文化のことはよくわからなくなっている)。

わかりやすいように寿司を例にとってみよう。寿司は今や世界的な食文化として広く認知されているが、言うまでもなく発祥は日本だ。ところがこれがアメリカに輸入されることでカリフォルニアロールのような寿司が生まれ、また寿司にドレッシングをかけて食べるというようなスタイルも出現した。中でも「裏巻き」という海苔を内側に巻く寿司のスタイルはこのクレオール化の典型だ。海苔巻きの海苔はシャリを巻くもの。ところが、キリスト教的な視点からすると黒は悪魔の色で忌み嫌われる。だから黒い食べ物は食べない。だが海苔は黒い。そして巻物としては欠かせない。そこでシャリと海苔の巻き方を逆にして黒い色が見えないように工夫したといわれている。ところが、これが寿司としての新しいスタイルを生んでしまった。つまりアメリカ人からすれば寿司であるが日本人にとっては寿司ではないようなものが出来上がったのだ(もちろん、これが今や日本に逆輸入され、「裏巻き」というメニューとして一般化しているのだけれど)。

TDLの三十年は、まさに「ディズニーランドの裏巻き」を作る歴史だった。つまり、アメリカ生まれのディズニー文化が日本にローカライズされ、独自のクレオール的なものへと変貌していく過程だったのだ。そして、このクレオール化は21世紀に入りTDL=TDR側というより、ゲスト側の方から要請されたようなかたちで顕著に進行していく。

ゲストがTDLのリテラシーを涵養する

日本国内に横溢するディズニー世界に浸ることですっかりディズニー・リテラシーを向上させたゲストたちは、次第にTDLが提供する情報に従順ではなくなっていく。それぞれがディズニーに対して一家言を持ち、独自の世界観を展開し始めたのだ。これは社会が巨大化していく際に発生する「多様化の流れから生まれる価値観の細分化」といった事態に他ならない。ゲストたちは、ビッグ5(ミッキー、ミニー、ドナルド、グーフィー、プルート)のキャラクターを頂点とし、その背後にディズニーのキャラクターをみるという、それまでTDL側が提供していたツリー構造ではなく、膨大なディズニーキャラクターのそれぞれに嗜好を向けるようになる。もちろん、彼らは独自にディズニー・リテラシーを備え、ディズニーの世界観を抱えているのだが、嗜好が異なり、したがって当然指向性が異なるようになったゆえに、このツリー構造を支持しなくなっていく。つまり、リピーターたちはそれぞれが「マイディズニー」を標榜し、これを実現する場所としてTDLを位置づけるようになっていったのである。

だがこういったゲストは、さながら映画「グレムリン」に登場する生き物・モグアイに水をかけることで分裂して生まれる小鬼=グレムリンのような存在にほかならない。TDLから生まれTDLによって育てられたゲストは、次第に自己主張し始め、グレムリンとなって、今度は生みの親であるTDLにさまざまな要求を突きつけ、その変更を迫るようになっていったのだ。

そしてTDL側、つまりオリエンタルランドはこれに応えるようになっていく。というのも、こちらにも事情があったからだ。オリエンタルランドは脱ディズニー化を図り、独自の道を歩もうと努力してきたのだが、そのことごとくが失敗していた。いいかえればTDL側はオリジナルのディズニーからの脱却が自力では達成出来ていなかった。だが、ゲストたちは膨らみ続ける。そこでTDL=オリエンタルランド側はこのゲストの要求に従順になっていく。それが涵養される側の逆転、つまりTDL→ゲストではなくゲスト→TDLという教育者と生徒の交代に他ならなかった。

ゲストはオタク化し、TDRはアキバ・ドンキホーテ化する

こういったかたちでのクレオール化は、当然ながら本家本元とは異なった、いいかえればウォルトの理念からは逸脱したディズニー世界をTDR内に構築していくことになる。その典型がパーク内におけるテーマ性の破壊だった。各テーマランドはテーマに基づいてアトラクションやレストランなどの設備が配置され、それぞれを物語でつなぎ合わせることで統一した世界観が形成されていたのだが、この関連性がどんどんと失われ、さながらショップ・ドンキホーテの「ナンデモアリ」のようなごった煮的な世界がパーク内に現出するようになったのだ。それはいわばウォルトとビッグ5からなる「ツリー構造」から、さまざまなものが混在する「モザイク構造」への変容だった。また、人気のないアトラクションは次々と廃棄され、新しいものへと変更されていった。しかも、以前のアトラクションと新しいアトラクションとの関連性も全く考慮されることなく。

だが、こうやってクレオール化することでTDL=TDRは強靭な顧客層を取りこむことに成功する。その顧客層=ゲストとは……ディズニーオタクだった。オタクは細分化された趣味の領域の一つにタコツボ的に入り込み、これに熱狂する人々。これがTDL=TDRを担う主要なゲストとなったのだ。ちなみに、これを例証するデータがある。TDRゲスト一人あたりの売上高の推移だ。2006年から6年間の間にチケット収入は2.7%減であるにもかかわらず商品販売収入は逆に2.9%の伸びを示している(飲食販売収入は横ばい)。とりわけ興味深いのは2011年のデータで、この年度から入場料は5800→6200円と6.9%の値上げを行ったにもかかわらず、この傾向が続いたのだ。チケット収入は前年比とほぼ横ばい(42.1→41.9)だが、商品販売収入比率は36.2→36.7と微増している。しかも前年度の販売比率は前々年度よりも増加した状態を維持した数値だったのだ(34.7→36.2%。いずれもオリエンタルランド公表の数字http://www.olc.co.jp/tdr/guest/profile.html)。311があったにもかかわらず、である。言い換えればゲストたちの購買意欲は高い。つまりTDL=TDRはオタクリピーターたちが物品を求めてやってくるマーケットのような色彩を帯び始めているとも考えられるのだ。

そういえばディズニーのグッズをあちこちにまとわりつけた女の子の二人連れ(五年の間に女性入園者が4%近く上昇している)、ダッフィーをカートにいくつも乗せてパーク内を闊歩する家族、ダッフィやコスチュームに身を纏ったお一人様……こんなゲストの存在は、今や「非日常パーク内を彩る日常的な風景」になりつつある。

クレオール化の先に構築されたTDL=TDRのオタクランド化、アキバ・ドンキホーテ化という現状。これは、ディズニー原理主義、つまり本場アメリカのディズニーランドやウォルト的な理念を信奉するディズニーファンからすれば心地よいものではないだろう。彼らからすれば「あいつらはディズニーのことをわかっていない」と上から目線で訝るような状況だ。僕は以前、このブログで今回と同様、アキバ・ドンキ化するディズニーランドについて書いたことがあるのだけれど、それに対する反応の中にも僕のこの指摘に対して同意しながら、こういった現在の流れは間違っていると意見してくれたものがあった。そして、その指摘をしてくれた人の何名かは、なんとかつてTDLで働いたことのある人たちだった。彼らからするとTDL=TDRはディズニー世界を具現化する場所であり、オタクのものではないということになるのだろう。

しかし、TDLそしてTDSを含めたTDRは、こういったオタク化、アキバ・ドンキ化を推進することで入場者を増加させているということも事実なのだ。じゃあ、こういったクレオール化を踏まえると、これからのTDL=TDRにはどんな未来が開けているのだろうか?(続く)