大衆=視聴者のテレビ情報への脆弱性

68年、静岡県寸又峡温泉で金嬉老が起こしたわが国史上初のテレビを利用した劇場型犯罪、そして劇場型犯罪の変遷について考察している。前回は、警察当局、メディア=マスコミ、視聴者が劇場型犯罪についてのリテラシーを全く持ちあわせていなかったために、奇妙キテレツな事件が展開したことについて指摘しておいた。金が籠城するふじみや旅館の部屋で記者会見が開かれたり、静岡県警本部長がテレビ越しに謝罪したり、金の逮捕の瞬間が実況中継(ただしフィルム)されたりしたのがそれだった。

寸又峡事件でのこういった一連の異常な事態は、もう一つの異常を作り出すことにも貢献することになる。前回指摘しておいたように、当時はテレビがほぼ普及し、お茶の間の一角をテレビ受像器が占めるまでになっていたのだが、その反面、大衆=視聴者たちは、それ以外の情報アクセス源を新聞・雑誌程度しか確保しておらず、またそれらへのアクセスはテレビに比べて圧倒的に少ないこともあって「テレビによる情報の一元化」という事態が極端に進行していた。テレビが「映像」という「アリバイ」を持つメディアであると言うことも、そのリアリティを高めることに一役買ってはいたのだが、とにかく「テレビが映し出すことは真実」と、当時の大衆=視聴者たちはそのほとんどが信じ込んでいたのだ。

こういった視聴者たちの脆弱なメディア・リテラシーに、劇場型犯罪リテラシーの低いメディア=マスコミが「経済原理」に基づいてスクープ報道合戦を始め、それにやはり劇場型犯罪リテラシー対応システムの無い警察当局がちぐはぐな対応をやったらどうなるか?その結果のひとつが前回の異常な映像だったのだが、もう一つは、これを観た視聴者の側に形成されたリアリティ異常さだった。そして、それが金嬉老という「英雄」を作り出してしまう。

メディアによる正義と悪の逆転

そのからくりは、だいたい次のようになるだろう。
メディア=マスコミはスクープを抜こうと金嬉老の元に押し寄せる。警察当局はこれを制止することができない。そして、記者たちは金嬉老の映像、そして主張を視聴者に向かって報道する。この時、金の主張は、ある意味正当性がある。在日差別の不当さを訴えていたからだ。また、金自身が劇場型犯罪を起こすだけの能力があるため、自らの生い立ちや状況をドラマ仕立てに物語るのが上手い。つまりスティーブ・ジョブズばりの名演説をやってしまう。こうなると清水で人間二名を射殺したという事実などどうでもよくなり、本来なら金=悪、警察=正義であるはずの図式が逆転する。つまり、メディアが金の発言に耳を傾け、これを報道する。ただし、これは金寄りの報道(報道記者も金に感情移入した側面がある。また演出上、図式を入れ替えた方が視聴者の関心を惹起できるという「経済原理」に基づいた報道側の無意識の思惑もあり、結果として正と悪を逆転させた演出が施されてしまった)。一方、大衆=視聴者は「テレビの報道は真実」と思い込むような脆弱なメディア・リテラシーしかない。そこにメディア=テレビが「金は正義の味方、静岡県警は悪の権化」いう図式で水戸黄門ばりの「勧善懲悪物語」を展開されれば、大衆のほとんどは金への同情という立ち位置に立ってしまうのは無理もないことだった。

人質になっていた宿泊客も同様で、彼らもまた金の話に耳を傾け、さらにテレビで金の主張が大々的に展開されているのを視聴することで、次第に金へ同情するようになる(この辺の下りについては、後の文献の中のいくつかで示されている)。実行犯と人質という関係が次第に融解し、籠城する旅館の中で昔話に花が咲くなんて状況が出現。本来ならば監禁という緊張が張り詰めているはずの空間がゆる~い雰囲気になったのは、こういった要因が重なり合った必然的結果だった。 金の向かいにこたつが置かれ、そこに子どもが潜り込んでいるのだけれど、この子どもたちに緊張感がほとんどなかったのも同様の理由によるだろう。この子どもたちにとって金は「銃を持った人のいいおじさん」になってしまっていたのだ。

こういった報道をまともに受け止め、様々な文献が出版されることになった。また、金の母国(といっても、在日だったので事件当時、韓国を訪れたことはなかったし、金自身韓国語も話せなかったのだけれど)・韓国では金は国民的英雄視されることにもなった(もちろん、これは韓国の「克日」「嫌日」という文脈があったからでもあるのだが)。

劇場型犯罪に対するメディアの脆弱性は90年代まで続いた

劇場型犯罪についての、こういった非常に低いリテラシーは、これ以降も続いていく。その後、よど号事件、瀬戸内シージャック事件、三菱銀行事件、グリコ・森永事件、幼女連続誘拐殺人事件といった劇場型犯罪が続いていくのだ。これに対する対応が最も早かった、つまり劇場型犯罪リテラシーを一気に高めていったのは警察側だったが、その一方でメディアの、そして大衆=視聴者の脆弱性はその後も続いていく。メディアについては少なくとも90年代前半まで、そして大衆=視聴者については21世紀まで(ひょっとしたら今も)。

ただし、現在、メディアは劇場型犯罪に対して寸又峡事件のような対応は行わなくなっている。なぜか?ひとつは、警察当局側が劇場型犯罪に対する対応システムを構築しメディアを排除したからだが、もうひとつメディア自らがこれをやめたという経緯があった。それはメディアが劇場型犯罪の報道をしたがためとんでもないしっぺ返しを食らったことによる。これは90年代前後に訪れた。しかも、メディアはこういったしっぺ返し、痛い目を、たった一人の男によって食らってしまったのだ。その男とは?(続く)