ここまで、僕が十年間泊まり歩いた九州の温泉宿で、チープなのにホスピタリティに長けている二つの溫泉、葉隠館と旅行人山荘の二つを紹介してきた。前者は家族経営の田舎っぽいコテコテのサービス、後者は都会仕込みの洗練されたサービスという点で対照をなしているのだけれど、では二つに共通する強烈な魅力とはなんだろう。

プッシュ=提案型のサービスを徹底

そのひとつは、この溫泉が二つともプッシュ型のサービスを心がけていると言うことだ。とにかく、客に対して黙っていないで、自ら溫泉ライフスタイルを提案する。葉隠館は洗練されていないけれど、コテコテの気持ちで。旅行人山荘は控えめではあるけれど、知らないうちに次々とゲストが気付くような仕組みとサービスを用意することで。とにかく双方の溫泉は顧客に対して黙ってはいない。常に陰に日向にサービスの提案を投げかけているのだ。それは、実際にそういうことを実施したから素晴らしいと言うことよりも、常にそういったことを心がけていることが、結果として溫泉の魅力に繋がっていると解釈することもできる。とにかく、自分たちのスタイルを、二つの溫泉は良い意味で「押し売り」しているのだから。

体験を売る=ディズニー化という仕掛け

さらに二つに共通するのが、こういった「押し売り」が「体験を売る」というコンセプトに繋がっていることだ。確かに施設は二つとも老朽化している。ところが、これを古いなりに徹底的に整備し、これに各種のホスピタリティをトッピングしていく。それは料理であったり、作品展で会ったり、はたまた細かい配慮であったり。そして従業員も含めて、その経営方針には一貫したポリシーが感じられる。ちなみにそういったポリシーは従業員全体が職場にアイデンティファイした必然的な結果と考えることもできる。

これはアラン・ブライマンが指摘しするところとディズニーゼーション(以下ディズニー化)という概念に該当すると言えるだろう。ブライマンはサービスの形態がマニュアルで統一化され、均質化した先に登場するものとしてディズニー化が出現していることを指摘している。つまりマクドナルドのようなマニュアルによる定型化サービスの先に、今度はさらにサービスに物語が付与され、顧客はその物語を受容することで、サービスを一連の語り=ナラティブとして体験するのだ。つまり、単に溫泉を提供する、食事を提供する、部屋を提供すると言うことにとどまらず、これらを有機的に接続することでサービスを一つの「体験」に変容させてしまおうとするわけだ。

そういった「物語という体験を提供している」という点では、家庭的、都会的と言うことを別にして共通していると考えることができる。そして、結果として僕らのような顧客は、設備それ自体よりも、この物語を追体験したくて、再びここを訪れようという気になるのである。だから、施設が古いと言うことは、この際、大した問題ではなくなるというわけだ。

つまり、二つの旅館は古い施設を用いながら、その実、全く新しい溫泉旅館のあり方を僕たち顧客にて維持しているという意味で、実は最先端のサービスを提供していると考えても良いのだ。

この最先端のサービス形態。でも、よくよく考えてみれば、溫泉に求められずっと言われてきていることを実践しているだけに過ぎないということもある。そう、ようするにこれは「溫泉女将の心づくしのおもてなし」というものと、何ら変わるところがないのだから。