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メディアの重層決定によって姿を消したポケベル



メディアの重層決定

前回まではスマホの出現によって、これまでパソコンでは不可能だったインターネットの本格的な普及が始まること、しかもこれがWeb2.0で指摘されたような発信能力の拡大ではなく、実は受信インフラの大衆化による受信能力の拡大によってもたらされることを指摘しておいた。そして、これを少々皮肉を込めてWeb3.0と呼ぶことにしておいた。

さて、今回はこういったスマホ中心のインターネット環境の一般化が及ぼすわれわれのメディア環境の変容について考えてみたい。その際、参考になるのがメディア論で言うところの「メディアの重層決定」という考え方だ。新たなメディアが出現するとき、そのメディアの社会における受容は、必ずしもメディアが本来持っている機能、あるいは本来想定された使用様式とは異なるかたちでそのメディアの特性が決定されるという考え方だ。

たとえばラジオはその典型。ラジオは本来通信機として開発されたもの。つまり双方向で送受信を行う機械として世に出たのだけれど、全然売れなかったので、その販促の一環として「こんなこともできますよ」といった感じで、劇場とかコンサートの中継を流したのだ。するとこれがバカウケ。これに気をよくした通信機のメーカーは通信機の双方向性を切り落とし、一方通行のラジオを売り出し、結果としてこちらが普及していった。つまりラジオは通信機の機能を退化させることで普及したものなのだ。

近年では携帯電話の普及も同様だ。もともとはビジネスマンの連絡ツールみたいな意図で開発されたもの。しかし、これが爆発的に普及するに至ったのはもっと日常的なコミュニケーションツールとしてだった。また日本ではメール機能が携帯電話のキラー機能とすらなった。これも開発した側の本来の意図とは異なるところで、その定着が進んでいる。

つまりメディアの普及は「本来の機能+社会的文脈」といった側面で決まる。これがメディアの重層決定という考え方だ。

で、スマホだが、これはこれまでに示してきたように結果として「ケータイをもっと売るつもりが、結果としてインターネットを普及させた」ということになる(もっともスマホブレークの契機となったiPhoneの発売の際、スティーブ・ジョブズは明らかにこれがインターネット・ツールであることを知っていた。つまり「iPod付きケータイを売ると見せかけて、実はインターネット・ツールを売りつけた」。ジョブズは先見の明を持ってこの重層決定機能を熟知していたのだ)。

重層決定がもたらすメディア機能の変化、もう一つの側面。

さて、メディアの重層決定については、ここまで述べてきたように、新しいメディアが出現したとき、それ自体が重層決定的に機能の受容が決定されるということの他に、もう一つの側面がある。それは既存のメディアが新しいメディアとの関係で、その価値が変容してしまうと言うことだ。

メディアの消滅

その変容については二つの方向が考えられる。一つは新しいメディアと既存のメディアの機能が完全にバッティングし、そして当然のことながら新しいメディアの方が機能的に優れているので既存のメディアが消滅するというもの。典型的なのはポケベルだ。ポケベルは携帯電話の出現によってその存在根拠を失いほぼ消滅した。ポケベルは話もメールもできない、ただ存在を連絡するだけのチープな通信メディアだったからだ。

メディア機能の再定義

もう一つは、新しいメディアが出現することで、新しいメディアと重複する機能を失うが、その半面で新たなメディア的機能を付与されるというもの。これはラジオが典型だ。ラジオは機能的にバッティングするテレビが出現することで一旦その存在根拠を失う。つまりラジオドラマのようなジャンルは映像付きのテレビに取って代わられてしまった。また多くのリスナーも失った。ただし、現在でもラジオは生き続けている。それはマスメディア=ブロードキャストというより中規模なマスメディア=ミドルキャストとしての自らのアイデンティティを再定義されたからだ。つまり、ラジオはテレビに比べると経費がかからないし、機動性に富んでいる。だから地域密着型の放送展開という点でテレビが備えていない機能を確保し、現在も生き延びている。また緊急放送時に役に立つという意味でラジオは依然として強いメディア性=存在根拠を維持しているのだ。ただし、これは、要するに当初の機能とはその性質を大幅に変更させられたということになる。

で、この図式に基づけば、スマホの普及は他のメディアにどのような影響を与えるのだろうか。いずれインターネットがメディアの中心になることは目に見えている。そしてそれをチェックする中心的なメディアとしてスマホが地位を確保することも目に見え手いる。じゃあ、他のメディアはどうなるのだろう?(続く)