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キンチョールを掲げる、女装の桜井センリ


無意味CMの有意味性とは

前回はキンチョーのCM「蚊に効くカトリス」が、インデックス=ナレーションと、イコン=映像が全くかみ合っていないにもかかわらず、インデックス性が勝っているので、ナレーションの指示に従って映像を読み込んでしまっていること。だが、映像とナレーションの齟齬に気づいた瞬間、このCMがナンセンスなだけで、何も語っていないことを明らかになることを指摘しておいた。「蚊に効く」はずのこの製品の効能が一切語られず、ただ製品についているファンの回転が作る渦をドライアイスで見せただけ。これでは蚊に効くのかどうか全然わからない。でも、なんでこんな無意味なCMを作ったのか?言い換えるとこの無意味の有意味性はどこにあるのか?

キンチョーはずーっと無意味なCMを作り続けてきた

これを紐解く鍵は二つある。一つは、この作品が、キンチョーが四十年間以上続けてきたCM戦略の延長線上にこれがあること。実は、キンチョーは、これまでそのほとんどに無意味なナンセンスCMを展開してきたという実績がある。そのはじまりは60年代のキンチョールのCMに遡ることが出来るだろう。このCMでは、和服姿の女装をしたクレイジー・キャッツの桜井センリが、右手にキンチョールを持って商標名を読み上げるのだけれど、この時、桜井はキンチョールを逆さまに持っていた。そして商品名も「ルーチョンキ」と逆さに読んだのだった。



「トンデレラ、シンデレラ」というダジャレを展開する研ナオコ


つぎに70年代。同様にキンチョールのCM。出演するのは研ナオコだった。二人の研の上にハエが飛んでいる(ハエと言ってもマンガチックな模型)。すると研は「あっ、トンデレラ」と一言。するともう一人の研がキンチョールを一吹き。するとハエが下に落ちる。そして落ちたハエを見て、今度は「シンデレラ」。あとはこれを繰り返すだけなのだけれど、これは「死んでいる」というのと「シンデレラ」の単なるしょーもないダジャレ。まあキンチョールが吹きかけられることでハエが死んだのだから効き目があることの説明にはなるが、もっぱらダジャレと爬虫類的な研ナオコのキレた演技が光るだけというものだった。



キンチョールの機能の説明が一切ない「ハエハエカカカ、キンチョール」


そして80年代になるとキンチョールのCMはますます意味がなくなってくる。ところは歯科の診療室。医師を演じるのは柄本明、治療台にのっかている患者は郷ひろみだ。

一通りの治療を終えた柄本は、その具合を確かめようと、郷にある言葉を発せさせる。それは「ハエハエカカカ、キンチョール」という台詞だった。はじめに郷が発すると、それに対して柄本が「ちょっとヘンですね。もう一本抜いておきましょ」といって歯を一本抜き、次に大きな声で「ハエハエカカカ、キンチョール」と手本を見せ、次いで郷ひろみに、これを、やはり復唱させる。すると柄本は「よろしいんじゃないんでしょうか」と締める。ここではイコン的にもインデックス的にもキンチョールに関する情報は一切ない。あるのはキンチョールを連呼することだけだ。

つまり、キンチョーは延々無意味な、指示性(商品の機能を説明する性質)を持たない、無意味な指標性=インデックス性に依拠したCMを作り続けてきたのだ。そして、それによって、ずっとキンチョーの商品を見させられ続けてきた視聴者は、無意識のうちに「キンチョーは無意味なCMを作る」という認識を抱くようになったのだ。

だが、この継続によって、無意味性は究極の有意味性に転じている。もちろん、CMの情報=内容に対して視聴者が有意味性を感じているわけではない。有意味性が生じているのは、むしろCMの形式=メディア性だ。つまり「キンチョーは常に無意味なナンセンスCMを作り続ける」という側面が、逆にキンチョーというブランド、そしてキンチョーの商品の記号性=アピール度を高めている。で、そちらの側面の方が重要であって、だからこその商品の機能は、これに従属させられているのだ。

機能をCMのアピールポイントとしないもう一つの理由

だが、こういったイメージを強調する理由はもう一つある。それはキンチョーの展開する商品群が、特段優れたものではないからだ。もちろん、これは同業他社の商品に比べて劣っていると言うことではない。そうではなくて「殺虫剤」が、商品としての差異化が極めて難しい問いジャンルに属しているという理由による。つまりアースだって、フマキラーだって別に同じだから、どれだっていいわけで。だったら、商品の機能=使用価値に訴えるより、商品が目立つこと=記号的価値にポイントを置いた方がいい。それが結果として、こういったナンセンスCMを量産することを結果したのだ。

そして、こういった戦略を採る背後には、日本のCM文化の独自性が存在する。それは何か?(続く)