4.4データ数が示すもの……アンケートが全然採れなかった

カオサンでのバックパッカーたちの情報行動ついての調査結果をお伝えしている。前回は調査結果はバックパッカーと対の政情不安を示すデータを見いだせなかったことを示しておいた。

だが、ひとつだけ、関連を示すデータをあげることができるものがある。それはアンケート調査票の回収数の少なさだ。1996年と2010年アンケート調査は、いずれもカオサン地区を歩いていたり、エリアのホテルに宿泊していたり、あるいはレストランやバーでくつろいでいる旅行者に対して実施したもの。調査期間は96年が4日間、2010年が9日間だった。だが、その回収数は前者が312名、一方、後者が32名に過ぎなかった。前者については、ほぼ報告者が単独でしたもの。一方、後者についてはスタッフ13名で実施したにもかかわらず、この回収数だったのだ。言い換えれば、この回収の困難はカオサン地区に日本人旅行者が激減したことを示している。
 
近年、カオサン地区の訪問者には変容が見られる。最も大きな変化を見せているのがタイ人若者の増加だ。カオサンは外国人、とりわけ欧米人のバックパッカーが多く訪れることから、タイ人若者の間では「ファッショナブルな通り」という位置づけがされるようになった。東京に例えれば六本木や原宿、青山といったところだろうか。こういったタイ国内でのカオサン地区のイメージ変容によって、現在では通りを徘徊する人間の9割以上がタイ人となっている。これは96年には「外人だらけの租界」「タイであってタイでない街」と呼ばれた時代とは一線を画している。
 
また、旅行者の内訳についても変化が見られる。90年頃までは、このエリアを訪れるバックパッカーの中心は欧州系が中心だったが、90年代に入ると日本人が急増する。さらに21世紀に入ると今度は韓国人の増加が見られ、その一方で日本人は減少傾向に向かった。僕は95年以降、毎年カオサン地区を訪問しているが、近年の日本人旅行者の減少には著しいものがあることを実感してきた。ここ数年は、アンケートやインタビューを実施するために街頭で日本人と見なして声をかけると、韓国人だったりすることはしばしばで、旅行者数も目算する限りではあるが、日本人と韓国人では完全に逆転している。こういった、日本人旅行者の増加と減少をアンケート調査票の回収率は裏付けている。
 
ただし、前年度に比較し2010年における日本人旅行者の減少は極端なものがあるという印象も受けた。とにかく、手分けして探すにもかかわらず、日本人が見当たらないのだ。それを裏付けるかのように、もっぱら日本人が投宿する、通称日本人宿のいくつかが閉鎖されている。また、運営されている日本人ゲストハウスにしても、かつてとは異なり空きが多く、併設の日本料理店も、中を占める客のほとんどがタイ人(タイは、近年日本食が流行している)と言った状態だ。これは、単なる日本人の海外旅行離れ、若者のバックパッキング離れ以外に、今回の政情不安が影響していることが考えられるのでは無かろうか。
 

もし、仮にこういった仮定が説得力を持つとするならば、次のようなことが考えられる。つまり、若者たちはタイの政治的不安定の状況を踏まえ、タイ行きを躊躇した。それゆえ、カオサン地区を訪れる旅行者たちが激減した。だが、こういった政治的不安をさして感じない若者たち、いいかえればメディア情報によってタイに対する危険をあまり感じていないバックパッカーたちは、これまでと同様、バックパッキングの場所、そしてバックパッキングの中継地点としてカオサンを訪れた(バックパッキングのリピーターが多いという結果はそれを裏付ける)。それが、結果として訪問者たちの危機意識の無さに繋がっている。

 
このような仮説が妥当だとするならば、今年、カオサンを訪れる日本人バックパッカー数は一昨年程度にまでは回復することになる。
 

5.調査課題

2010年の調査は、以前に行っていた調査票を踏襲するかたちで実施したのだけれど、質問項目等に関しては時代に適合しないものが多々現れた。典型的な質問項目が前述の所持金の携帯方法で、バックパッカー向けの安宿街においても、いやこういった特殊なエリアだからこそ、社会情報化、そして消費社会化が大きく影響していることが伺える。
 
今後は、今回の調査結果を踏まえつつ、アンケート項目、インタビューの趣旨などを再考察し、旅行者の動向を追跡していく必要があるだろう。無論、バックパッキングという旅行スタイルがわが国の若者の間で今後も続いていくという前提があってという話ではあるが。