2.2バックパッキング熱の低下

80年代の後半から右肩上がりに上昇していった海外旅行者数。ところが1996年の1780万人をピークに海外渡航者数は漸減していく。そしてこれに付随するかのようにバックパッキングという旅行スタイルも人気が低下していった。しかも、その人気の低落は、一般の海外旅行よりも著しかったのだ。
 
この原因として考えられる要素はいくつかある。一つは旅行スタイルの多様化である。80年代、若者にとって海外旅行のための選択肢はパック・ツアーかバックパッキング程度に限られていた(留学というスタイルもあったが、現在と違って留学はまだそのインフラが整備されておらず、留学可能な若者は国費留学生などの特権的な存在にのみ可能なものだった)。ところが、90年代後半ともなると海外旅行スタイルの選択肢が多様化、バックパッキングはあまたあるスタイルの一つという位置に追いやられることになった。つまり「客層」が他のスタイルへと分散してしまったのだ。
 
また、バックパッキングが最も低廉な旅というわけでは必ずしも無くなったことも大きい。海外旅行インフラの整備によって、短期の旅ならスケルトン・ツアーと呼ばれる「航空券とホテルをセットにした滞在型のパック・ツアー」の方が安くつくという状況も出現した。また、海外の知人・友人宅への宿泊といった「お手軽」な手段も一般化していく。加えて、経済的な変化も要因として加味する必要があるだろう。景気低迷に伴い、可処分所得の減少した若者たちが、比較的高くつく海外旅行をレジャーの一つから除外したことが考えられるのだ。
 

2.3海外イメージの相対化とバックパッキングの凋落

また、こういった外的要因だけでなく内的要因、すなわち若者の意識の変化もバックパッキング、そして海外旅行の人気が低落した原因と考えられるだろう。その最たるものは「海外イメージの希薄化」あるいは「海外イメージの日常化」、集約すれば「海外イメージの相対化」に求められる。
 
90年代以降の若者に特徴的な傾向として、しばしば指摘されるのが「内向き」指向だ。上昇志向が低く、日常生活を謳歌することをライフ・スタイルの中心とするその心性は、まず身の回りに関心を持つという行動傾向を形成するようになった。その一方で、インターネットを中心とした情報環境の充実で海外の情報は頻繁に入ってくる。また流通システムの発達で海外の商品も低廉なかたちで身の回りに配置されるようになる。こういった変化は、かつて日本人が海外に対してあこがれていた「非日常としての場」としてのイメージをすっかり相対化させた。その結果、現在、若者たちに起きているのが「洋風文化離れ」である。映画ではかつての”洋高和低”という構図が09年には逆転し、音楽においても好まれる中心は海外のそれではなくJ-POPになっている。
 
旅行においてもこの傾向は顕著で、とりわけ海外旅行の人気は全般的な低下が見られる。中でも、二十代若者の海外旅行離れ、とりわけ二十代女性のそれは著しい。また、海外に関するこういった情報、消費インフラの国内における充実は、翻って、海外に出かけることに対するデメリットを引き立たせることにもなった。「言葉が通じないのは大変」「食事が合わない」「時差ボケがイヤ」「治安が悪い」といったイメージの台頭がそれだ。
 
また、バックパッキングに付随していた「スノッブ」なイメージが相対化されたことも大きいといえるだろう。かつて、自分の足で歩くバックパッキング、しかも旅自体が安易ではないアジアを旅すると言うことは、ちょっとした「蛮勇」とみなされ、他者との差異化においては格好の手段と位置づけられていた。だが、アジアのイメージが相対化され、また現地においても、そういった「蛮勇をふるう」ようなエリアが近代化とともに消滅していったと言うこともあって、バックパッキングは差異化のための有効的な手段としては位置づけられなくなったのだ。
 

2.4メディアにおけるバックパッキン情報インフラの減少

一方、バックパッキングについては、その人気の低落がいっそう著しい。1996年以降、バックパッキングに関する情報誌・紀行文などの出版数は著しく低下した。たとえば、海外の格安航空券と安宿を紹介した雑誌「格安航空券ガイド」(ぷれいすα)は03年に休刊。バックパッキングのノウハウをコンテンツとした雑誌「旅行人」は1996年には月刊であったが、次第にその発行間隔が広がり、現在では年二回にまで発行回数を減少させている。『地球の歩き方』も90年代前半には、読者投稿記事を外し、反面で高級ホテルを紹介するなど、バックパッカーの貧乏旅行向け編集を打ち切り、一般向け海外旅行ガイドへと編集方針を変更している。また、バックパッカーを相手に格安航空券を手配していた四季の旅社、アクロスといった旅行会社も消滅(アクロスはエイチ・アイ・エスが吸収)。その業態を一般向けに変更し、パック・ツアー、とりわけ個人向け短期・低予算・滞在型のスケルトン・ツアーを全面展開した格安航空券会社のエイチ・アイ・エスが旅行業界を席巻することとなった。これらはバックパッキングがもはや若者の旅行スタイルからも後退しようとしていることを物語る。
 
現在、バックパッキングは、もはや一部の若者の、いわば「オタク的な趣味」と位置づけられようとしている。そして、このことは今回のカオサン調査でハッキリと浮き彫りになったのだ。(続く)