大学生の英語力は中学生レベル?

内田樹が著作『下流志向』の中で嘆いていた。嘆いていたのは、自らが教鞭を執る学生の英語力レベルのこと。英語関係の教員から「本学の学生の英語レベルは中三程度」と知らされ、がっかりしていたのだが、それが何年かするうちに今度は「中二程度にまで下がった」と言われたことだ。
内田が赴任する大学と僕の大学の偏差値はだいたい同じようなものなので、この指摘はとっても納得がいく。ほとんど状況は同じだからだ。と同時に、内田と同様、僕もこのことを嘆いている。ということで、まず最初に、お恥ずかしい話だが、僕の大学の学生の英語力の現状ついて若干のエピソードを示してみたい。ちなみに、僕は塾や予備校で英語教師をしていたこともあり(英語主任をしていたこともあった)、学生の英語力というのはかなり的確に把握できるという自身は、まあまあ、ある。

「someとanyの区別がつかない」なんてのは序の口:中三レベルの英語力がないことの傍証
たとえばsomeとanyの区別。どちらもベタに訳せば「いくつかの」だけれど、ネイティブの使い方は全く異なる。
まず中学校のレベルでの使い分けの教え方は、「「いくつかを」肯定文ならsome、疑問文・否定文ならanyにする」というもの。つまり

I have some questions.
Do you have any questions?
I do not have any questions.

というところになるのだが、これは中学レベルの教え方(で、ほとんどの中学英語教師は、この使い方をなんの疑問もなく教えている。ヤベェ。)。実際には

Do you have some questions?

というのも、もちろんある。
someとanyの使い分けは、これらの文を発する前提として、その存在の有無が文脈=コンテクスト=空気にあるかどうかで決定される。つまり

Do you have any questions?

なら「なんか、質問ありますか?」もうちょっとわかりやすくいうて「あんたら、しつもんあんの?ないの?」という意味。

一方、

Do you have some questions?

なら、おなじ「なんか、質問ありますか?」でも「あんたら、当然、質問あるよね!」となる。( 同様に”Can I have a coffee”というのもネイティブではフツーにあるのだけれど、中学英語では×になる。”Can I have a cup of coffee”のみが正解なのだ。ちなみに「缶コーヒー一本ちょうだい」というときは前者しかありえない)

しかし、しかし。こんな英語の詳細については、まあどうでもいい。というのも、ウチの学生(Eクラスの有名大学生)の場合、こんなことはチョー難しいので、まだまだ学ぶのは先の話(トホホ)。でもって中学校レベルで学ぶ、この紋切り型のsomeとanyの使い方すら知らないのだ。ちなみに、彼らが英語で「ちょっと質問したいんですけど」という英語は”Can I have any question?”だった(anyがおかしい。強いて訳すと自分に向かって「オレって質問あるのか?」という自己言及的、かつ哲学的な問になる)。

レベル低下はもっと先を行く

と、これくらいでまだ驚いてはいけない。さらに英語のレベルはもっと酷いことがわかってくる。まず、僕のゼミ生の全員が五文系を言うことが出来なかった(S+V+E+Cなんて回答があった。Eって、いったい?せめてMくらいのマチガイにしてほしい)。もちろん五文系の訳し方のパターンも。とりわけ面白かったのは第五文系の使役動詞の運用でI make him go there.という文章を訳させようとしたところ、ほとんどの学生がフリーズ。指名した学生が苦し紛れに訳したのが「私は彼を作るのが……(以後、絶句)」。要するにmakeというのは「作る」という意味しかインプットさせていないのだ。 ニューヨークでイエローキャブの運転手に「もう二ブロック先へ行って」と頼むときには”Make more two blocks”となるが、彼らにしてみれば、さらに二つのエリアを建設させる、という無理難題な巨大プロジェクトをイエローキャブの運転手に押しつけることになるのだ。

いやいや、レベル低下のレベルはこんなもんじゃあ、ない。(続く)