「目的をもたない旅」の先にあるもの


Yさんは、今回で海外旅行が4回目。とはいっても、初めての海外旅行が昨年の夏。ということは、この一年でこれだけの海外旅行をこなしていることになる。そして今回が初めてのバックパッキング。三度の海外経験でバックパッキングが自分の旅行スタイルには向いていると考えるようになった。そのスタイルとは「ボケーッとすること」。Yさんは旅に、そしてバックパッキングに何を求めているのだろうか。(196)(8/7、午後二時半~四時。Buddy Lodge内、World Coffeeにて)


アメリカの語学研修で受けたカルチャー・ショック

-----海外旅行のきっかけは
昨年の夏、はじめて海外に出かけました。行き先はアメリカ。大学のスタディ・プログラムに一ヶ月ほど参加したんです。そこでは提携大学で英語レッスンの毎日でした。とにかくハードで、それをやっていると一日が終わってしまう。海外に来たことがわからなくなるくらい忙しい。取れる自由時間は、食事や移動のほんのちょっとしたあいだくらい。でも、その間にアメリカ人の日常生活が垣間見えて……実はこのプログラムでいちばんカルチャー・ショックを受けたのが、こういったちょっとした時間に見聞きした風景でした。たとえば鉄道の中では、たまたま居合わせた人が、まるで昔からの友人のように気軽に話をする。また、レストランでは家族や仲間が本当にゆっくりと、しかも話をしながら食事をする。日本がで自分がやっているあくせくした生活とは全く違うマイペースさが、とてもすばらしいものに見えたんです。いや、それどころか、こういう生活こそが正しくて、自分の生活が異常にすら思えるようになって。


ボーッとするならバックパッキングがいい

-----それがバックパッキングとどう結びついたんですか
こういった海外の人たちの普通の生活を見たり、聴いたり、感じたりしてみたい。そのためにはヘンな目的なんか持たない方がいい。語学勉強なんかより、街や人の風景をボーッと見ていたほうがよっぽど人生勉強になる。だったらバックパックキングがいいと考えたんです。
もっとも、今年の二月と三月に訪れたタイと台湾はパック・ツアーでした。まあ、友人といっしょに出かけたという理由もあったんですが。タイは、ツアーのスケジュールをこなしただけという感じで、完全に消化不良……これはかえってフラストレーションになりました。一方、台湾は航空券、ホテル、そして空港とホテルの送迎だけのフリープラン。期間こそ三日と短かったのですが、とにかくブラブラと街を歩き、台湾の人たちの行き交う姿をボーッと眺めることが出来て。これが今回のバックパッキングの引き金を引きましたね。では、今度は長期で旅してやろう、と。

-----今回の旅の予定は
一ヶ月かけてラオス、カンボジア、ベトナム、そしてタイを回るつもりです。とくにラオスは期待してます。というのもあそこには何もない、のんびりしていると聞いているので。とにかく街にたたずんで景色を眺めたり、現地で知り合った人と話をしてみたり……その国、その文化の時間の流れに身を任せていたいと思っています。もっともボーッとしたいなんて、ちょっとバックパッカーとしては失格かも知れませんね。よくある「自分探し」みたいな意識とは全然遠いところにあるので。


ボーッとすることの本当の理由は?

----バックパッキングの目的が「目的を持たずにボーッとすること」というわけですね。でも、なぜ「目的を持たない」という目的なんでしょう。
日本では大学の勉強がもの凄く多いんです。ノルマだらけで、とにかく一日中勉強に時間を支配される。そこで、ちょっとのんびりしようと思って、スタディ・ツアーやパック・ツアーをやってみたら、やっぱりここにもノルマがあった。勉強のほうは自分が選んだ道なので仕方がないとは思っていますが、だったら旅行くらいギューギュー詰めでない、何も考えないような時間を過ごしてもいいんじゃないか。いや、旅行に出かけてノルマのない時間の中に自分を置いてみようじゃないか。振り返ってみると、そんなふうに考えたんじゃないかと思いますね。
でも、よく世間で言うような「充電」と言う感覚とも違います。ボーッとしているだけで、何かを詰め込んでいるというわけではないですからね。自虐的に表現すれば、ちょっとした「現実逃避」かも知れませんね(笑)



(インタビュー後記)

「自分はバックパッカーとしての資格がない」というような、控えめな態度で対応するYさん。確かにバックパッキングにありがちな「冒険」とか「私さがし」というのとはちょっと目的が違うようだ。目的を持たないのが目的なのだから。しかし、そうやって異国の空間に漂う中で、実は日本での生活の整理を、ゆっくりと行っているように思えた。もし、そうだとすれば、彼の旅の目的もまた一般のバックパッカーとはスタイルが違いこそすれ、「私さがし」ということになるだろう。