
(人でびっしりの夜のカオサン通り)

(お店の女の子たちも、ちょっと“水商売”風)

(カオサンのかつての面影を残す数少ない風景。ただし、これは一本北のランプトリ通り)
日本人が見あたらない?
タイ・バンコクの安宿街・カオサンの変容について「日本」との関連で考えている。前回までは日本料理についてお伝えしたが、最後に日本人の状況についてお知らせしておこう。
カオサンの日本料理店がタイ人が目立つようになったのは、何もタイ人だらけになったと言うことだけではない。もうひとつその要因として「日本」に関してカオサンが重要な変化を抱えていることも指摘しておく必要がある。それは……日本人がものすごく減っていることだ。
もし、カオサンで横に広がり連れ立って歩いている東洋人を見かけたら、それは間違いなく日本人ではない。韓国人の若者だ(韓国人のバックパッカーは必ず連れ立っている。しかも三人以上というパターンが多い)。しかも、その数は日本人よりはるかに多い。今回、僕はここで旅の安全に関するアンケート調査をやっているのだが、実は、全然集まらない。これが十年前だったら一日で百票くらいは簡単に集まった。今回は十日間でこれくらいが関の山といった感じなのだ。
この辺の事情についてはカオサン老舗の旅行代理店M.Pツアーのスタッフもお客さんが全然来なくなったと愚痴をこぼしていた。また僕の友人で、十年来バンコクに春と夏となるとずっと暮らしているフリーターの友人がいて、彼はランプトリ通り西端の屋台群の中で焼き鳥を時々売っているのだが(ここの屋台群はファミリー。この家族と仲良くなって彼はしばしば自宅に居候になるようになったのだが、その代わり無報酬で店番をやっている)、やはりここ数年の日本人旅行者の減少には目を見張るものがあるという。日本人の中でも、とりわけ減少率が激しいのが若者・学生の旅行者。だから、道端で出会う旅行者は、結構、年齢層が高い。98年に僕がアンケート調査した際、平均年齢は21.4歳だったがこれよりかなり上がっているのでは無かろうか。また学生が八割以上だったが、これもちょっと様子が違うように思う。
ちなみに前述のフリーターの友人は、日本にいるときには某大学で非常勤講師を勤めている。そこで、たまにだがバックパッキングの話をしたりすると、関心を抱いた受講生が授業後に質問に来たりすることがあるのだが、彼らの関心は「レトロなものへの好奇心」といったほうが正鵠を射ているという。五十=新人類の僕が六十=団塊の人たちの学生運動を好奇心をもって想像するようなものだ。
バックパッキングは、もはやイケてない?
要するに、バックパッキングなど若者にとってはもはや旬ではないとうことになったのかも知れない。海外へのまなざしが次第に消失し「内こもり」になる日本人。たとえ海外でも韓国、中国、台湾といった安・近・短志向(こちらの観光客は年々増加傾向にある。その一方で欧米は年々減少している)。来年、カオサンの日本人はどうなっているのだろうか?
それでもカオサンはそんな日本人の事情などおかまいなしに、また変容していくのだろう。
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