音楽の聴き方が根本的に変わる

“アップルのiTunes Storeが定額聴き放題サービスをはじめたら”という前提で考察をすすめている。

もしそんなことになったら、つまりLala(アップルに買収された音楽配信のサブスクリプション・サービス)の機能がITMSに搭載されれば、これはまさにわれわれのミュージック・ライフスタイルの根本的な変容をもたらすだろう。例えば月額1000円程度で800万曲もの楽曲を自由にiPodでストリーミング再生、2000円程度でダウンロードして聴くことができるとするならば、あなたはどうするだろう?音楽好きなら、ほとんどがこのサービスに加入するだろう。もうCDを購入する必要もないし、知人やレンタル店からCDを借りてコピーする(もちろん違法だが、ほとんどやっている)必要もない。それがいつものiTunesでやれるとなれば入らない理由はないだろう。そうすれば多くの人間に広大な音楽の海が提供されることになるのだ(そしてTSUTAYAはCDレンタル部門を縮小、閉鎖するだろう)。

それは、必然的にわれわれの音楽聴取スタイルを根底から変容させると言うことを招来する可能性が高い。ではどんなふうに?

ザッピング的な聴取スタイル

まず考えられるのがザッピング的聴取が一般化することだ。聴きたい曲を聴きたいときにという環境が実現すれば、ちょっと気になった曲とかをITMS(iTunesが提供するネット上のダウンロード販売ストアサイト)で検索をかけて聴くということが出来る。これまでCDやレコードでは音楽を聴くためには、まず料金を支払わなければならなかった。つまり、曲の中身が「よいから購入する」というより「よいことを期待して購入する」というのが基本で、中身は買ってからのお楽しみだった。ということは、ハズレも合ったと言うことでもあるし、限られた予算ゆえ聴き逃すと言うことも当然のことのように発生した。

これがなくなるのだ。それは言い換えれば、楽曲がさながらペットボトル・ドリンクを購入する感覚で売買されると言うことを意味する。新しいペットボトル・ドリンクが発売されたとき、それに対する我々の購入感覚は「ちょっと買ってみようか」である。というのもこれは一本150円以下。懐が痛まない価格なので、こうなると値段よりも好奇心が優先する。で,おいしくなけばそれっきり。おいしければ定番にする。この感覚で楽曲が購入される、というか聴かれるようになるのだ。基本的にはストリーミング再生で、気に入って何度も聴きたければダウンロードしてiPodでという具合に。こうなるとわれわれはこれをダウンロードする場合には「よい曲だから」という理由でこれを行うことになる。より個人の嗜好に応じたミュージックのチョイスが可能になるわけだ。

フラット的感覚の一般化

これは、ある意味純粋に音楽を嗜好するようになることを意味する。つまり曲の周囲にまとわりついている文脈(ビッグネームだとか歴史的に権威があるとか)が全てそぎ落とされ、その曲が自分にとってフィットするかどうかと言うことがまず第一の問題として浮かび上がってくることになるのだ。音楽に関する権威がすべからくはぎ取られていくのである。またジャンルについても、耳にフィットすればいいので、ジャンル横断的な聴取スタイルも一般化していく。

それゆえ嗜好の多様化という事態がより一層進行させていくだろう。800万曲ものラインナップの中から自らの嗜好にあったジャンルをそれぞれがサーチしていけば、好みは細分化して行かざるを得ない。仲間内では知らないような自分だけのジャンルに一人で楽しむというスタイルもまた生まれていく。

これらをまとめてみれば、自分の嗜好に合うという基準に基づいて、細分化されたジャンルへの深い拘泥をすると同時に、ジャンルを横断して様々なジャンルの楽曲にアクセスするという傾向が生まれてくる。ちなみに、この際、音楽に関する歴史やいわれはほとんど無視される可能性が高い。

こういった試聴行動の変容は,当然のことながら,音楽産業の構造を現在のままに留まらせておくことはない。ドラスティックな変容が起こるということになるのだ。それは……(続く)