「ゲイ」「おかま」、そして「クイア」

前回のブログでは差別用語が実はメディア側が規定する放送禁止用語のことを指していること、しかもこれが法律に基づいた制度なのではなくメディア側の自主規制に基づいていること、さらにその自主規制の方針が商業主義に基づくものであることを指摘しておいた。言い換えれば放送禁止用語=差別用語というものは、かなり恣意的に決定されているということを確認できたと思う。
このことをもう一度、具体例を挙げて説明してみよう。ここでは性的なマイノリティの人たちに投げかける言葉を取り上げてみたい。それは「ゲイ」「おかま」、そして一般にはあまり馴染みがないかもしれないがが「クイア」という言葉だ。

まずそれぞれの語源を確認しておこう。「ゲイ」の語源は「gaily」、つまり「派手」「華やかに」「陽気に」「愉快に」「浮かれて」という単語を縮めたもの。これだけだとニュートラルな言葉に思えるのだが、実はこれ、19世紀、ビクトリア朝期のイギリスで売春婦や男娼(相手が男性の場合も女性の場合もあった)が派手に着飾り、陽気に振る舞っていたことから名付けられたもの。つまり元々同性愛や売春に対するある程度の蔑称的な意味合いが含まれていたのである。
次に「おかま」について。この語源は「お釜」。これが形状的類似から転じて「尻」となり、さらに同性愛者の受け身の側、つまり尻に挿入される側という意味で用いられるようになった。やはり同性愛に対する蔑視がその語源に存在している。

そして「クイア」だが、この語源は英語の「queer」。つまり「不思議な」「風変わりな」「奇妙な」「変な」「いかがわしい」という、それ自体が指し示す対象を否定的に扱う同性愛を意味する言葉だ、

さて、これら言葉を、その差別性の強さで比較すればどのように順序づけられるだろうか。「ゲイ」と「おかま」は順列がつけづらいものの、少なくともクイアがもっとも蔑視性が高いことは明らかだろう。上記の二つはその蔑れている視性があくまで含意(記号論ではコノテーション)として表現されている、つまり直裁的な言い回しを避けて、ひねりを入れているのに対し、「クイア」はベタに「変」「奇妙」なのだから。

差別用語であるかどうかはかなり恣意的に決定されている

ところがこの中で放送禁止=差別用語に指定されているのは「おかま」だけである。つまり放送禁止用語的にはこの言葉だけが同性愛マイノリティを蔑む言葉になるのだ。「ゲイ」と「クイア」が用いられる理由は「当事者たちが認めている」というところに求められるだろう。まして「クイア」ならば、敢えて自らを「変な存在」と主張することで、その蔑視的な視点を逆転させてしまおうとする。つまり、言葉の語源をいくら追いかけたところで、それが差別性を帯びるのかどうかはわからない。すべて別の事情に基づき、かなり恣意的、言い換えればいい加減な基準で決定されていると考えるべきなのだ。(続く)