ほとんど客のない中で、勝手に盛り上がりはじめたバリダンスショー

バリ島、ロビナビーチへリゾートに出かけた時のお話である。
ある日、宿泊するホテルのレストランでバリダンスショーが開催された。元来、ぼくは、こういった”いかにも観光”のたぐいの催しには興味を示さないのだが、ホテル内で読書と原稿書きの毎日で少々マンネリ化という気分もあったので、「たまにはこんなのも見てみるか」と、いい加減な気分でこのショーを見物することにした。

ところが夕刻、レストランの席に着いてみるとちょいと困ったことが起こる。というのも観客が僕を含めてたった四名しかいないのだ。一方、楽団とダンサーは総勢なんと15名。気の弱いというかお人好しのぼくには、これがとても重圧に感じられた。おもしろかろうが無かろうが、ショーが始まったら、僕らは無理矢理ショーに集中しなければならなくなる。ではとっとと席を立てばいいのだが、それでは一層客が減り申し訳ない……。

一方、ショーを催す側にしたところで、これっぽちの客ではヤル気もおこらないのは目に見えている。その場にいたくない人間とやる気のない人間が鬱屈した空間の中で科されたノルマを消化すべく、がんじがらめにされる……状況は最悪を迎えようとしていた。
ところがショーが始まると事態は予想外の展開を見せる。ヤル気なしと思われたショーの一行は、なぜかウキウキ、威勢よく、元気に演奏・ダンスを始めたのだ。メンバーは誰もが楽しげで、楽団とダンサーが顔を見合わせ笑みを交わすほど。挙げ句の果てにはぼくらも踊りの中に連れ出され、勝手も分からぬままに踊るというハメに。そしてなんと、ショーは終了時間を過ぎても延々と続いたのである。「いったい、これはどういうことなんだ?」楽しくも不可思議なそのひとときが僕の脳裏にこびりつき離れることはなかった。

だが、この疑問は『バリ観光人類学のレッスン』(山下普司著、東京大学出版会)という書物を手にしたとき解明する。(続く)