キャストとしてのバイトのはじまり。基調は「友達気分」

ディズニーランド・ユニバーシティから数日後、いよいよパークでの仕事が始まった。とはいっても、その時点でわかっているのは配属されたアトラクション名のグランド・サーキット・レースウエイ(以下グラサンと略)だけ。そこで何を、どうするのかは一切知らされていない。

気持ちが丸腰のまま、早朝僕はディズニーランドへ向かう。行き先はこの間と同じユニバーシティがある側のゲート。セキュリティにやってきた旨を伝えると、セキュリティはトランシーバーで連絡を取った。しばらくすると背広を着た男がやってきて、僕を車でエントランス左のワードローブビル入り口へと連れて行く。するとそこには赤と黄色がタテに入ったデザインのコスチュームを着た一人の男が待っていた。年齢は二十代後半。僕はそのとき22歳だったから、ちょうどお兄さん、先輩という関係にあたる年齢差になる。

その男は僕を見るなり声をかけてきた。もちろんディズニースマイル付きで。雰囲気はユニバーシティのインストラクターのノリと同じ。偉そうな感じは微塵もなく、友達、いや、やはりお兄さんといった感じだった。

「グランドサーキット、リードのK崎です。じゃあ、きょうからがんばってわたしたちとはじめましょう」

僕は彼の後についてワードローブビルの中にはいると、コスチュームと専用ロッカーを与えられ、つづいてグラサンへと僕を引率されていった。

グラサン・カートの乗降場の裏、パドックの前に来ると、そこでは他のキャストたちが待っていた。朝礼の時間、僕はキャストの前に出されると紹介される。するとキャストたちは大きな声で「よろしくお願いします」。これも、あのユニバーシティのインストラクターのノリ。どいつも、こいつも、あのノリなのだ。もちろんディズニー・スマイル。いったいなんなんだ、この妙竹林な「友達気分」は……

ヤッパリ登場「友達トレーナー」

とりあえず挨拶の儀式が終わり、いよいよ仕事のトレーニングに入る。そして、トレーナーとして僕の前にやってきたのは、やっぱりトレーナーとは思えないようなキャスト、しかもたった一人だった。自分と同じくらいの年齢の女の子、で、例のノリ。顔はディズニースマイルであることは、もう言わなくてもおわかりだろう。でも、考えてみれば、モノを学ぶ環境としては、こんなにやりやすいものはない。もし、年配の訳知り顔の男がやってきて、偉そう、かつ権威主義的にやり方を教え、教えてもらう側はビクビクしながら話を拝聴するような状況だったら。たとえば、自動車教習所の傲慢な教官をイメージしてみればいい。高飛車な指導のお陰で、学べるものも学べなかったなんて経験者は多いのでは無かろうか。

ところが、これは違うのだ。年齢が同じで、しかも女の子というシチュエーション。しかも、この女の子もバイトでディズニー歴半年程度。こうなると、偉そうな教官が教える「上から下」への指導というやりかたではなく、「横」向きの指導となる。簡単にいってしまえば、友達にあやとりを教えるようなやり方だ。まず、異性だからお互い遠慮が入る(同性同士だと結構冷たいよね)。それだけではない。僕にしてみれば女の子、相手にしてみれば僕は男の子。デートみたいで悪い気はしない。年齢も一緒なので話も合う。そして彼女の方はバイトで職歴も短いのでディズニーで働くことにやりがいを持っているため、教え方も熱心。

こういったリラックスした状況の中で僕の方もわからないことをどんどん彼女にツッコンで質問することができた。気がつけば教えてもらうというということさえ意識することなく、技術が身に付いていったのだ。そして、トレーニングが一段落すると彼女はすっかりキャストの中の知り合い=友達第一号に。あとは彼女を介していろんな人と関わればいいということになるのだが……。そんなことを考える必要すらなかった。休み時間、彼女は僕を連れてグランドサーキット奥(現在のトゥーン・タウンの奥)バックステージにあるキャストフードセンターという社員食堂に連れて行った。そこで待っていたのは、同じように休憩を取って食事をしているグラサンのキャストたち。早速僕は紹介される。キャストたちは、にこやかに僕に話しかけ(どこまでいってもディズニースマイル!)、いい雰囲気が作られていく。つまり、ここは大学のサークルで、その仲間に僕は紹介され、サークルの一員にされている、といった調子なのだ。

そう、どこまで行っても「友達気分」で統一した環境が、ここには用意されていた。って、これって宗教団体青年部?

だが友達気分の形成、実はまだまだ始まったばかり。本番はこれからだった。そのことに、その時、僕はまだ気がついていなかった。(続く)