インターネットの議論は必ずしも民意を反映していない~「ネット住民」と「ネット観客」
本ブログでしばしば指摘していることだが、インターネットでの議論は必ずしも民意を反映してはいないと僕は考えている。このことは、たとえばBLOGOSなどのコメント欄をあちこち立ち寄ってみるといい。あることに気づくはずだ。それは……ジャンルによってかなり限られた層の読者によってコメントが繰り返しなされている点だ。同じコメント者が何度も登場する。コメントは「コメントをすることに積極的な一部の人々によって行われている」と考えた方が納得がいく。便宜上、この層を「ネット住民」と呼ぼう。
これはもちろん、ネットをブラウズしている人間が少ないことを意味しない。スマホの普及もあり、もはやネットのブラウズなど、われわれにとっては日常的な行為の一部。TVよりもネットへのアクセスの方が多いという人間もかなりいるだろう。ちなみに僕が大学で教える学生たち(毎年受講生数100人程度にテレビとネットとどちらのアクセス時間が多いのかについてアンケートをお願いしている)は、もはや八割以上がネット派だ(テレビとネットの形勢逆転は3年前だった)。
しかし、こういったネットブラウズする人間の層とネットに書き込む層=ネット住民はそのままイコールというわけではない。言い換えればブラウズする層の一部がネット住民となり書き込んでいる。その傍証が例えば先ほどあげたBLOGOSのコメント欄というわけだ。むしろブラウズする人間の大半はROM、いわゆるリード・オンリー・メンバーだろう。そこで、こちらの方は「ネット観客」と呼ぼう。そしてネット住民とネット観客をつなぐ相関性や因果性は明らかではなない。いや、こういった人たちの意見を世論と断定するのは、ちょっとアブナイだろう。ネット住民という、同じ少数の人間たちが循環させる意見やネット論壇は民意を反映しているとは必ずしも言えないのだ。
ネット住民の意見はマスメディアが掬い上げることによって大きな力を持つ
ただし、だからといってネット住民に力がないというわけではない。書き込みを行う少数派は場合によっては強力な力を持つことがある。それは、書き込みを行い、これがそれなりに珍しかったり、盛り上がったりした場合だ。ただし、それだけでも、まだ強力とはいえない(炎上などのネットいじめを除いては。で、これは炎上と言うより一部でくすぶった形で発生するので、いわば「小火」)。これだけでは必要条件でしかない。これが世論として大きな力を持つのは、盛り上がった内容をマスメディアが取り上げた場合だ。つまりこちらが十分条件。とりわけテレビは議題設定機能を持っている。テレビがネットのネタを取り上げて拡散することで、結果としてネット住民のモノノイイがさながら世論のように展開されるのだ。つまりメディア・イベント(もちろんマスメディアが取り上げても盛り上がらない場合も多々あるが)。たとえばペヤングソース焼きそばやマクドナルドの異物混入事件などは、その典型だろう。小保方、佐村河内、佐野といった人間へのネットいじめもこれに含まれると言ってよい。
で、こういった「ネット住民の意見は世論を反映しない」という原則は、BLOGOSのようなネット論壇以外のところでも、ネット上のあちらこちらに共通してみられるものであると僕は思っている。つまり、これはネットの一般的な特性と僕は考えている。
オタク世界を作るネットの島宇宙化
このようにネット住民の書き込みがあるところで盛り上がると、ちょっと不思議な事態が発生する。世論を反映していなくても、一部で盛り上がってしまい、そこに小さな世界、いわばタコツボ、島宇宙的なスモールワールド、オタク領域が誕生するのだ。で、これはこれでそれなりの中小規模の市場を形成することも現在では当然のように発生している。そして、その典型こそが旅の情報サイト、Tripadviserの情報だ。
旅オタクの情報サイト、トリップアドバイザー
Tripadviserはブラウズする人間たちの書き込みやサイトのとりまとめによって日々更新される旅の情報ガイドだ。ホテルやレストランの紹介が最も大きなコンテンツだが、世界中の旅行者たちがここに情報を書き込んでいる。ただし、ここにも一部の書き込みを頻繁に行う人間=ネット住民と大多数のROM=ネット観客が存在する。で、あたりまえの話だが、観光地の情報環境は、こうした一部の書き込みを積極的に行う人々によって構築される。そして、それはしばしば現地での評判とは異なった「書き込みを好む旅行者たちによって構築されるもう一つの観光地、観光名所」を作り上げてしまう。つまり、Tripadviserは旅オタクの情報としては正解だが、それが現地の情報を必ずしも反映しているとは言えないのだ。僕は海外に赴く際は航空券を購入し、宿屋レストランをTripadviserで検索、検討する旅スタイルを散々やってきたが、まあ、本当にその結果は微妙と言わざるを得ないという経験を何度もしてきた(なのでTripadviserは、参考程度に利用することにしている)。
一例を示そう。今年の3月、僕はポルトガル・リスボンからバスで一時間ほど南に下ったところに移置する丘の上の村パルメラに宿泊した。ここでのTripadviserでの人気ナンバーワン・ホテルはポウサーダ・カステロ・デ・パルメラ。ポウサーダと名のつくホテルは城や寺院、要塞などを改造したもので(景観のよいところに位置する場合もある)、かつては国営だった。スペインのパラドールのポルトガル版と思っていただければよい。ここに五日間ほど滞在し、レストランを食べ歩いたのだ。もちろんTripadviserのランキングに従って。だが、このランキングがどうもおかしい。一位がポウサーダ内のレストラン、二位はポルトガル料理なのだけれど客はほとんどポウサーダ宿泊。四位はなぜかハンバーガーのお店だ。
ところがホテルからちょっと歩いて街の中央あたりに来たところの路地にぽつんとあるレストランをみつけた時のこと。ここは昼のみの営業なのだけれど、とにかくものすごい客でごった返している。もちろん観光客なんかいない。全部、いわゆるジモティだ。Tripadviserの認定マークもなし。ここは魚料理専門のレストラン(看板にも魚の絵=アイコン?が描かれている)。まあ、魚料理といっても焼くだけ。種類は太刀魚、鰺、サーモン、カジキといったところ。これに前菜とワインととサラダとそして食べ放題のパンとデザート。さらにコーヒーまでついてたったの€8.5。ちなみにメニューのチョイスは魚だけで、それ以外は皆同じ。デザートなどは店の中央のテーブルに大型のパットごとドカンと置いてあり、客は好きなだけ取り放題。ワインもまたものすごい量をデキャンターに入れて持ってくる。カミさんと二人分で一リッターのデキャンタにすりきりで入れてきた「昼からこんなに飲めるか」と思ってしまったほど。魚好きでもあるので、当然一回訪れた以降は病みつき。昼はここと決め込んでしまった。
さて、なぜTripadviserにこれが掲載されていないのか?それはMAPを見てみると簡単に判明する。上位のレストランはすべからくポウサーダから至近距離にあるのだ。つまり簡単に歩いて行ける。パルメラのポウサーダは城を改造したもので前述したように海外の旅行者たちにはすこぶる人気。パルメラにやってくる旅行者の多くがここへの宿泊を目的としている(もちろん、僕もそうだ)。ただし、宿泊客たちは街のあっちこっちを巡ってレストランを物色し、私のベストを探すなんてヒマなことはしない。宿泊してもせいぜい2泊3日程度だからだ。しかも、その間、パルメラを基点に周辺のワイナリー見学とか、すぐ手前の港町セトゥーバル観光に行ったりする。だからパルメラでの食事の回数(朝食はポウサーダで提供されるので除く)はトータルで二回程度になる。レストランなど、まあ観光でのそこそこの要素程度にしか考えていないのだ。
で、こんな旅行者たちが「パルメラで旨いレストランはどこかな?」と考えた時に、思いつくのが当然、Tripadviserのレビューだ。だが、そのレビューはかつての旅行者たちが同じようにポウサーダのすぐそばを散策してみつけたレストランばかりが掲載されている。そして上位三位のレストランを訪問すると……当然、この上位のポウサーダ至近のレストランの評価ばかりが高いものとなってしまうのだ。
レストランの方も心得たもので、店の扉には勝ち誇ったようにTripadviserの認定シールが貼られている。店のスタッフも専ら外国人観光客を相手とするようなスキルを身につける。とにかくホスピタリティが洗練されていて、食事の内容を英語で説明してくれたりするのだ。これに舌鼓を打つ旅行者たちは満足して、そのことをTripadviserに書き込んでいき、その書き込み=レビューがさらに雪だるま式にこの上位のレストランの評価を上げていくのである。こうやって、現地の人々の味覚とは全くといってよいほど関連の薄い料理がパルメラの名物としてTripadviserと外国人旅行者によって創造されていく。いわばTripadviserおたくたちによるフィルター・バブルが、ここでは発生している。
日本にも創造された珍名所
この例はポルトガルのものだけれども、これと同じことが日本でも起こっていることに、もはや多くの人々が気づいているのではなかろうか。試しにTripadviserに掲載されている渋谷のホテルやレストランの評価を見てほしい。ベスト20にラーメン屋の一蘭、一風堂、元気寿司なんてのが登場する。ホテルに至ってはベスト10にドーミーイン、サンルートプラザ、エクセルホテル東急、渋谷東武ホテルといったビジネスホテルが目白押し。日本人からしてみれば完全に「???」のお店がランクインしているのだ。で、この「???」感覚が、実はポルトガルのパルメラの住民がTripadviserのランキングを見た時の反応だろう。つまり、Tripadviserはその国以外の書き込み好きの海外旅行オタクによって構築され、日々更新され続ける旅行情報サイトなのだ。そして、ここには新しい情報と言うより、最初に書かれた情報に上書きされる形でレストランやホテルのランキングが更新されていく。
観光とは、昔から「まなざし」が創造(ねつ造?)している。
ただし、だからといって僕は「現地の人々の世界に密着したホテルやレストランこそがオーセンティックな、つまり本物なのだ」とは決して言うつもりはない。こういった旅オタクがネットを介して創造していく観光地もまたもう一つの本物といっていいからだ。もとより、観光というものはそういうもの。100年前のバリやハワイだって、こうやってねつ造、いや創造されたものなのだから。
つまり、現地とは必ずしも関わらないところで観光というまなざしは形成され、そしてそれが自立したものとして観光地というものを作り上げていく。それを、ものすごく早回しでやってくれるのがネット世界のインタラクティブな書き込みによる情報なのだ。
もちろん、これは民意を反映していない。ま、そんなことは問題ではないんだろうが。ただし、そのことだけは知っておいた方が身のためだろう。ネットの意見は「ネット住民」という人たちが作っている。