勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2014年10月

ニュージーランド航空が映画『ホビット』とコラボで制作した機内安全ビデオが「壮大すぎる」と大評判だ(「~すぎる」という修飾を使う表現は、最近「褒め言葉」としてしばしば使われている)。機内安全のための各種の手順を映画の登場人物がやってみせるというゴージャスさ(イライジャ・ウッドまで登場する)なのだが、これが機内ではなくホビットの大自然の中。ここにシートベルト、酸素呼吸マスクや救命胴衣、さらには座席までがまったくもって不自然に登場する。
完全に奇をてらった演出、たかが機内安全のためのビデオへの膨大な費用のかけ方、いったい何の意味があるんだろう?こんなくだらないことやって、いったい費用対効果があるんだろうか?単なる自己中な遊びなのでは?……いや、メディア論的に捉えると、このやり方「大いにあり!」ということになる。そして、それはニュージーランド航空のやる気を十分に感じさせ、また企業イメージを大いにアップするものでもある。今回はこの機内安全ビデオのメディア性について考えてみたい。





「モノで釣るようなやり方」の典型的な効果的運用法

この手法は典型的な「モノで釣るようなやり方」だ。つまり、なかなか見てくれない機内安全の説明やビデオ映像になんとか乗客を引きつけようとするため、機内安全以外のモノで引きつけようとする方法。要するにキャラメルを買ってもらうためにオマケを付ける、古くはライダースナックを買ってもらうためにライダーシールを付ける(もう40年も前の話だが)、ビックリマンチョコを買ってもらうためにビックリマンシールを付ける、AKB総選挙の投票権や握手券をゲットするためにCDを購入するというのと形式的には同じだ。で、この場合は「ホビットの世界」というオマケで機内安全を見せようというわけだ。

ただし、こういった「モノで釣るようなやり方」は必ずしも成功するとは限らない。たとえば前述したライダースナックだったら、小学校の周りに大量の未開封のライダースナックが捨てられていて問題になったなんて事件があったほど。まあ、売ることには成功したけれど、ライダースナックを食べさせるということは完全に失敗している。

さて、こういった趣向の機内安全ビデオ作成、なにもニュージーランド航空が初めてというわけではない。古くは三十年前、同じようなやり方で機内安全ビデオを放映し、乗客に映像を見せることに成功したものがあった。シンガポール航空のビデオがそれで、この時にはシンガポール航空の制服を纏った女性のフライト・アテンダントが絶世の美女で、殿方をこのビデオに一斉に食い入らせることに成功しているのだ(乗客たちが一斉にビデオを見はじめ、キャビン内は異様な雰囲気に包まれたなんてことがメディアで評判になった)。

で、この場合、機内安全ビデオをちゃんと見てもらおうというのがキャラメル=ライダースナックでオマケが美女にあたるわけだ。だが、この美女というオマケ、実は費用対効果が薄い。というのも、オマケに引きつけられすぎ、結局のところ、そちらばかり目がいってしまい、肝腎の機内安全のことが何一つわからないで終わりになってしまう可能性が強いからだ。記憶に残るのは美女だけ。言い換えればオマケと商品の消費=享受がリンクしていない。ようするに、道端に捨てられたライダースナックと同じで、これじゃあ、意味がない。

ところがニュージーランド航空の演出はこのへんをよくわきまえている。つまり、オマケ=モノで釣るようなやり方を踏襲してはいるが、結果として機内安全の手順を乗客がわかるように作られている。いいかえればオマケで引きつけられ、そして、気がつくとキャラメル=ライダースナックを食べているのだ。

先ず、オマケは言うまでも無くホビットの世界だ。これに、一瞬何事かと思う。そしてそれが機内安全ビデオであることを知って二重に違和感を覚える。もし、ここでキャラクターたちが機内に同乗した状態で機内安全のルールについての指導や、指導を受ける側という役割をになったなら、これはまさにモノで釣るようなやり方となり「ああ、イライジャ・ウッドがでているなぁ」ということにしかならない。つまりオマケの方だけに目が行く。ところが説明がなされるのは機内ではなくホビットの世界。そこに唐突に救命胴衣やら酸素マスクやら機内シートが登場する。ものすごい違和感なのだが、かえってその違和感がこれら安全装置に対する手順に関心を向かわせるというコントラストを形成している。救命胴衣に空気が足りないときはチューブから息を吹き込むシーンでは、なんと乗客はバンジージャンプして川の中にアタマをツッコんでいるなんてことまでやっている。この飛び込むのは機内脱出のシミュレーションなのだが、飛び込み理由が川の中に投げ込んだリングを拾いに行くという、これまたホビットの世界と機内安全をゴチャゴチャにした組み合わせになっていて、その違和感がやはりかえって機能面への注目を引き立てている。
ようるすにホビットで引っかけ、その背景と機内安全説明という違和感が機内安全の説明を浮き立たせ、結果として、その手順を乗客たちが自然と学んでしまうという、ウマい仕掛けになっているのだ。

イメージアップとしても絶妙

そして、こういった演出はただ単に「いかにしたら機内安全ビデオを乗客に見させることができるか?」ことに効果を発揮するだけにとどまらない。それ以外にも様々な副次的効果をニュージーランド航空にもたらすことに成功している。

一つは、前述したが「たかが機内安全ビデオのために膨大な費用をかける」という、一見するとバカバカしい行為が放つインパクトだ。飛行機は統計的には世界一安全と言われる交通移動手段だが、万が一事故が発生した際の悲惨さがわれわれにネガティブなイメージを与えていいることはいうまでもない。だからこそ、航空会社としては安全性をウリにすることがそのイメージのアップ、言い換えれば営業利益に直結する。ということは、一見するとカネにならないような機内安全ビデオの制作に本気で取り組む、しかも莫大な金をかけてという姿勢をこうやって大仰に見せることで、その安全イメージを世界的に振りまくことが可能になるのだ。つまり「安全性にわれわれは本気です」というアピールになる。

そして、もうひとつ。これはニュージーランドの大自然を売りに出す観光ビデオとしての効果も備えている。ニュージーランドは『ロード・オブ・ザ・リング』や『ホビット』の撮影地。そして、このビデオも当然だがニュージーランドロケだ。だが、このことは意外に知られていない。ということは「あの世界のふるさとはニューニュージーランドだよ」というメタ・メッセージも発しているわけで、「だったらホビットのふるさとニュージーランドへ行きましょう。ニュージーランド航空で」ということにもなる。

そして、最も金をかけないで作られる機内安全ビデオ作成にこうやってバカバカしいほどの資金を投入すれば、メディアはこぞってこれを取り上げざるを得なくなるという「したたかな計算」もある。実際、その結果、日本ではこの機内安全ビデオが「壮大すぎる機内安全ビデオ」として謳われて紹介され、あっちこっちでビデオが閲覧されることになったのだ。

ニュージーランド航空の、スキマを狙ったこのビデオ。費用対効果は抜群なのである。

小渕優子は危機なのか?

小渕優子経済産業相が政治資金の運用を巡って辞任不可避の状況に追い込まれている。下仁田ネギなんて「ご当地ネタ」もあったが、現在、注目されているのが、周知のように明治座における支援者向け観劇会での不明朗な会計。費用の収支を巡って2600万相当の差額があり、これが公職選挙法あるいは政治資金規正法に抵触するる可能性が高いからだ。「これで小渕も終わりだ!」みたいなモノノイイも出ているところなのだけれど。

ところがで、ある。メディア論的には、今回の小渕のスキャンダル、むしろ五期を迎えて、いよいよ「小渕のはじまり」と捉えることも出来るのだ。

大事なのは「不祥事の後始末」

メディア論的視点からすると、こういったセレブ系のスキャンダルや事件というのは、事実それ自体よりも、これに対してどう対処したか、パフォーマンスしたかの方が問題となる。つまり、将来においてもセレブ(小渕の場合、政治家)として継続する、あるいはさらに上昇するためには、不正のあるなしにかかわらず、こういった問題が発生している時点で、本人がどう立ち振る舞うかが大きなポイントとなるのだ。そして、場合によってはスキャンダルといった「負の側面」が、かえって本人をクローズアップさせ、結果として「負を正にかえる」といったマジックへと転ずることすら可能になる。例えばわいせつ罪で逮捕された草彅剛やイメクラ事件でスケベ男のイメージを付与された東国原英夫の例を思い浮かべてもらえば、これは納得いただけるだろう(前者は記者会見によって誠実性がアップし、後者は事件を利用して県知事に上り詰めた)。そして、今回の小渕優子のスキャンダル。小渕は、こういった「負を正に変える」というメディア戦略としては、ほぼ満点ともいえるような対応を行っている。だから「小渕の(あるいは小渕劇場の)はじまり」と考えることも出来るのだけれど。

不祥事で政治生命を絶たれるパフォーマンスとは

具体的に、今回の小渕のパフォーマンスがどれだけ優れているかについてみてみよう。まず、わかりやすいように、比較対象として小渕がやったのとは正反対の0点のパフォーマンス、つまり政治生命を絶たれてしまうような典型パターンを展開してみたい。

資金不正運用疑惑が発生した。すると当該の政治家はメディアから追っかけられ、ぶら下がりで質問を受けたり、記者会見を開かされたりして説明することが求められる。この時、まずやるのが「疑惑の否定」だ。否定パターンは1.事実や疑惑を提示されても、本人は知らないと突っぱねる、2.言い訳をする、3.支援団体や事務所のミスと言及し、本人は知らなかったとその潔白を訴える。このあたりが一般的だろう。

だが、これらはパフォーマンス的には最低だ。事実はどうであれ、保身のために徹底的に責任回避しようとしている点=メディア性がクローズアップされてしまうからだ。この姿勢が、逆に「あやしい」「誠実さに欠ける」といったイメージを作り上げてしまう。1だったら「無責任」「嘘つき」、2だったら「ごまかしている」、3だったら「身内に対する誠実性がない」といった印象となる。わかりやすいのは前都知事の猪瀬直樹で、バックの中にお金が入る入らないを巡ってわけのわからない押し問答をやって、困った顔をしてしまったパフォーマンスが「語るに落ちる」状態になったのは記憶に新しいところだ。

小渕優子の満点演技

ところが小渕はこの全てをやらない。

まず1。「知らない」とは決してコメントしていない。むしろ「知らなかったでは、済まされない」と、本来ならメディアや野党政治家が攻撃の常套句として仕掛ける言葉を自ら発している。つまり「事実関係はわからないが、私には責任がないとは言っていない」という意味合いがここには含まれる。よって「責任感を持っている」。また、そうすることでメディアの側としては、このネタでこれ以上ツッコめなくなる。相手が否定し続ければ続けるほど、メディアとしてはツッコめるのだけれど、認めてしまったらもうやれないからだ。

次に2。1と少々絡むが、全く「言い訳」をしていない。これは、ほかの大臣のこの手のツッコミに関する返答とは好対照をなす。とりわけ、今回は女性大臣が注目されているが、これらの大臣の不祥事に対する弁明とは明瞭なコントラストを結果として作り上げている(こういった存在は小渕の黒子・かませ犬として機能している)。小渕は記者が「安倍首相に会うのか?」という質問に対しては「今はしっかりこの事実関係を調査すること」と回答しているが、これなどはまさに小渕側の思うツボにはまった質問だ。「ハイ」と答えれば「あ、首相と相談して言い訳さがすのね」になるし「いいえ」と答えれば「じゃあ、別なかたちで言い訳さがすのね」という文脈が登場する可能性があるのだけれど、前述のように回答すると、言い訳をする前に「この問題に逃げることなく、つまり言い訳することなく、真摯に取り組む」というイメージを形成するからだ。

そして3。よくよく考えてみれば、これは自らの支援団体の事務上のミスの可能性もある。つまり小渕自体はこういった地元での政治活動を支援団体に任せている。そして、その支援団体は元はといえば父親・小渕恵三の支援団体。いいかえればドドメ色の旧態然とした体質をそのまま引き継ぎ、その上に小渕優子が乗っかっているというふうにもイメージできる(多分、そうだろう)。「お嬢様、銃後の守りはお任せください」ってなところなのかもしれない。で、にもかかわらず、ドドメ色体質なのでカネをバラまいた(こんなことは政治家には、まあ、よくあることなのだけれど)。だから、小渕自身は潔白で支援団体=事務所のミスということもあり得る(勘違いしないでいただきたいが、もちろん、現状では事実ははっきりしていない。あくまで「あり得る」レベル)。しかしながら、これまた事務所、秘書、支援団体という言葉を小渕は一言も発していない。つまり、責任を転嫁していない。こうなると今度は「たとえ支援団体等のミスであったとしても、身内を庇い、自分の責任として引き受ける」というパフォーマンスになり、たとえ大臣を辞任しても、さらには国会議員を辞任したとしても、地元の信頼はむしろ高まってしまう。だから、たとえば一旦議員を辞して謹慎し、次の選挙で「禊ぎが済んだ」ということで再出馬すると、今度は前回以上の票を獲得してしまう現象を起こす可能性すらある。つまり「先生は何も知らなかったのに、支援者たちの不祥事を自ら被ってお辞めになったわけで、可哀想」。不祥事の元凶となった(なった場合だが)支援団体の方は「先生に責任を負わせてしまった罪滅ぼしをしなければ」ということで、いっそうの忠誠を誓いその紐帯を強めていく。で、この時、支援団体や事務所が不祥事をやって議員はそのことを知らなかったと言っても公職選挙法や政治資金規正法には抵触しているし、その責任は議員の方に降りかかってくる(要するに管理不行き届き)と言うあたりまえの規定(もちろん適用される)すら、イメージ的には払拭されてしまうのだ。

満点演技を彩る加点要素~アーティスティック・インプレッション?

そして小渕のパフォーマンスには、これら払拭要素の他に、さらに加点要素すらある。一つは「質問に対して常にやや上、そして前を見据えている」というパフォーマンス。このときほとんど瞬きをせず、表情をほとんど変えない。つまり「毅然としている」。これは、「今、自分に降りかかっている状況に真摯に対峙している」という演出としては強烈な説得力だ。

で、ここにもう二つバイアスがかかる。
一つはジェンダー的なバイアス。それは小渕優子が「美人」であることだ。浅田舞(浅田真央の姉)似の彼女の容貌は、概ねの人間が美人と認識しているだろう。そう、「美人はトク」なのである。

もう一つは階層(階級?出自?)的なバイアス。不幸にして就任時に逝去した元首相の娘で、その急逝のために出馬せざるをえなくなってしまったという、一般に流布されている物語=文脈の存在。つまり「本人の意志にかかわらず運命的に政治の世界に投げ込まれてしまった。しかもお嬢様が」というイメージだ(もちろん、しつこいようだが、これもどこまで真実かは、わからない)。これじゃ、まるで先頃公開された映画『グレース・オブ・モナコ』の中で描かれているグレース・ケリーみたいな境遇だ。つまり悲劇のヒロイン。

で、これと同じことを男性の大臣(あるいは並の容貌以下の女性議員)がやったらどうなるか。知らないといい、いいわけして、事務所のせいにし、そのパフォーマンスがグダグダしているので品がないと言うことになり、政治生命を抹殺される。

パフォーマンスは政治家に必要不可欠の資質

小渕優子はそうはならないだろう。やっていることはまったく同じであったとしても、小渕の場合は同情されてしまうようになってしまう。つまり、このパフォーマンスは、結果として「これは支援団体のせいであって、小渕は被害者」みたいなイメージを与えてしまっているのだ。不思議なことだが、追及するメディアや野党政治家の方が悪役に見えてくるほどなのだ。

小渕は、おそらく大臣を辞任するだろう(ここまでの本ブログの展開からすれば辞任した方が、本人はトクをする可能性が高い)。ただし、そうすることで、結果として小渕は前述したように大復活を遂げる。小渕は自らが備える全てのパフォーマンス能力を使って、今回の苦境での被害を最小限に抑えているどころか、むしろ「小渕優子キャンペーン」を張り(ただし無意識で)、これを実に巧妙に利用しているからだ。

小渕は卑怯な人間なのか?そうかもしれない。しかし、こうやって大衆をキレイに巻き込んで大復活のシナリオを描き、これが功を奏したとなれば……大政治家の素質は十分ということになるのだけれど。現在、彼女がこれを計算してやっているのか?……僕には、どちらかといえば、むしろ身体的なパフォーマンスに見える。しかし、身体的であればあれほど、政治家としての素質は十分ということになるんだろう。田中角栄、小泉純一郎、そして鈴木宗男がそうであったように。

パフォーマンス能力。政治家にとっては必要不可欠の資質のひとつである。

博報堂が命名したマイルドヤンキーという言葉。どうも名前とそれが指し示す若者の関係が僕にはしっくりこない。ヤンキーというと、かつてだったら暴走族、田舎のダサいやさぐれたニーチャン、ネーチャンとかがイメージ的には先ず浮かんでくるのが、一般的と考えるからだ。ところが博報堂・原田曜平氏が指摘する当該の若者イメージは、身なりこそ、まあそれらしい昔のヤンキーなのだけれど、それは実は「なーんちゃって」で、いちばんのポイントは地元志向にある。なので、このマイルドヤンキーをイメージする際には「暴走族的・やさぐれ的凶暴イメージ」は先ず脇に置き、1.地元志向(東京に憬れがない)、2.郊外・地方都市在住、3.「家族」「絆」「仲間」、つまり昔ながらのつきあいを大事にする(だからこれをウリにしているEXILEが好き)、4.ショッピングモールを好む(もちろんイオンモール)、4.低収入(地方だからあたりまえか)、このあたりを頭に入れておくとよいのではないか。

で、今回はメディア論的、都市論的に、こういったマイルドヤンキーが出現した必然性について考えてみたい。最初に僕のマイルドヤンキーについての結論をあげておけば「マイルドヤンキーは、ある意味、究極の東京人≒都会人」という逆説的なものになる。

都会を夢見たかつての若者たち

「モビリティ」という言葉をご存知だろうか。これは社会学者J.アーリが提唱したもので、一般的には「移動性」と訳す。人間が定住からあちこち移動するようになっていく状況を指すのだけれど、移動圏の拡大に従ってわれわれは移動性をどんどん高めてきた。かつてであったら、われわれは運命的に1カ所に産み落とされ、人生の大半をその空間内で終えたはずだ(江戸時代は移動が禁じられたこともあって、この傾向は特に高かった)。それが、いまや交通手段の高速化と低廉化、そして産業のグローバル化に伴ってわれわれが1カ所に永続的に定住することはほとんどなくなった。生まれた場所と、その後生きる場所がそのまんまの人間などマイノリティ。ましていわんや、生まれ育った場所から一度たりと出ることがない人間など、ほとんどいない時代なのだ。とりわけ戦後の第二次産業、それ以降の第三次産業の発達は、若年層を中心に移動圏の拡大を産業的な部分から促進させていくことになった。つまり、戦前の第一次産業、要するに農業従事者が九割を占めていた時代には、その土地を守る、言い換えれば土地に縛られるのがデフォルト。だから移動性は低かった。だが、二次産業が発達しはじめ、工場が大都市圏に建ち並ぶようになると、そこでの労働力はこういった地方の若年層から賄うことになるわけで、当時中卒者が「金の卵」と呼んで重宝されたように、若者たちは次から次へと工場へと駆り出されていったのだ。この流れは第三次産業の発展によって拍車が掛かり、その多くが大都市圏へと繰り出すことになる(A.ギデンスはこれを「脱埋込み化」と呼んだ)。またメディア、とりわけテレビメディアの情報が大都市のものに比重が置かれ、資本主義の発達とともにテレビを媒介として消費生活が喧伝されるようになると、都会的生活こそが現代若者(当時の言葉を用いれば「ヤング」)の生活の場というイメージを彼らに植え付けた。ようするに「田舎はイケてない、都会、とりわけ東京はイケてる」という認識が一般化し、ローカルエリア、つまり地方中小都市や農村からは大量の若者が移動性を高め、故郷を捨てて都会へと向かっていったのだ。

大都市、都会の魅力の減退?

ところが、である。実際には都会に出て行ったからといって、イメージしていたような都会的生活が出来るわけではない。その多くは都会の中での低所得者としてその経済を下支えするような立場に置かれたのだ。そして高度経済成長、バブルが終わり、どんなにガンバったところで大して収入が得られるわけでもない、豪華な暮らしが出来るわけでもないことがリアルなものとして感じられるようになる。ここで都会の魅力が一つ失われた。

だが、都会の魅力を失わせたのは、もう一つの要因である情報化によるところが大きい。

かつてであれば若者たちが受容するメディア情報はテレビを中心としたものであり、またそれに付随したかたちで展開される雑誌群によるものだった。そしてこれらはほとんど都会、とりわけ東京の情報で埋め尽くされており、だから若者は都会を目ざしていた。

ところが情報化の進展は、こういった認識=都会志向を二つの側面から一新させる。一つはインターネットを中心とする情報アクセスの易化だ。都会にいるからこそ得られる情報が一般の若年層にはあまりなくなっていくというかたちで情報化は進展した。つまり、ネットにアクセスすれば,いつでもどこでも都会的な情報を概ね入手することが可能になったのだ。もちろん、そこで志向されたのは地方の情報ではなく都会の情報だった。だったらテレビと同様にこういったインターネット的な情報もまた、さらに都会・東京への憬れを助長するはずなのだが……以外にもそうはならなかったのだ。つまり、むしろマイルドヤンキー的な心性の人間が誕生するようになるのだが、これもまた情報化によるものだった。これがもう一つの認識変化を起こした側面だ。

情報化は情報へのアクセスの易化をもたらすのみならず流通の合理化も可能にした。POSを典型とする迅速な流通システム、楽天、Amazonなどに典型的に見られる情報を徹底的に合理化したネットビジネス、さらに交通手段の発達。こういった流れがもたらしたのは「地方の都会化」、極論すれば「地方の東京化」だった。

テレビ、インターネット、雑誌などが提供する都会の情報とは何か?それは消費を煽ろうとするがゆえに、そこに「都会」というイメージ=コノテーションを忍ばせた情報だ。若者たちはこれを消費しようとする。UNIQLO、GAPといったファストファッション、STARBUCKS的な第3の空間、ニトリやIKEAに見られる典型的な都会的インテリア、地方ではなかなか見られないインディーズ上映も含んだシネマコンプレックス、膨大な本を抱えた大型書店、ヤマダ電気のようにかつてのアキバ並に大量を在庫を抱え、しかも激安の電器量販店、サイゼリヤやジョリーパスタのようなカジュアルなイタリアンレストラン、世界各国のちょいとエキゾチックな食料が手に入るカルディ、そしてマック、ケンタッキー、ロッテリア、ミスド……こんなものが、メディアを媒介として「都会的消費物」「都会的消費空間」として喧伝された。これこそ、まさに「東京」の魅力だった。

「東京的空間」の遍在

だが、この「東京」、すでに東京に行かなくても地方に存在する。その典型というか、この全てが1カ所に凝縮された空間こそ「イオンモール」だ。イオンはその名の通り「モール」=商店街。ここには情報化によって媒介された「東京」のほとんど全てが揃っていた。

2005年、宮崎にイオンモールがオープンしたときのこと。イオン側としてはこのエリアの商業圏人口を50万人と計算していたが、周囲に競合店舗がないことを鑑みて70万人規模のモールを建設した(開業当時は九州最大だった)。ところがフタを開けてみればやって来た客はそれ以上で、90万人規模の商業圏として成立してしまったのだ(これによって地元の商店街がほぼ壊滅してしまったのは言うまでもない)。

イオンの魅力は、ようするに「今そこにある東京」「メディアが媒介した通りの大都市空間」であるところにある。加えて商店街が屋内だから快適、しかも計画的に空間が設計されているので、こりゃディズニーランド=テーマパークだ。地方の若者たちは、そこに「東京という名のテーマパーク」を見たのだ。

もちろんイオンモールだけではない。もはや地方の空間は、こういった「東京的なもの」で埋め尽くされていると言ってもよい。典型的なものとしてはコンビニエンスストア、TSUTAYAを典型としたレンタルビデオショップ、紳士服量販店、ファミレス……かつて三浦展が呼んだ「ファスト風土化」といった事態が地方空間に出現し、これまた「東京的空間」を演出している。ちなみに「東京的」文化のキッチュな部分ならヴィレッジバンガードやドンキホーテ、そして前述のカルディが担っている。また、こういった空間的な環境だけでなく、それ以外の細分化された消費物もネットを介して購入が可能だ。

究極の田舎は東京である?

こうなると地方はもはや「東京」だ。東京にあるものが地方にもあるし、ネットを通じて入手も可能。つまり「移動性」の副産物は、もはやこちらが移動して獲得する必要は無く、向こうからやってくるので、充足可能。いっぽう東京=都会には家族も友だちも仲間もいない。だから「絆」を感じることが出来ない。そして将来が開けていないのは地方も都会も同じ。だったら無理して東京へ移動する必要などない。

こうやってマイルドヤンキーが量産されることになる。ただし、地方における雇用条件を踏まえれば、必ずしも誰もがマイルドヤンキーとして地元にとどまることが出来るわけではないが。逆説的だが、ややもすると都会=東京は雇用の関係で地元にとどまれない人間がやむを得ず追い出される場所なのかもしれない。そうであるとするならば、東京への志向性はかつての「憬れ」とは正反対のものとなる。

必然的に、これはもう一つの逆説を生むことになる。こういった「東京=都会」のインフラを環境として持ち得ていない人々は誰か?それは東京人≒都会の住民だ。僕は川崎の近くに住むが、カミさんが買い物に行く場所は相鉄ローゼンであったり、あおばであったり。もちろんイオンモールに行くのとは違って、そこに向かう手段はクルマではなく、徒歩か自転車。もちろん川崎にもコンビニやTSUTAYA、マック、カルディ、吉野家といった「東京的施設」もあるけれど、結構、個人事業主のお店も利用してもいる。ということは都会の人間ほど「都会的生活」をしていないわけで、要するにこの連中こそ「田舎者」になるのだ。

「都会」「東京」を志向すれば、必然的にマイルドヤンキーになる!

もはや「都会は田舎」で「田舎は都会」。だから都会を志向するマイルドヤンキーは田舎=地元定住を選択する。もちろん、そこで彼らが志向しているのは本当の東京=都会ではなく、記号としての「東京」「都会」なのだけれど、現代的消費空間としてはそれで十分なのではなかろうか。実際の東京≒都会より、メディア的に媒介している記号としての「東京」の方が趨勢であり、そちらを支持していた方が「都会人」であると実感できるのだから。そして、そういった規格化された都会こそ、実は消費文化を通じて、自分がいちばん日本人であることを実感できるものなのかも知れないのだから。まあ、これもまた逆説的な結果になってしまうのだけれど。

ただし、これはマスの「東京≒都会」。実際の東京≒都会には「東京」、つまり規格化された記号的東京には絶対に無いものがある。それは大都市のスケールメリットを生かしたもの。つまり膨大な数の人間が住まうことで出現する極端に特化された空間。アキバみたいなキッチュでマニアックな空間だ。これはインターネットの情報と同じで、規格化された空間では確保することがきわめて難しい「物理的・実在的な局所情報空間」だ。だからマイルドヤンキーは地元で「東京」を消費し、自らのオタク的でマニアックな趣味の領域については、やっぱり東京に出てくるしかなくなる。ただし、この「東京」と東京の往復をすることで事は足りる。なんのことはない「東京」は日常の空間で、東京は非日常の空間だから。あたりまえの話だが、われわれがデフォルトとして住むのは日常空間。だから地方=田舎に暮らすマイルドヤンキーで十分。こんなところなのではなかろうか。

マイルドヤンキーとは、若年層の移動性が高まった挙げ句、これに情報化社会が過剰適応し、移動性を志向する若年層の心性が実際の移動を伴わずに実現可能になったことで必然的に誕生した「社会的性格」としての「ネオ都会人」のこと。僕はそんなふうに捉えている。

東京ディズニーランドが培った日本文化としてのディズニー

現在の50代未満の日本人であるならば、ディズニーからイメージするのは、先ずは東京ディズニーリゾート=TDR(東京ディズニーランド=TDLや東京ディズニーシー(TDS)等からなるリゾートエリア)だろう。1983年のTDL開園以来、日本人のディズニーに対する知識、いわばディズニー・リテラシーは上昇し続け、その結果、現在ではTDRは年間3000万人以上の訪問者があり、ディズニーに関する映画も『アナと雪の女王』の大ヒット(日本では他国以上にヒットした)に象徴されるように、絶大なる人気を誇っている。それゆえ、現在、ディズニーという文化は日本文化の一部として、われわれ日本人に大きな影響を及ぼし続けているといってよいだろう。

ディズニーランド化する空間

例えば「空間のディズニー化」はその典型と言える。社会学者A.ブライマンはディズニーランドが基調とするテーマパークという考え方がわれわれの日常生活にジワジワと浸透していくプロセスを指摘し、これをディズニーゼーションと読んでいる。これはイオンモールなどをイメージするとよくわかる。イオンモールはその名の通りモール=商店街をテーマとしたテーマパークだ。つまり「全国各地にあるショッピングのディズニーランド」。われわれがイオンモールに積極的に通いたくなるのは、そこに商品があると言うよりも、あのテーマパーク的な、つまりTDR的な魅力に引きつけられてこれを消費したいがため、と表現した方が当を得ているだろう。

だが、こういったディズニーの日本への深い影響、実はTDLの開園を嚆矢としていると言うわけではない。実は、それ以前、日本人はディズニーの洗練を受けている。それは僕のような50代半ばから60年代前半の人間が、その洗練を受けた該当者になるのだが。

今回はTDR以前、ディズニーが日本に及ぼした影響について考えてみたい。

テレビ・メディア普及とキラーコンテンツ

ここでディズニーから話をそらし、一旦、一見するとなんな関係もない事柄に話を振らせていただきたい。それは60年代の「野球」と「プロレス」についてなのだが……実はこれがテレビというメディアの普及を介してディズニーと大いに関係ありなのだ。これらは、60年代の日本人の精神性に大きな影響を与えているのだが、奇妙なところでディズニーはこれに絡んでいる。

60年代、わが国において急激な普及を見せたメディアは、言うまでもなくテレビだった。50年代の後半から普及しはじめたテレビは60年代半ばにはほぼ100%の普及となり、さらに60年代後半からはカラーテレビが普及しはじめ、70年代半ばまでにはやはりこちらもほぼ100%という普及を見せる。

メディアの普及においては必須の必要条件がある。それは普及する当該メディアが「キラーコンテンツ」を持っていることだ。かつて任天堂のドン・山内溥が指摘したように、人々はメディアが欲しくてそれを買い求めるのではなく、メディアが提供するコンテンツが欲しくてこれを求める。テレビゲームはその典型。これが世界的普及をみせたのは80年代半ばの任天堂が提供したファミリーコンピュータ、通称ファミコンによるのだけれど、この時期にはファミコン以外にもテレビゲームのハードはあった。たとえばセガがSG3000という、ややもすると性能自体はこちらの方が高いものが販売されていたが、ファミコンが覇権を握ったのは、要するにゲームセンターで人気を博していたゲームのドンキーコングと、後にそこに登場するキャラクター・マリオを主役としとしたゲーム、マリオ・ブラザース、スーパーマリオ・ブラザースといったキラーコンテンツ(=キラーアプリ)が人気を博したからに他ならなかった。

60年代、テレビ普及にあたってキラーコンテンツの役割を果たしたのは相撲、プロレス、そしてプロ野球だった。このうち、後者二つを積極的にコンテンツとして活用したのがメディアの巨人・正力松太郎率いる民放の雄、日本テレビだった。正力はキラーコンテンツ戦略としてこの二つのキラーコンテンツの中にさらにキラーコンテンツを含ませることで極端な単純化を図り、当時の日本人のテレビへの欲望をクッキリと浮かび上がらせることに成功する。

プロレスは日本テレビによる日本プロレスの中継で、キラーコンテンツによる単純化が図られていた。図式は「日本対アメリカ」。試合はそのほとんどが日本人と外人の対決、しかも実際のところはともかく、外人はアメリカ人であることが想定され、日本人=善玉、外人=悪玉というお約束の下で試合が展開されたのだ。日本を代表するレスラーは力道山。国技の相撲(実際はそうではないが)で関脇にまで登り詰めた日本の伝統を背負う男(実際は朝鮮人だったが)が、白人≒アメリカ人と一戦を交え、苦境に立たされて反則技に出た白人レスラーに堪忍袋の緒が切れた力道山が、最後に”伝家の宝刀・空手チョップ”をこれでもかと相手に打ち付け、最終的に勝ちを収めるというベタなパターンが当時の日本人たちから大喝采を浴びたのだ。日本人対アメリカ人を想定した試合のパターンは63年の力道山死後も弟子のジャイアント馬場やアントニオ猪木によって引き継がれていった(この時もジャイアント馬場がスターとしてキラーコンテンツの役割を果たしている)。

一方、プロ野球は12球団による構成だったが、正力はその内、自社が所有する巨人を徹底的にキラーコンテンツとしてクローズアップさせ、さらにそこに長嶋茂雄(六大学のスーパースター)と王貞治(甲子園の星)の2人をさらにクローズアップさせる、つまり、これまたキラーコンテンツとするというやり方でプロ野球人気を煽ったのだ。日本テレビは後楽園球場(現東京ドーム。厳密には場所がちょっとズレているが)での巨人戦の独占放映権を保有し、これによって巨人は圧倒的な人気の誇るようになる。プロ野球は国民的なスポーツとなり、しかもプロ野球ファンの九割が巨人ファンという偏った構造が出来上がった。長嶋茂雄の仇名は「ミスター」だが、これは要するに「ミスタープロ野球」を意味していた。よく知られるように、当時の子どもたちが好きなものが「巨人、大鵬、卵焼き」と呼ばれるほど巨人の人気は高かったのだ。


キラーコンテンツがコンテンツとなるためには

新たなメディアが出現し、そこで提供されるコンテンツがキラーコンテンツとなるためには、実は一つの条件が必要となる。あたりまえの話だが、そのコンテンツを受容する受け手=オーディエンスの精神性に訴えるものでなければならないということだ。プロレスとプロ野球は60年代、その役割を十分すぎるほど担っていたのである。

先ずプロレス。ご存知のようにプロレスはスポーツと言うよりはエンターテインメント、ショービジネスだ。プロレス興行にあたって力道山が考えたのは日本人が潜在的に抱えていたコンプレックスを拭うような演出だった。そのコンプレックスとは、ズバリ「敗戦国」「アメリカに負けた日本」「アメリカよりも劣る日本」という意識だ。力道山は前述したように日本対アメリカという図式を設定し、日本=善玉、アメリカ=悪玉という単純化を施し(実際、多くの外人レスラーが反則を演じて見せた)、これを空手チョップという「日本古来、伝統の」と思わせる技(実際、そんなわけはないのだが)でなぎ倒すことによって、負けた日本がアメリカにリベンジするシナリオを展開した(空手チョップなどはさながら神風特攻隊が功を奏したかのような存在に見えたのではなかろうか。試合の合間には番組のスポンサーだった三菱電機が自社の掃除機をリング上でかけるというパフォーマンスがあったが、この掃除機の名前が「風神」だった。これは、逆さに読めば神風だ)。いわば敗戦によって国民全体が背負った「負け犬根性」を補償したのだ。

一方、プロ野球。巨人軍は川上哲治監督の下、65年から73年まで9年間にわたり日本一の座を確保し続けた(この中心となったのが長島と王だ。長島はV10を逃した74年シーズンを最後に引退している)。そして、この期間はほぼ日本の高度経済成長と重なっている。すなわち巨人が勝ち続けることと高度経済成長は同時進行であり、日本人にとって巨人は、いわば高度経済成長を「正当化」するメディアのひとつとして捉えられていた。巨人を設定に作られたマンガ・アニメ『巨人の星』では、その主題歌は「思い込んだら試練の道を行くが男のど根性……巨人の星をつかむまで、血汗を流せ、涙を拭くな」と歌われているが、これはいうまでもなく栄光に向かって艱難辛苦を乗り越えていくことがスローガンとなっている。

そしてこの時期、高度経済成長のスローガンは「豊かな生活」へ向かって刻苦勉励することだった。今は中の下の生活、しかしここで我慢して努力すれば、やがて豊かな生活が待っているというわけだ。そして、その先の「豊かな生活」として描かれていたのがアメリカの消費生活だった。それゆえ、このスローガンは言い換えれば「アメリカに追いつけ、追い越せ」に他ならなかった。

そして、ここでディズニーがこういったテレビメディアが煽る戦後復興意識と高度経済成長神話にとどめを刺す。最終的に目ざす「豊かな生活=アメリカ消費生活」の実際を、当時の日本人はどうやってみることが出来たのか?それは言うまでもなく、やはりテレビだった。60年代はまだまだテレビコンテンツが不足した時代。テレビ局の予算も70年代以降のように多くはなく、技術的にも遅れている。そこで、アメリカのテレビコンテンツが輸入されて放送された。『パパは何でも知っている』『名犬ラッシー』『奥様は魔女』といった一連のテレビドラマがそれだったのだが、ここで映されていたライフスタイルがアメリカの都市郊外にある、庭、芝刈り機、自動車、リビングルーム、オーブン、エアコン、そしてテレビなどからなる典型的な白人の消費生活場面だったのだ。これこそが最終目的地だった。

高度経済成長神話を加速させる文化装置としてのディズニーランド

ディズニーもこういった輸入物の番組の一翼を担っていた。日本では1958年より『ディズニーランド』という名前の番組がⅠ時間にわたって放送された。これももちろんアメリカのテレビ局ABCの番組(その後、番組はNBCへと移り、タイトルも『Walt Disney's Wonderful World of Color』と変更された)を輸入したものだったのだが、これは他の番組以上にアメリカの消費生活を徹底的に映し出した。ディズニーのテクノロジー重視の姿勢が「最先端の国アメリカ」を、冒頭に登場するウォルトの書斎(実際には本物をそっくり真似たセット)やディズニーランドの映像が「究極の消費文化」と映ったのだ。そして、それは「どんなに頑張っても絶対に到達不可能の究極のアメリカ=消費生活」に他ならなかった。なんのことはない、ややもすればこれを見ている日本人は裸電球一発の電灯、ちゃぶ台の上に一汁一菜といった食事だったのだから。

こういったアメリカコンプレックス、高度経済成長神話、そして到達すべきアメリカ的生活が、なんと当時まったく同じ時間で繰り広げられていた。日本テレビ金曜夜八時がその時間帯だ。なんと『プロレス』と『ディズニーランド』が隔週で交互に放送されていたのだ。つまり力道山→ディズニー→力道山→ディズニー。言い換えれば「コンプレックスの代償的克服→再び奈落の底への突き落とし」というマッチポンプが繰り広げられた。しかも、これは隔週といっても、時には巨人戦がこの時間帯に入り込んでくる。『ディズニーランド』は1968年からは時間帯が日曜夜八時に移行し毎週放送となるが、これも夏場にはしばしば巨人戦によって中断させられた。つまりコンプレックスの代償的克服→再び奈落への突き落とし→これを克服するための高度経済成長神話に対するアイデンティファイといった具合に、この時間帯は、戦後日本60年代の日本人の精神性をマッチポンプ的にエコノミック・アニマルへとかき立てる文化装置として機能したのだった。


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