勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2013年03月

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世界最大のバックパッカー向け安宿街、タイ・バンコク・カオサン通り



バックパッカーの情報行動を調査してみた

格安航空チケットを購入し、当該旅行国を原則、宿泊予約などせず、ゲストハウスを中心に泊まり歩くことで、比較的長期にそして低廉に旅行を続ける旅行・バックパッキング。こういった旅のスタイルを志向する旅行者はバックパッカーと呼ばれている。これは移動用に背負っている荷物になぞらえて命名されたもの。ちなみにバックパッキングは二十代若者に特権的な旅行スタイルと言える。長期の旅行をするためには大学の春・夏休みを使うとか、フリーターになるとかしてして自由な時間が必要。それが出来るのはヒマな時間がふんだんにあるこういった若者。社会人になって仕事に就いている一般の人間にはおいそれとは出来ないからだ。実は僕もバックパッカーの一人。学生の頃からバックパッキングを続けてきた(まあ、ようするに自分も三十代後半までフリーターだったからできたようなもんだが。もっとも最近は単にリゾートでのんびりしているだけの「なーんちゃってばっくぱっかー」に成り下がっている)。で、バックパッカーの行動調査については20年ほど、趣味と実益を兼ねてフィールドワークをやってきた。そこで、今回はバックパッカーの旅における情報行動スタイル、とりわけスマートフォンとSNSの使いこなしについての昨年の調査報告をしてみたい。

で、今回はちょいとマジメっぽく、目次をつけておく。


1.バックパッキングの歴史(第一回)

2.カオサンという安宿街(第一回)

3.なぜ調査したのか(第一回)

4.カオサンのバックパッカーと情報行動のこれまで(第一回)

5.調査概要(第一回)

6.一般的な情報行動~二極化するバックパッキングとスマホの必需品化(第二回)

7.スマートフォン利用の実態~海外で高まるSNSの利用頻度と目的性(第三回)

8.SNS利用の実態~Facebookはバックパッキングの必携SNS(第四回)


バックパッキングの歴史

まずバックパッキングの歴史を簡単に触れておこう。開始は六十年代から。小田実、堀江謙一(この人はヨットだが)こういった人たちが自力で海外を目指し(当時は「洋行」と呼ばれていた)、それが出版されるなどしてその存在が知られるようになるのだが、当時は本当に一部の人間のみがすることのできる「超特権的旅行スタイル」で、実際、小田実にしたところでフルブライトの留学生だったほど。また、バックパッキングという名前すらなかった。
本格的普及はツーリズムが高まった八十年代だ。八十年を前後してバックパッキングをめぐる二つのインフラが立ち上がる。一つは格安航空券を販売する旅行代理店の出現(秀インターナショナルトラベルサービス=現エイチアイエス)、もうひとつはバックパッカー向け旅行ガイド『地球の歩き方』(ダイヤモンドビッグ社、現在は一般の海外旅行ガイドに編集方針を変更している)の発刊だった。その後、86年にプラザ合意による円高の急激な進行によって海外旅行熱が高まり、バックパッキングも一層の人気を博するようになるが、いわゆる「バックパッキングバブル」が起こるのが九十年代後半、日本テレビが「進め!電波少年」という番組の中で「猿岩石、ユーラシア大陸横断ヒッチハイクの旅」というシリーズ企画を立ち上げたことがきっかけだ。しかし21世紀以降、若者嗜好の多様化、バックパッキングバブルの終焉、旅のスタイルの多様化によって日本人バックパッカーの数は減少傾向に転じている。ちなみにこの辺の情報については『ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史』(山口誠著 ちくま新書)が詳しい。


カオサンという安宿街

バックパッカーは自由に行動するといっても、必ずしもそれぞれの行動がバラバラというわけではない。世界各地に、通称「安宿街」と呼ばれるバックパッカー向けエリアがあり、これをベースキャンプとして旅する。ここでは格安のゲストハウスの他、旅行代理店、レストラン、バー、土産物屋などが軒を連ねる。有名なのはインドのデリーのパハール・ガンジ、コルカタのサダル・ストリート、カトマンズの貯める地区など。そして、これらの中で世界最大といわれているのがタイ・バンコク中央王宮北にあるカオサンだ。この地区が急激な発展を遂げはじめたのが90年代。僕はここで95年からフィールドワークを続けている。もう20年近く、八月はカオサンに滞在している。そして、今回も調査はここを訪れる日本人バックパッカーたちだ。


調査の意義

バックパッキングは、いわゆるパックツアーとは異なり、自らの情報行動に基づいて当該国を旅するスタイルだ。必然的にバックパッカーは高度な情報行動能力が求められる。いわば「高感度」であることが前提される。事実、大学生のバックパッカーは首都圏、近畿圏の比較的高偏差値の大学に所属する率が高い(バックパッカーの国内居住地域はずっと80%前後で推移している)。若者は情報行動的に時代を先取りしているとよく指摘されるが、こういった若者の中でもさらに情報感度の高い若者たちがスクリーニングされた存在がバックパッカーと言える(バックパッカーの高感度性については回を改めて特集予定)。それゆえ、バックパッカーたちの情報行動を探ることは、近未来の日本人の対メディア行動、情報行動を探る上で、格好の手段のひとつと考えられる。実際、ここでのフィールドワークをしている中で、カオサンのバックパッカーたちの間で起こっていることが数年後に日本国内でも一般化するという現象を僕は何度も見てきた(典型的なのはネットカフェや格安航空券の利用形態だった。前者はまだ日本でネほとんど存在しない頃にカオサンにネカフェが次々オープンし、これをバックパッカーたちが積極的に利用していたこと。後者はとにかく格安の航空券を購入するためにわざわざタイ・バンコク・カオサンにまで足を運んでいたこと。ちなみに後述するが今やカオサンにはネットカフェはほとんど存在しないし、格安航空券を扱う代理店も減少している。バックパッカーたちの情報行動、そして情報インフラが変わってしまったのだ)。


バックパッカー概要

このような前提に基づき17年間、カオサン地区で日本人バックパッカーの定点観測を行ってきた。その結果、前述したように、バックパッキングが20代前半の首都圏に在住する男子大学生を中心としたレジャースタイルであることが判明している。ちなみにこの一般的な傾向は以前とほとんど変わらない。
情報行動に関しては、変容がみられる。旅の情報入手についてはインターネット出現以前は原則ガイドブックと口コミが基本だったが、インターネット出現以降は、ネット利用が比較的多くなっている。具体的にはネットを利用してのチケットの購入などがこの典型例としてあげられる。ただし、旅行行動の基本は過去も現在もガイドブックに大きく依存していることについては変わりがない。また、日本とのやりとりについては、インターネット出現以前は国際電話(多くはコレクトコール)、郵便物といったものが中心だったが、出現以後はカオサン地区にあるネットカフェからのメール、インターネット電話利用へと変化した。だが、2008年NetbookやiPhoneの出現によってカオサンの各施設にWi-Fi環境が整えられるようになった結果、バックパッカーは持参するパソコンやスマホ、タブレットPC等を利用して直接、連絡・情報のやりとりをおこなうようになりつつある。また、2010年頃からはこれらディバイスとネット環境を利用して、さまざまな情報のインプット、アウトプットをSNSを介して行うようになり始めている。


調査概要


調査地:タイ・バンコク・カオサン地区(カオサン通り周辺半径400メートル程度のエリア)

調査期間:2012年8月2日~8月17日

調査対象:カオサン地区に投宿する日本人バックパッカー他

調査方法:面接法(アンケート及びインタビュー)

総回収票数:185

調査内容:
・一般的な情報行動
・スマートフォン利用の実態
・SNS利用の実態

※バックパッカーにおける情報行動の変化をみるために、二つの比較データを利用する。
1.96年3月、同地域で同じ方法によって行われたアンケート調査(総回収票数312)の結果と比較を行う(数値は12年データの後に括弧で表示)。
2.2012年10月、大学生(関東学院大学、立正大学、宮崎公立大学)に実施したアンケート調査(総会票数340)

というわけで、次回からその調査結果をお知らせしたい(続く)

最後に、ちゃぶ台返し……オタクで突っ切る?

ここまで東京ディズニーランド(TDL)=TDRがディズニー・オタク=ディズヲタによってアキバ・ドンキホーテ的なごった煮状況を現出させ、それがテーマを失った異様な空間を現出させて一般客の興を殺ぎ、客離れを起こすような環境を作り出しつつあることを考えてきた。そこで、ディズヲタ以外の一般のゲストを呼び戻すための一提案として伝統文化的な要素を盛り込むことの必要性を考えてみた。

一番最後に、ちょっとちゃぶ台返しを。それは、ここまで展開してきた議論をちょっと否定してしまうようなパターンになるのだけれど。

TDL=TDRの戦略については、実はもう一つパターンがある。しかも、とっても日本文化的なやり方が。それは……いっそのこと消費文化を徹底してしまう、つまりアキバ・ドンキホーテ化で突っ切ってしまうというものだ。この際だからどんどんオタク化を進めて一般客を寄せ付けないような環境にしてしまい、「ディズヲタのワンダーランド」にしてしまうのだ。で、このオタクのニーズに対応して、パーク内もどんどん変更してしまう。そうすると、これは完全にテーマ性が失われアキバ・ドンキ化する。必然的にディズヲタ以外にはものすごく気持ちの悪い空間が出現する。だが、そういった環境はディズヲタにとっては完全な、そして究極の「聖地」となる。まさにアキバ化、乙女ロード化、中野ブロードウェイ化、そしてドンキ化。でもって、こういった「ごった煮的な環境」というのは、実はものすごく日本的なものとも言える。

日本の伝統文化は「消費文化の形式」を永続させること

僕が最後に逆説的な考えを提示したのは以下の理由による。日本の、このごった煮的な消費文化って、その中身こそどんどんと変更されていって何も残らないのだけれど、ごった煮状況の中身がどんどんと入れ替わるという構造=形式それ自体はずっと維持され続けてきた。ということはこの形式、つまり「消費文化という形式」こそが、実は恒常的な伝統文化ではないのか?ということなのだ(実際、日本の街並みって、どんどん変わってしまい、おおむね過去を残さない。原則木造住宅だからスクラップ&ビルドが繰り返される。必然的に痕跡を見つけるのが限りなく難しい)。だから、これを突き詰めていくと多くのゲストは去って行くけれど、その分を消費文化の形式を歓迎するオタクが補完し、結局、現状の集客力を維持するということになるとも考えられるのだ。もちろん、もうここにはディズヲタしかやってこなくなるのだけれど。

「世界のディズヲタの殿堂化」というのも、ありかも?

そう、それでも実は構わないとも考えられる。というのも、この消費文化=オタク文化の究極化は、海外からすれば日本を象徴する文化として位置づけられるようになる可能性があるからだ。なんといっても、もはや外国人環境客に日本を紹介するガイドブックの巻頭がアキバやコスプレになるような時代なのだから。いいかえれば、TDRは世界中のディズヲタの「オタクの殿堂」になっていく。こうなったとき、TDL=TDRは見事にクレオール化、つまり日本独特のディズニーとなる。つまり「オタク・ディズニー」というクレオール文化(そして本家本元とは一線を画した消費の究極としてのディズニー世界)を確立し、世界に情報発信をするようになるのだ。で、世界のディズヲタたちは、もはやアナハイムではなくTDL=TDRこそをディズニー世界、つまりディズヲタの殿堂=聖地と位置づけるようになる。そうすると世界のディズヲタがTDL=TDRに大挙して「参拝」する、つまり押し寄せることになる。これが消費文化の究極としての日本独自のディズニー文化の世界発信ということになるわけだ。これって、ある意味とっても日本の伝統文化らしいと考えることも出来る。

さて、TDL=TDRの未来はいったい、どっちだろう?

オタク、いやマニアをキャストに配置する

TDL=TDRをディズニーオタク=ディズヲタから取り戻すための戦略を考えている。その具体的な方策として現在のディズヲタに向けた消費文化(消費されれば消えてしまう文化)的な戦略に加えて伝統文化(未来に永続する文化)的戦略を追加することを提案した。前回はそのハード面について取り上げた。これは施設にテーマ性に基づいた物語の関連づけを復活させ歴史的・知識的コンテクストを流し込むことによって可能になることを指摘しておいた。

ではソフト面、とりわけキャストについてはどうだろう?これもハードと同様「大人のディズニー」向け、つまりディズヲタと子ども向け以外のキャストを用意すればよいだろう。しかも、そこに配置するのは、なんとオタクのキャストだ。いや、厳密に言えばウォルト=ディズニー原理主義のマニア(ディズニーについてのジェネラルな知識を持ち、そのいわれを物語ることのできるキャスト。オタクは情報量が多いが「物語」を語ることが出来ない)と表現するべきだろう。当然、そういった人材はある程度、高年齢の人間ということになるけれど。

キャスト、実はそこそこのホスピタリティしかできない

TDRのキャストについては、パークのイメージを構成する重要な要素としてしばしば語られるところだ。つまり、あの痛快なりきりで、笑みを絶やさないホスピタリティがパークを彩る重要な要素になっているという指摘だ。実際、キャストのすばらしさについてはかなりの文献が出版されているほど、その評価は高い。

しかし、よくよく考えてみると、このキャストは文献やメディアが絶賛しているお陰で「そうでもない」という側面が常に隠されてきたのも事実だろう。キャストたちはよく教育されているということは確かだけれど、一定レベルでしっかり管理されているということも確か。その管理のされ方は、いわば「80点主義」とでも表現したらいいのかもしれない。キャストたちは、原則マニュアルにあることしかすることを許可されていない。たとえばジャングルクルーズのガイド・スキッパーを例にとってみよう。彼らの語り、実は30年間、ずっと同じだ。「今から珍しいものをお見せします……滝の裏側です」であるとか、最後に「それでは、最後にみなさんを一番恐ろしい場所にお連れします。……それは文明社会です」といった台詞は一切変更されていないのだ。もし、ディズニー世界をゲストたちにもっと楽しませたいと思うのならば、スキッパーたち全員に同じことを喋らせるのではなく、それぞれのアドリブを生かさせて自由に語らせた方がよっぽど面白いはずだ。だが、こういったことは一定の範囲以上は許されてはいない。その理由が「80点主義」なのだ。

キャストたちは、しょせんバイト。だから数年もすれば辞めていく。そんな連中にディズニー世界を徹底的にたたき込んだとしても費用対効果的にメリットはない。しっかり教育を施した挙げ句、去られてしまうからだ。だったら、同じ喋り、同じ対応で品質を揃えてしまった方が全体のクオリティをアップし、そのレベルを維持することが可能になる。これはトヨタのクルマがよく出来ているけど面白くない、ヤマザキのパンが安くてそこそこ食べることができて飽きが来ないけど決して「すごくおいしい」とはいえないというのとおなじ。要するに人間をパッケージ化して動きをコントロールしているわけだ。

で、パーク内で働くキャストの多くは二十歳前後の若者。まだ社会的スキルが身についている年齢ではないので、ディズニー的世界観は持ちにくい。それは言い換えれば、自らの視点でアドリブを飛ばすようなことはちょっとむずかしい人間たちだ。なんなら、キャストたちにいろんな質問を浴びせてツッコミを入れてみるといいだろう。十中八九はフリーズしてしまうはずだ。だから80点主義で徹底管理してしまえばいいというわけだ。だが、それはまさに消費文化的な「感情労働」「パフォーマティブ労働」。その対応に奥行きは一切感じられない(だから、彼らのパフォーマンスはせいぜい、大仰な紋切り型のパフォーマンス程度になる)。そして、こういったパッケージ化された「企画もの」そして「規格もの」の対応、つまり奥行きのないホスピタリティは「大人のディズニー」にとってはふさわしいものとは言えない。底が浅すぎて、そのスキルの低さがミエミエになってしまうからだ。

存在それ自体が伝統文化のキャストを配置する

そこで、これをもうちょっと含蓄のあるものにしてしまうのだ。アメリカのディズニーランドにはかなりの割合で年配のキャストが働いている。十年以上なんてのも結構ザラだ。たとえば僕が以前フロリダ・ウォルトディズニーワールド・マジックキングダムにあるシンデレラ城内のレストラン「シンデレラのロイヤルテーブル」でプライオリティーシーティングをした時のこと。その受付を担当していたのはものすごいおばあちゃんだった(だから予約を取るのにも一苦労したのだけれど。ほとんど志村けんが演じる「ひとみばあさん」状態だった)。で、このキャスト数年後にここを訪れたときにも、まだ働いていたのだ。こういったキャストたちは本人がディズニー世界の生き字引になるし(語りの面でも、また存在そのものの面でも)、また長年働いているから80点主義ではなく、自由に活動させてもディズニー世界を彩る存在になる。こういった年配の、しかも長年働き続けるキャストをある程度恒常的に配置することで、今度はソフト面でも「いわれ=歴史のシワ」を刻むことが可能になる。「あそこにいけば、あのおばあさんに会える」というわけだ(ちなみに、若干だが、最近は年配のキャストも現れてはいる)。

かつて、TDLにもパークの生き字引のようなキャストが存在した

ちなみに、こういった歴史のシワ、実はTDLにもかつて存在した。その典型がディキシーランドジャズを奏でていた外山嘉雄だ。わが国最高峰のディキシーランドジャズ・トランペッターにして日本人唯一のニューオーリンズの名誉市民である外山は、ロイヤルストリート・シックスとバーリーバンドでの活躍を含めてTDLで23年に渡り演奏を続けたTDLの名物的存在だった。70年代から彼のファンだった僕は80年代前半、パーク内で外山さんに遭遇してびっくり。以後、彼の演奏を聴くことはTDLを訪れる楽しみの一つとなっていた。

こういった外山的な歴史のシワを持った存在をある程度偏在させることで、消費文化=オタクのTDLと伝統文化=大人のディズニーは共存が可能になるのではなかろうか?ちなみに本格的な「大人のディズニー」戦略は、直近では費用対効果的には明らかにマイナスになるはずだ。つまり顧客に対する費用単価が上がってしまう。しかし、長期的に見た場合、これは顧客=ゲストを永続的に引き留めるための格好の手段となるのだから、実はビジネスとしては最終的には十分見合ったものとなる。そして、もっと大きなことはTDL=TDRといった娯楽施設が、日本においても伝統文化として認められるという点だ。もうそろそろTDR=オリエンタルランド側はこういったイノベーションを行う次期に来ているのではなかろうか。

でも、実は、まだもう一つTDL=TDRの未来を考えることが出来る。しかも、それはここまでの議論を全部ひっくり返してしまうものなのだけれど。最終回は、それについて考えてみよう。(続く)

伝統文化の取り込み

前回はゲストを四つのセグメント(一見客、一般のリピーター、ディズニーオタク(=ディズヲタ)、ウォルト=ディズニー原理主義者)に分類し、その内ディズヲタたちがパークを「オタクと子どものためのアキバ・ドンキホーテ化」していくがために、他のゲストたちの興を殺ぐ存在になっていることを指摘しておいた。現在2600万というゲストが毎年訪れているが、こういった状況が続けば、やがてディズヲタ以外のセグメントにあたるゲストの多くがTDRから離れていくということも考えられないこともない。そこで、今回はTDL=TDRは今後どうあるべきかについて考えてみたい。

「大人のディズニー」をホンモノにするために

TDRは、近年「大人のディズニー」というキャンペーンを展開しているが、前回確認したように、現在、実質的に推進しているのは「子どものディズー化」、つまり若年齢層の「本当の子ども」とオタクという「精神的な子ども」向けのパーク化ということになる。だが、もし一般の大人、成熟した鑑賞眼を持った大人、そしてディズニー世界を熟知した人間にTDRを楽しませようとするならば、つまりTDRが標榜するような「大人のディズニー」を実現しようとするならば、オタクはもちろんだが、当然、それ以外のセグメントに属する顧客層も取りこむような戦略を組むべきだろう。つまり、一見客とオタクと子どもと、そして大人の共存。これはどうやるべきか。

その適切なやり方は、やはり伝統文化=永続する文化の組み入れということになる(言い換えれば、ここまで展開してきたようにTDLのアキバ・ドンキ化はこの対極の消費文化=消費し尽くされてしまえば消滅する文化の徹底だったというわけだけれど)。具体的なやり方をハード面とソフト面で考えてみよう。今回はハード面を考えてみたい。

パーク内施設の関連づけを見直す

ハード面については、これはアナハイムのディズニーランドのように物語の重層性を考慮に入れることだろう。つまり新たなアトラクションやレストランなどの施設を建設する際には、以前のようにテーマランド内との整合性や、スクラップされる施設との関連性を考慮する。そうすることによって、そこにこの施設が新設されることの「いわれ=歴史のシワ」を付与するのだ。こういった設計をすれば、オールドファンたちも新しい施設を好意的に、そしてノスタルジーを抱きつつ受け入れるようになる(このアメリカの具体例については本ブログ「ウォルトが生きるロス・ディズニーランド~日米ディズニーランド比較1~3」http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/64170723.htmlを参照されたい)。

歴史的・知識的な奥行きをレストランに盛り込む
これは飲食施設についても同様だ。オタクたちとって飲食物は「エサ」か「記号」として消費されるものだ。前者の場合、とにかく胃袋を満たせれば味はどうでもいい。だからハンバーガーとかでいい。後者の場合は飲食物に付与された情報を消費するもの。たとえば二月からトゥモウロウランド・テラスで発売されたミッキーの顔を形取ったどった「ミッキーブレッドサンド」をいち早く試しに行くというのがこれにあたる。つまり前者は純粋な機能的消費であり、後者は情報消費にあたる(そして両方を備えているのがパーク内のワゴンで販売されるさまざまな種類のポップコーンだ)。ちなみに、こういったニーズがあるため、TDRのメニューはどんどん増えると同時に、どんどん減るという現象が同時に発生している。「どんどん増える」とは、新しいレストランやワゴンが用意され、そこで新しい料理が提供されること(前述のポップコーンは現在TDLで8種類、TDSで7種類ある)。だからバリエーションが増えたように見える。「どんどん減る」というのは一つのレストランでのメニューは逆に削減されるということ。たとえばメディテレーニアン・ハーバーにあるレストラン、リストランテ・ディ・カナレット。ここはかつてはカルツォーネなどもメニューとしておかれ、ワインもある程度のバリエーションが用意されていた。しかし、現在提供されるのはピザとパスタが中心でラインナップは減らされた。ワインの種類も同様に減らされた。要するにこういった「てまひま」をかけると経費がかかるので削除されたのだ。そして、そのような運営方針はオタク層を考慮すれば当然ながら「何ら問題ない」ということになる。しかしセグメント2や4の層からすれば、それは「大人のディズニー」の要素が切り落とされたことを意味する。

この方針を改めるわけだ。つまり、昔のように料理のバリエーションも復活させ、費用対効果的に「合理的でない」料理を用意する。もちろん、これはなにもあらゆるレストラン、ワゴンにそうしろと言っているわけではない。一部のみ差異化を働かせて棲み分けを行えばいいだけの話だ。TDSなら前述のリストランテ・ディ・カナレットのようなテーブルサービスとプライオリティーシーティングを実施しているレストランをこのようなスタイルにする。そして、これらについては「老舗化」、つまり奥行きの深いレストランにするのだ。その一方でディズオタたちの機能的消費(=エサ代わり)、記号消費(=新しい商品の情報チェック)としての食べ物もちゃんと用意する(つまり、ポップコーンだったら種類をさらに増やしたり、ラインナップを変更していく)。

そしてこういった伝統の埋め込みについてはソフト=ホスピタリティについても実施すべきだろう。では、それはいったいどのようなものになるか?(続く)

前回まで東京ディズニーランド(TDL)とゲストの歴史がTDL→ゲストからゲストやTDLへの教育者の転換というかたちでまとめられ上げることを示しておいた。つまり、当初はディズニー・リテラシーの低かったゲストに対し、TDLがディズニー世界の知識を提供する役割を担っていたのだが、21世紀に入りゲストたちがリテラシーを向上させると、逆にTDLのあり方についてゲスト側が要求するようになった。ただし、それは大量のディズニーオタクを誕生させ、それが結果としてディズニーランドの基本であるテーマ性をどんどん破壊させて、パーク内がごった煮的なアキバ・ドンキホーテ状況を現出させた、と。じゃあ、これからTDLそしてTDRはどんな方向に進んでいくべきなのだろうか?

伝統文化=米・ディズニーランドと消費文化=TDL

これを考える上で「消費文化」と「伝統文化」という言葉を持ちだしてみたい。
ディズニーランドはそもそも消費文化と呼ばれるカルチャーに属する(遊園地というカテゴリーに属するビジネスだから、あたりまえといえばあたりまえだけど)。消費文化は消費し尽くされれば、やがて世界から消えていく文化。だがウォルト・ディズニーが志向していたのは、消費文化としてのディズニー世界を伝統文化的なものへと転換すること、つまりディズニー世界を未来へと永続する存在へと昇華させることだった。そして、その方法論として捉えていたのが、消費文化から世界に認知されるアメリカの伝統文化へと昇華したハリウッド映画の世界の中にディズニー世界を埋め込むことだった。ウォルトが全財産をつぎ込んで”Snow White”や”Fantasia”を制作した理由にはこういった経緯がある(それまで、つまり1930年代前半まで5分程度の短編をもっぱらとしていたディズニーの作品群は、映画と映画の間の「箸置き」的な位置づけだった。アニメは純粋な消費文化としてしかみなされていなかったのだ)。

ウォルトは遊園地というカテゴリーにも同様に消費文化の伝統文化化を目論む。それがテーマ性を徹底させ、さらにそこに重層性を加味させていくディズニーランドというコンセプトだった。パーク内は統一した大きなテーマ=Magic Kingdomにサブテーマ=テーマランドを設け、それぞれの環境内をテーマに基づいて細部まで作り上げる。また、そのリノベーションにあたってもテーマ性との関連を持たせながらこれを行うというスタイルを貫いたのだ。こういった「テーマ性の徹底」は、ウォルト死後もアナハイムのディズニーランドでは踏襲し続けられ、その結果、アメリカにおいてディズニーランドは消費文化が昇華された伝統文化として、そしてアメリカ国民の「聖地」として位置づけられることになったのだ。

だがTDLは、こういったウォルトのコンセプトとは全く逆行した道を歩んでいった。つまり徹底した消費文化を貫いていったのだ。具体的には顧客=ゲストのニーズに基づいて、どんどんとその環境を変容させていったのだ。だから、そこには過去の痕跡はほとんど残されておらず、歴史の重層性はうっすらとしか感じられない。アナハイムが「ひたすら過去を振り返りながら未来が構築される」ものであるのに対し、TDLは「一切、過去を振り返らない」のである。

ゲストをセグメンテーション

そこで、TDL=TDRを消費文化の空間として、今後のあり方を、やはりTDRとゲストの関係から考えてみよう。
まず、ここでは顧客=ゲストのセグメンテーションを行ってみたい。ゲストは表層的にはリピーターとそれ以外というかたちで二分できる。これは既に統計的に明らかなように9:1の割合だ。ただし、これではあまりに大雑把。そこでリピーターの中身を三つに細分化させ、トータルで四つのセグメントに分けてみよう。1.一見さん、2.数回訪れたことのあるリピーター、3.何度となくやってくるオタク・リピーター(以下「ディズヲタ」)、4.ウォルト=ディズニー原理主義のリピーターだ。

他のセグメントの興を殺ぐディズヲタたち

この顧客層のうち3のディズヲタは、それ以外の顧客(とりわけ2と4)のニーズを奪ってしまうかたちになっている。ここまで示してきたように、オタク・リピーターたちはそれぞれのオタク的なディズー嗜好によってTDL=TDRを消費する。彼らがパーク内を散策する際には消費のレベルはきわめて「目的的」かつ「活発」だ。つまり、どのグッズを購入し、どのアトラクションに乗り、どの食べ物を食べ、どのイベントに加わるかといったことが問題となる。しかも「いち早く」というのがポイント。誰よりも先にTDL=TDRの知識を吸収し消費することがアイデンティティだからだ。だから事前に情報を仕込み(インターネットで新しい商品の情報とか、ニューアトラクションのスニーク・プレビュー(=オープン前の抜き打ち内覧会)などをチェックしている)、それらの目的を達成すべく、ある意味「目をギラギラさせながら」足早にパーク内を闊歩する。彼らの割合は過半数というわけではないが、かなり多い。消費活力も高く、またその行動によってきわめて他のゲストからすれば目立つ存在になる(TDR側からすれば、恒常的にたくさんのお金を落としてくれる「有り難い」ゲストでもある)。

だが、こういったディズヲタたちは残りのセグメントのゲストからすればノイズに他ならない。1と2のゲストにとってはTDLはフツーに楽しむ「夢の空間」だ。どんなアトラクションに乗ろうか、何か面白いものはないかと興味を抱いてパーク内を散策しようとするのだが、その前を目をぎらつかせたディズヲタたちが通り過ぎるのだ。非日常に浸ろうとするこういった一般のゲストからすれば、仕事のように、さながら「業績原理」でパークを動き回るディズヲタたちは非日常感覚を日常に引き戻すような存在でしかない「異様な存在」。だからディズヲタに遭遇することで、彼らは著しく興を殺がれることになる。で、気持ちが悪いので、もうあんまりパークに向かおうとする気持ちを持てなくなる。

4のディズニー=ウォルト原理主義のゲストからすれば事態は一層深刻だ。ディズニー世界を体感すべくやって来ているのに、パーク内を闊歩するディズヲタたちは興を殺ぐどころか、自らの世界観を破壊するものとすら映る。原理主義者たちからすればディズオタたちは「全くわかっていない連中」、そして「敵」なのだ。だから、原理主義的な考えを抱くようになればなるほど、パークに向かわなくなる。で、彼らにとってディズニー世界が存在するのはアメリカのディズニーランドということになる。

ディズオタたちが創造するTDL=TDRの危険性

現在、年間2600万の入場者を数えるTDRだが、もしこのままオタクランド化を進めていけば、その将来は少々暗いかもしれない。今のところTDRにディズオタが大挙して押し寄せていることに気づいている人間は少ない。だが、現在の状況に拍車がかかり、いずれここがオタク・ランドで一般の人間が近寄りがたい場所になることが一般に認知されるようになれば、セグメント2のゲストは大幅に減っていくだろう。そして既にセグメント4の層はTDRから大幅に撤退しつつあると僕はみている。もし、こういった状況が続いていけば、最終的に顧客層は一見とディズヲタ、そしてテーマ性を全く理解しない子ども=若年層ということになる。言い換えれば「年齢的にも精神的にも大人」の層、つまり子どもでもオタクでもないゲストにとってTDRは単なる「子どもが行くところ」ということになるのだ。つまり「フツーの遊園地」(ただしこれに怪しさがプラスアルファされるが)。これはウォルトが想定したものと正反対のディズニーランドということになる。ウォルトが考えたのはファミリーエンターテインメント、つまり老若男女すべてが楽しめることめざしたパークなのだから。ちなみに子どもは大人に連れられてやってくるけれど、これが大人になるにつれて二つの層に分かれていく。大人の鑑賞眼が芽生えたゆえにここから撤退するか(大人として子どもを遊園地に連れて行くという役割だけが残る)、ディズヲタになるかのどちらかだ。こういった方向へ進んだとき、現状の年間入場者が減少に転じることは十分に想定しうることだろう。

じゃあ、TDL=TDRがそうならないようにするためには、つまり永続し、大人も楽しめるものであり続けるようにするためにはどういった方策が考えられるのだろう?ただし、こういったディズヲタたちも取りこむかたちでという条件付きで……(続く)

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