
世界最大のバックパッカー向け安宿街、タイ・バンコク・カオサン通り
バックパッカーの情報行動を調査してみた
格安航空チケットを購入し、当該旅行国を原則、宿泊予約などせず、ゲストハウスを中心に泊まり歩くことで、比較的長期にそして低廉に旅行を続ける旅行・バックパッキング。こういった旅のスタイルを志向する旅行者はバックパッカーと呼ばれている。これは移動用に背負っている荷物になぞらえて命名されたもの。ちなみにバックパッキングは二十代若者に特権的な旅行スタイルと言える。長期の旅行をするためには大学の春・夏休みを使うとか、フリーターになるとかしてして自由な時間が必要。それが出来るのはヒマな時間がふんだんにあるこういった若者。社会人になって仕事に就いている一般の人間にはおいそれとは出来ないからだ。実は僕もバックパッカーの一人。学生の頃からバックパッキングを続けてきた(まあ、ようするに自分も三十代後半までフリーターだったからできたようなもんだが。もっとも最近は単にリゾートでのんびりしているだけの「なーんちゃってばっくぱっかー」に成り下がっている)。で、バックパッカーの行動調査については20年ほど、趣味と実益を兼ねてフィールドワークをやってきた。そこで、今回はバックパッカーの旅における情報行動スタイル、とりわけスマートフォンとSNSの使いこなしについての昨年の調査報告をしてみたい。
で、今回はちょいとマジメっぽく、目次をつけておく。
1.バックパッキングの歴史(第一回)
2.カオサンという安宿街(第一回)
3.なぜ調査したのか(第一回)
4.カオサンのバックパッカーと情報行動のこれまで(第一回)
5.調査概要(第一回)
6.一般的な情報行動~二極化するバックパッキングとスマホの必需品化(第二回)
7.スマートフォン利用の実態~海外で高まるSNSの利用頻度と目的性(第三回)
8.SNS利用の実態~Facebookはバックパッキングの必携SNS(第四回)
バックパッキングの歴史
まずバックパッキングの歴史を簡単に触れておこう。開始は六十年代から。小田実、堀江謙一(この人はヨットだが)こういった人たちが自力で海外を目指し(当時は「洋行」と呼ばれていた)、それが出版されるなどしてその存在が知られるようになるのだが、当時は本当に一部の人間のみがすることのできる「超特権的旅行スタイル」で、実際、小田実にしたところでフルブライトの留学生だったほど。また、バックパッキングという名前すらなかった。本格的普及はツーリズムが高まった八十年代だ。八十年を前後してバックパッキングをめぐる二つのインフラが立ち上がる。一つは格安航空券を販売する旅行代理店の出現(秀インターナショナルトラベルサービス=現エイチアイエス)、もうひとつはバックパッカー向け旅行ガイド『地球の歩き方』(ダイヤモンドビッグ社、現在は一般の海外旅行ガイドに編集方針を変更している)の発刊だった。その後、86年にプラザ合意による円高の急激な進行によって海外旅行熱が高まり、バックパッキングも一層の人気を博するようになるが、いわゆる「バックパッキングバブル」が起こるのが九十年代後半、日本テレビが「進め!電波少年」という番組の中で「猿岩石、ユーラシア大陸横断ヒッチハイクの旅」というシリーズ企画を立ち上げたことがきっかけだ。しかし21世紀以降、若者嗜好の多様化、バックパッキングバブルの終焉、旅のスタイルの多様化によって日本人バックパッカーの数は減少傾向に転じている。ちなみにこの辺の情報については『ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史』(山口誠著 ちくま新書)が詳しい。
カオサンという安宿街
バックパッカーは自由に行動するといっても、必ずしもそれぞれの行動がバラバラというわけではない。世界各地に、通称「安宿街」と呼ばれるバックパッカー向けエリアがあり、これをベースキャンプとして旅する。ここでは格安のゲストハウスの他、旅行代理店、レストラン、バー、土産物屋などが軒を連ねる。有名なのはインドのデリーのパハール・ガンジ、コルカタのサダル・ストリート、カトマンズの貯める地区など。そして、これらの中で世界最大といわれているのがタイ・バンコク中央王宮北にあるカオサンだ。この地区が急激な発展を遂げはじめたのが90年代。僕はここで95年からフィールドワークを続けている。もう20年近く、八月はカオサンに滞在している。そして、今回も調査はここを訪れる日本人バックパッカーたちだ。
調査の意義
バックパッキングは、いわゆるパックツアーとは異なり、自らの情報行動に基づいて当該国を旅するスタイルだ。必然的にバックパッカーは高度な情報行動能力が求められる。いわば「高感度」であることが前提される。事実、大学生のバックパッカーは首都圏、近畿圏の比較的高偏差値の大学に所属する率が高い(バックパッカーの国内居住地域はずっと80%前後で推移している)。若者は情報行動的に時代を先取りしているとよく指摘されるが、こういった若者の中でもさらに情報感度の高い若者たちがスクリーニングされた存在がバックパッカーと言える(バックパッカーの高感度性については回を改めて特集予定)。それゆえ、バックパッカーたちの情報行動を探ることは、近未来の日本人の対メディア行動、情報行動を探る上で、格好の手段のひとつと考えられる。実際、ここでのフィールドワークをしている中で、カオサンのバックパッカーたちの間で起こっていることが数年後に日本国内でも一般化するという現象を僕は何度も見てきた(典型的なのはネットカフェや格安航空券の利用形態だった。前者はまだ日本でネほとんど存在しない頃にカオサンにネカフェが次々オープンし、これをバックパッカーたちが積極的に利用していたこと。後者はとにかく格安の航空券を購入するためにわざわざタイ・バンコク・カオサンにまで足を運んでいたこと。ちなみに後述するが今やカオサンにはネットカフェはほとんど存在しないし、格安航空券を扱う代理店も減少している。バックパッカーたちの情報行動、そして情報インフラが変わってしまったのだ)。
バックパッカー概要
このような前提に基づき17年間、カオサン地区で日本人バックパッカーの定点観測を行ってきた。その結果、前述したように、バックパッキングが20代前半の首都圏に在住する男子大学生を中心としたレジャースタイルであることが判明している。ちなみにこの一般的な傾向は以前とほとんど変わらない。情報行動に関しては、変容がみられる。旅の情報入手についてはインターネット出現以前は原則ガイドブックと口コミが基本だったが、インターネット出現以降は、ネット利用が比較的多くなっている。具体的にはネットを利用してのチケットの購入などがこの典型例としてあげられる。ただし、旅行行動の基本は過去も現在もガイドブックに大きく依存していることについては変わりがない。また、日本とのやりとりについては、インターネット出現以前は国際電話(多くはコレクトコール)、郵便物といったものが中心だったが、出現以後はカオサン地区にあるネットカフェからのメール、インターネット電話利用へと変化した。だが、2008年NetbookやiPhoneの出現によってカオサンの各施設にWi-Fi環境が整えられるようになった結果、バックパッカーは持参するパソコンやスマホ、タブレットPC等を利用して直接、連絡・情報のやりとりをおこなうようになりつつある。また、2010年頃からはこれらディバイスとネット環境を利用して、さまざまな情報のインプット、アウトプットをSNSを介して行うようになり始めている。
調査概要
調査地:タイ・バンコク・カオサン地区(カオサン通り周辺半径400メートル程度のエリア)
調査期間:2012年8月2日~8月17日
調査対象:カオサン地区に投宿する日本人バックパッカー他
調査方法:面接法(アンケート及びインタビュー)
総回収票数:185
調査内容:・一般的な情報行動・スマートフォン利用の実態・SNS利用の実態
※バックパッカーにおける情報行動の変化をみるために、二つの比較データを利用する。1.96年3月、同地域で同じ方法によって行われたアンケート調査(総回収票数312)の結果と比較を行う(数値は12年データの後に括弧で表示)。2.2012年10月、大学生(関東学院大学、立正大学、宮崎公立大学)に実施したアンケート調査(総会票数340)
というわけで、次回からその調査結果をお知らせしたい(続く)