9月28日、AppleのCEO、ティム・クックがiOS6用に開発した地図アプリ「Maps」について謝罪した。Google Mapsへの対抗として独自に開発し、今回、鳴り物入りで搭載したアプリだったが、不具合が頻発したため非難囂々となったことを受けての表明だった。
実際、このマップがかなりビドいのはちょっと使ってみればすぐにわかる。たとえば第二東名高速がなかったり、羽田にいくつも鉄道駅があったりする。僕が以前勤めていた宮崎の大学も地図からは消されていた(^_^;。
しかし、僕が今回注目したのはMapsの出来のことではない。むしろこの不祥事へのクックの対応だ。というのも、そこにジョブズ亡き後のアップルの行方が垣間見えた気がしたからだ。そこで今回は、このクックの謝罪の意味とアップルの今後について考えてみよう。
ジョブズ流でないところが○~バカ正直、ノーガード戦法?
繰り返すが、とにかくMapsは出来がヒドい。だが、もしジョブズがこの事態に遭遇していたら、おそらく非難したユーザーに「だったら、使わなくてもいい」みたいな無茶苦茶な反応をするだろう。実際、iPhone4で持ち方によって感度が変わることの指摘(通称”アンテナゲート事件”)を受けた際、ジョブズは「どのスマートフォンでも起こることだ」と開き直ったほどだった。
ところが、今回、クックは全く逆の対応をみせた。先ず、苦情については「指摘に感謝する」とのメッセージを発し、不便を囲っていることについて「世界最高の製品を顧客に届けるという公約を果たせていなかった」と謝罪し、代替アプリの使用を奨めた後、さらにそのリストをApp Storeのコーナーとして準備しさえした。つまり全面降伏だったのだ。
この対応にはアップル・ユーザーの多くが面食らったことは想像に難くない。しかし、僕はこれはクックなりの見事な対応、そしてクックイズムの高らかな宣言にも思えた。というのも、こういった対応、実はリスク回避としてはきわめて巧妙なやり方だからだ。
そのまんま東=東国原が宮崎でやった手法と同じ
同様のリスク回避、さらにリスクを逆手にとって利用する典型的な例を一つあげてみよう。2006年、そのまんま東は突如、宮崎県知事選挙に立候補する。だが、この時点で東のイメージは否定的なものだった。通称「イメクラ事件」とよばれる不祥事で、事実上、芸能界から干されるという状況にあったからだ。だが、東は選挙運動で、なんと演説の冒頭にこの不祥事を自ら言い出し、笑いを取るという戦術をとることで支持を獲得してしまったのだ。こうすることで不祥事がロンダリングされるとともに、演説の枕として有権者の関心を惹起したからだ。さらに東は知事に当選し東国原英夫となってからも同様の手法を使っている。就任二週間目、宮崎では鳥インフルエンザが発生。これで宮崎の養鶏業も壊滅かと思われたとき、むしろこのネガティブな報道で宮崎地鶏の知名度が上がったことを逆手にとって、大々的に売り出してしまったのだ。これによって宮崎鶏は全国で知られるブランドになってしまったのはご存知の通りだ。
クックのやり方も、全く同じだ。いわば”ノーガード戦法”。自らの過ちをさっさと認めてしまい、それに対して迅速に対応をとることで、ブランドとしてのアイデンティティを維持するとともに、Mapsというアプリの存在、さらにアップルがマップを作ることも認知させることに成功してしまったのだ。こういった、マイルドな、そしてバカ正直な、それでいて 漁夫の利を得るやり方は、ジョブズだったら決してできなかっただろう。明らかにこれはクック独自の手法、だからこそ、これはクックイズムを知らしめる、言い換えればアップルの新しいやり方を認知させる事件と後々に位置づけられるのではないだろうか。
ジョブズ流でないところが×~緩い!
ただし、手放しで褒められないところもある。というのも、もしこれがジョブズ体制だったら、そもそもこういった混乱は起きなかった可能性が高いからだ。完全主義のジョブズは自ら製品開発に関与し、納得しないものは決してリリースすることはなかった。ということは、このMapsがリリースされる前にジョブズの目にかかれば「こんなものはクソだ!」ということになったはず(そして開発陣を罵倒し続けたはず)。つまり、ジョブズだったらこんな不完全な状態でリリースされることは決してなかったのだ。
MapsのリリースにあたってはGoogleとの確執もあったようだ。現在のGoogleMapには音声ガイダンス機能があるが、それがiOS5までのiPhoneのMapにはない。ところがこのMapはGoogleMapを利用しているもの。つまりGoogleはAndroidとiOSの差別化を図っていたのだ。そこで同じレベルにすることをアップルは交渉したが、これをはねつけられた。そこで意を決して自らマップを開発することにしたのだけれど。GoogleMapの利用権はまだ一年残っているにもかかわらずに、だ。
ジョブズだったら、やっぱりこんなやり方はしないだろう。交渉をし続け、その背後で極秘裏に独自のマップを開発し続け、契約期間完了の時点で突然、完成度の高い、そしてGoogleMapにはない魅力を備えたMapsを出し抜けにリリースしたはずだ。そしてGoogleを狼狽させたはずだ。つまり、クックのノーガード戦法はビジネス面でも反映されている。でも、それは言い換えればジョブズ的な狡猾さに欠けるということでもある。
クックの場合には脇の甘さも目立つ。iPhone5のリリースにあたっては事前に情報が山ほどリークされ、発表時にはすでにそのモデルが多くのユーザーに知られるところとなっていた。そして、それは新商品iPhone5発表のインパクトをいくらかは減らしてしまったはずだ。もし、こういったクックの“緩さ”が、今後アップルの社風にクックイズムとして浸透することがあるとすれば、それはアップルがジョブズという軸を失って迷走しはじめたことを意味する危険性を孕んでいる。
全てはMapsにかかっている?
ではクックはどうするべきか。僕は次のように考える。まずこの「バカ正直=ノーガード戦法」はクックイズムとして貫徹させる。ただし、今回説明しておいた「ジョブズでないところが○」という方針で。つまり、誤りをすぐに認め、そのフィードバックを迅速に行い、顧客の不信を振り払うこと、そしてブランドイメージを維持すること。さらに、それを逆利用すること。そしてジョブズのように「脇を締めること」。つまり、製品のリリースは煮詰めてからにする、さらに事前リークを厳密に取り締まることだ。
当面、クックにいちばん求められていることはMapsの完成を急ぐことだ。つまり、これだけボロクソに批判されてその知名度を上げたのだから、逆にアップル開発陣の全エネルギーを投入して、できるだけ早い時期にGoogleMapを凌駕するようなアプリを開発し、批判したユーザーの鼻を明かすことなのだ。これが可能になるならば、アップルの評価は復活し、いや、それどころネガティブイメージをポジティブにすることで「MapsのあるiOS」「ドライブするならiPhoneかiPadを持ちこんで」というイメージを一般に浸透させることができる。そう、とりあえず「謝罪」というかたちでアップルのブランドを維持することには成功した。そしてその知名度を知らしめることにも成功した。しかし、本当の勝負はこのMapsをどう扱うかにかかっているのだ。もし仮に、開発をあきらめGoogleMapに戻るようなことがあれば、それはアップルというブランドの失墜を意味することになる。そして、それはスマホ、タブレット市場で覇権を争うGoogleのAndroidに敗北することを意味するのだ。
冒頭に記したように、クックの謝罪は「クックイズムの宣言」と読み取れないこともない。しかし、本当の意味でクックイズムが成立するかどうかはこれとは別の話だ。そういった意味でMapsをどう扱うかがアップルの今後、いや「ジョブズのアップル」から転じた「クックのアップル」の行方を決めていくのではなかろうか。