勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2012年03月


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アップルの製品開発ゲームの中心にいるインダストリアル・デザイン担当のジョナサン・アイブ。アップル製品のほとんど全てをアイブが手がけている。



21世紀:ゲーミフィケーションの欠落部分が埋まる

ビジネスとゲーミフィケーションの関係について考えている。ここまではビジネスにおいては「ゲーミフィケーションと金儲けは、ある意味逆立する」という前提で話を進めてきた。そしてその具体例として、失敗例のSONYを取り上げ、次いでAppleを取り上げている。Appleは85年、創業者のS.ジョブズ追放後、ゲーミフィケーション的な活力を失い凋落し、売却寸前にまで至った。しかし、97年ジョブズはAppleに復帰する。もう終わりとみなされていた企業に創業者がなぜ帰ってくる必要があるのか?と、誰もが首を傾げた。しかし、周知のように、その後AppleはV字回復を遂げるどころか株価世界一を記録する巨大企業に変貌する。

Appleはジョブズ復帰後、iMac、iBook(後のMacBook)iPod、iPhone、MacBook Air、そしてiPadと、次々核心的なプロダクトをリリースしてきた。 iMac、iBookではコンシューマー向けにデザインを意識し、インターネット接続をデフォルト化し、さらにUSBを採用することでインターフェイスを統一した。iPodでは音楽視聴をパソコンからiPodにコピーし、コレクションを全て持ち歩かせるというスタイルに変更させた。iPhoneはスマホという「インターネット+音楽+携帯電話」というカテゴリーを作り上げた。iPadではパソコンの家電化を実現した。そしてMacBookAirでは全てを携帯するパソコンとして、後にインテルが名付けたUltrabookというカテゴリーを登場させた。

これら全てはわれわれのメディア生活を根本的に変更させるものだったが、面白いのは、これらがマーケティングに基づいて開発されたのでは決して無く、かつてジョブズが独裁を敷いていたときのように「作りたいもの」「美的感覚」「ほしいもの」という、”作る側の都合”に基づいていたことだ。

このスタイルは80年代ジョブス独裁の時にはジョブズの追放というかたちで、一旦終焉を迎えたはずだ。だが、今回は同じ手法を採りながらも大成功を遂げている。その理由はゲーミフィケーションに対する立ち位置の根本的な変化に求められるだろう。

Appleは「ジョブズ」ではなく「ジョブズというブランド」がプロダクトする

ゲーミフィケーションの三つの要素として、本特集では「ゲームそれ自体の楽しさ」「コミュニケーション」「社会的評価」を挙げておいた。ところが前回も指摘しておいたように、80年代のジョブズは、このうちのコミュニケーションの要素が圧倒的に欠けていたのだ。つまり完全な独裁、独善性に基づいて、いわば自分一人がゲーミフィケーションしていた。にもかかわらず革新的なプロダクトが生まれたのは、ひとえにジョブズの美学の説得力に拠るところにあった。だが復帰後のジョブズには、この「独りよがり」が、ある程度ではあるが、消えていたのだ。

もちろんジョブズが独善的であることは変わりがない。ところが80年代には欠けていた部分、つまりコミュニケーションが、この時期には機能している。初期のジョブズはいわばアイデアマンとしての評価が高かったが、復帰後はむしろ辣腕経営者として賞賛されるようになったことが、このことを傍証する。中でも、その経営手腕としてあげられるのがチーム・スティーブとでも表現するべき首脳スタッフたちの存在だ。現在CEOの ティム・クックを中心としてソフトウェア担当のスコット・フォーストール、インダストリアル・デザインのジョナサン・アイブ、マーケティングのフィル・シラーを中心としたメンバーがそれだ。これらはジョブズ自らスカウトした人物で固められているが、かといって必ずしもジョブズのアイデアを単に実現するだけの”イエスマン”ではない。自らアイデアを提案しAppleブランドを構築することに参画するという存在でもある。

例えばその典型的な人物がインダストリアルデザイン担当のジョナサン・アイブだ。初代iMacのボンダイ・ブルー、トランスルーセントというスタイル、初代iPodのタッチホイール、二代目iMac、iBookーMacBookのホワイト、現行iMac、MacBookで採用されているアルミとユニボディ、さらに現在Ultrabookと呼ばれている小型軽量のノートブックMacBookAirのコンセプト(薄型、軽量、アルミ、ハードディスクレス、バッテリー着脱不可)……。こういったもののデザイン、実はほとんど全てアイブのミニマリズムに基づいたコンセプトに従ったものだ。ミニマリズムは「最小限主義」と呼ばれるもので、とにかく徹底的に余分なものを排し、必要最小限のものだけを残すといった考え方。アイブを登用したジョブズは、このミニマリズム的視点を共有していた(若い頃、ジョブズの自宅リビングにはほとんど家具が置かれていなかった、またiPodを開発するに当たって全ての操作を三回以内で済ますことができるように指示した)。だから、それはあたかもジョブズが編み出したデザインのように一般には思われていたのだが、その実、そのほとんどはアイブのデザインだったのだ(逆に言えば、ジョブズ亡き後の今後もApple流のミニマリズムを踏襲したデザインは継続される)。

また、iPodがブレイクするきっかけはiPodを操作するソフト・iTunesのWindows版をリリースしたことがきっかけだった。だが、ジョブズはMac0Sを他のコンピューターメーカーに決して使わせなかったときと同様、当初はこれに大反対する。しかしクックを中心とする首脳スタッフたちがジョブズを説き伏せた。但し、この二つとも発表される際にはあたかもジョブズ自らが思いつき、そして決定したかのようにジョブズはプレゼンテーションを行ったのだ。つまりジョブズはディズニー亡き後のディズニーブランド的な状況を作り上げていた。実は考えたのはAppleのスタッフなのだが、あくまでジョブズが開発したという体裁を採ることによって「ジョブズ・ブランド=Appleブランド」が構築されたのだ。

ここにあるのは、ジョブズが以前とは異なりブレーンストーミングでものを作ろうとする視点を学んだことだ。つまり「ジョブズのアイデア」ではなく「みんなのアイデア」。そして、これを繰り返すうちに首脳スタッフたちの集団思考が起こり、アイデアを共有してAppleの統一したインターフェイス、企業アイデンティティ、コンセプトが生まれるに至ったのだ。それは、言い換えればみんなが製品開発というゲームに興じた、つまりジョブズ一人のゲームではなく、スタッフたち全員のゲームになった。だからメンバーたちは仕事が面白くてたまらない状態に至った。アイブのオフィスにジョブズがちょくちょくやってきたというのはかなり有名な話だったらしい。つまり「ジョニー、今度はどんなネタ、かんがえたんだ?」ってなところだろう。いわば、スタッフの間でゲームを媒介としてコミュニケーションが発生し、それがAppleブランドを形成するに至ったのだ。

しかし、こういったスタッフ内のゲーミフィケーションは、内部だけにとどまらないという性質を有していた。そしてそれが現在のApple世界を形成することになっていく。しかも、より包括的なゲーミフィケーションという形をとって。(続く)

アップルのゲーミフィケーション

ゲーミフィケーションの応用編として、ゲーミフィケーションとビジネスの関係について考えている。前回は「ゲーミフィケーションと金儲けは、ある意味逆立する」こと、つまり金儲けにゲーミフィケーションを使おうという動機が勝っていく(金儲け>ゲーミフィケーション)と、逆に金儲けに失敗する。ところがゲーミフィケーションそれ自体に動機が勝っていく(金儲け<ゲーミフィケーション)と、結果としてビジネスがうまくいってしまうディレンマが存在することを指摘し、後者から前者へ企業の方向性をシフトしたことで凋落した典型例としてSONYを挙げておいた。

さて、SONYの逆、つまりゲーミフィケーションを再生産させ続けることで、結果として企業を巨大化し続けているのが、SONYからWALKMANを取り上げたAppleだ。AppleはS.ジョブズの下、常に「ジョブスが好きなもの」、そして「ジョブスの理念・美学」を製品やシステムに展開するという事業展開を続けてきた。言い換えれば金儲けは二の次だった。ただし、70年代後半からのAppleの歴史には大きな浮き沈みがある。70年代後半~80年代の成功、90年代の凋落、そして21世紀に入ってからの復活と巨大化という三つのフェーズだ。そしてこの浮き沈みの背景にはゲーミフィケーションが大きく関わっている言う前提で考えてみると、興味深い。

70~80年代前半:ジョブズの独裁

創業から80年代半ばまでのゲーミフィケーションは、ジョブズ中心というかジョブズだけと言ってもいい形で企業のゲーミフィケーションが展開していたといってもよい。ジョブズは消費者がほしい物ではなく、自らがほしい物を常にイメージし続け、それを市場に展開し、消費者にコンピューターはどうあるべきかを提案し続けた。それは、具体的にはパソコンオタクではなく一般の人間が使いこなせるコンピューターを作るという目的に結実し、キーボード、ディスプレイ、ディスケットという現在のパソコンの基本形、さらにその発展系としてのウインドウとマウスによるインターフェイスという現在のパソコンのスタンダード・スタイルを確立した。こういった発想は「金儲けがしたい」のではなく、「カッコイイもの、自分が使ってキモチイイものを作りたい」という動機に基づいていた。 ジョブズにとっては仕事は遊び、そしてゲームであり、またその遊びから社会的評価を得るものだった。

ただし、ここでは一つ、ゲーミフィケーションとしては欠けていた要素がある。それはコミュニケーションだ。Apple内でジョブズのゲーミフィケーションに加わることができたのはごく一部で、その他のほとんどの従業員は単なる労働者としてゴミのように扱われていた。また、自分たちの製品に対して競合する企業がどのようなものを開発してくるかについてはほとんど関心を持たず、それが結果としてジョブズ自身の傲慢さの全面展開、そしてその結果としてのAppleからの追放、そしてその後のAppleの低迷を生んでしまう。

90年代:低迷と凋落

85年ジョブズのApple追放の後、CEOであったJ.スカリーは徹底した顧客重視の事業を展開しはじめる。スカリーはジョブズにスカウトされてAppleのCEOに就任する前はペプシコーラのCEOとして、史上初めてコカコーラとのシェア競争に勝利したという輝かしい業績を持った人物だった。ただし、スカリーの手腕はもっぱら既存の製品をマーケットの中でどう展開するかにあった。製品そのもののことはよくわからないし(もともとコーラ屋なんだからコンピューターについてはド素人)、製品への愛情やこだわりもなかった。その結果、ビジネス的には顧客のニーズに配慮した洗練されたものではあるけれど、そこに理念も哲学も美学も存在しない事業が展開される。お決まりのように商品ラインナップを細分化し、多様なユーザーに配慮した「金儲けコンシャス」な商品群が並んでいった。

だが、これが低迷と凋落を招く元凶となる。ジョブズの考えたアイデアをそのまま踏襲しながら細分化する事業展開するだけで、革新的な次のイノベーションを提示しないという経営方針は、SONYが陥った「築いた資産にあぐらをかく」という状況と全く同じ構造になってしまったのだ。

いや、それだけではない。Appleにはもっと悪条件が重なりもした。一つは、競合する業種がAppleのスタイルを模倣し、機種を市場に投入しはじめたことだ。いうまでもなく、これは95年に始まるWindowsの存在だ(Windows自体は95年以前にも存在したが、この年に登場するWindows95以前のものは実質的に使いものになってはいなかった)。つまり、気がついたら他のコンピューターが追いついてきて差異化が図れなくなってしまっていたのだ。

またジョブズの負の遺産もハンディとなる。当時Appleの主力商品はMacintosh。WindowsやMS-DOSマシンに比べればはるかに使いやすいが、その分価格も割高だった。だからメインのユーザーは医者や弁護士といった金持ちか、デザイナー、出版業者という特殊な分野の人間に限られていた(借金しても購入したいという熱狂的な消費者も存在し、それゆえMacintoshは、日本では「借金トッシュ」と揶揄されもした)。さらにAppleはハードとソフトを一体で提供するという、ジョブズの頑なな信念を継承した。これはOSのが稼働するマシンをAppleのものだけに限定し、他企業の参入を許さないわけで、こうなってしまうと便利だけど高くて選択の余地がないMacintosh VS あまり便利ではないけれど安くていろいろ選べるWindowsという図式が出来上がってしまった。

安価なMS-DOS~Windowsの存在とジョブズ理念の足枷、これに架橋をしようと試みた機種の細分化戦略によってAppleの企業イメージはどんどん曖昧になっていく。そして、この迷走はスカリーが去った後にCEOのポストに就いたM.スピンドラー、G.アメリオ、も全く同じだった(この時期、AppleはOSをサードバーティーにリリースするということすらやっている)。だが、それは要するになんの物語も、理念も築けなくなってしまった、言い換えればゲーミフィケーションすることができなくなってしまった企業の必然的結果でもあった。

97年。Appleは遂に「余命90日」と呼ばれるほどの経営困難に陥る。そして、なんとそこにジョブズがAppleに復帰する。世間からは「我が子の死に水をとりにやってきたのか?」と、その復帰にクエスチョンを付ける論評が多かったのだが……その後、Appleはジョブズの独裁の下でV字回復を遂げる。いや、それどころか巨大企業へと変貌を遂げることになるのだ。じゃあ、ジョブズは何をやったのか?それはAppleという企業にゲーミフィケーションを復活させることに他ならなかった。ただし、以前とは違ったかたちのゲーミフィケーションで(続く)

本特集でゲーミフィケーションとは「ゲームにハマること」が「コミュニケーションの誘発」を引き起こし、それが「社会的評価」につながり、これがスパイラル的展開を起こすことでますますゲームにのめり込んでいくことと定義してきた。これは結局、自らが取り組むものへの悦楽=ユーフォリアが社会的認知を経由して強固なアイデンティティ形成を結果し、それがまた別次元の悦楽をもたらすことを意味している。そして、この社会的評価には、金銭的な報酬も含まれはするが、それは所詮、報酬の一部の域を出ない。だが、もし、この社会的評価をイコール金銭的報酬、つまり金儲けと考えるようになったとしたら、その瞬間、ゲーミフィケーションは逆スパイラルを起こしていく。そこで、ここからは、ビジネスとゲーミフィケーションの関わりについて考えていきたい。で、最初に結論を述べておこう。それは「ゲーミフィケーションと金儲けは、ある意味逆立する」というものだ。つまり金儲けにゲーミフィケーションを使おうという動機が勝っていく(金儲け>ゲーミフィケーション)と、逆に金儲けに失敗する。ところがゲーミフィケーションそれ自体に動機が勝っていく(金儲け<ゲーミフィケーション)と、結果としてビジネスがうまくいってしまうディレンマが存在する。

SONYの成功の原因は「好きな物を作りたい」「敗戦国が戦勝国に一泡吹かせてやる」だった。

その典型はSONYだ。 以下、立石泰則『さよなら!僕らのソニー』(文春新書) の既述を踏まえながらSONYのゲーミフィケーションについて考えてみよう。

SONYはかつて東京通信工業と言われた時代、技術屋の井深大と事業展開に長けた盛田昭夫がトランジスタという真空管に代わるテクノロジーをどうやったら、世間一般に知らしめることができるかに夢中になったおかげで成長を勝ち取った企業だ。彼らが目指したのは、井深はとにかく家電を小さくすること。そして盛田は当時、敗戦で弱小国だった日本の一企業が世界に一泡吹かせてやることだった。その結果、結実したものの典型がトランジスタラジオで、ポケットサイズの持ち運び可能なラジオを作ってしまったのだ。そして、その性能、利便性の凄さを世界にも知らしめたいと考え、企業名をSONYとユニバーサルな名称に変更。その結果、「ラジオは携帯するもの」というスタイルを世界中の人々に認知させた。つまりラジオというもののメディア性を変更し、SONYは社会的評価を勝ち取ったのだった。二人はさぞかし楽しかったのではなかろうか。

SONYはその後もトリニトロン・カラー、β-MAX、WALKMANという画期的な技術=製品を世に放っていった。そしてこういった製品の開発は「儲けよう」というよりも「自分たちがやりたいことをやる」といった視点に基づいていた。たとえば、WALKMANなどはその典型で、これは音楽好きの井深が飛行機などの移動中にステレオで音楽が聴きたいので作らせたというのがきっかけだったのだ。そう、楽しいことが社会的評価とつながるということでSONYはその躍動感、勢いを失うことなく邁進し、世界のSONYを結実させいったのだった。

ただの金儲け企業に成り下がる

しかし井深-盛田体制によって巨大化し、次世代によって引き継がれたSONYは失速する。その理由はSONYが2人が追究したようなゲーミフィケーション的視点(技術開発、製品を世界に認知させる、自分が作りたいものを作る)を失い、ただの金儲け企業に堕してしまったからだった。つまり自分たちが楽しい製品を作り出し社会に認められ、大企業として巨大な財産を構築したことで、それで満足してしまったので、今度はその立場にあぐらをかいて、ひたすらビジネス=カネ勘定に奔走するようになる。その結果、新たななイノベーションは生まれず、ひたすら他企業が生み出したイノベーションを踏襲したり、既存のエンターテインメントシステムを購入したりという方向に事業のベクトルを向ける企業に変貌していった。言い換えれば事業を推進するスピリットの内発的動機(ゲーミフィケーション)から外発的動機(金儲け、企業経営)への転換だ。ただし、それはもはやゲーミフィケーションではない。つまり井深-盛田体制が作り上げていたイノベーション再生産システムを失ってしまっている。となれば、他の金儲け企業とやることはさしてかわらない。つまり凡庸な「並」の企業に成り下がり、そして図体がでかい分だけ身動きがきかなくなって、それが現在の失速を招いたというわけだ。 たとえば人件費なら所得の低い国家の方がアドバンテージがある。だからテレビはSamsungとLGにもっていかれた。

そして、これと全く逆の展開をすることで巨大企業に成長したのが、音楽プレイヤー=WALKMANをSONYから持っていったAppleだった。(続く)

ゲーミフィケーションの世界を実現する

ゲーミフィケーションについて考えている。本来のゲーミフィケーションが「社会のゲーム化」、そしてそれが「労働-ゲーム二元論の解消」を結果すると言うことの確認しておいた。この二元論の解消は労働から「義務」感覚を取り除き、「楽しさ」をもたらしてくれるものでもある。だが、それ以上にこの言葉は大きな意義を含んでいる。

モモと時間泥棒

かつてM.エンデは小説『モモ』の中で、時間泥棒(時間貯蓄銀行から派遣された灰色の男)から時間を取り戻したモモという女の子の物語を展開した。時間泥棒は「時間」を「お金」に変換するという行為を街の人々に行わせ、人々から時間を奪ってしまう。これに対してモモが立ち上がり人々から奪われてしまった時間を取り戻す。

こういったストーリーによってエンデが訴えたかったのは、経済システムが加速度的に展開することで、われわれから時間の有意味性が奪われてしまっていることに警鐘を鳴らすことだった。時間貯蓄銀行に時間を預けた人々は次々と「致死的退屈症」という病気にかかってしまう。これは貯蓄率が高まるにつれて感情不安定、憂鬱、社会的無関心、冷淡さ、絶望感という症状が現れる症状なのだが、要するにこれは、本特集で冒頭に指摘していおいた「外在的動機」、つまり金儲けという動機に基づいて労働を行うがゆえに、労働することそれ自体の有意味性が失われ、疎外感を抱くようになってしまうことを指している。

さて、こうやってみてみると広義のゲーミフィケーションのイデオロギーは、『モモ』のメッセージと同じ方向性を持っていることがわかる。二つとも、最終的に目指されるのはキリスト教が労働に科した呪縛からの解放だ。それは簡単にいってしまえば、「はじめに金儲けありき」でははなく「はじめに労働ありき」、つまり労働という行為それ自体の有意味化ということになる。

この有意味化は、とどのつまり本特集ではじめにエピソードとして紹介した「四谷大塚ゲーム」で僕たち子供たちが獲得していたものに集約されるだろう。つまり「ゲームそれ自体の楽しみ」「ゲームを媒介としたコミュニケーションの活性化」「社会的評価の付与」の三つ、そしてこれら三つがスパイラル的に連鎖し合うといった状況だ。こうなったときには、もう「金儲け」「社会的地位の獲得」といった外在的動機はどうでもよくなってくるわけで、労働に従事していることそれ自体が充実した有意義な時間を構成することになる。そして、こういった労働の有意義性を効率的に実現可能にするツールこそがメディア・テクノロジーに他ならないのだ。ゲーミフィケーションはメディアテクノロジーによって労働-余暇二元論を解消する。

二元論の先に登場するもの~生活と愛他心

それでは二元論の先には何が現れるのだろうか?つまり労働と余暇二つにブリッジを架けるものとはなんなのだろうか。それは、月並みな表現になってしまうが「生活」ということばに集約されるだろう。僕らは常に有意味、有意義な生活、そして楽しくて快適な毎日を過ごすことを願ってきた。しかしながら遊んで暮らせるというのはなかなかな難しい。だからこういった”生活の意味”を獲得するために、その経費として労働=仕事に従事してきた。しかし、メディアを含むさまざまなテクノロジーの進化によって受苦としての労働が淘汰され、労働それ自体が有意味で楽しいものになってしまえばもはや仕事と遊びの区別がつかなくなる。だからこそ、それは「労働」という言葉も「余暇」という言葉も不要。代わって「生活」という一元的な言葉に集約されるのだ。

そして、こういった二元論の終焉、生活への一元化という事態がゲーミフィケーションによって社会全般に浸透することが可能になったとき、われわれは資本主義という経済システムによる拘束に伴って誕生した個人主義、利己主義、ミーイズムといった立ち位置を存在論的に問い直す契機を与えられるはずだ。つまり個人の利益を最優先するという考え方(金儲け)から、他者との有意義な生活を求めるという考え方、言い換えれば関係主義、愛他主義という立ち位置の方が、最終的にはるかに自らの幸福度を増していくということに気付くはずだ。ちなみにこの時、とりわけ重要なのは、ゲームの楽しみがもたらすコミュニケーションの活性化と社会的評価の獲得だ。つまり、自分の利益だけでなく、他者の利益を常に考慮する、言い換えれば他者に対する配慮を行うことによって、自分の利益のみを追求するときよりも、はるかに多くの満足と幸福、ようするに有意義な時間を獲得できることを発見するのである。

すでに、こういったことに気付きはじめた人間たちは登場する。たとえば岡田斗司夫はこれを「評価経済社会」(『評価経済社会~ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』ダイヤモンド社)、佐々木俊尚は「キュレーション」(『キュレーションの時代~つながりの情報革命が始まる』ちくま新書)、そして稲葉陽二は「社会関係資本」(『ソーシャル・キャピタル入門-孤立から絆へ』中公新書)という言葉で表現している。

ゲーミフィケーション。この言葉をゲーム屋さんのような灰色の男=時間泥棒から取り返して、未来に向けて位置づける必要がある。僕はそんなふうに考えている(続く)

前回はゲーミフィケーションの概念が狭義から広義まで三段階あること、すなわち狭義→広義の順に「ソーシャルゲーム」「ゲーム機能の企業経営への導入」「労働-ゲーム二元論の解消」のレベルがあり、現在の議論がはじめの二つだけに限定されていることを指摘しておいた。そして、これらはそれぞれ「ゲーム業界が儲かること」「会社が活性化すること」という経済的側面にもっぱらコンシャスした議論の域を出ていないことも明らかにしておいた。

しかし、ゲーミフィケーションは「社会のゲーム化」に目的がある。つまり「労働にゲーム感覚を持ち込むことで、われわれの労働を効率化すること」に根本的な焦点が向けられているわけで、経済的原理を最も重要な要素としているということにはならないだろう。むしろ、ゲーミフィケーションによって、僕たちの労働やゲームに対する意識が変容すること、とりわけ労働の有意味化=働くことの充実さを与えることに焦点を当てるべきだ。言い換えれば、ゲーミフィケーションの浸透によって、僕らの生活がより快適で、幸福になるような方向にこそ用いられるべきなのだ。そして、そのような契機はパラダイムシフト、すなわち根本的立ち位置の転換といった事態によってもたらされるものだ。
そこで、今回は、この最広義のゲーミフィケーションの本質的意義について考えてみたいと思う。

労働-余暇の二分法

経済的原理に基づけば労働は余暇との対比によって表現される。そして、それは日常生活が「働くか、あるいは休んでいるか」そのどちらかによって規定されているという認識=立ち位置を形成している。キリスト教的な禁欲概念に基づけば、人間は楽園を追放され、原罪を負って現世に投げ込まれたので、この世ではその原罪に対する贖い、つまり贖罪を行う義務を負っている。そして、その贖罪とは労働の苦しみ(女性の場合は出産の苦しみ)だ。贖罪は、具体的には、神が創造した現世(地球ね。ま、”楽園で罪を犯した人がブチこまれる収容所”といってもいいかもしれないけれど)をより豊かにすることによって購われる(本当は「予定説」なのでちょっと違うが、今回ははしょる)。これによって、現世においては、われわれは欲望を抑制し、勤勉に働くことが「正しいこと」と規定される。だが、それは労働自体は「つまらない「つらい」「苦しい」もの、「でも、やらなきゃいけないこと」、つまり「義務」と規定されることでもある。一方、この文脈だと「余暇」は、その対極にあるもので「働いてばっかりいたら壊れてしまうので、次の労働のためにスタンバイ、休息をとる時間」と規定される。だから、日曜日は休日だからといって欲望を垂れ流すようなことはしてはいけない、。午前中は教会に行き神に祈りを捧げ、後は安息日として疲れた身体を癒やして翌日からの英気を養わなければならないってなことになった。つまり「余暇」は「労働」のために用意されたものであり、そういった意義でのみ成立する。いいかえれば、それ自体は消極的な意義しか付与されていない「正しくないもの」だ。

禁欲精神と経済原理

ちょっとここからは社会学原論みたいな話をおさらいするようで申し訳ないが、こういった禁欲は翻って資本主義を誕生させた。これは社会学の巨人、M.ウェーバーの指摘だ(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫)。つまりキリスト教的な禁欲精神は一生懸命働き、作り上げたものを個人的な欲望に使わず、それを使ってさらにもっと作っていき、どんどん地球を豊かにしていくという立ち位置なのだけれど、ここからキリスト教的精神を抜き取ってしまうと、それはそのまま経済原理へと転換する。つまり投資し、売り上げ、得た利潤を自分の欲望のために消費することなく、それを再投資に回すことで、初期投資よりも投資額が大きくなる。これによって売り上げは拡大し、当然利潤も拡大するのだけれど、これを禁欲して利潤の消費を最小限にしさらに再々投資すると、もっと利潤が拡大する。こうやって、経済原理においては「拡大再生産」という基本的立ち位置が出来上がったのだ。つまり禁欲は結果として金儲けというメカニズムを生むという、なんとも矛盾した予期せざる結果を生んだのだ。ちなみに、これはキリスト教圏の話だが、経済原理が世界中の行動原理のデファクト・スタンダードであるゆえ、現在ではキリスト教圏以外の文化圏の人間にも全く同じ原理が作動している。

ただし、こういった経済原理は、結果として「余暇」を否定すべきものとして僕たちの認識のなかに配置してしまった。つまり、ここであげた「労働-余暇二元論」だ。当然ここでは「労働=つらいけど正しいもので、ガマンしてやらなければならないもの」、「余暇=楽だけれどよろしくないもので、なるべく少なくすべきもの」という位置づけがなされた。

「ゲームはよろしくないもの」という認識

そこでゲームもまたこの文脈の中に流し込まれてきた。ゲームは「遊び」として捉えられる。そして「遊び」は「余暇」に行われることであり、労働時に遊んでいることは怠慢を意味するわけで、当然許されない。それは禁欲していない、つまり贖罪していないことであり、地獄行きを約束させられる悪しき行為である。だから仕事とゲームは相容れない。「ゲーム感覚で仕事をする」なんてことは不謹慎きわまりない行為と位置づけられたのだ。

労働-余暇二元論を解消する、ゲーミフィケーションという考え方

しかし、ゲーミフィケーションはこの立ち位置=パラダイムを根底から覆す考え方だ。つまり「労働VS余暇/ゲーム」という二元論ではなく「労働=余暇/ゲーム」といパラダイムであって、ここでは二つの対立軸の解消が志向されている。考えてみればあたりまえのことなのだが、仕事が遊びで遊びが仕事であったならば、こんな楽しいことはないだろう。遊び的メリットである快楽とストレス・フリー感覚で仕事ができるのだから。しかも、遊んでいたら金が入ると同時に、こういったゲームライクな感覚で仕事の効率性も最大化されてしまうのだから。そこでは、それまで仕事に必ず課せられていた物理的、精神的「義務/拘束」からも自由になる。それは働く側からしたら「ずっと遊んでいること」なのだが、仕事を運営するシステムからすれば「ずっと働かせている」ということになる。いいとこどりなのだ(これについては、しばしば「やりがい搾取」という言葉で批判が起こる。つまり、働いている本人が楽しくてバンバン仕事をしているのだけれど、結局そうやることで無料奉仕をさせてしまうような事態が発生することはけしからんという議論だ。ディズニーランドで働いているキャストなどはまさにそれで、彼らは時給以上に働いていることは間違いないだろう。やってみればわかることで、僕もキャスト経験者なのだが、あそこでの仕事は物理的にはメチャクチャな労働量で、仕事から帰ったらタダ寝るしかないくらい疲れるのだ。でも、楽しいのでストレスがたまらない、というふうにシステムが作られている)。

しかし、この二元論の解消は単に楽しいだけでなく、もう少し有意義な価値を僕らに与えてくれるものでもある。(続く)

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