勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2011年07月

中国13億の人口がマイノリティになる時代がやってきた

国民を計量的=一山と考え、個人=人権を無視することで発展を遂げてきた中国。ところがこの政策が、?眷小平以降の改革・開放政策で民主化が進み国民の所得が増え、これに伴って個人主義が浸透し、人権意識が中国国民の間に生まれたことで、うまく機能しなくなってしまった。そして、その象徴的な事件として今回の中国高速鉄道事故の波紋が広がっていることを前回は指摘しておいた。

だが、国民を計量的に扱うことが出来なくなりつつあることについては、もう一つ別の側面=理由もある。中国が産業力をあげるためには、当然、その市場を開拓しなければならない。つまり、それは国際的な市場に打って出なければならないことを意味する。で、これまでは前述したように人件費の安さが低価格商品を可能にし、これが国際競争の大きな武器として機能していた。だが、このまま経済成長を続ければ、いずれ中国もまた所得が上昇し、それが商品価格に反映されることとなって競争力を弱化させることは明らか。マルクス的に言えば、この「搾取的」な市場戦略(この場合、国家=資本階級、国民=労働者階級ということになる)は功を奏さなくなることは目に見えている。

技術力を示すことがデファクト・スタンダード

となれば、今度は技術力で勝負しなければならない。そして、その技術力を世界に見せつけるべく展開しようとしているのが高速鉄道であるし、だからこそ急ピッチな開発で中国全土に高速道路網を敷設する必要も出てくる(中国の高速道路網は、すでに日本の新幹線の四倍の規模に達している。しかも敷設し始めてからまだ6年もたっていない(開業してから四年!)というのに)。これだけ広がっていれば、そして急ピッチな開発であるならば、それが技術力の高さを証明することになるからだ。ところが、今回の事故は、その技術力の甘さというか、低さを世界に向けて露呈する結果となった。競争相手である日本、韓国、フランスなどと比べれば、これによって明らかに鉄道の海外売り込みについては一歩も二歩も遅れをとったはずだ(中国は、くどいようだが人件費が低く抑えられているので、他国と同じか、ちょっと低い程度の技術であっても、建設費が安い分だけアドバンテージがあるわけで、それが強みだった。しかし、今回の事件で、中国鉄道のその採用基準としては安全>安価という図式になってしまった)。

だったら、今回の事故を隠蔽してしまうことは、国際競争での明確な敗北を意味することになってしまうのだ。だから、政府は方針転換。問題を明らかにするという方向に舵を取ることを余儀なくされたわけだ。

人権を尊重することもデファクト・スタンダードへ

さて、こうやって考えると中国という国家は、今、岐路に立たされている、つまり経済的発展の第二段階に入ったと考えるのが妥当だろう。ここまで展開してきたように、これまでのような人を人とも思わぬような外交と経済政策では、国内的にも、国際的にも、もう太刀打ちが不可能なところにまで来ているのだ。そう、これまでは13億5000万人の強みを持って、政府は個人を無視してやりたいことをやってきたわけだけれど、これからは国際的には世界の全ての人口を相手にしなければならない。世界人口は現在70億人。一方、中国は13億人なので、こちらの規模から見れば、中国はマイノリティに属してしまう。つまり、一層の経済発展のためには57億人を相手にしなければならなくなったのだ。そして、国内的にも同様で、自ら育てた国民たちが資本主義、消費者の立ち位置で生活を謳歌しはじめた。こちらにも、対処しなければならないところに来てしまったのだ(ということは、もはやこの計量的な政策は70億人に対して無効ということを意味する)。

そして57億の大多数が支持するのが民主主義、そして消費生活。だから、そこに付随する個人主義、つまり「人間を計量的に扱うのではなく、尊厳ある、そして人権を持った存在」という「個」を中心としたイデオロギーを支持しなければ、もう、中国経済発展の将来はないということになった。

そう、中国は経済発展とともに、国際社会の一員としての役割を果たさなければならないという義務を、必然的に背負わされる状況に追い込まれた。もう大国としての傲慢さを武器にすることは難しい。そのことを中国政府は、今回の高速鉄道事故でイヤというほど実感させられたのではなかろうか。中国は経済的に揺籃期を終え、世界という社会での「大人」として自立しなければならない岐路に立たされたのだ。

こう考えると「元」の変動相場制移行も、そう遠い話ではないのではなかろうか。また、世界各地で蛮行を繰り広げ、顰蹙を買っている中国人旅行客が、インターナショナル・ルールに基づいて、礼儀正しくマナーを守るようになる日もやってくるのではなかろうか(ただし、こちらはかなり先の話だろうが……)。

国民を計量的に扱うことが難しくなってきた

中国高速鉄道事故の波紋について考えている。

前回は、西欧近代国家とは異なり、中国が国民を個人としては捉えず、「ロット」「目方」「一山」として計量的に考えることで、それが結果として「最大多数の最大幸福」の状況をもたらしてきたこと。そして、実際、個人より国家の利益を重視した方が、結果として国民全体の利益になるという「費用対効果戦略」が中国をGNP世界第二位の経済大国に押し上げることに成功してきたことを指摘しておいた。だか、この中国の「伝統的」な政策、そろそろ通用しなくなりつつある。また、中国政府自体もこれに気づきつつある。そして、そのことを如実に語っているのが今回の高速鉄道事故と考えられるだろう。

「なかったこと」にしてきた

今回、事故の対応について、国民から政府への大きな批判が浴びせられている。彼らの批判のスタンスは、僕らの立ち位置と同じ「人権蹂躙」というそれだ。ネットでも事故を巡っては批判が巻き起こっているし、中国電視台のニュースでは、なんと女性アナウンサーがアドリブで涙を流しながら政府を批判してしまうという事態まで発生した。かつて、中国ではこんなふうに議論が巻き起こると言うことは決してなかったし、起こった瞬間、政府が押しつぶして「なかったこと」にしてきた。

「なかったこと」にはできなくなってしまった

そして、これに従って政府の対応も変化を見せつつあるのだ。これまでのように「なかったこと」とか「もう済んだこと」として、知らぬ存ぜぬを決め込むというふうには、ならなくなっている。あるいは隠蔽することも難しくなっている(かつて世界で一番安全な航空会社は中国民航と呼ばれていた。というのも墜落事故が一回もなかったからだ。ツポレフやイリューシンというボロボロのソビエト製旅客機を使っていたにもかかわらず……もちろん、そんなことはありえないわけで、実は、飛行機事故の全てが隠蔽されていたから、こうなったに過ぎなかったのだ)。具体的には、当初、落雷のせいで済ましていたのが、シグナルのミスと言い換えたり(でも、これもおかしい。日本の新幹線でシグナルのミスなんてのはあり得ないのだから。ATC=自動列車制御装置が作動する。これはもちろん中国の高速鉄道にも使用されているはずで、そういった意味では鉄道側の責任を認めるところまでは来ていても、その本当の原因はまだ隠蔽されたままだ)、埋めてしまった列車の先頭部分を掘り返して運んだり。つまり、かつてのそれとは異なり、どうも、あの強気のはずの政府が弱腰になっている。でも、これはある意味、自らが推進してきた政策の必然的結果と捉えなければならない。

改革・開放政策が開けてしまったパンドラの箱

中国は?眷小平の改革・開放政策の下、80年代後半より民主化、資本主義化を徐々に推進してきた。そして、その結果、人々は産業を興し、世界に対抗できる技術力を獲得(もちろん人件費の安さがウリではあるが)、そして人々は豊かになっていった。だが豊かになっていくと言うことは、消費生活を助長すると言うことでもある。そして、消費生活の基本は「個人の欲望の助長すること」。だから社会主義から資本主義へのソフト・ランディングは、国民たちに「個人であること」「個人主義がよいこと」という感覚を消費生活と共に浸透させていくことになる。それは必然的な結果として、人間をロットとして計量的に扱う政府のやり方への嫌悪へと繋がっていく。

そして、これに情報化社会のうねりが援護射撃する。つまり、インターネットに接続することで、世界へ向けて消費欲望が芽生え、またそれと同時に資本主義社会のライフスタイルというものの正当性を実感するようになる。つまり、社会主義を豊穣化させるための改革・開放政策は、結果として資本主義・個人主義というパンドラの箱を開いてしまったのだ。

こうなると、人権に対する意識が中国人の意識の中に明確に芽生えてくる。そして、もう、それを押さえ込むことは出来ない。従って、今回のような「人を人とも思わぬような最大大多数の最大幸福政策」は受け入れがたいものとなっていったのだ。

いや、この政策を続けられない理由は、まだほかにもある。それは何か?(続く)

国際的に非難を浴びる高速鉄道事故

中国高速鉄道が追突事故を起こし、多くの死傷者を出した。このことについては、メディアで大きく扱われているので、どなたもご存じだろう。そして、この事故については中国政府の方針に対する批判が、海外から多く寄せられている。

ひとつは性急な高速鉄道網の開発と運営について。つまり、ちゃんとした安全確保をしないうちに、どんどんと鉄道網を広げていること、そして事故後の処理の杜撰さへの批判だ。とりわけメディアのやり玉に挙がっているのが、事故直後に、車両の先頭部分をとっとと地中に埋めてしまい、早々に運転を再開させたこと。つまり、原因究明がなされていないのに、何もなかったかのように済まそうとしていることについて、多くの非難が寄せられているのだ。

そしてもう一つは、人名についての取り扱いのひどさ、ようするに「人権無視」の姿勢だ。先頭部分を地中に埋めるなんてことを優先させたために、人命救助とか遺体の処理が後手に回ってしまったとか、遺族に対して鉄道事故で出される規定の三倍もの補償金(600万程度)を出したりとか、早期に手続きした遺族や被害者にたいしてはボーナスを付けたりとか、とにかく事故隠蔽のために人を人とも思わぬ対応を行っている。これがやはり批判の的になっているのだ。

で、この論調に同意することは簡単だ。でも、それじゃあ、この事件のメディア論的視座からの相対化はできない。そこで、今回は逆に「こういった中国政府の対応は正しい」という前提で考察を進めてみよう。そうすると、中国の立ち位置が見えてくるし、その一方で、正義面して批判している海外メディア(もちろん日本も含めて)の立ち位置もまた見えてくるからだ。

なぜ、中国政府の対応は「正しい」のか?

たしかに、僕らの目から見たらこの事故に対する中国政府の対応は杜撰というか、傲慢というか、横暴だ。しかし、これを中国政府の立ち位置で捉えたとき、案外、こういった対応は正当であることがわかる。しかも、それがこれまで中国が今日のような発展を遂げるに至った方針の一環として位置づけられるということも。

その確固たる方針は「費用対効果」という言葉でまとめることができるだろう。中国の国民(人民といった方が適切か?)に対する立ち位置は「計量的」。もうすこしざっくりといってしまうと「目方」「ロット」で、統計的に人間を捉えている。いいかえれば「個人」という単位は斟酌されない。

とにかく、たくさん、人が死ぬ。しかも中国人が

かつての歴史を見てみよう。第二次世界大戦後、チベットを中国政府下に置くために軍隊が派遣されたが、その際、百万人近くのチベット人が犠牲者となり、なおかつチベットの象徴であるラマ教の最高位であるダライ・ラマが国外追放されている(現在もこれは続いている)。79年の中越戦争の際には、56万もの中国軍が国境を越えて山の向こうからベトナムに攻め入ったのだけれど、この時、たった一ヶ月の間に、ものすごい数の中国兵が戦死している(中国発表6千人、ベトナム発表2万)。しかし、中国は攻め込むことに成功している。というのも、山の向こうから果てしなく中国兵が攻めてきたからだ。そう、殺しても殺しても兵隊は攻めてくるわけで。

そして天安門事件。民主化を訴え、天安門広場に集結した中国の青年エリート学生たちに中国政府は銃や戦車で対応し、数百人規模という、やはり多くの血が流れた。

さて、なんで中国政府は、こんなにも中国人民を虫けらのように扱うのだろうか?それが「費用対効果」という考え方なのだ。中国は13億5000万人の人口を抱える。これはちょうど日本の10倍にあたる。で、何かの災害が起きた場合には、中国政府の基準から人間の価値の重さを計算すれば、それは日本の十分の一ということになる。こんな単純な計算は僕ら日本人ではちょっと考えられないが、実際、中国政府にはこんな認識で人民を扱ってきた歴史がある。天安門事件の時、大量の血が流されたときにも、政府が発した言葉は「中国は13億人の人口があるのだ」だった。ということは、くどいようだが政府的には、中国人民の人命の重さは、日本政府が人の命を重んじることの十分の一でいいわけで、今回高速鉄道事故で亡くなった35人という数字は、中国政府の感覚では事故で3.5人が亡くなった程度でしかない。つまり、国家的には大した事故として扱うには値しないのだ。そ

「最大多数の最大幸福」という原則を遵守している中国政府

で、むしろ人命のことより、高速鉄道網の開発を一層推進し、申し訳ないが人命に目をつぶった方が、中国という国家が発展するための費用対効果としてはプラスということになる。実際、中国は個々の国民をないがしろにしつつ、国家の繁栄を推進してきた。もちろん、中国政府が「国民などどうでもいい」と思っているわけではない。これは中国独自の「最大多数の最大幸福」というスタンスから導き出された方針。で、それは見事に達成している。つまりGNP世界第二位にまで上り詰める国家になったわけで、そういった視点からすれば中国政府というのは極めて一貫性に満ちた「まともな政治」をやっていると判断していいだろう。どこぞの国の政府みたいに、訳のわからん人物が首相になって一年もたたないうちにコロコロ代わっている「政治方針のダッチロール」みたいなクニャクニャしたやり方とは一線を画しているのだ。

「上から目線」の中国批判。じゃ、オマエのほうは、どうなんだ?

で、中国のこの方針を批判しているメディアや日本人は、こういった中国の立ち位置を全く斟酌することなく、ひたすらこれを批判する。それは、言い換えれば自らの立ち位置を対象化せず、絶対化、つまり神の視点化して、上から目線で批判しているに過ぎない。そしてこの「神の視点」の立ち位置とは「個人が絶対的に尊重される」というイデオロギーに他ならないのだが、これが良いのか悪いのかについては顧みることなく「所与」「あたりまえのこと」として、一方的に中国を批判している。そう、中国政府を批判する日本人やメディアは、中国政府と同じくらい傲慢なのだ。

閑話休題

と、ここまで書いてくると、そろそろ嫌中のみなさんが起こりはじめそうなので、そろそろ矛先を変えるとしましょうか。ここまでは、あくまで「中国政府の立ち位置に立って、今回の対応を正当化したら」ということと「中国政府の対応を批判している日本人、日本メディアの見落としている自分の立ち位置はどこにあるのか」ということを指摘するのが目的で展開したもの。まあ、ディベート的に考えていただきたいと思う(でも、そんなにエキセントリックにならないで、ちょっと自らを振り返って考えて欲しいとは思う)。

で、話はもう少し入り込んでくる。こういった中国政府の一貫した姿勢。どうも、そろそろ通用しなくなりつつあるようなのだ。そして、今回の事故はそのことが如実に表れたと僕は考えている。では、それは何か?(これを読んでお怒りになった方がいらっしゃったら、本ブログにコメントに批判を書くのは明日まで、ちょっとお待ちください。オチありますので(^^))。

中野収のつぶやき

イオンモールは実際の東京とは異なる”消費情報”からなるヴァーチャルな「東京イメージ」を作り上げ、これが今や日本人にとっての「東京」についてのイメージのデフォルトとなっていることを前回指摘しておいた。さて、今回は、この「東京イメージ」が僕らの生活行動パターンにどのように影響を与えているか考えてみよう。

今から15年も前のこと。僕は社会学者の故中野収さんとシンクタンクのスタッフとして活動をしていた。その一方で、僕はタイでバックパッカーのフィールドワークもはじめいた。

ある日のこと。タイ滞在を終えて、再びシンクタンクで中野さんと顔を合わせたとき、彼は妙な質問を僕に投げかけた。

中野:「タイにはコンビニが、もうあるの?」
僕:「ここ数年でセブンとか、開業しはじめてますね」
中野:「……じゃ、タイも、もう、終わりだな」

最初、僕は中野さんが何を言っているのかわからなかったのだけれど、しばらくするとピンと来た。中野さんは「規格化」という言葉に集約される社会情報化に典型的な現象がタイにまでやってきたことを語っていたのだ。

多様化と均質化の同時進行

中野さんは80年代から、情報化が促進するものとして「多様化と均質化の同時進行」という現象を指摘していた。

まず、情報化は、多くの人間に情報をアクセス可能にすることで、それぞれが個別の嗜好に基づいて情報にアクセスするようになるため、必然的にそれぞれの好みを個別化させる。たとえば、音楽にとっての嗜好はその典型だ。

かつてであったならば、音楽は若者が一時期麻疹のように関心を持つもので、しかも、その志向するジャンルは限定されていた。七十年代前後ならフォーク、半ばからならニューミュージックというように。ヒットチャートも一部の歌手やミュージシャンで寡占状態。当然、大ヒットがたくさん生まれた。

ところが、90年代から音楽の分野で情報化が加速する。具体的にはインターネットとiPodの普及で様々なジャンルへの音楽へのアクセスが可能となる。だが、こうなると、もう音楽に対する嗜好は完全にバラバラになってしまった。隣の人間が所有するiPodの楽曲は、自分のものとはほとんど一致しないという事態が発生したのだ。これが多様化の側面だ。いわゆる「オタク化」がこの流れの一環と言える。

だが、その一方で、巨大なレベルでの均質化も進行する。これも音楽の受容で説明すればわかりやすい。つまり、僕らは様々なジャンルの音楽をバラバラに聴くようになったが、その半面、みんなiPod(そして、それに類するデジタル・音楽プレーヤー、スマホ・ケータイ)で、音楽を聴くようになってしまったのだ。つまり、内容=コンテンツこそ異なるが、形式=フォルム=音楽受容スタイルが、みんな一緒になってしまう。

で、中野さんがタイのコンビニ出現について指摘したのが、このことだった。つまり、タイにコンビニが出来ることで、タイ人たちは誰もが膨大な商品アイテムへのアクセスが可能になったのだけれど、コンビニに行って商品を購入するというスタイルが共通化してしまった。そして、こうなることで、それまで規格化されずに各地方に独自に展開されていた独自の行動思考様式が失われ一元化してしまったのだ。ようするに、地方のアウラがコンビニによって消されてしまうことについての懸念が、中野さんの「終わりだな」という発言だったのだ。

イオンモールというのっぺらとした世界の出現

こういった規格化は、いわば”超システム”というプラットフォームの出現と言い換えることが出来るだろう。情報化はこういった超システム化をどんどん推進していく。典型的なのはインターネットで、ネット内はやはり膨大な情報が溢れているが、そこに展開されているのはアメリカナイゼーションという「アメリカイメージ」のグローバル化だ(もちろん、これも「東京イメージ」と同じで、本物のアメリカとは異なるものだけれど)。使われる言葉は英語だから、やればやれほど英語的な思考、行動様式がユーザーの身体に形式として浸透していく。しかも世界中に……

で、こうやって「東京イメージ」「アメリカイメージ」という”超システム”が世界大に展開すると……実は、世界の風景や行動パターンもまた一元化するという現象をもたらしていく。現在の中国へ行けば、そこには高層ビルが建ち並び、クルマが高速道路を走り、世界各地の料理を提供するレストランが建ち並び、人々はケータイ・スマホを手に持っている。交差点の向こうから大量のチャリンコ軍団にやってくるという「かつての風景」はもはや消滅した。テレビで映されている映像も、以前のように、よく言えば「ご当地色豊か」、悪く言えば「ダサい」ものなど、とっくになくなり、ほとんどCNNのスタジオセットや報道スタイル、MTVのクリップみたいな洗練されたものに変わっている(世界水泳・上海大会の競技場とその演出の洗練度具合を見よ!)。

それは、世界中どこへ行っても同じになってしまったということ。実際、僕も現在タイに行くときにはコンビニを利用し、ネットにアクセスし、飛行機やクルマを利用し、洗練されたサービスを提供するホテルに宿泊している。で、そこで学生の卒論指導もやっているのだが……もちろん、学生は日本にいる。何のことはないSkypeがあれば「どこでも研究室」が出現してしまうのだ。ちなみに今年三月、ポルトガルに滞在したときには、ホテルでネットを開きながら一日中東北大震災の情報を調べ、Skypeを使って電話をかけまくると言うことをやっていたわけで、これは日本にいたらやっていたであろうことと全く同じだ。言い換えれば、ポルトガルに遊びに来て感じるアウラ=旅の風情なんてのはとっくになくなってしまっている。世界は共通フォーマットによってプラットフォーム化されてしまっているのだ。

そう、もう言うまでもないが、その最たるものがローカルエリアにおけるイオンモールの跳梁、いやイオンモール的環境の跳梁に他ならない。北海道でも、東北でも、九州でも、沖縄でも、国道沿いの景色を彩るものはコンビニ、ファーストフード、ファミレス、大手電機店、大手衣料店、DIY……こんなものばかりだ。

そういえば盛岡のイオンモールに行ったとき、強烈なデジャブ感にかられたことがあったな?どこに行ったら何があるのか、初めて来た場所なのに、知っている自分がそこにいたからだ。……日本中に、そして世界中にのっぺらとした世界が出現する。しかも、そののっぺらとした世界に親しんだ人間にとっては、残念ながら「とっても快適な“のっぺら空間”」が。



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川崎・矢向駅前にあるスーパー。チャリで買い物という”昔スタイル”が基本だ。



前回まではイオンモール宮崎の繁栄を例に、なぜイオンモールがウケるのかについて展開してきた。そして、その原因が消費情報=中央情報=「東京イメージ」といった図式に基づいて出来上がっていることを指摘しておいた。情報化が進めば進むほど中央の情報=消費情報の魅力が相対的にアップし、それが、メディアが流布する商品群・店舗群からなる「東京イメージ」に対する魅力をアップする。そして、そういったものを一挙に集約させて地方に出現したモール=商店街こそがイオンモールに他ならない。だからウケたのだと。

ただし、この「東京イメージ」はちょっとヘンだ。

東京には「東京イメージ」はない

僕は現在、川崎に住んでいる。そして、かつての宮崎の生活とは、その生活を一変させている。いちばん変わったのはクルマで買い物に出かけないことだ。

宮崎に暮らしている頃、僕はイオンモールにクルマで出かけ、スポーツクラブに通い、シネコンを見て、大型書店に寄り、ジャスコで買い物をして帰るという、いわば「イオンな暮らし」=「東京イメージ生活」をおくっていた。そして、クルマは「重い」とはいわないので、その都度、かなり大量の買い物をしていたように思う(ガロンタンクで水まで買っていた)。

で、現在、近くにイオンがあるのでたまに行くのだけれど、これは厳密にはイオンと言うよりジャスコと行った方が正しいだろう。そこはジャスコがあるだけ。つまりモール=商店街ではなくスーパーだからだ。ちょっと遠いのでクルマで出かけることは同じだが(近くだったら絶対にクルマで行くことはないだろう)、通う回数も格段に減ったし、普段の生活は近くのスーパーでほとんどのものを済ましている。あるいはチャリで買い物にというパターンもある。また、買い物の多くは川崎駅のラゾーナだが、そこに向かうのも、その多くはクルマでなく電車だ。そこには、イオンと同じようにブランド店や衣料店(ユニクロとか無印良品とか)があるけれど、とりたてて、そのためにそこへ向かうという意識はほとんどない。で、こっちのほうも購入の仕方と言えば、必要となればチョコチョコ買うというスタイルになった。

田舎暮らしと都会暮らしのスタイルが逆転

で、こういった認識。実は僕だけではないだろう。というか、東京や神奈川に暮らす人間の多くが、クルマよりは歩きかチャリを使って、僕みたいにちょこちょこ買い物に行くというような、昔の「田舎暮らし」みたいなことをやっている。つまり、クルマが普及していない時代のそれのような……。

そう、ここには、クルマでイオンモールへ出かけ「東京」的=都会的消費生活を謳歌するローカルエリアの人間と、歩きやチャリで昔ながらの田舎的生活をする都会の人間という”逆転現象”が生じているのだ。

ということは、イオンモールが放つ「東京イメージ」は、実は、実際の東京とは別のところに存在するもの、と考えた方がよいだろう。そう、これは消費社会化、情報化によって出来上がった、東京とはあまり関係のない、メディアが振りまく「都会」を凝縮したヴァーチャル東京イメージ。だからこそ、僕は、ここまで、これを括弧付きで「東京イメージ」と表記してきたのだ。

東京より「東京」の方が、もはやデフォルト

イオンモールに対して「あれは田舎者が都会と勘違いしている空間だよ!」と、都会の人間が上から目線でローカルエリアの人間を見下すことは簡単だ。だが、イオンモールによってこういった都会=「東京イメージ」が全国のローカルエリア各地に成立し、それが大きな力を持っているという事実は、そういった都会人の自己満足的優越感で済まされる問題ではないだろう。いいかえれば東京ではなくて「東京イメージ」の方がもはや主役になっている状態なのだから。つまり、こっちのほうがウケている。だったらこのイメージは、僕らの空間意識、情報行動様式に重大な影響を与えていると考えなければならい?そう、ぼくらは今、生活空間の認識の仕方を根本的に変えつつあると言うことなのだ。では、それは何か?(続く)

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