勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2011年06月




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アップルのクラウド・サービス”iCloud”



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WWDCでiCloudの九つのサービスをプレゼンするS.ジョブス


クラウド・コンピューティングとは

”Appleが次期発売予定のMacBook Airで目論んでいるのはパソコンからハードディスク(以下HDD)を撤廃し、HDDの時代に終止符を打つこと。その決定打を打つために、現在発売を見合わせている。”

こんな前提でパソコン(この場合はノートパソコン)の未来について考えている。では、なぜ発売を見合わせているのか?それはMacBook Airが(というか、MacBook Airを含めた既存のアップル製品の全てが)iCloudという、OS X Lionと同時リリースされるシステム(無料)と接続することで、その機能を飛躍的にアップさせ、アップルがこれまでやってきたような電子メディアの次のブレーク・スルーを切り開こうとしているからだ。

iCloudとは、クラウド・コンピューティング・サービス(以下、クラウド)の一つ。とは言っても、これじゃあクラウドの意味がわからないので何を言っているのか解らない。

クラウドとはネット上にサーバーを置き、そこにユーザーがデータなどを置くことが出来るサービスだ。やや誤解を招きかねないが、最もあっさり説明してしまうと「インターネット上でのハードディスク・スペース提供サービス」ということになるだろうか。ユーザーがWi-Fiなどのインターネットに接続可能な環境で、いつでもこの「雲の上のハードディスク」にアクセスできるようになる。すでにDropBox、SkyDriveといったクラウドがあり、これらはある程度までは無料でこのサービスを受けることが出来る(一般的には使用する容量が増加すると有料になる)。

ただし、これらは現状では自前のハードディスクのサブ的なストレージとしての使用が中心だ。というのも、これらは使い勝手があまりよくないからだ。事実、現在AppleもMobileMeというクラウド・サービスを行っているが、評判がいいとはいえないし(有料!年間$99)、実際あまり定着していない。問題は「面倒くさい」こと。一定のインターバルをおきながら、任意にその都度データをクラウド上にアップする作業というのが、実は一番のネックなのだ。ユーザーは常にその存在を意識しなければならないからだ。

iCloudとは

この「面倒くささ」を解消するのがiCloudだ。
iCloudは九つの機能からなる。アドレス帳、カレンダー、メール、AppStore、iBook、アプリのバックアップ、書類管理、フォトストリーム、そしてiTunesだ。これらがクラウド上に置かれ、同じアカウントのマシーンに最大10台まで接続され、データが自動的に同期する。マックで作成したアドレス、カレンダー、メール、写真、アプリ、書類が他のマックやiPhoneやiPadに自動的に転送されるのだ(もちろんその逆も自動で同期)。たとえばiBook(iPhone、iPad、Macで電子書籍を購入、保存するアプリ)ならiPadで電子書籍を購入し、途中まで読んだところでブックマークしておいて、その続きをiPhoneやマックでブックマークを探して読むといたことが出来る。もちろん、このときユーザーは他のマシンに書籍を同期する作業をしてはいない。全てはiCloudが自動で行うのだ。つまり購入した本がこれら全てのマシンに自動的にインストールされ、しかもブックマークも付けられている。こういったクラウドを利用した手軽な同期によってブレイクしたサービスにはEvernoteがあるが、ここまで様々な機能の自動同期を手がけたものはない。 使用料金は、なんと無料!(もちろん、Apple製品を購入しなければならないけれど)。ちなみにMobleMeはiCloudの出現と平行してフェイドアウトする予定になっている。

さてこのiCloudがHDDのパソコンからの追放とどう絡んでくるのか……(続く)



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初代iMac。パソコンが家具になり、そしてフロッピードライブが消えた



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iMacの側面,USBとLANケーブル、モジュラージャック、オーディオ端子の組み合わせ。ADBもSCSIもない。というか、今と同じジャックが並ぶ。



”Appleが次期発売予定のMacBook Airで目論んでいるのはパソコンからハードディスク(以下HDD)を撤廃し、HDDの時代に終止符を打つこと。その決定打を打つために、現在発売を見合わせている。”
こんな前提でパソコン(この場合はノートパソコン)の未来について考えている。しかしパソコンからHDDを取り除くというのは、クルマからタイヤを取り除くことに等しいくらい抜本的な変更になるのだが……。

アップルがしてきた数々の”コペルニクス的転回”

アップルは、これまで、こういったパソコンのブレーク・スルーを何度も繰り広げてきた。AppleⅠによってパソコンというカテゴリーを立ち上げたこと、マッキントッシュの発表によってGUI=ウインドウ+マウスというパソコンの使い方を示したこと、Apple talkによってLANの考え方を示したこと、iMacによってパソコンを家具と位置づけたこと、iPodによって携帯音楽プレイヤーの新しい世界を示したこと、iPhoneによって電話を“再発明”したこと、そしてiPadによって書籍のカテゴリーを変えてしまったこと……こういったコペルニクス的転回、アップルには実に多いのだ。

ここでは、このHDD廃止コンセプトと同軸上の展開をしたものとして、上にあげた中でiMacの発売について考えてみる。

iMacの隠れたブレーク・スルー

97年、AppleがiMacを発表したときのこと。人々はそのファッショナブルな筐体に驚いたが、その陰で驚くべきことを実行していた(そして、実は、こちらの陰の功績の方が後のパソコンの有り様に重大な影響を及ぼしている)。ADBポート、SCSI、そしてフロッピードライブという外部接続用の端子が全て廃止されていたのだ。ADBとSCSIの代わりに採用されたのがUSB、フロッピーの代わりはCD-ROMだった。またEther-net(LANケーブルのジャック)もパソコンとしては初めて標準装備されたのだが、これらについては当初は非難囂々という状態だった。これまで使っていた外部接続ディバイスを全て撤廃してしまったのだから、無理もない(とりわけ、当時主流だったフロッピードライブの廃止には非難が集中し、その後サードパーティから相次いで外付けのドライブが発売されている)。しかし、これが今やパソコン全体の標準装備になっていることは言うまでもないだろう。そう、この時、パソコンのキモであった外部ディバイスのほとんどを置き換えてしまったのだ。モジュラージャックを除いては(これも2007年には廃止されている)。でも、今やその置き換えたものがキモになっている!

つまりAppleが35年に渡って、やってきたことはパソコンのこれからのあり方の提案だった。そして、今度は、やはり現在パソコンの記憶装置の主力であるHDDを無くそうとしているのだ。

では、どうやって?……それがiCloudというコンセプトに他ならない。




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Macの薄型ノート”MacBook Air”


MacBook Airというパソコンのブレークスルー

iPhone、iPadが好調で、Appleの業績は発表のたびに過去最高を記録し続けている。この二つのブレーク・スルーに押されてAppleのパソコンMacの売り上げも好調で、前年比30%増程度の販売を達成している。ただしMacの売り上げ増の原因は必ずしもiPhone、iPadの波及効果というわけではない。この業績の裏にはMacBook Airというもう一つの牽引車の存在がある。Mac販売台数の中でも飛躍的な伸びを見せたのがMacBook Airなのだ。今回はこのMacBook Airとハードディスク(以下HDD)を関連づけながら、二つの未来について考えてみたい。

とにかく軽く

MacBook Airは薄型ノートパソコン。13.3inchは1.32kg、11.6inchに至っては1.06kgという軽さを誇る。この徹底した軽量化については三つの対策が採られた。

一つは、これは他のMacノートパソコンにも採用されているが、ユニボディ(一体化構造の筐体)という考え方に基づく設計だ。筐体を、パーツをつなぎ合わせるのではなく、アルミ一枚から削り出す、しかもプレス加工による筐体強度の低下を防ぐためにプレスを極力廃し、その代わりに水でアルミを切り刻むというという作業を採用することで、薄く、軽く強靭な筐体の製造を可能とした。またバッテリーを完全内蔵型とし交換を不可能にした。バッテリーを交換可能にした場合、スペースを取るだけでなく、取り替えのためのフタを設けなければならないので強度が落ちてしまうのだ(その代わり、劣化による交換を防ぐために長寿命バッテリーを採用している。公称では1000回充電でも初回使用の80%の能力を維持する。これは通常のバッテリーの三倍の寿命という)。

二つ目はDVDドライブの廃止だ。これによってドライブの重量分の軽量化と前述したユニボディ化への寄与が可能となった。ただし、これではDVDを使えなくなる。とりわけOSのインストールなどは困難を極める。そこでドライブをオプションで用意するとともに、OSについてはUSBメモリーのかたちでOSを製品にバンドルさせた。

そして三つ目がハードディスク(以下HDD)の廃止だ。SSDドライブ(フラッシュメモリー)に代替させることで、これまたスリムアップを図ったのだ。

軽量化がもたらす副次的効果

こういった徹底した軽量化は、翻ってノートパソコンとしてのモバイル性を向上させることにも寄与することになる。まずスピンドル(=モーター駆動部分)を必要とするDVDとHDDを廃すことで、バッテリーの消費量を抑えることが可能になる。公称でバッテリー駆動時間が5時間、スリープ状態で30日間という長時間利用が可能になった。だが、実際には使い方次第でこれ以上にバッテリーを節約することも可能になっている。というのも、駆動部分がないことによって電力を多く消費する部分がディスプレイだけになったからだ。たとえばディスプレイの照度を下げ、電力消費量の少ないアプリケーションを使っている分には、実は公称時間以上にパソコンの使用が可能になる。僕のようなテキストベースでの使用だったらアダプターを持ち運ぶことなく、パソコンを一日中使用することが可能だ(動画とか扱わない限りだが)。

また、SSDはフラッシュメモリーなのでアクセススピードがハードディスクに比べて圧倒的に速い。MacBook Airはモバイルに最適化された省電力型のCore 2 Duo(1.4GHz/1,6GHz)プロセッサを採用しているが、これは性能的にはチープ。ところがSSDのため、そのことが感じられない。その恩恵を受けてパソコン本体、アプリケーションの起動が上位機種よりも圧倒的に速いのだ。またテキスト入力、ファイル操作、WEBブラウジング、Officeの利用もサクサク。動画やゲームでなければきわめて快適なスピードで作業が出来る。僕はMacBook Proも持っているけど、Airの速さにはビックリする。

ハードディスクがないことのデメリット

ただしHDDをSSDに置き換えたことのデメリットは、当然ある。先ずなんと言ってもディスク容量が足りないこと。オフィシャルには選択肢は64GBと128GBしかない。これじゃ、ほとんどなんにも入りません。とりわけ動画、画像系は正直、かなり苦しい(もし大容量のSSDに換装できたしても500GBで10万はするので、購入する意欲は当然萎える)。そこで結局、外付けドライブを購入して、これを持ち歩くということになる。僕の場合、音楽だけで100GBくらいはあるので、これをこれっぽっちの容量にぶち込むのは到底無理。 そこでポータブルHDDを持ち歩いているのだけれど、これが200g。重さはともかくとして、がさばる、USBにその都度、抜き差しする、コードにぶら下げると言った作業がはっきり言ってめんどくさい。だから結局、 データを分類して、本当に必要な分だけをMacBook Airに入れ、それ以外を外付けHDにということに。具体的には書類データは本体に、音楽データとが動画・画像データをHDDに収納する。なおかつ、最近では書類はEvernoteに置いてクラウド化しているのだけれど。

とはいってもやっぱり面倒くさい。HDDを忘れたときなどは、音楽を聴こうにも聞けないし、必要な画像データも取り出せないわけで。

なぜ新製品がリリースされないのか

こういったハンディがあるにもかかわらず、MacBook Airは売れに売れている(価格が安いことも魅力の一つだ。2008年に売り出されたときの価格は20万円以上。それが現在11万8800円から。11inchモデルなら8万8800円からと半額になっている)。そして、新製品を待ち望んでいるファンも多い。

で、六月末にそろそろ新製品が発売されるのではという噂が流れたが、どうも残念ながらまだリリースされていない。僕は、このAppleの”じらし”が、実はある意味を持っていると踏んでいる。それは僕も含めてMacBook Airユーザーが抱えている悩みを一気に解消することをAppleが目論んでいるのだと。つまり、それはディスク容量の少なさの解消だ。

HDDの終焉を狙う?

ではMacBook Airユーザーのディスク容量不足解消の手段はSDDの大容量化か、それとも超軽量のHDDを搭載か?……いや、こういった“付け焼き刃”的なブレーク・スルーでは、もちろん、ない。そうではなくて、もっと画期的な文字通りのブレークスルーだ。しかも、MacBook Airについてではなく、コンピューターの有り様を根本から変えようという、より大きな目論見の中の一つなのだけれど。

それは、

「パソコンからHDDを廃すること。HDDの時代を終焉させること」

僕のように外付けドライブを装着することをやめさせるだけでなく、ノートパソコンの全てからHDDを無くしてしまおうとアップルは考えているのではなかろうか。そして、その”トロイの木馬”としてMacBook Airの新型をリリースする。ただし、現在はまだ時期尚早。だからちょっと待っている。そのリリースの最適な時期とは、あるもののリリースと同時ということになるのだが……それは何か?(続く)



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『ドンドン話すための瞬間英作文トレーニング』(森沢洋介、ペレ出版)。英語学習法のツボを押さえた学習書。中学英語を声を出すことで系統的、勝身体的に学習出来る。



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『おかわりスラスラ話すための瞬間英作文シャッフルトレーニング』(同)。このシリーズは『どんどん』と『スラスラ』で学習が完成するようになっている。オススメは『どんどん』(1冊目)と『おかわりスラスラ』(4冊目)(上の2冊)の組み合わせ。


英語の回路を作り上げる

学習においては(ここでは英語を取り上げている)、かつての寺子屋方式にすることによって、その効率をアップ出来ることを指摘しておいた。つまり、寺子屋が教えてくれる学習方法の鉄則は「情報量を限定し、少ない情報を繰り返し様々な文脈に流し込むことで、学習の進捗度をアップさせる」で、この鉄則に基づいて、その具体的方法について展開してきた。前回までは文法だったが、今回からは英語を総合的(英会話とリーディング)に学ぶ方法の一つについて述べてみたい。

おさらいになるが「情報量を限定してその質を上げる」というのは、言い換えると情報を身体化させる、つまり意識を無意識化させる、あるいは経験的文脈の中に流し込むという作業に集約できる。前回は文法について「『とってもすっきり英会話』(永山泰士、旺文社)+問題集十番勝負」という組み合わせによって可能になることを示しておいた。

瞬間英作文シリーズを使う

で、今度は英語の総合学習だが、これについては森沢洋介『瞬間英作文』シリーズ(ペレ出版)を利用する。本シリーズは四冊からなる。1.『ドンドン話すための瞬間英作文トレーニング』、2.『スラスラ話すための瞬間英作文シャッフルトレーニング』、3.『おかわりドンドン話すための瞬間英作文トレーニング』、4.『おかわりスラスラ話すための瞬間英作文シャッフルトレーニング』で、まあ全てをやってもいいけれど、費用対効果的には1と4の組み合わせをオススメする(2は失敗作。付属のCDが後半から英文だけになってしまっていたり、問題文が突然難解になって初学者はついて行けなくなる。まあだから「おかわり」シリーズを追加で出したんだろう。実際、2より4のシャッフルトレーニングの方が洗練されている(だから2は四冊目にするべきだ)。ちなみにこの問題集は推敲が雑で誤植があったり、明らかに英語の表現としてはおかしいものがあったりするのだが、そういった“些末”な欠点を十分フォローして余りあるだけの学習効果が規定できる)。

このシリーズは見開きで左に短めの日本語英作文が10問並び、右ページにその英文が掲載されている。付属のCD(2枚)は、はじめに日本語が読まれ、しばらくブランクをあけて、その後に英文が流れる。つまり利用者は日本語を聞いて英作文し(書き出すのではなく声に出す)、その答えを言い終わった後に答えを聴くという仕組みになっている。

中学英語のみだが、バカにしてはいけない!

難易度は文法単語ともに中学英語レベルに限定されている。『どんどん』編は文法の単元ごと(中一レベルから順にレベルが上がっていく)に問題が並ぶ。たとえばシリーズ1の最初の単元は中一レベルの”thisとthat”で、全てbe動詞の文章だけ。ちょいと紹介するとこんな感じだ。

This is a good book.
This dictionary is good.
Is that an interesting book? Yes,it is.
Is that book interesting? No it isn’t.
This is not right.
That is not a real flower.
This soup is not very tasty.
Is this salt or sugar? It is sugar.
Is that woman French or Italian?She is French.
Is that man Japanese or chinese? He is Japanese.

文法内容はthis,that(名詞+形容詞)、be動詞、not~very、A or B、不定冠詞の運用といったところしかない。こんな簡単なことをやるのはバカバカしいと思うかもしれないが、これを僕のところの偏差値48の学生たちはつっかえつっかえやっている。つまり、こんな本当に初歩の文法まで身体化していない。48という偏差値は、もうちょっとで50なわけだから、大学生の英語の平均レベルがだいたいこれくらいということになると考えていいだろう。で、これをCDを聴きながらくどくどやる。で、このテキスト、実際教科書を使うことはほとんどない(高校まで一通り英語に取り組んできた人間なら文の確認用という役割になる)。肝心なのはCDの方で、これをiPodとかに入れてやる。つまり、日本語が出たら英語の答えが出てくるまえにこっちが英文をそらんじられるようにする。やることはこれだけ。つまり英語を身体化させ、まさに「瞬間英作文」出来るようにクドクド聴き、クドクド話す。考えなくても答えが口から勝手に出るようになったら完成だ(だからトレーニングのためにiPodは必携。出来ればいつでもやれるようにiPod Shuffleがいいだろう)。

ただし、2~3年のレベルとなると、中学と言ってもそれなりに難しいと感じる人も居るだろう(かなりの大学生は、この程度の英語でも、すでに錆びついていて、うまく口が回らない)。ちょっとCDだけでは難易度が高そう、つまりうまく口で言えないようなら、その時は先ず教科書を見ながら、内容を理解しつつ、音読することからはじめよう。

最低二冊やらないと意味がない

だたし、このテキストは一冊では作業が完了しない。これは『どんどん』と『スラスラ』がセットになって初めて効果を発揮するようになっているからだ。とりわけ『スラスラ』がミソ。これは『どんどん』で文法ごとに系統立てて学んだ英文がシャッフルされて、つまりバラバラに並べられているだけのもの。もちろんCDもついている。で、要するにこれは「『とてすき』+問題集十番勝負」の組み合わせと同じ。『どんどん』で定型パターンを覚え、『スラスラ』でバラバラに出てくる文法に反応できるようにすることで、文法の型の柔軟な運用を身につけるわけだ。

二つのルールを守ること

これも念のためにお断りしておくけれど、この二つは必ず守って欲しい。

一つは声に出してやること。黙読は絶対ダメだ。要するに口が覚えなければ意味がない。まあ、通勤車内でこのトレーニングをやっていると、周囲から白い目で見られるかもしれないが、英語の学習と思って恥を承知で無視しよう。

もうひとつは、必ず『どんどん』→『スラスラ』の順番でやること、そして『どんどん』が瞬間英作文化(つまり、考えなくても、日本語を聴いたら、ほとんど口から英語が自動的に出てくるような無意識化が、ほぼ完成していること)していない状況で『スラスラ』に手を付けないこと。ちなみに『どんどん』の習熟度で『スラスラ』の能率は全然違ってくる。「急がば回れ」の清新でやっていただきたい。

この二冊を身体化したとき、自分の中にかなり驚くべきことが起こっているはずだ。まず、中学校の英語文なら聴いただけで、ほとんど考えることなく意味が英語レベルで理解できるという身体が出来上がっている。また、テレビで流れてくる英語が断片的にだがわかるようにもなる。でも、一番驚くのが、自分が英語で何かを表現したいとき、考えるよりも先に口が勝手に動き始めるという状態が誕生していることだろう。

ダマされたと思って、やってみて欲しい。(続く)


問題集十番勝負~リズミカルかつスピーディに問題集をどんどんやる

ここまで学習方法(ここでは英語を取り上げている)を、かつての寺子屋方式にすることによって、その効率をアップ出来ることを指摘しておいた。つまり、寺子屋が教えてくれる学習方法の鉄則は「情報量を限定し、少ない情報を繰り返し様々な文脈に流し込むことで、学習の進捗度をアップさせる」というものだった。そして前回はこの英語学習実践として、まず「英文法の学び方」についてその前半を紹介した。それは『とってもすっきり英文法』(永山泰士、旺文社、以下『とてすき』)をクドクドと音読しながらやる(=サイクル回し)というものだった。

但しこれは、あくまでも前半。これだけだと『とてすき』以外の問題をやったとき、イマイチ出来が悪いという事態が発生する。というのも『とてすき』のパターンの方にむしろ馴染んでしまっていて、この時点では、英文法それ自体の応用がまだうまく利かないからだ。

そこで、後半の作業が登場する。『とてすき』のサイクル回しが終了したら、今度は「問題集十番勝負」をやって、仕上げるのだ。これは、問題集を買ってきて、スピーディにドンドン解いていくというトレーニングだ。「十番勝負」とは言ったけれど、実際には5冊位やれば十分。問題集は簡単な方からだんだん難しい方へと並べていく。ただし、この問題集はあくまで中学の学参の域を超えてはならない(高校や大学の学参に触れるのは情報量が膨大になるので御法度)。で、なんとこれを一日一冊でやってしまう!「えっ!そんなことできるのか?」と思うかもしれないが、『とてすき』でサイクル回しを完成していれば、一日で全部やるなんてのは実はものすごく簡単だ。で、このときはドンドン書き込んでしまう(もちろんサイクル回しを終えた『とてすき』の早さにはとうていかなわないけれど)。問題集に出題されている問題はすでに『とてすき』で、さんざん経験済み。そのパターンを変えたものに過ぎない。だから自分でも不思議なくらいドンドン、リズミカルかつスピーディに進んでいく。で、これが結構キモチイイ。だから、思わず次の問題集を購入するモチベーションも沸いてくる。( ベストは、文法内容がバラバラに並んでいる総合的な問題集なんかがあればよいのだが、これがほとんどない!高校の過去問題集とか、普通の問題集を山ほど買ってきて総合問題だけやるとかという方法しか今のところはないのが残念!大人だったら財力にものを言わせて問題集を「大人買い」し、総合問題だけをやるという方法もある)

そして、この時、引っかかったところがあったら、そこの場所は赤でチェック。一通り終わった後で、赤のところをゆっくり何回かやって、ここだけサイクル回しをする。で、それが終わったら次の問題集。あとは同じことの繰り返しだ。そして五冊目くらいで、そろそろこのやり方に飽きが来るようであれば、中学英語は文法に関しては完成ということになる。

さて、この学習法が、寺子屋式と全く同じであることがご理解いただけただろうか。つまり『とてすき』をクドクドやることで「書百遍、意自ずから通ず」ということになり、さらに「問題集十番勝負」をやることで、教科書を何度も書き写したり、文章を書いたりしていく中で、そのパターンを文脈の中で覚えていくことと同じ”情報の運用練習”(文法を文脈に流し込んで運用方法を身体的に学ぶ)になるのだ。そう、これは情報量を限定し情報の質を上げる、言い換えれば意識の無意識化を行う作業に他ならない。

こういった学習方法、実は僕たちはすでにあちこちで実践している!

そして、実は勉強以外に、僕たちはこういった学習方法をあっちこっちでやっている。ただし、そのことに気づいていない。その典型的な例はテレビゲームだ。テレビゲームはひたすら同じことを繰り返していく中で、ドンドンレベルアップを図っていく、”ものすごく少ない情報をクドクドやらされ身体化させていく”作業だからだ。たとえば、あなたがRPGの初心者で、誰かが途中までやってセーブしていたゲームの続きを引き継いだらどうなるか?あなたは、これからはじめるステージの前のところを一切やっていないので、たちまちのうちに進まなくなることは必定だ。つまり、ここのレベルに来るまでやっていた人の経験=情報の質を獲得していない。だから出来ないわけで……。

ということはテレビゲームというのは「学習のプロセスを学ぶ遊び」なのだ。言い換えれば、ここで展開してきた英語の勉強と全く同じもの。ただしゲームの場合は自発的にやって、しかも楽しさがまず最初にあるので、学習していることに気づかない。一方、英語は、あくまで「勉強」と位置づけるので「やらなければ」という要請が働く。だから楽しくない。

英語勉強をゲームにしてしまおう!

で、ここで提示した学習方法、実は英語勉強のゲーム化なのだ。ここまで解説してきた学習方法をダマされたと思ってやってみて欲しい。最初の『とてすき』の部分はなかなか大変だが、これを乗り越えてしまうと、かなり楽しくなってくる「問題集十番勝負」なんてのは、やり慣れたゲームをまたやるみたいな感覚になって、”ヒマつぶしに中学入試の問題集をやる”なんて遊び感覚にすらなってくる(ホントに10冊やるヒマ人もいる。ちなみに、あんまりやり過ぎると本当にヒマつぶしになる。つまり費用対効果が低くなるので、次のステップに行った方がいい)。人間、スラスラとコトを運ぶことが出来るのは快感なので、こうなってしまうのだけれど。もちろん、これが楽しくなるかどうかは『とてすき』を、どれだけサイクル回ししたかによって決まってくる。

さて、これが文法のやり方。ちなみに、これが出来れば、あなたの大学受験英語の偏差値は、文法についてはすでに50台後半~60くらいにまで達しているはずだ。

「えっ!だって中学の文法でしょ?」

そんなことありません。これだけやれれば、大学受験はこれに単語の数を増やせばあらかた終わりというくらいになっている。まずは、基礎を確実にやりましょ、基礎を!

次回は、英会話を含めた英語の学習法について展開しよう。(続く)

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