(東京中日スポーツの一面。優勝した安藤より浅田の背中の方が大きい)
四大陸選手権での安藤未来のメディアでの扱い
フィギュアスケート四大陸選手権女子で安藤美姫が優勝した。で、ここでの報道が実におもしろい。フジテレビの中継ではもっぱら浅田真央が映され、女王=浅田真央とその周辺という感じの報道のされ方だったのだ。もちろん、浅田が昨年優勝しているという点からすれば「女王」という名称は間違っていない。しかし、今シーズン浅田は絶不調、一方、安藤は絶好調で、どうみても日本の女子フィギュア界での女王の立場は逆転している。でも、そんなことはおかまいなしである。これは、他メディアでも同様で、翌日のスポーツ新聞では安藤が二百点越えという快挙を果たしたにもかかわらず、一面を飾ったのが必ずも安藤ではなく浅田だったのだ。もっともすごかったのがスポーツ報知で一面全部が二位の浅田だったのだ(安藤は映っていない)。一方、面白かったのは東京中日スポーツで、確かに優勝した安藤が一面にデカデカと映し出されているのだが、そのシーンが浅田と抱擁する写真。安藤は浅田の後ろ姿に隠れて顔しか見えていない、一方で浅田の後ろ姿がバッチリというものだったのだ。浅田は「浅田真央」ではなく「まおちゃん」だ
で、こういった「偏向報道」は、いうまでもなく浅田の人気が絶大であることに由来する。浅田真央という存在は僕たちオーディエンスにとっては「浅田真央」という生身の人間ではなく「まおちゃん」という記号的存在。その記号内容はといえば、日本国民の娘、日本国民の妹といったところになるのだろうか。オーディエンスがまるで彼女の庇護者のように発言や演技に一喜一憂する。一方、安藤は「ただのフィギュアスケート選手」。いや、場合よっては「したたかな女」という記号でさえもある。ならばメディアとしては安藤を取り上げるよりは浅田、いや「まおちゃん」を取り上げる方が視聴率、発行部数を稼ぎ易い。いいかえれば、浅田は「まおちゃん」という虚像=記号を勝手にメディアによって付与されているわけで……ひょっとしたら彼女が不審からなかなか立ち直れないのは、この商品としての記号の重圧に押しつぶされているからかもしれない。つまり「まおちゃん」が「浅田真央」を苦しめている?ちなみに、安藤は商品としては使えないので、今後勝ち続けたとしてもスルーされるだろう。でも、もし浅田が復活するとことがなかったならばメディアはどうすればいいのだろう?実は、メディアは蒙古のことを考えて手を打っている。次の存在としての村上佳菜子をすでに準備しているからだ。しかもこれを浅田の継承者として、二人の親密な関係をクローズアップする形で。すでに、村上に対する報道が安藤よりも圧倒的に多いのはご存じだろう。こちらは「元気いっぱい」で「ノリノリ」の記号性あふれる存在。近々にも浅田の「まおちゃん」に相当するニックネームが与えられるはずだ。浅田も安藤も、そして村上もメディアにとっては記号でしかない
で、実際に浅田が復活できないとすれば、メディアとしては、いわば「賞味期限切れ」。とっととポイして、晴れて村上に乗り換えるというわけだ。しかも、村上には「まおちゃん」の財産を全部継承させるという手続きを取って。そして、安藤はやっぱり注目されないわけで(そういえば、最近、安藤にはニックネームの「ミキティ」という表現が使われなくなっているなあ)。つまりメディアは注目すべき記号として浅田を執拗に持ち上げ、一方で注目すべきではない記号として安藤を執拗に取り扱わない。メディアにとって必要なのは浅田、安藤本人ではなく、彼女たちに付与された記号性なのだ。そして、これはもちろん、村上も例外ではないのである。