勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2010年05月

アルバム独自の楽しみは

もし、 “アップルのiTunes Storeが定額聴き放題サービスをはじめたら”という前提で考察をすすめている。

とはいっても音楽配信だけではレコードやCDが培ってきた楽しみ全てが満たせるわけではない。レコード・CDの独自の楽しみとは?ここでは二つほどあげておこう。

CDを所有することの喜びは?

一つは物理的媒体を所有すると言うこと。つまりレコードやCD,ジャケットというかたちあるものをコレクションする楽しみだ。ただし、こういう所有欲は世代と共に薄れていく可能性が高い。かつては大事に保管されていたマンガや雑誌も、今や読み終えたら破棄されるという時代。マンガなどは破棄されることを前提とした安普請な装丁になっていたりもしている。

歌詞やライナーノーツは?

もうひとつはパッケージのコンテンツが持つ楽しみだ。ジャケット、歌詞、ライナーノーツといったものがこれにあたる。ただし、これも解決手段はある、というかすでに実行に移されている。まずジャケット。iPhoneやiPod Touchを利用している人間に対しては説明の必要もないだろうが、演奏中はディスプレイにジャケットが表示されているのだ(裏ジャケはないが)。では歌詞やライナーノーツはどうか。これも歌詞については対応しており、全てではないが、再生時に歌詞が表示されるものもある。あるいは歌詞をソフトウエア的にダウンロードするソフトも存在する。

さらにライナーノーツはどうだろう。実はこういうCDやレコードが備えていた音楽以外の楽しみの部分を取り込んでミュージックライフの彩りを添えるような機能を加えようとしているのがアップルのディバイス・iPadだ。iPadにはiTuneがインストールされているが、ITMSからのダウンロード時にこれらの周辺的楽しみを同時にダウンロードできるようにしておけば、iPadでiTuneを操作しながらライナーノーツや歌詞を楽しむことが出来る。このときiPadはレコードのジャケットの役割を果たすようになる(iPadはiPhoneやiPod、CDより遙かに大きくジャケットを表示できる)。いや、場合によってはここに写真集やビデオとかのコンテンツを付ければ、それはレコードやCD以上に楽しめる楽曲のオマケとなるのだ。恐らくこんなオマケのサービスも、早晩開始されるだろう。

ではCDはどうなるのか?

それではこれまで主軸であったCDは、そしてレコード店はどうなるのか。おそらく、そのほとんどが消滅するだろう。それは傘がオートメーション化され大量生産されるようになって傘修理がなくなったこと、ケータイが普及してポケベルがほとんど消滅したことと同じだ。機能がかぶってしまえば、不便な方が消滅するのは必定の成り行き。だからレコード店などは消えて行かざるを得ない。

ただし、完全消滅と言うことにはならないだろう。というのもCDは、やはり音質的にはダウンロードの楽曲を凌駕する。iPodくらいではそのさはほとんどわからないが、高級なオーディオで試聴してみると、素人でもわかるくらいその差は歴然とする。ということは、一部のオーディオマニアたちがこれを買い求めることになるだろう。たとえばジャズやクラッシックに造詣が深く、オーディオにも数百万円以上を平気でつぎ込んでいるようなマニアたちだ。逆に言えば、こういうマニアに向けてCDはもっと高音質化し、装丁もゴージャスにして販売することで付加価値を加え、荒利をあげると言うことが考えられる。ただし、こういったマニアは少数なので、これに対応するかたちでごく少数のCDやレコード店が残存するようになると言うことなのだけれど。

ということはレコード会社のCD・レコード販売の事業はほとんど壊滅するわけだ。しかし、である。それでも音楽産業が潰れるということは無いだろう。なぜか?(続く)

実は音楽産業はサブスクリプション・サービスに参入した方が儲かる

もし、 “アップルのiTunes Storeが定額聴き放題サービスをはじめたら”という前提で考察をすすめている。

独立変数がiPod、つまりiPodとiTunesを前提として音楽業界が動くということがデフォルトになれば、音楽産業は、これを取り込む方法しか商売の仕方はない。そこで俄然、注目を浴びてくるのが、実はITMSによるサブスクリプション・サービスの開始なのだ。前述したように、iTuneStoreでストリーミングサービスのみなら月額1000円、ダウンロードサービスを含めた婆合い2000円という価格設定をしたとしよう。これにiPodユーザーを4000万人、このうちの4割程度がサブスクリプションのダウンロードサービスに加入すると想定すると2000円×1600万で月額320億の売上高が見込めることになる。これを年間の売り上げに換算すれば3840億となる。一方、現在の音楽ソフトの売り上げが3500億程度。この資産なら売り上げだけでもサブスクリプションに転じた方が利益は出る。

いや、サブスクリプション・サービスの場合、配信すればよいだけなのでハード、つまりCDやレコードのような物理的媒体を必要としない。これらを製造するコストはゼロになる。つまりインフラも大幅に少なくなる。だから当然、このサービスから得られる純利益はCDを販売するより効率がよい。つまり,営業利益はサブスクリプション・サービスにした方がはるかに儲かるのである。

著作権も守られる

さらに、ここでCDの普及によって悩まされていた著作権の問題がクリアされるのも利益の平等分配という点から有利だ。

まずiPodの方だが、ITMSからダウンロードされたものはコピーの回数が決められている(FairPlay(DRM=デジタル著作権管理)技術によって制限されている)。だから数十台のマシンへと言うのは無理。ダウンロードした楽曲を友達に次々とコピーさせるというわけには行かないのだが、これを踏襲すればよい。

しかし,これ以上にコピーを防止する手段がある。ユーザー=リスナーがコピーする意欲を殺いでしまえばいいのだ。それがサブスクリプション・サービスの料金を定額、そして低料金に抑えてしまうこのなのだ。定額サービスは前述したように払っている気がしなくなる「タダ感覚」涵養するので、ユーザーはレンタル店や友人・知人からディスクを借りるより、こちらの方が手間がかからなくていいという感覚になり、当然こっちを選ぶ。これによってコピーするという行為への志向性が失われるというわけだ(だから前述したようにTSUTAYAはCDレンタルを縮小、閉鎖する)。

と、こんなふうに考えても、サブスクリプション・サービスを音楽流通手段にしてしまった方が儲かるのである。しかも月極なので音楽産業としては収入も安定した状態で確保できる。そして,収入が安定していると言うことは,事業展開も健全になる。だからこそ、どんどんこういったシステムに移行すべきだと僕は考えるのだ。(続く)

音楽産業はどーなる?

もし、 “アップルのiTunes Storeが定額聴き放題サービスをはじめたら”という前提で考察をすすめている。

でも、こんなことになれば音楽業界は潰れてしまうのでは?と思われるかも知れない。ところがそうはならない。もちろん現在のような構造の維持は不可能だ。つまりレコード店の多くが撤退を余儀なくされるし、CD市場も大幅に縮小するだろう。そこで必然的に構造の転換と、こういったサブスクリプション・システム(=音楽聴き放題サービス)の音楽業界への参入を余儀なくされるということになる。

コピーの横行に伴うCD売り上げの減少

CDという重要な商売道具を取り上げられてはたまらないと考え、現在、音楽業界はこういったサブスクリプション・サービスにはこぞって徹底反対している。だが、サブスクリプション・サービスの展開は、むしろ音楽市場を豊かにする可能性が高い。

現状でのCD販売状況を考えてみよう。CDの売り上げは98年をピークに年々減少傾向にある。たとえばアルバムは98年には年間3億枚の売り上げがあったが、2009年には1億6500万枚と半分近くに落ち込んでいる。この理由は言うまでもなくコピーの横行にある。コピーはもちろん著作権法違反であるが、そんなことはほとんどお構いなしに一般的な行為として普及している。技術的に可能な状況が創り出されているからだ。しかもほとんどタダ同然の経費で。知人・友人、あるいあレンタル店からCDを借りてくれば、あとはパソコンのドライブに入れるだけなのだから。しかも生CD一枚が、今や30円程度。ようするに友人から借りてくれば、そっくり同じアルバムが30円で手に入るのだ。レンタル店もコピーこそ禁じているが、なんのことはない、TSUTAYAのレジ・カウンターの前には生CDが積まれて大っぴらに販売されている。なにをかいわんや、である。

こうなると、CDはコピーされることが基本的には前提になる。しかも一枚がかなりの人間にコピーされるわけで、音楽産業としてはこれではあがったりだ(レンタル店は著作権料を払ってはいるが)。そして,実際そうなっているのが現状だ。言い換えれば料金徴収システムが破綻しているのだ。その結果がCDの販売数の落ち込みというわけなのだ。だからJASRAC(日本音楽著作権協会)はコピーの防止に躍起になっているのだが……。

iPodがある限りコピープロテクトはかけらない事情

コピーを防止することは技術的には可能だ。ただし、もはやコピーという行為を止めることは難しい。たとえば十年ほど前Avexなどがコピー・コントロールを自社の発売するCD 全てに施した (こういったCDはCCCDと呼ぶ)ときに起こった事態は、このことを裏付ける。Avexはこれによって売り上げを二十パーセントほど落とすことになったのだ。というのも、コピー・コントロールをかけると、コピーこそ出来なくなるが、当然ながらパソコンを通してCDをコピーするiPodにも落とすことが出来なくなる。ちょうどiPodが普及しはじめた頃だったので、コピー・コントロールをかけると言うことは販売に直接影響するという事態を招いてしまったのだ。つまり、iPodというツールで音楽を聴くというスタイルが出来上がっている以上、CDからコピーできないというのは死活問題になるのだ(実際には,やろうと思えばパソコンでコピーも可能であったが、作業が手間取ったこと、そしてこういった触れ込みが購買意欲を低下させたことは確かだった)。時は既にiPodの天下になっていた(また、それにiPhoneが追い打ちをかけた)のだった。

ということは,iPod=iTunesがベースになって,音楽産業はその構造を変容させることを余儀なくされていくことになるのだ。しかし、それは業界のサバイバルと,果たしてどうやって繋がっているのだろうか?(続く)

音楽産業が根本的に変わる

もし、 “アップルのiTunes Storeが定額聴き放題サービスをはじめたら”という前提で考察をすすめている。この”パンドラの箱”をアップルが開けてしまえば、音楽業界もまた根本的にその構造を変えざるを得ないことになる。

まずこれまでのハード・メディアによる音楽提供というスタイルがほぼ終焉する。音楽の所有手段についてはこれまでハード・メディア、つまり何らかの物理的媒体を介することでわれわれに提供されていた。レコード、テープ、MD、そしてCDといった記録媒体に乗せて販売されていたのだ。ところが、サブスクリプションという技術は、当然のことながらこういった物理的媒体の経由を必要としない。ネット上の音源から直接ダウンロードしてくるからだ。

もっともこの物理的媒体を経由しないスタイルはすでにITMSでは開始時から実現している。一曲150円程度、アルバム単位での購入は1500~2000円程度でダウンロード販売を行っているからだ。しかしこの販売方法ではCDなどの物理的媒体を市場から駆逐するには至っていない。依然としてCDは広く販売されている。だが、その理由は簡単。「高い」というイメージがあるからだ。もちろんCDそれ自体を購入するよりは安い。CDだと2500円以上する(輸入盤だともっと安いが)。それでも,ダウンロードによる購入を「高い」と感じさせるのは、ネットからわれわれが情報を入手する際の感覚に基づく。「ハード・メディアに依存しない情報は基本的にタダ」という認識だ。そしてディスク以外の物理的媒体(ケースやライナーノーツ)に対するフェティシズムもある。いいかえれば物質としては存在しないものへの課金には抵抗があるのである(だからこそコピーすることにあまり罪悪感を感じないわけなのだけれど)。またCDのファイルの形式はAIFF、ITMSはAACで音質的にも劣るという点にも抵抗がある人間がいる(ただし一般人には、その音の違いはほとんどわからない)

バイキング=パケ放題感覚

ところがサブスクリプションの場合、一旦課金してしまえばやりたい放題なわけで、こうなるとむしろバイキング・レストランの食事のような感覚がもたげてくる。一旦まとめて払っているので、あとはどれをどんだけとろうがタダみたいな認識だ(ケータイのパケットし放題の感覚と同じね)。そして月々のサブスクリプション料金支払いのため、電話や電気の基本使用料金みたいな感覚になり、実質上、課金していること忘れてしまうのだ。つまり現在のITMSのシステムとサブスクリプション・システムに対してのわれわれの根本的な認識の違いは「タダ」という感覚があるかどうかなのである(言うまでもなく、後者がタダ感覚を助長する)。で、タダ(実際は月極課金)ということになれば、突然、ジャカジャカとダウンロードしはじめることは目に見えている。

でもそんなことになったらCDは売れなくなるわけで,音楽業界は壊滅するんじゃないのか?いやいや、そんなことはない。(続く)

音楽の聴き方が根本的に変わる

“アップルのiTunes Storeが定額聴き放題サービスをはじめたら”という前提で考察をすすめている。

もしそんなことになったら、つまりLala(アップルに買収された音楽配信のサブスクリプション・サービス)の機能がITMSに搭載されれば、これはまさにわれわれのミュージック・ライフスタイルの根本的な変容をもたらすだろう。例えば月額1000円程度で800万曲もの楽曲を自由にiPodでストリーミング再生、2000円程度でダウンロードして聴くことができるとするならば、あなたはどうするだろう?音楽好きなら、ほとんどがこのサービスに加入するだろう。もうCDを購入する必要もないし、知人やレンタル店からCDを借りてコピーする(もちろん違法だが、ほとんどやっている)必要もない。それがいつものiTunesでやれるとなれば入らない理由はないだろう。そうすれば多くの人間に広大な音楽の海が提供されることになるのだ(そしてTSUTAYAはCDレンタル部門を縮小、閉鎖するだろう)。

それは、必然的にわれわれの音楽聴取スタイルを根底から変容させると言うことを招来する可能性が高い。ではどんなふうに?

ザッピング的な聴取スタイル

まず考えられるのがザッピング的聴取が一般化することだ。聴きたい曲を聴きたいときにという環境が実現すれば、ちょっと気になった曲とかをITMS(iTunesが提供するネット上のダウンロード販売ストアサイト)で検索をかけて聴くということが出来る。これまでCDやレコードでは音楽を聴くためには、まず料金を支払わなければならなかった。つまり、曲の中身が「よいから購入する」というより「よいことを期待して購入する」というのが基本で、中身は買ってからのお楽しみだった。ということは、ハズレも合ったと言うことでもあるし、限られた予算ゆえ聴き逃すと言うことも当然のことのように発生した。

これがなくなるのだ。それは言い換えれば、楽曲がさながらペットボトル・ドリンクを購入する感覚で売買されると言うことを意味する。新しいペットボトル・ドリンクが発売されたとき、それに対する我々の購入感覚は「ちょっと買ってみようか」である。というのもこれは一本150円以下。懐が痛まない価格なので、こうなると値段よりも好奇心が優先する。で,おいしくなけばそれっきり。おいしければ定番にする。この感覚で楽曲が購入される、というか聴かれるようになるのだ。基本的にはストリーミング再生で、気に入って何度も聴きたければダウンロードしてiPodでという具合に。こうなるとわれわれはこれをダウンロードする場合には「よい曲だから」という理由でこれを行うことになる。より個人の嗜好に応じたミュージックのチョイスが可能になるわけだ。

フラット的感覚の一般化

これは、ある意味純粋に音楽を嗜好するようになることを意味する。つまり曲の周囲にまとわりついている文脈(ビッグネームだとか歴史的に権威があるとか)が全てそぎ落とされ、その曲が自分にとってフィットするかどうかと言うことがまず第一の問題として浮かび上がってくることになるのだ。音楽に関する権威がすべからくはぎ取られていくのである。またジャンルについても、耳にフィットすればいいので、ジャンル横断的な聴取スタイルも一般化していく。

それゆえ嗜好の多様化という事態がより一層進行させていくだろう。800万曲ものラインナップの中から自らの嗜好にあったジャンルをそれぞれがサーチしていけば、好みは細分化して行かざるを得ない。仲間内では知らないような自分だけのジャンルに一人で楽しむというスタイルもまた生まれていく。

これらをまとめてみれば、自分の嗜好に合うという基準に基づいて、細分化されたジャンルへの深い拘泥をすると同時に、ジャンルを横断して様々なジャンルの楽曲にアクセスするという傾向が生まれてくる。ちなみに、この際、音楽に関する歴史やいわれはほとんど無視される可能性が高い。

こういった試聴行動の変容は,当然のことながら,音楽産業の構造を現在のままに留まらせておくことはない。ドラスティックな変容が起こるということになるのだ。それは……(続く)

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