勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2010年04月

カジュアルな外国イメージが導く「たかが英語」

英会話学校ジオスの破産に見る、外国、そして英語イメージの変容について考えている。今回は第二回。

海外イメージ、とりわけ欧米のそれのカジュアル化は、人々の英語に対するイメージを意外な方向へとシフトしていくことになる。たとえばテレビ番組を取り上げてみよう。かつてのTBSの海外番組『兼高かおる世界の旅』に典型的に見られるように、70年代くらいまでは、海外での映像というのはそれだけで一番組を制作可能なほどのオーラを放っていたのだが、80年代後半以降、外国が現実に到達可能なものともなると、海外の映像というのはコーナーの一つくらいにしか位置づけられなくなってしまう。

当然のことながら、こういった事態は外国=欧米とセットになっていた英語のカジュアル化ももたらすことになった。欧米=英語に対するトラウマがなくなり、外国は「欧米か?」(タカ&トシ)と、パロディ的に扱われるほどの「たかが外国」となり、それと平行して英語もまた「たかが英語」という地位に成り下がっていった。海外への空腹感が満たされた結果、そのアウラがはげ落ち、それに付随した英語もまた「国際化=英語」という記号を失っていったのだ。言い換えれば国際化とは必ずしも英語とは関係がないというかたちで、英語に対する印象は相対化されていった(ちなみに、大学では英文学科の人気凋落が著しい)。

内こもりで、いい

「あこがれの欧米」というイメージがはげ落ちると、今度は海外に対するネガティブなイメージが逆に台頭してくる。遠くて時間がかかる、時差ボケがいやだ、習慣が違う、そして言葉が通じない。かつてなら「言葉が通じない」というのは「だからこそ外国語を学ぶべき」という志向性を生んだのだが、ここまで海外=欧米が相対化されてしまうと「外国語=英語を学ぶのはめんどくさい」と言うことになってしまった。これが2001年以降の海外渡航者数の停滞→減少傾向を生むことになる。そして、英語熱もまた冷めていく(なぜか文科省だけが、英語教育に躍起になっているのは、実に不思議だ)。

そして、語学学校の存在も、また相対化されていく(続く)。

英会話のジオスが破産

4月21日、英会話学校のジオスが破産を宣告した。大手英会話学校の破綻はNOVAに続いて二つ目。NOVAの場合には経営の質の悪さが原因だったが、今回のジオスについてはちょっと様子が違うのではなかろうか。

ジオスの破産は、ジオスという会社の個別的問題ではない。この背景には英会話人気の凋落、そして日本人にとっての外国イメージの変容があるように思えるのだ。言い換えれば、英語=外国イメージの相対化、さらには日本人の心性の変化がそこにはあると僕は考える。ちなみにピーク時の英会話学校の生徒数は80万、現在は30万人台だ。今回は英会話人気凋落の構造的要因について考えてみよう。

あこがれだった欧米

これは以前のブログでも指摘しておいたが、英会話熱の低下の背景にはまず、海外旅行に対する人気の低下に象徴的に見られるような外国イメージ(とりわけ欧米)の凋落がある。

日本人の海外に対するあこがれは、戦後じわじわと上昇していった(戦前において海外は、必ずしもこのようなものとして受け取られていない。帝国主義という国策もあって戦前の方が比較的、渡航は容易だったのだ)。第二次大戦後、敗戦国日本は「アメリカに追いつけ、追い越せ」とのスローガンのもと、自らの尻を叩き続けたわけだが、その追いつく目標であるアメリカこそが英語圏、だから「英語」という記号には「豊かな生活」さらには「外国というステレオタイプ」さらに「外国=欧米」というイメージが付随していた。そして、英語の実際の有用性はともかく(当時は現在と違って英語を学んだところで、それを使用する機会は国内にはほとんどなかった)、英語は「学ぶべきもの」「マスターすべきもの」として、日本人の、いわばトラウマと化したのである。

実現可能なものになっていく外国と迫られる英語の必要性

英語熱のピークは何度か訪れている。一つめは終戦直後の進駐軍の駐留から60年前後、ラジオ番組「百万人の英語」によってもたらされたもの、二つ目は70年の大阪万博、そして三つ目は86年のプラザ合意による急激な円高に基づくもの。

この三つの段階の背景には「あこがれとしての外国」から、「実際に行ってみる外国」へのイメージの変化がある。第一段階は英語が外国からやってくる、第二段階は万博というヴァーチャルな外国を体験する(これは83年に開園した東京ディズニーランドにも当てはまるだろう。ディズニーランド開園当初の裏テーマは“疑似外国体験”だったのだが、ここで展開されていた外国とは明らかに欧米を指していた)、そして第三段階で「いざ外国へ」と言うことになった。86年には500万人程度だった海外渡航者数は、その後十年で1500万人台にまで達するのだ。

ここまで外国という存在が日常的なものとなると、英語の必要性はますます高まってくる。つまり「外国に行くのだから、英語がしゃべれることは必要欠くべからざること」と位置づけられるようになったのだ。そこで、こういったニーズに応えて英会話学校が林立し、また語学留学というのも、ごくごく普通の事態となっていった。

ところが2000年前後から外国イメージに対する様子が変わってくる。そして、これは当然、外国とセットになっている英語イメージの変化ももたらした。しかもこの変容は「外国」がカジュアルになものにイメージを変容させた結果、つまり人気がどんどん上がっていったために発生したものだった。それは何か?(続く)

ニューヨーク名物、総菜屋デリカテッセンの、日本での普及の可能性について考えている。今回は最終回。

条件2:セブン・イレブンでデリを展開する

前回はデリの存在を知らしめること、そしてバリエーションを40種類以上にすべき、の二点を「オリジン弁当」を叩き台に説明した。では具体的にどうするか。

そしてこれが二つ目の条件だ。それはコンビニ、たとえばセブン・イレブンなどが全国で一斉展開すること。こうすれば様々な側面からスケール・メリットが得られるからだ。つまり、四十種類と品数を増やしても店舗数が多いので大量生産になる(料理は全て工場で一括生産する)。もちろん、価格は「目方でドン」にする(回転寿司の「くら寿司」や「スシロー」がブレイクしたのは、玉子だろうがウニだろうが全部、100円にしたからだ。そして、これこそデリのやり方と同じ手法なのだ。回転寿司の場合は、いわば「お皿でドン」となるが)。またスケールメリットを生かして100gにつき150円以下にしたい。できれば、ライスか麺をバリエーションに加えて単価を下げ130円程度に抑えたいところ。これだと520円でボリューム的に総量で400gとなり、ボリューム的にも適量となる。

ジャンル限定でバリエーションの豊かさを演出

そして忘れてはならないことは、ジャンルをいくつかに絞ることだ。いちばんいいのは、実はアメリカのデリと同じラインナップ+中華(少々)くらいではなかろうか。和物はあまり馴染まないだろう。というか、現代のコンビニ、ファーストフードの利用者、とりわけ一人暮らしの利用法を考えれば、和食は軽視してもいいかもしれない(オリジンは結構、和物に振っているが、実はこれは「これならウチで作れる」という印象を与えるので魅力的ではない。一人暮らしの和食は回転寿司と、牛丼、天丼、カツ丼、そして大戸屋などの定食屋と居酒屋にまかせて棲み分けしてもよいのでは)。こうすることでデリの独自性が出てくる。牛丼屋に、マックに行くようにデリに行くと言うことになるのだ。しかも、バリエーションの豊かさとファッション性の魅力でこっちの頻度の方が高くなる。

セブンの至近性、規格性、知名度を利用する

そして、これをセブン・イレブンで展開する。セブンに行けば、どこでも量り売りの総菜が四十種類置いてあると言うことになれば、そのことが瞬時に全国的に認知される。要するに、デリの展開は大規模にやらない限り、絶対に不可能なのだ。

セブンはアイスクリームコーナーを撤去せよ

だから、セブン・イレブンがデリ・コーナーを展開するというのが最も正しい。セブンに提案したいのは、まずレジ前のアイス・クリームコーナーを撤去し、デリのコーナーに変更することだ。できれば、さらに奥の方、つまりドリンクコーナーのところまでコーナーを拡大する。

こうすれば、おそらく日本人、とりわけ一人暮らしの食生活は一変してしまうのでは無かろうか。少なくともコンビニの主力商品は間違いなくデリ惣菜になる。その一方でお弁当やおにぎりなどは衰退していく。つまり、これまでのお弁当・おにぎり→ドリンクという客の流れが、デリ→ドリンクというものに変わっていく。また、アルコールを充実させれば、この売り上げ増にも弾みがつくだろう。とりわけワインの種類を揃えるなんてのが、戦略的には好都合だろう。

ただしドギーバックはニューヨーク式はやめた方がいい。大きなパックにいろんな総菜をゴチャゴチャに入れるというのは美的にまずい。アメリカ人なら気にしないかもしれないが、日本人は食べ物の見た目に結構、うるさい。だから、小分けパターン、つまりドギーバックにいくつかのスリットをもうけておくべきだろう。

こうすれば、デリ文化への日本の進出、十分可能と僕は見ているのだが、皆さんはどうお考えだろうか?

日本でもデリを展開すべき。ただし条件があるが

ニューヨーク名物、総菜屋デリカテッセンの、日本での普及の可能性について考えている。

デリを日本でも展開すべきと、ここまで提唱してきた。とはいうものの、実はデリ的なものはすでに日本各地ですでに展開されてはいる。ただし、それらがあまりうまくいっているようには思えない。だから、ただ持ち込んだだけでは成功しないだろう。
デリの日本での普及。これには条件がある。それは……もちろん「量り売り」は当然だが、それ以外に必要なことが二つある。

条件1:バリエーションが豊富なこと

一つは最低四十種類以上の総菜を揃えること。日本で現在、展開されているデリは、はっきり言って種類が少ない。これではバリエーションがワンパターン化してしまい、毎日通う魅力に欠ける。だから、飽きが来ないように品数を揃えなければならない。ただし、毎日四十種類以上の総菜を並べることはかなり大変。経費もバカにならない。だからこれをスタンド・アローンでやることには無理がある(だから、現在一部で実施されているスーパーのデリコーナーは魅力がない。コスト面を考えるゆえ、メニューを十数種類程度しか置けないからだ)。

オリジン弁当もデリを展開してはいるが……

一例を挙げよう。現在、国内では「オリジン弁当」がこのハードルをクリアしているが、残念ながら二つの点で魅力を欠いている。

名前が「○○弁当」では×

一つは、圧倒的な知名度の低さだ。「オリジン弁当」自体は全国に530店舗ほどの展開をしており、名がそこそこ知られてはいる。しかし「オリジン弁当」がデリ形式をやっているというイメージがほとんどないのだ。それは要するに店の名前が「○○弁当」だから。ようするに通称「ほか弁」(ほっともっと等)と同形態の二番手以下の弁当チェーン店というイメージ。そして実際、その主力はデリではなくて弁当だ(「オリジン弁当」ではデリは奥にひっそりとある。入り口にあるのは弁当のサンプルだ)。それこそ「オリジン・デリ」くらいにして、”デリ”であることを前面に打ち出し、弁当類を後方に下げるくらいの思い切った戦略を行う必要がある。要するにデリについてのアピールが中途半端なのだ(デリのコーナー、儲かっているんだろうか?)。

ラインナップが中途半端

もうひとつはラインナップの中途半端さだ。「オリジン弁当」ではデリ総菜を40種類以上揃えているが、これらの中に洋物、揚げ物、中華、和食と様々なものが並べられている。ということは、ジャンルを一つに絞ると、それについては選択肢が減ってしまうのだ。

また、必ずしも「目方ででドン」の会計ではないのも問題だ。100g178円という単位で売るものが半数を占めるが、その中に1個(エビフライ)とか1パック(焼きそば)とかで料金が設定されているものが15種類程度含まれている。そしてこれが買う側の腰が引かせるのだ。というのも、「なんでもいいから目方でドン」だと、懐の計算をいちいちしなくていいのだけれど、これだと、個数単位のメニューを選ぶときには、当然、躊躇してしまうと言う事態が発生する(つまり、細かい計算をし始めて、買い渋るようになる)。よって、これらはデリの総菜の一つではなく、弁当の付け合わせ的な商品イメージになる。

だから結局、「オリジン弁当」のデリのメニュー数は40-15、つまり25種類程度と言うことになり、しかも前述の中途半端なラインナップのお陰でチョイスが1ジャンルにつき五種類程度になってしまう。こうなるとデリの魅力としてのバリエーションの楽しさ、華やかさは失われる。

では、どうするべきか。それが二つ目の条件となるのだが……(続く)

バイキングスタイルの一般化

ニューヨーク名物、総菜屋デリカテッセンの、日本での普及の可能性について考えている。今回は社会状況を踏まえて分析してみよう。

最近バフェ、つまりバイキング・スタイルの飲食店が増加傾向にあるというのもデリ進出にとっては好条件だ。デフレのお陰で、飲食店は安くメニューを提供する必要が出てきている。そこで、なるべく商品単価を下げるために、メニューを規格化、合理化する。これが結果としてバフェ・スタイルの飲食店の増加を招いているのだけど、デリはこのバフェ・スタイルのコスト・ダウンのメリットを共有する、つまり拝借することができる。

規格化、合理化とは、ひとつはメニュー数を減らすこと。バフェとデリは、この需要に適っている。というのもこれらのスタイルにすれば、用意するメニューの種類を、結果として減らすことができるからだ。その一方で、客の側からすれば選択肢が増えるという矛盾したことが可能になる。というのも、単品メニューの場合には、要するにメニューの囲い込みをやるわけで、店側としてはそれぞれのメニューに応じなければならないし、客の方も料理を一品しか選べないのだが、バフェ/デリ・スタイルなら、あらかじめ決めた種類の料理を並べておけばいい。要するにバフェ/デリの場合、レストランのメニュー表より少ない料理数でありながらも、それのどれも顧客の好みで選べると言うことで、結果として客の方の選択肢が増えるのだ。

また、人件費削減という意味でもコスト・ダウンがはかれる。あたりまえの話だがバフェ/デリの場合は客が自分でドギー・バックに食べ物を放り込むわけで、ウエイター/ウエイトレスが不要になる。「量りでドン」なので、レジでの細かい計算も不要だ。


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(デリの総菜。ここは豆ばっかりのコーナー)

量り売りという差異化

その一方で、デリはバフェと性質を共有しながらも、差異化をはかる要素も備えている。

バフェとデリは”採りたいもを採りたいだけ”という点では同じ。違うのはその量で価格が異なってくる点だけだ。つまり前者は食べ放題、後者は量り売り。ここがミソだ。つまりバフェは否応なくそこそこの料金を払わされる。ランチなら1500円~、ディナーなら2000円~。さすがに、毎日この値段を払い続けるのはツラい。また、毎日バフェでバカ喰いするのも、ちょっとバカバカしい(絶対メタボになる)。毎日やるなら適量を手ごろな価格でということに当然なるわけで、ここでデリの強みが出てくる。ご馳走=晴れ(ハレ)としてのバフェに対する定食=褻(け)としてのデリという棲み分け=差異化が可能なのだ。しかも褻、つまり日常であるゆえに、その利用頻度も高い。

こうやって考えるとデリ展開の日本での可能性は、十分にあり得るのではないか?(続く)

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