勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2010年01月

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MacbookでもなくiPhoneでもない、でもある第三のプラットホーム

iPadはスティーブ・ジョブスのキーノートでの発表にもあったようにiPhoneとMacbookの透き間を埋めるメディアとして位置づけられている。それゆえ単にiPhoneの大型化したものであるとか、Macbookを小型化させたものであるとかの位置づけではダメだ。これでは三つ目の存在としての新規性が無い(ジョブズがNetbookをボロクソにこき下ろすのは、要するにラップトップ・パソコンを小さくして、安くしただけのものでしかないものとみなしているからだろう。僕もこれには同意できる)。両方の機能を備えながら、独自のユーザビリティを備え、それが人々の食指を伸ばさせるような魅力=セクシーさを備えていなければならない。では、その魅力についてiPhone、Macbookとの差異を考えつつ、分析してみよう。

ディスプレイを大型化したiPhone/iPod Touchとすると

まずiPhone/iPod Touchと比較してみよう。

当然、目に入ってくるのが9.7インチという大きさのディスプレイだ。iPhone/iPod Touchは携帯が簡単で便利だ。この点で大型のiPadは不利。これをフォローするためにはiPod Touch/iPod Touchのそれ以外のメリットを継承しつつデメリットにつけ込めばいい。

それはディスプレイの小ささが生む困難ということになるだろう。iPhone/iPod Touchの3.5インチのディスプレイはやはり小さい。あれでの文字入力は結構大変だ。スピーディな入力はちょっと難しい。Amazonのkindleを閲覧できるが、読むのはかなり大変ではある(僕のような老眼になっている人間には一層つらいものがある)。ゲームもあの小ささだと、アクションゲームなどはやっぱり迫力に欠ける。だが、この画面が大きくすれば使いやすさは飛躍的に向上する。ゲームのリアリティもアップするというわけだ。

事実、iPadは原則、座って、あるいは寝転がって使用することを前提している。それはKeynoteでのプレゼンが証明している。いつもなら横にデスクとチェアーが置かれている。しかし今回は違った。まずデスクの代わりにテーブルが置かれていた。そして腰掛けるのはル・コルビジェがデザインしたソファだ。ジョブズたちは、プレゼンでの操作をこれにゆったりと腰掛けながらやって見せたのだ。なにをか況んや、である。ようするにiPhone/iPod Touchを移動中とかではなく、視覚的にも姿勢的にも家の中でくつろいでやることができるという点でiPadは差異化が図られている。

iPhone/iPod Touch環境をそのまま継承する

ただし、画面の大型化をPhone/iPod Touchユーザーに実感させるためには、取っつきやすいインターフェイスでなければならない。それを踏まえiPadのインターフェイスはPhone/iPod Touchと全くといっていいほど同じに設計されている。デスクトップが現れ、そこにアプリのアイコンボタンがパレードで並び、これをタッチする。ちなみにiPhoneアプリのゲームはそのまま拡大したかたちでエミュレートして操作が可能。カーレースのようなゲームの迫力はグッとアップする。600グラム強のiPadは両手で操作することで、さながらステアリングのような臨場感を生んでくれるからだ(この環境の継承についてはいうまでもなくiPhone/iPodとiPを共有し、iPodとは綴りが一つしか違わないというネーミングにも現れている)。結局、iPhone/iPod Touchユーザーであれば抵抗なくiPadに触れることができるわけだ。(続く)

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      (iPhone/iPod Touchのキラー機能。App Storeのアイコン)

デジタル・ハブの加速としてのiPhone

iTunesはミュージック・ストア、ポッドキャスト、ビデオ、インターネット・ラジオといったように機能を付加してゆき、次第にデジタル・ハブの様相を呈し始める。しかし、これではハブ空港の滑走路はiTunes、そして飛行機はiPodだけだ。

これが、さらにドラスティックな変容を来すのが「二機目の飛行機」と「第二滑走路」となったiPhone/iPod Touchとこれらに搭載されたMacOSだった。ここではiTunesのほかに、iPhoneアプリ、カレンダー、連絡帳、iCal、Photo、メール機能などMac標準でバンドルされているアプリケーションが搭載され、これらがMacと直接シンクロするという環境が用意されたのだ。この時、もちろんWindowsユーザーでもこれらが使用可能なインターフェイスが用意されていた。しかし、これらの機能のインターフェイスはよりMac的であり、これらを使い込むに従って、ウインドウズのインターフェイスよりこちらの方が馴染むようになる。それがより快適なデジタルハブであるMacに食指を伸ばすという呼び水効果を発生させるようになる。

だがハブ機能のインターフェイスとして絶大だっのは、App Storeが提供するアプリケーションの存在だった。AppアプリとはiPhone/iPot Touch上で作動するアプリケーション。ゲームや辞書、ユーティリティ、さらにはジョーク・ソフトに至るまで様々なものがあり、誰でも開発が可能。しかも、開発する側は有料化すれば、ダウンロード数に応じて報酬しはじめたするようになった。また、ユーザーの方も手軽にダウンロード購入(ほとんどは1000円以下、無料アプリも多い)するようになり、開発が許可されてたった18ヶ月のうちにAppアプリの数は14万、ダウンロード回数は3億回に達した(そして、このアプリ開発で千金を獲得したiPhoneアプリ長者が誕生する)。また、これはゲーム市場への新たな参入でもあり、スマートフォン市場への進出が、結果としてゲーム市場の一角をなす存在としてiPhoneを位置づけることともなった。そして、さらにこれに拍車をかけるように、任天堂やソニー・コンピュータ・エンタテイメントから発売されている人気ゲームがiPhone用にローカライズされるようにもなった。

さて、こういったデジタルハブ構想の、とりあえずの仕上げ。それがiPadと言えるだろう。iPadはデジタル・ハブとしてはさらなる飛躍を可能とする潜在性を秘めている。では、いったいiPadはどうやって市場を確保していくのだろうか。(続く)

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           (デジタル・ハブの幕開け。初代iPod)
  

デジタル・ハブという構想

iPadの背後にある壮大なコンセプト、それは「デジタル・ハブ」という構想だ。このコンセプトは2001年、911の直前iPodは発表された際、S.ジョブスが提唱したものだった。

デジタル・ハブはハブ空港のことをイメージするとわかりやすい。たとえば、あなたが成田からスペインのバレンシアに行くとする。その際、どのようなフライトがあったらイチバン便利と考えるだろうか?

まず考えるのは直行便だ。ノンストップだからあたりまえなのだが、実はこれは現実的ではないというか、むしろ時間がかかるというか、不可能と考えるのが正しい。というのもバレンシアに向かおう、あるいはバレンシアから東京に行こうとする人間の絶対数が少ない。もし直行便にするのならば、こういった客が集まるのを待たねばならない。ということは、もし可能としても一週間に一本くらいしかフライトできないわけで、ということはバレンシアに行くのに一週間以上かかることになる。

ところが、一旦マドリッドまで飛び、そこで国内線に乗り換えてバレンシアに向かったらどうだろう?間違いなく24時間以内で到着するはずだ。マドリードに向かう国際線の乗客、マドリードからバレンシアに向かう国内線の乗客は、どちらも相当数に上るからだ。つまり、それぞれ本数も多くなる。これを組み合わせればいいわけだ。
このように最短時間で到達できるために、フライトが集結する空港を作り、そこから国内線を飛ばす(国内ならば需要が高い)という工夫がなされるのだが、その際、この集結基地=空港を「ハブ空港」と呼ぶ。

2001年当時、ジョブスはマックをデジタル・ハブとし、周辺にデジタルメディアを配置するという構想を掲げたのだ。そして、そのハブに繋ぐ第一弾としてリリースしたのがiPodだった。iPodは発表以前に、すでにMacOS(OS9時代から)にはiTune(現iTunes)がソフトウエアとしてバンドルされており、二つはUSBケーブルで接続されることでシームレスにシンクロすることが可能になっていたのだ。

ただし、僕を含めてほとんどが「なんで、たかが音楽プレーヤーがデジタル・ハブなんて大それた構想のデバイスとしてぶちあげられているんだ」と訝しげに思ったことも確かだ。「アップル、音楽業界なんて畑違いに進出して、何をトチ狂っているんだろう?」これが一般的な見方だったと思う。

次第に現実化するデジタル・ハブ

しかし、たかが音楽プレーヤーのはずのiPodが次第に、じわじわと浸透し始める。その発端はiPodをWindowsユーザーにまで拡大したことだった。ウインドウズ版のiTunesを無料配布し、Macと同じように一般のPCでも利用可能となると、そのインターフェイスの快適さからiPodは一気にブレイク。「音楽プレイヤーといえばソニー・ウォークマン」という認識を覆すまで至った。またアメリカではiTunes Music Storeはタワーレコードに次ぐ第二の音楽販売店(もちろんダウンロード販売だが)の地位を獲得した。つまり音楽を聴くとはiTunesを経由するという図式が出来上がった。そしてiTunesを使うためにはパソコンが必要。だからパソコンはとりあえず音楽にとってのデジタル・ハブということになった。ただし、この時、パソコンは必ずしもMacというわけではなかった。前述したようにiPodを市場拡大をWindowsユーザーを取り込むかたちで行ったので、iPodは売れるがMacは売れない。一方、一般のパソコンはiPodのために販売台数を伸ばすということに(もちおん、インターネットの普及と相まってはいるが)。つまりiPodが使いたいからWindowsパソコンを購入するという図式が生まれたのだ。だが、これはまだデジタルハブ構想の助走の域を出てはいなかった。(続く)

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(上から:Dynabookのコンセプトイメージ、Dynabookのモックアップを掲げるアラン・ケイ、Alto、iPad)

かつてvisionaryが見ていた夢が……

今から四十年前、SFの世界、とりわけテレビや映画の中で未来のメディア機器が頻繁に登場し、それを見ていた子どもたちの心を鷲掴みにしたものだった。「ウルトラセブン」の中ではウルトラ警備隊が連絡用に使用していた腕時計式のテレビ電話、マンガ「21エモン」(藤子F不二雄)で子どもたちが携帯していた超小型で大容量のミュージック・プレイヤー、大阪万博の日本館で披露されていた薄型テレビ、映画「2001年宇宙の旅」のメインキャラクターとなった会話するコンピュータ・HAL……。こういったVisionary=夢想家たちのアイデアに、当時の子どもたちは強く心を動かされた。

そして、これらのphantom=幻影の多くがやがて具現化されていった。テレビ電話=iPhone(ただしスカイプ使用)、携帯超小型プレイヤー=iPod、薄型テレビ=液晶/プラズマ・テレビといったように(残念ながら会話するコンピュータは実現していない)。

今日(2010/01/28)、Appleが発表したタブレット型のコンピュータiPadもこれらと同様visionaryが見ていた夢の具現化だ。ただし、これはSFというよりコンピューターの未来を夢見ていた人間の。

Dynabookという壮大な夢

1972年、ゼロックスがコピーマシンで稼いだ膨大なカネを元手に建設したパルアルト研究所のvisionary・アラン・ケイは、論文”Personal Computer for Children of All Ages”(全世代の子どもたちのためのパーソナル・コンピュータ)の中でDynabookという構想を提唱した。これはA4サイズの片手で持てるような小型のコンピュータ。文字、映像、音声を扱うことができ、GUI、つまり絵柄を操作するようなかたちで扱うので、子供でも容易に使用できる。しかも低価格。つまり「どこでもドア」ならぬ「誰でもコンピュータ」がDynabookのコンセプトだったのだ(ちなみに東芝のパソコンDynabookはここから命名されたものだが、そのコンセプト、志は全く異なっている)。


DynabookというPhantomは、この時点ではその名の通りPhantom、つまり幻影でしかなかった。当時の技術ではまったくもって不可能な妄想の域を出ていなかったからだ。だが、このアイデアを発端にコンピュータはそれまでとは違った道を歩み始めていく。

Dynabookの醜悪なプロトタイプとしてのパソコン

それ以前、コンピュータといえば大型で大手企業のみが持つことのできる機器=システムだった(この発想は残念ながら1967年制作の映画”2001年宇宙の旅”でも継承されている。大型コンピュータが人間を支配するという図式だ)。ところが、ここでケイが考えたのが子供でも所有できる、そして操作できる個人向けのものという発想。そして、この発想がパソコンという考えを生み出していくのだ。

ケイたちがDynabookの発想に基づいて制作したマシンはAltoと名付けられたものだった。これは本体、ディスプレイ、キーボードから構成され、マウスを使って画面上に現れるディスプレイのウインドウを操作するというしくみ。そう、なんのことはないマックからWindowsに繋がる現在のパソコンのプロトタイプだった(マックのインターフェイスはAltoから拝借したものだ)。

ただし、これは当初のDynabookのコンセプトからはほど遠いものだった。上の二つの絵を見ていただければ解るように、Altoは重くて可搬性がないし、パーツも多すぎる(Altoは四つのパーツ。一方、Dynabookはスケッチパッド一つ)。つまり、本来イメージしたものからはほど遠い、グロテスクなかたちだった。ただし、「誰でも使えるような直感的なインターフェイスであれ」というコンセプトのコアだけはしっかり押さえている(それ以前のパソコンは直接プログラムを打ち込む方式で、素人が入り込める領域のテクノロジーではなかった)。そして、これが一般社会に現実味を持ったのが84年、Macintoshの登場、さらに広く普及したのが95年のWindows95だった。

Dyanabook構想から38年、マック登場から二十五年、アップルは遂にDynabookのコンセプトの理想型を、ほぼ完璧なかたちでリリースする。しかも、さらに一歩先を行くかのようにDynabookにあったキーボードすら取り外し、全てをタッチスクリーンで操作するという、よりGUIな、そして直感的なディバイスとして。それがiPadなのだ。
では、iPadが秘めているより深層のコンセプトとはなんだろうか?(続く)

ネタはメディアが持っている

小沢一郎が偉くなったり、政治家が大臣になると不祥事を起こすというのが、実は「メディアの罠」「メディア・イベント」であるということについて考えている。今回は後半。そのメカニズムについて。

素人的に考えると、なんで大臣になったとき、こういった不祥事がバレるのか?とまずは考えるべきだ。で、これは大臣になったとき、たまたまバレるのではなく、大臣になったからバレたのだと考えるとつじつまがある。

つまり、こうだ。こういった政治資金に関する疑惑の一つや二つ、政治家は必ず抱えている。ところが、まだ大臣に就任していないとか、あまり知られていない代議士のうちはこのことが明るみに出ない。というのも、たまたまメディアがそのことを明らかにしないからなのだ。いいかえれば、まだメジャーじゃない頃からメディアはすでにこのスキャンダル/疑惑を重々承知なのだ。要するに、ネタはつかんでいる。しかし、敢えてネタにしないのである。なぜか。

それは、そのままではまだ熟成していないネタので、美味しくないからだ。つまり無名のうちに、こういったスキャンダルをぶち上げてもスクープにはならない。だったら寝かせておいて漬け込み、この政治家が大臣になったり、有名になったり、ビッグになったときに“スクープ”“すっぱ抜き”として報道すれば、新聞や雑誌なら販売部数が稼げるし、テレビなら視聴率が取れる。それを抜いた記者は「特ダネ」をつかんだと言うことになるわけだ。

こんなバカなことをやっていると、ヤバいかも

しかし、こうなるとすごくヤバイ感じもする。有名になった瞬間、引きずり下ろすなんて作業をやり続ければ、結果として政治は空転する。委員会は疑惑追及をやる場所にもっぱらなってしまうからだ。で、そういうことを仕掛けているのは、実はなーんにも考えていない、いや自分の利益だけを考えているメディアということになる。つまり、こうなると政治を傀儡化させているのはメディアのせいと言うことになるのだが。

どーにかしてほしいとは思うのだが、メディアの報道記者というのはさっきも言ったようにほとんど何も考えていない「締め切りこそ全て」という人間ばっかりなので(あと俗世間的な成功を望んでいるだけね)、これは延々続くんだろう(余談だが、メディアから大学職に異動してくる人間(論説員とか)のほとんどは「研究できない」「理論が解らない」「調査技法を知らない」「教育のやり方が解らない」それでもって「政は好き」という困ったちゃんだ。まあ、それまで、ここに書いてきたようなことしかやってこなかったんだから、あたりまえなんだろうけれども)。

これを見ているこちらとしては、こういった政治的スキャンダルが、実に不自然でメディア・イベントであることを見抜くメディア・リテラシーを身につけておく必要だけは、あるだろう。

こんなアホな図式は、芸能レポーターが有名芸能人宅でインターホンを鳴らし、それを映像で流す行為とほとんど同じレベルなんだけどなあ~。

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