溥儀はどのように教育を受けたか~そしてメタファーの存在
一代記=伝記映画化はデフォルメと省略
前回、一人の人物の一生を映画化する際にはすべて主人公との関わりで役所を配置してしまうというやり方をとると述べておいた。映画『ラスト・エンペラー』では教育者、利用者、そしてメタファー=分身の三つのパターンに役所が配置され、主人公溥儀のアイデンティティ獲得のための一生が描かれている。それでは、ストーリーを追うかたちでこれら役所がどう展開され、それとの関わりで溥儀がどのように変容していくのかを観ていこう。アーモという乳母の存在は母体を意味している
溥儀の最初の教育者は養母であるアーモである。溥儀は幼くして母親から話され、紫禁城でこの母の代役に育てられることになる。ただし、この時点でアーモは教育者というより、ひたすら母親、そして故郷の代替でしかない。宦官たちが溥儀を遊ばせ、それに飽きてしまったとき、寂しくなった溥儀は叫ぶ。“I want go home”
そしてアーモに駆け寄り泣き崩れるのだ。この溥儀の言葉は意味深だ。ここでのhomeは「おうち」というよりも「心の拠り所」という意味だろう。言い換えればまだ皇帝と言うことの自覚すらなく、自我の目覚めもない。
だが、アーモはその成長の中で溥儀を寵愛したがゆえに、他の母たちに妬まれた、やがて紫禁城から追放になる。変わって登場したのがジョンストン(P.オトゥール)だった。
だが、アーモはその成長の中で溥儀を寵愛したがゆえに、他の母たちに妬まれた、やがて紫禁城から追放になる。変わって登場したのがジョンストン(P.オトゥール)だった。
イギリス人家庭教師・ジョンストン教師が教えた「世界を観ること」
ジョンストンは赴任するやいなや紫禁城が単なる形骸的な存在でしかないこと。宦官たちの保身によってかろうじて清朝が成立していることを見破る。そして、そういった利害のために、溥儀が実は紫禁城内に幽閉され、そして外部へと関心を向けさせられていないことを知る。そこで、ジョンストンは溥儀に「世界を観ること」を教授しはじめるのである。言い換えれば宦官にとってジョンストンは天敵となる。授業、その1:自転車
授業内容のその一は、溥儀に自転車を買い与えることだった。ジョンストンはイギリス・スコットランド出身で儒教のプロパー、そして紳士というちょっと変わった経歴を持つ。この設定ゆえか、英語の用いられ方もわれわれが一般的に用いられるそれとは少々異なっている。そして、それが映画のテーマを暗に示すヒントとなっている。ジョンストンが溥儀に自転車を与えようとしたとき、溥儀は「自転車は健康に悪いと宦官たちが言っていた」と答える。すると、ジョンストンは「馬鹿馬鹿しい」と一刀両断した。しかし、溥儀のこの発言はある意味では的を射ている。自転車は溥儀はともかく宦官たちの「健康」、つまり自分たちの地位保全には都合が悪いからだ。
ジョンストンは自転車のことを”cycle”と呼んでいる。日本人からすれば一見違和感がないが、自転車に一般的に与えられている訳語は”bicycle”あるいは”bike”であり、ちょっとこれは不自然な感じがしないでもない。
しかし、映画の意図からすればこれは”cycle”で正解だ。”cycle”とは言うまでもなく「一巡、一回り、循環」という意味。つまり、ここで自転車は世界を一巡りすることのメタファーとして機能している。ジョンストンが意図したことは、まず何はともあれ紫禁城というエリアを「回らせ」、世界を知る、つまり紫禁城の外に出て行くことの始まりにしようとしたのだ。(続く)