勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2008年09月

ショーがどんどん無くなり、パレードに

次にショーについて。まず、すぐさまわかることはショーそれ自体の数が減少していることだ。かつてたとえばイッツ・ア・スモールワールドの前にはスモールワールド・ステージ、トゥモウロウランド・テラスの中にもトゥモウロウランド・ステージがあった。ラッキー・ナゲット・カフェにもステージがありウエスタンを演奏、シンデレラ城の裏ではキャッスル・ハプニングされていた。パーク内がこういったショーでいい雰囲気だったのだが、これらが全て撤廃されている(ちなみにキャッスル前のショーも大幅に削減されている)。アトモスフィアとしてのショーはもはやバンドとバイシクルピアノぐらいになってしまった。またプラザレストランの前にあるプラザパビリオン・スタンドは今や子ども向けのショーがもっぱら行われ、お茶を濁している(ここは夕方になるとジャズのビッグバンドが登場していた)。これらは集客能力上問題ありと考えたのだろう。

代わって、設置されたのが集客量が多いパレードだ。この時もプラザを一周するパレードとしてジュビレーション、ゴー・ゴー・ヴィランズ、エレクトリカル・パレード・ドリーム・ライツ、花火のドリームス、さらにバンザイ・ヴィランズと、とにかくパレードが目白押し。しかし、である。これはある意味パークの風情を極端に削ぐ催しでもある。とにかくパレードルートにはおびただしい数のゲストがシートを敷いて並ぶのだが、この光景が午後からずっと続くのである。しかも、このパレードもチキ・ルーム同様とにかく物量を増やしてストーリーを一切無視するというような、ウォルトが見たら怒りそうな展開。Dreamsの花火の展開などは、ただただドンパチやっているだけというもの(しかもディズニーシーと同時に同じものをやるので、花火の数は半分で済む)。とにかく風情はどんどんなくなっていった。しかし、最もヒドイものとして取り上げたいのが、このうちのバンザイ・ヴィランズだ

踊らせてゴマカす「バンザイ、ヴィランズ」

これはディズニーの悪役たちを主役としたパレード。ただし、悪役だらけなので「これは拒否すべき」という演出で、パレードが始まる前に、パレードルートにあらかじめキャストがやってきて、ヴィランたちの要求に「ダメ、ダメ」「無理、無理」などというメッセージを振り付けつきで指導。本番では途中から悪役たちのフロートにドナルドなどの善玉キャラが登場し、ゲストといっしょにヴィランに拒否を突きつける。

で、このパターン。つまり、途中でゲストを踊りに参加させるというやり方が初めて組まれたのは、僕が知っているところでは90年代前半、アドベンチャーランド・ステージ(現在のニューオーリーンズ・シアター)で行われたフェスタ・トロピカールあたりからだ。その後、このパターンは定番化し、今ではミニー・オー・ミニーでも行われている。しかし、このやり方は全体の演出があって、そのオマケとしてついている分には余興として買えるのだが、バンザイ・ヴィランズではこれがショーのメインとなる。つまり、ネタがない、ストーリー仕立ての演出がないので、ゲストを踊らせて時間を稼ごうという仕組みだ。だから、ダンスを一切しない人間が見たら、これは極端に手を抜いたものに見える。第一、これくらいでゲストが喜ぶと考えているところが、はっきり言って客をなめているとしか思えない(もっとも後述するが、今のゲストは残念ながら、これで十分満足する)。(続く)

ディズニーランドの盛況

相変わらず東京ディズニーランドは盛況だ。9月27日の土曜日。僕は久々ディズニーランドへ行ってきたのだが、その混み具合と言ったらハンパではなかった。150分待ちなんてアトラクションがある状態。今やすっかり人気を消失しているスターツアーズでさえも30分待ちの状況。パーク内は人が多すぎてまともに歩けない状況だったのだ。いやいや、なかなかスゴイと感心しつつも、よーく中をチェックしてみると、どうもディズニーランドがおかしくなっていることに気がついた。それは、ディズニーの最も重要なコンセプトであるテーマ性が破壊されている。にもかかわらず、お客たちはそんなことお構いなしにディズニーランドで嬉々としているという事実だ。イベントやアトラクションがドンドンとおざなりになっていく。つまり質的には低下し続けているにもかかわらず、お客の数が減ることもなく、しかも楽しそうにパーク内を闊歩している。これはどういうことだろうか。

魅惑のチキ・ルームの崩壊

ディズニーランドのテーマ性に関わる質的低下はどこに現れているか?
まず、アトラクションのていたらくを見てみよう。7月にリニューアルした魅惑のチキ・ルーム。これはヒドイ代物だった。チキルームは元祖ディズニーランドがオープンした際に、当時のテクノロジーをふんだんに盛り込んで、南国の鳥たちが歌い踊るショーとして作られたもの。そしてウォルトがとりわけ執心していたアトラクションだった。ウォルトはこのアトラクションに物語をふんだんに盛り込んだのだった。ただし、次第にこのアトラクションは時代遅れになっていった。

その要因は二つ。ひとつは、単純にテクノロジーが古くなったこと。なんのことはない、鳥たちが連動するのはいいが、動くは口パクとアタマの上下くらいで、現代のコンピュータ仕掛けのオーディオ・アニマトロニクスと比べれば稚拙この上ないものだ。たとえば新装なったカリブの海賊でのジャック・スパロウの動きを見てみて欲しい。マジにジョニー・ディップじゃないかと思わせるような繊細な動き(とりわけ唇の動きなど)をそこに感じることが出来る。

もう一つは、物語がのんびりしすぎていること。いまや映画はCG満載、常にスペクタクルシーンが展開するというのが当たり前。地味な動きと、淡々としたストーリーで見せるにはもはや時代遅れの感は否めない(まあ、言いかえると「癒し系」だったのだが)。

もちろん、時代に合わせてリニューアルもしている。十年ほど前には「チキ・ザ・フィーバー」という名前で、アラジンの歌をとりこんでビートを強めたりしていた。ただし、やっぱりのんびりしていて、客もいない。だから疲れたときにはチキルームで一眠りみたいな使い方がされていたことも事実。このアトラクションに入ると、だいたいの客は眠りこけたのだ。

だが、それはショーの質が悪いと言うことではなかった。物語自体も丁寧に作ってあったし、真剣に見れば実に味のある作品で魅力もたっぷりあった。ただし、さっき書いたように刺激を求める現代人にとっては物足りないということは間違いがなかった。

そこで、大ナタ(小ナタ?)が振るわれた。それはこのアトラクションに強力なキャラクターを投入しようという戦略。しかも、今やディズニー・キャラクターとしてはミッキー、プーさんについで三番目の地位を確保したスティッチだ(おそらくインテリアをスティッチでいっぱいにしたクルマを誰もが見たことがあるのでは無かろうか(ある意味「痛車」っぽいが)。その名も「魅惑のチキルーム;スティッチ・プレゼンツ”アロハ・エ・コモ・マイ!”。設定は、スティッチがチキルームに迷い込み、そして鳥たちのショーに邪魔をするというもの。プレショーのコーナーにはリロがスティッチを探していますという張り紙、天井にはスティッチが付けた足跡が……とお客の期待を高めてくれる。

だが、実際にショーが始まった瞬間、お客のほとんどは脱力する。ストーリーは超ベタ。で、なんの展開もない。鳥たちが歌い始めると電源を切られたり、鉢植えからクラクションを鳴らして妨害したり。そして鳥の合唱隊には全部にスティッチのイヤーパッドが。で、結局、スティッチはこのショーに参加したくて邪魔していただけと言うことになり、みんなで楽しく歌い始めるということになるのだが。

さて、ではこれからどうなるんだろうか?リロはどういうかたちで出てくるんだろうかなどと、その展開を心待ちにしていると、ショーは突然終了する。ヤマも一切無く。で、ホールの中でのショーの時間を時計で確かめたところ……なんと、たったの10分!なんじゃ、こりゃ?僕だけでなく、席を立つお客たちもあっけにとられている。中には「もう、おわりなの」と親にとたずねる子どもまで。つまり、ショーとしての魂、コンセプトを全て骨抜きし、ただスティッチが登場する。いわゆるキャラ頼りの「萌え萌え」チキルームになってしまっていたのだ。

「お~い、責任者出てこ~い。こんなアトラクションは、即刻中止しろ。以前のチキルームに戻せ~っ!」

おもわず、僕はこう叫びたくなってしまった。(続く)

第四象限、オタク論議で一儲け

オタク語りを四分類して分析をすすめている。今回は第四回。

第四象限でのオタク語りは、高いコミュニケーション能力、狭いジャンル。この場合、狭いジャンルとは、いわゆるオタクイメージを象徴するようなマンガ、アニメ、フィギュアなどを指す。さて、第三象限、つまり低いコミュニケーション能力、狭いジャンルという括りは、オタクのプロトタイプ的なイメージだった。つまりネクラで彼女が無く、社会性のなさをこういった趣味に拘泥することで抑圧するといった。しかし、この第四象限では、このまさにオタッキーな趣味に深く関わることで、この第三象限のキャラクターに社交性が出てくるというような怪しい語りになる。

この立ち位置を徹底的に展開したのがオタキングこと岡田斗司夫だった。岡田に言わせればオタクとはネクラな人間でもなんでもなく、ひとつの分野に鋭くまなざしを差し入れ、これに徹底的にこだわる「粋」で「洒脱」なキャラクターと言うことになる。情報に対して高感度にこれを入手し、しかも、自らの趣味にこだわりつつも、相手の趣味の領域も尊重する社交性を備える。さらに、こういったキャラクターは江戸時代にまで遡る、日本の文化の伝統に深く根ざしたものだというのである。

オタクは新人類?

いうならばオタキングたちのこの語りは、オタク以前、若者に与えられていた名称「新人類」についての議論の焼き直しに他ならなかった。自らをオタキングと名乗り、実践してみせるこの岡田のやり方は、ネガティブにしか語られることの無かったオタクを正当化させる戦略だったのだ。そして、この戦略に一枚乗ったのが資本で、ここに資本はオタクという市場を発見することになるのだ。オタク-非社交性+高感度=新人類の焼き直しという図式は、見事に成功し、これによってオタクについては二つのあたらしい意味が加わっていく。

ひとつは、オタクが「若者」という世代的括りを脱却し、女性を含めて全世代に該当するという捉え方である。つまりマンガやアニメに拘泥する人間は男子若者に限らない。いや、もっと言ってしまえば「限られなくてもよい」というお墨付きを与えたいったほうが正鵠を射ているかもしれない。

もう一つは、オタクは「暗くない」というもの。オタクであることに劣等感を抱く必要はない、そういったオタクの「市民権」を岡田は与えていったのである。ちなみにその啓蒙として岡田が使用したのが自らの「東大非常勤講師」という肩書きだった。しかも「東大オタクゼミ」と、授業では徹底してオタク論を展開していることを吹聴し、日本の学問の頂点である東大もがオタクを認めているのだというイメージを振りまいたのである。

岡田の思ってもいなかった展開

しかし岡田のオタク論は結果としてあらぬ方向へオタク論を導いていく。ひとつは第一象限=広いジャンル+高コミュニケーション能力の出現だ。これは資本が、岡田の議論をジャンル、世代双方に拡大し、オタクをひとつのマーケット(2800億円?)として認知させようとする語りが出現したこと。要は、オタクが金儲けの対象として扱われるようになったことだ。

もうひとつは、こうやってオタクが認知されることで、岡田も想定しなかったオタクが議論上で登場したことだ。それは、「萌え」るオタクである。岡田には新しい世代(オタク第二世代以降)がするとさせる「萌え」が理解できない。というのも、岡田にとってオタクは、特定のジャンルで自ら世界観を作り、これを語る高感度な存在。一方、「萌え」るオタクは物語=ストーリーなどには全くと言っていいほど関心を示さず、もっぱらその世界を形作るパーツ(キャラや萌え要素)にフェティッシュに熱狂する。語りは二の次だ。これは、哲学者・東浩紀の言う「動物的」=欲望に忠実な状態であり、高感度でもなんでもない。こうなると語らないオタクは「粋」な存在でもなく、それは日本の伝統文化を踏襲しているわけでもなくなるので、岡田の議論とは齟齬を来すことになってしまうのだ。

結局、岡田は自ら「オタク・イズ・デッド」=おたくは、もう死んでいる、と宣言し、オタク論から撤退していった。

ただし、実際に「オタクはもう死んでいる」という議論は無理がある。それは第四象限を展開した岡田の図式が合わなくなっただけだからだ。言いかえれば、岡田が展開したオタク論は新人類という旧式のシステムの焼き直しでしかなかったとツッコミを入れられても仕方がないような展開だったと言ってもいいのかもしれない。事実、オタクはますます市民権を得、またオタク論も相変わらず活発な状況に代わりはないからだ。だから、実のところ「オタクはもう死んでいる」のではなく「オタキングのオタク語りはもう死んでいる」ということだったのだ。

総括すると……社会的性格としてのオタク

こうやってオタク論議を見てみると、その流れは第三象限(狭いジャンル+低コミュニケーション)から、岡田の第四象限(狭いジャンル+高コミュニケーション)を経由し、結局それを資本が第一象限(広いジャンル+高コミュニケーション)へ至っていると言うことが出来るだろう。そして、そこでオタクのイメージからは「クラい」というイメージ、「若者の特性」という世代論的な語り「男性」というジェンダー的な語りが消滅し、あらゆるジャンルがオタクにとっての対象ということになることで、巨大なオタク市場がメタ的な「オタク語り」として登場している。つまり、今やオタクは日本国民のほとんどが分有する「社会的性格」として語られているということになるのだろうか。

第二象限と第三象限はネガティブオタク

第二象限と第三象限はともにコミュニケーション能力を低く見るオタク語りだ。第二象限はオタクのジャンルを広く、第三象限はジャンルを狭く見ている。それぞれの語りについてみていこう。ただし、説明の都合上、よりメジャーな第三象限から始めたい。

第三象限の語りは典型的なネガティブ語り、そして古典的な語りだ。限定されたジャンルとはアニメ、マンガ、フィギュアといった、いわば元祖「オタク語り」の分野に属するもの。で、コミュニケーション能力が低いので、社会に出られないという脆弱性を、こういった「子どもっぽい趣味」に自閉することで補うという論調になる。当然、このカテゴリーの典型的人物としては古くは幼女連続誘拐殺人事件のM被告、このキャラでタレントとして売った宅八郎、近年ではこのカテゴリーにいながら、一般的なコミュニケーション能力を獲得するに至った電車男があげられるだろう。中背でやや太め、カッターシャツを来て、度の強いメガネをかけている、髪の毛は少々長髪といったイメージがピッタリ来る語りだ。

この語りにおいてオタクは社会性が低い、つまりオタク以前に困った若者として70年代に語られたモラトリアム人間(いつまで経っても大人にならない人間)と同列の評価で扱われており、いわば「困ったちゃん」的存在。ただし、このような一般的な見解に対するカウンターとしてオタク論議が活発化したという事情もある。裏を返せば、乗り越えなければならない社会病理のように扱われた。当然この語りはおたくを青年期に該当する若者に向けており、世代論、若者論的な語りになる。

ちなみに、第二象限、つまりジャンルを広くコミュニケーション能力を低く取る語りだが、この場合「語り」と言っても、この場合ほとんど取り上げられることはない。ジャンルが広すぎてイメージが出来ないと言うこともあるが、アニメ、マンガ以外のトリビアな分野に深く関わり、なおかつコミュニケーション能力が低いというオタクのイメージは、はっきり言って不気味であり、語る側からしても市場的なうま味もない。だから、実際にこういったオタクが存在したとしても、それはいわばアカデミズム用語で言うところのサバルタン、つまり決して語られることのない人間たちだ。

これらの語りは、オタクがポップに評価されるようになる中、さすがに最近はこういった古典的な語りは影を潜めつつある。(続く)

「有名人」=長嶋、「英雄」=王

前回、王と長島は日本テレビ社主・正力松太郎がテレビ普及のためのキラーコンテンツとして巨人をもっぱらテレビ中継し、そしてそのキラーキャラとしてこの二人を指名したことについて述べた。そして正力がこういったかたちでメディアイベントとして野球、そしてONを演出しなければ、今日のようなカリスマ性を二人が持つには至らなかったことも指摘しておいた。同時期同等の活躍をした野村は「月見草」としてボヤキキャラ、張本はテレビタレントとして「渇!」を連呼しているというのに、この二人は相変わらず「聖人」のままだ。

ただし、である。こういったお膳立ては、あくまで必要条件でしかない。つまり、現代みたいに石川遼がほとんど実績がないのにスーパースターに祭り上げられる状況には、この当時はまだなっていない。長嶋にしても王にしても、入団まではその実績が注目された存在ではあったのだ。たとえば長嶋は入団前は立教大学で六大学のスターだった。王の場合も早稲田実業時代、甲子園の星として優勝を経験している。

ただし、王が入団したときすでに長嶋は巨人のスターであり、一方の王はその名前こそ知られていたが、投手から打者へのスイッチを余儀なくされており、すぐに花が開いたわけではない。そして、これが巨人と言えばミスター、つまり長嶋のことを指し、王はやはり長嶋のオマケ的な扱いを受ける原因となる。

長嶋は徹頭徹尾メディアの作ったスターだった。要するに記憶に残る選手として、様々な逸話を作り、それがさらに人気を高めるという循環を作り上げていた。その影で、王は目立たない格好で業績を上げていったのだが、これがホームランを量産することで長嶋に匹敵する選手として取り扱われるようになったのだ。だから、王の場合にはメディアイベントとしての有名人扱いよりも、それを踏まえつつも実績で証明したという文脈の方が強いと言えるだろう。だから王は記録に残る人間として扱われるようになった。王はメディアイベントという必要条件の上に実績等十分条件を積み重ねることで「英雄」となり得たのだ。

引退後の王と長島

引退後も二人の扱いは同じだった。どんなことがあっても長嶋が先ず優先され、王はその黒子。巨人はなんのかんの言っても、結局、長嶋を持ち上げる。逆に言えば日本テレビは「野球は巨人、巨人は長嶋」つまりプロ野球=巨人=長嶋という図式に固執しつづけ、その一方で王をないがしろにしていった。

そんな王に福岡の球団、ダイエーホークスから監督の誘いが来る。王にとっては、巨人の黒子(業績的にはダントツなのだが)というイメージを払拭し、もう一つの野球人生を考えるという意味では最適な球団だったのだろう。快諾するとともに、この国民栄誉賞の英雄はローカルチームで働き始める。ちなみに就任当初は負けが続き、地元のファンからさんざん罵声を浴びせられたのだが、その時のファンの訴えに「王さん、頼むから辞めてくれ」というモノの謂いがあったことは印象的だ。この訴えには尊敬する人への謙遜が含まれていたからだ。

その後、王は監督としての力量を発揮していく。ここでも王はメディアイベントとしての王、つまり長嶋とセット、長嶋の黒子としての存在を自らの業績で乗り越えていったのである。

王が勇退すると記者会見した翌日の試合。多くのファンがヤフードームに押し寄せたが、その多く、とりわけ女性が涙していた。この涙は、メディアイベント的なスターとは異なった「偉人」への惜別、だったのではなかろうか。もちろん、王の野球生活と写し鏡に女性たち(中年以上)は、自分の人生を見ていたのだろうが。

長嶋はメディアと共に生き、王はメディアを乗り越えていった。やっぱり、月並みな表現だが、王には次の言葉がよく似合う

「王さん、あなたは偉大だ!」

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