勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2008年07月

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(ジャコとジョニ・ミッチェルの絶妙な掛け合い?が聴ける『ミンガス』)


結局、ジャコは人のことなんか気にすることのできないKYなヤツだった。だから天才だったんだが

こういった、音楽の創造=自己の表現に向けてのピュアな欲望、あるいは容赦ない徹底は、言いかえれば他者のことなんかまったくどうでもいいということでもあった。つまりジャコの場合、前述したように自分が表現したいことが先ず先にあり、そのために対話する相手を必要としなかった。たった一人を除いて。そのたった一人の相手とは言うまでもなくジャコ本人だったのだが。

自分の世界からは決して出て行くことはせず、音楽を通した表現を内省によって求めていこうとするジャコ。こんなジャコをむしろコミュニケーションの材料として音楽を利用しようとするザヴィヌルとはソリが合うはずもない。また他のミュージシャンとのコラボも難しい。つきあったミュージシャンたちは最初のうちこそジャコの表現力に圧倒され感動するものの、共同作業をはじめれば途端にうまくいかないということに気付く。だから長続きしない。逆に言えばザヴィヌルとジャコがそれなりの期間を同じグループでやり続けることができたという事実こそが奇跡に近かったのかもしれない。だから、最終的にジャコがジャコであるためにはソロアルバムを作るという方法しか無かった。独裁者となって好き勝手な音楽を作る。これがジャコのスタイルであり、これは結局傑作『ワード・オブ・マウス』に結実する。もうこの時、ジャコにケチをつける人間など存在しなかったのだ。

いや、ジャコを理解した人間が一人だけいた。ロック・ミュージシャンのジョニ・ミッチェルだ。彼女もまたほとんどジャコと同じ孤高のミュージシャンだったからだ。時流に流されることなく、ひたすら自らのスタイルを洗練させることだけに関心を抱き続ける、希有な存在。だからジョニはジャコに自分と同じモノを見ることが出来たし、自分のアルバムでは頻繁に彼に参加を促している。

二人のコラボによる最高傑作は、まちがいなく『ミンガス』だろう。これはジャズ・ベース界の巨人,チャールズ・ミンガスへのオマージュ・アルバム。本来はミンガスに演奏を依頼したかったのだが、ミンガスが逝ってしまったので企画を変更。ジャコがすべてのベースを担当。さらにはアレンジまで関与した。一方、ミンガスの出演は生前の会話のテープという形をとったのだ。ミンガスはジャコがこのアルバムのベースを弾いたなんてことを聞いたらどう思ったのだろうか?ちなみにスタンリー・クラークがミンガスを尊敬し、ジョイントを申し出たとき、ミンガスはこれを断っている。「オマエのやっているのはジャズじゃあない」といった表現で一蹴したのだ。でも、ジャコなら案外褒めちぎったのでは、と僕は思うのだが。もっとも、ジョイントしたらケンカになっただろうけど。

このアルバムではジョニのボーカルとギター、そしてジャコのベースがそれぞれ、ある意味好き勝手に演奏を繰り広げている。そして二人の演奏は全く持ってバラバラなのだが、そのバラバラさ加減がなぜかハーモニーを奏でている。しゃしゃり出ているジャコにジョニは寛容ながらも、こっちはこっちでよろしくやっていて、これがなかなかキモチイイ。このバラバラさをかろうじてつないでいるのは、二人の感性の偶然の一致と、バラバラを同じように聞かせるために調子を合わせて合いの手を入れるウエイン・ショーターのソプラノ・サキソフォーンだ(やっぱり、この人、人がいいのね。創価学会だから、調和の精神でもあるんだろうか?)。これは、要するに奇跡なのである。ある意味二人の奔放さは見事なほどに波長が合っていてぞっとするくらいセクシーな演奏に仕上がっている。(続く)

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(ジェフ・ベックとの競演が聴けるスタンリー・クラークの『Journey to Love』と、チョッパー大会もどきのブラザース・ジョンソン『Right on Time』)

他者ではなく自己の欲望達成に向けて技術は磨かれた

結局、ジャコというミュージシャンが求めていたものとはなんなのだろう。これは同時期に期待された若手ミュージシャンとの対比でみてみるとわかりやすい。

この時期、つまり七十年代半ば。巨匠マイルスのエレクトリック転向の影響でジャズ界にエレクトリック楽器の導入が始まる。そして当初これらを用いた演奏形態はロックとジャズの融合と言うことで「クロス・オーバー」と呼ばれていた(後にその名はフュージョンに変更される)。ベースもご多分に漏れずエレクトリックベースの新星、あるいはアコースティックからエレクトリックに持ち替えたミュージシャンが登場する。ジャコ以前、あるいは同時期に注目されていたミュージシャンとしては、たとえばリタートゥ・フォーエバーのスタンリー・クラークやブラザース・ジョンソンがいた。ただしこれら「新星」はジャコとある一点で根本的に異なっていた。スタンリー・クラークの場合、彼が所属するユニットであるリタートゥ・フォーエバー自体がそのような傾向に走っていったのだが、とにかくテクニックを見せることに命をかけるというものだった。リーダーのチックコリアもそうだが、ギターのアル・ディメオラにしても、ドラムスのレニー・ホワイトにしてもとにかく超絶技巧。ただし、彼らのテクはいわば「ギネスに挑戦」。とにかく早引きだったり、難しいリフを展開するという職人芸に特化したかたち(リーダーのチックだけは多少スタンスが異なってはいたが)。実際スタンリーはものすごい早引きをしたり(ジェフ・ベックとワールドツアーを行い、ベックの早引きギターに対しベースで対抗していた!)、アコースティックベースをアルコ演奏(弓を使って演奏する)する際にも、あたかもバイオリンを弾くように素早く弾いて見せた。但しこれらのスタイルは楽器を駆使し、音を紡ぎ合わせ、新しいサウンドを提供するというのとはどうも方向が違う、形而下の演奏。いうならば「俺たちこんなに上手いんだぜ」というような「下卑た」パフォーマンスだった。

ブラザース・ジョンソンも同様で、この兄弟のウリは当時開発されたチョッパー奏法、通称チョッパー・ベースだった。とにかくベンベン、バリバリとベースを叩きならすというイロモノをウリにするというもの。こちらも形而下の商業主義を当て込んだようなパフォーマンス。これら二つはいずれも自己表現と言うよりも他者に対して見せつけるというのが基本のスタイルだった。

ところがジャコは違っていた。相手より上手いとか、そんなことは毛頭関心がない。つまり技術的に卓越することが第一の目的ではない。ジャコはまず自分の表現したいイメージがあり、それを表現するために技術を必要とした。つまり、めざしたのは他者ではなく、自分自身の欲望、自分自身にの頭の中にあるサウンドのイメージの達成に向けてだった。だから、そのためには手段は選ばないというスタイルだったのだ。

ただしこのやり方は、やはり問題がある。それが結局、ジャコを破滅に導いてしまうのだが……(続く)

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(アルバム『ヘヴィー・ウェザー』と『8:30』。二つのアルバムで聴くことのできる「バードランド」はザヴィヌルとジャコの関係の変化、性格の違いを明瞭に物語る)


ザヴィヌルとジャコの対照

二つの曲の対照は、リーダーのザヴィヌルがあくまで曲をサウンドというユニットとしてまとめようとするという志向と、ベースのジャコがひたすらベースの可能性を追求しようとする、サウンドに対する志向性の違いに他ならなかった。そしてこの二つがフュージョンすることはなかった。というのも、二人はある面、全く共通する性格を備えていたからだ。それは……二人とも自分中心で世界を描きたいという欲望だった。ウエザーリポート結成時のメンバー、三頭リーダーの二人、つまりヴィトウスとショーターもまた大変な世界観を持っていたミュージシャンだった。なおかつ結成時において最も知名度が高かったのはマイルスコンボで名声を獲得していたサックスのイノベーター、ウェイン・ショーターだったのだ。ところがウェザー・リポートは活動が長期にわたるに従って、次第にザヴィヌル色に染まっていく。これに耐えられないヴィトウスは脱退。そしてなぜかショーターはザヴィヌルのコンセプトに追従するという形をとっていた(だから、当時ウエザー・リポートで活動するショーターに対し、多くのファンは「脱退しろ」「ショーターの卓越したアドリブが封印されていてけしからん」と非難を浴びせていたものだ)。

そんな中、その才能を見抜いたザヴィヌルがジャコを抜擢する。だが、ジャコは加入当初こそザヴィヌルのサウンドユニットに従っていたが、次第に自己主張をはじめていく。次作『ミスター・ゴーン』はさらにザヴィヌル色が強くなり、ジャコとザヴィヌルの折り合いは次第に悪くなる。ライブでは二人がひたすらボリュームを上げ続けるという自己主張合戦があったほどだという。

ジャコの演奏スタイルの問題点

表現の可能性追求のため演奏技術とか新たな演奏テクニックの開発というところにばかり頭が行くジャコ。しかし、これをウェザーリポート内でやられると困ったことが起こる。サウンドが貧弱になる、あるいは、いわば「頭でっかち」な演奏が展開されてしまうのだ。もちろんこれはテクノロジーレベルの理屈っぽさというのではない。つまり技術が表現に勝ってしまうというものではない。そうではなくてサウンド全体の中で低音部が薄くなってしまう、だから足下が落ち着かないという意味で「頭でっかち」なのだ。ジャコ参入後のウエザーリポートでの低音の不安定さは誰が聴いても分かるレベルのものだった。

一般にベース楽器の機能はどのように捉えられるだろうか。言うまでもなくドラムと同様、サウンドのリズムを刻むことによって曲調、サウンド全体にノリをつけるとともに安定した進行を促すものだ。いうならばベースとは原則「裏方」なのである。

ところがジャコは違った。バックでキッチリタイムキープし続けるなどと言うことはほとんどせず、ひたすらベースでソロをやりつづけてしまうのだ。ジャコは思いのままにアドリブを展開し、メロディまで奏でていくという、徹底的にしゃしゃり出るベース。だがリズムキープ、タイムキープする役目であるはずのベースが勝手に踊り始めれば、誰がキープの役割を果たそうというのか。それゆえにこそ、ウエザーリポートのサウンドはどうにも落ち着きのないものとなっていったのだ。そのことをザヴィヌルは気付いており、自らのシンセサイザーにベース音を奏でさせたり、バスドラムのキープが上手いドラマー、ピーター・アースキンをメンバーに起用したりはするのだが。この辺の事情については当時、ジャズ評論家の悠雅彦はジャコの才能を認めつつも「ウェザー・リポートリポートにはもう一人ベーシストが必要」と指摘している。つまり、既存のタイム/リズムキープのベーシストを置き、安定した展開の中で、ジャコに好き勝手にソロをやらせろ、というわけである。

どんどん突っ走るジャコ

しかし、ジャコのグループ内での活動における自己主張はとどまることを知らず、ウエザーリポートはどんどんジャコのベースを奏でるバンドと化していく。アルバムではかろうじてユニットとしての演奏を見せているが、これがライブとなると、もうわけがわからなくなってくるのである。この様子はウエザーリポートの二枚組ライブ『8:30』の中に聴き取ることができる。このアルバム、ある意味では傑作だが、ある意味では失敗作なのかもしれない。つまりジャコの狂気のベース演奏にひたすら驚愕し、そのアイデアに唖然とし、めまいを感じるには最高のアルバムなのだが、もはやこれはサウンドと言うにはほど遠いものとなっているのだ。とりわけ「バードランド」の演奏において、これはよく分かる。ジャコは『ヘヴィー・ウェザー』のスタジオ録音の時のようなサウンドを尊重した控えめな演奏ではなく、ひたすら勝手にソロを弾きまくるのだ(でも、すごくカッコイイ。溢れるアイデアが炸裂し、聞いている側まで気が狂ってくるのだが)。そしてザヴィヌルはもうあきらめたのだろうか?彼の演奏に対して全く放置している。だからこれはウエザーリポートというユニットの演奏としては完全に崩壊しているのだ。

で、聞いている方ももう聴き方がオカシイ。ザヴィヌルのコンセプトに基づいた音楽など聴いていない。そんなものはどうでもよくて、演奏の中でジャコがどう歌って踊って狂っているのかにしか耳がいかなくなる。聞いているのはジャコだけになってしまうのだ。(続く)

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   (『ジャコパストリアスの肖像』自信たっぷりの腕組みがキマっている)

知ってる人は皆知っているジャズの巨人

ジャコ・パストリアスといってもジャズに関心のない人間ならば全く知らない人物だろう。しかし、ジャズ好き、とりわけベース好きならジャコ・パストリアスという存在を知らない人間はいないだろう。天才、ジャズの歴史を塗り替えた男、フレットレスベースの巨匠……彼を賞賛する言葉は尽きるところがない。そしてジャコが二十代半ばでジャズ界に出現し、三十六歳という若さで事故死するという、きわめてジャズ的(ロック的)な人生もまた、彼の栄光を高めるものとして語り継がれているものだ。彼を賞賛するものとして『ジャコ・パストリアスの肖像』という文献すらあるくらいなのだ。ジャコ、ファンの間では「ジャコパス」と略称で呼ばれている。

僕は現在四十八歳。幸運なことにジャコの出現から夭折までの一部始終をリアルタイムで体験することができた。そして、彼の存在をやはり僕も天才のそれと即座に判断した一人だった。アルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』での衝撃のデビュー、ウエザー・リポートへの参加、そしてアルバム『ワードオブマウス』……。たぐいまれなるテクニックでジャズベースの新境地を開いていった、そのイノベーターとしてのクリエイティビティにはひたすらあきれるばかりだった。

ただし、彼を天才とかハイテクの持ち主などと讃えるのはもうイイだろう。いろんな連中がやっていることだ。むしろ、この文脈をちょっと外してみてジャコを見つめてみるほうが、もはやおもしろいんじゃないんだろうか?で、今回はジャコのユニット、グループの中での役割という視点から考えてみたいと思う。先に結論から言ってしまうと、全くチームワークができないKYな存在だった。それゆえジャコは輝いていたと言うことになるのだが。

ジャコの評価はウェザー・リポート参加で固まる

ジャコがジャズ界に彗星のごとく現れるのは前述したアルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』(76年)だが、これはどちらかといえば後付的な説明のような印象が僕にはある。ジャズ雑誌『Swing Journal』でもこのアルバムは大きく取り扱われていた。それは’期待の新星’みたいな扱われ方であって、当時の日本ではまだジャコがこの後ジャズ界に重要な存在となることを完全に予測した人間はいなかったように思う。そして、ジャコが本格的に認知(少なくとも日本で)されたのはウエザーリポートのメンバーに加わった時だろう。このユニットはもともとキーボードのジョー・ザヴィヌル、サックスのウェイン・ショーター、ベースのミロスラフ・ヴィトウスの三頭リーダーによって活動が続けられていたフュージョン・グループ(いや、正確に当時の言葉を用いればクロス・オーバーグループ)。

そこにジャコが加入する。ジャコはヴィトウスが仲間割れした後、二代目ベーシストとして加入したアルフォンソ・ジョンソンとアルバム『ブラック・マーケット』でベース担当を分け合っていたが、二人の演奏のスタイルは全く違っていた。ブラックコンテンポラリーの保守本流のジョンソンと、ふにゃふにゃとしてわけのわからないベースを奏でるジャコ。だが、ザヴィヌルはジャコの才能を瞬時に見抜く。次作『ヘヴィー・ウェザー』ではジャコにサブリーダー的な役割を与え、そのせいでアルバムはジャコ色が全面に現れるものになっていく。このアルバムの中の愁眉は「バードランド」と「ティーン・タウン」の二曲だった。しかし、この二つは全く異なった傾向を備えていた。


アルバム『ヘヴィー・ウェザー』の対照をなす二つの名曲

「バードランド」はヒットチャートを上り詰め、ウェザー・リポートを代表する曲となる。ジャズ演奏のアドリブ部分を極力排し、ザヴィヌルのシンセサイザーを中心とするサウンドがいわば大きな固まりとなって、聞き手に強烈なメッセージを放っていた。ポップでロックなインストルメンタル。ポップで耳障りのいいメロディもザヴィヌル、サウンドとしては真骨頂だった。この時、メンバーのショーターもジャコもこのサウンドのコンセプトに追従する状態で、サウンドのユニット性を高めるのに大きく貢献している。ちなみにこのアルバムはグループ結成以来最大のヒットとなったが、その代表曲がこれだった。

一方、「ティーン・タウン」はこれとは対照的に、全くウエザー・リポートしてのユニット性はない。これは完全にジャコの世界だ。曲の始めからひたすらジャコのフレットレスベースのソロが続く。しかも、バックでドラムを奏でるのもジャコ。そして、多くのジャズファンやベーシストが、この曲に驚愕した(よく引き合いに出される『ジャコ・パストリアスの肖像』の一曲目、チャーリーパーカーの「ドナ・リー」にぶっとんだ、というファンの話は、恐らくかなり虚飾があるのではなかろうか。実はやはり、この時ジャコは「ウエザーリポートのジャコ」として認められたのだから、多くのファンにとって「ジャコの衝撃」はこちらであるはずだ)。

だが、この二つの対照は、この後、ウェザー・リポートが抱えることになる、そしてジャコが抱えることになる問題の始まりでもあった。二つは全く正反対で、かつ全く相容れないモノだったのだ。(続く)

スポーツの魅力が実力以外のところで成立するというものの典型

こういう風に考えるとプロ野球マスターズリーグは、われわれにとってのスポーツとは何なのかを象徴的に示していると言えるだろう。つまり、スポーツにおいて実力というのは実は担保であって、それよりもイメージが先ず優先されるということなのだ。ロートル選手が拍手喝采を浴びるのは、そこにイメージがあり、それを聴衆が消費しているから。言いかえれば、実力があったとしてもわれわれにイメージ=物語を喚起しなければ、その選手はスターとはなりえない。

ちなみに最近出現した同様の事態はハンドボールだ。「中東の笛」と呼ばれる不平等な審判がこのスポーツを一躍有名にし、日本チームの中から宮崎大輔というスターを生み出してしまった。宮崎はTBSの『スポーツマンNov.1決定戦』に何度か出場し、2006年には優勝もしているが、本格的に全国区となったのはこの「中東の笛」によるものだ。これこそまさにメディアイベントにほかならない。

究極のハイパーリアル消費?

もうひとつマスターズリーグをめぐって、ツッコミを入れておこう。それは、このロートル、但し物語をしょった選手たちによるエンターテインメントにやってくる観客の中に、結構若者がいると言うことだ。出場選手の現役時代を知っている人間なら別におかしなことはないだろう。彼らのプレーを見ながら、自分の若い頃を回顧しノスタルジーに浸ることができるのだから。しかし、若者はこれら選手の現役時代を知らないのだ。にもかかわらず、この試合を観戦し感動している。「60歳近くになっても140キロを投げる村田兆二さんには感動します!」「やっぱ、なんといってもタイガースといえばバースだよね」なんてノリだ。ちょっとキモチワルイ感じがしないでもないが、これは昭和レトロが平成世代に受けるのと同じ現象だ。言うならばオリジナルなきノスタルジー=ヴァーチャル・ノスタルジー。こういう心性は今回の議論の文脈で考えれば、究極のメディアイベント、全く担保のないにもかかわらず、その物語性だけで楽しんでいると言うことになる。そして、これらのヴァーチャル・ノスタルジーは親子のコミュニケーション・メディアとしても機能している。要するに親が子どもに自分のかつて親しんだものを語り、それによって子どもがフォーマットされたというわけで、これはウルトラマンなんかが今の子ども、若者にウケるのと同じだ。ちなみに、これは例えば若者たちが支持するミュージシャンがこういったことかつてのスターをリスペクトを込めてコメントすると、それに関心を持ち始めるという現象とも共通する。

われわれがこうやってスポーツをメディアイベントとして消費し、そしてメディア企業がこれを消費物として販売する。そこで「名選手」が誕生し「名勝負」が繰り広げられる……かつてギー・ドゥボールが指摘した「スペクタクル社会」が、今現実のものになろうとしている。それがいいかどうかは、別として(ナンシー関風に締めました _<(_ _)>)

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