勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2008年04月

差し戻し裁判の高裁判決は「死刑」

ご存じの通り光市の母子殺害事件で広島高裁は、当時少年だった被告に「死刑」の判決を下した。そしてこの判決をメディアは一斉に報じるとともに、テレビ各局は事件の経過、裁判の経過を大々的に特集した。そして、この判決は「妥当」というのがメディアの報道姿勢だった。

しかし、ちょっと引っかかるところがある。なぜ、ことさらにこの事件がここまで大々的に報じられなければならなかったのか?家族数人が殺されたという事件は他にもいくつかある。また、少年による殺人もいくつかある。さらに加えれば少年による家族数人の殺人事件もある。しかし、今回の報道のされ方は特別だ。どうみても大々的な特集。国民が注目する事件という取り上げ方なのだ。

判決の是非はともかく、この大々的な報道のされ方は、ちょっとおかしいと思う。と、同時にメディア論的に考えれば、逆に極めて納得のいくものでもあるのだが……。

悲劇のヒーロー・本村洋の誕生

他の同様の殺人事件とこの事件が決定的に違うところはどこか。それは、事件そのものではなく、事件を取り巻く要素にある。というよりは、被害者の夫である本村洋氏の存在が大きい。いや、本村氏のパフォーマンスがなかったならば、ここまでメディアは大きく取り上げることはなかったはずだ。

メディアは殺人事件の直後から本村氏を追い続け、頻繁にインタビューを行ってきた。妻と子どもを殺された夫の苦しみ、被害者へ対する思い、こういったものを本村氏はかなりドラマチックに、かつかなり理路整然と語ったのだが、この語りっぷりが、実に巧みだった。とにかく、要点を押さえながら、しかも感情をぶちまけるとことはあまりせず、しかも感情を視聴者に伝えることで、多くの視聴者の同情と支持を取り付けていた。言いかえれば、本村氏はその容貌も相まって、実にタレント性が高かったのだ(もちろん、本村氏が、そのことを意識してやっていたというわけではない。もともと本村氏のプレゼン能力が高かっただけなのだが)。

こういった「タレント」に対してメディア、とりわけテレビメディアはめざとく反応する。つまり「本村」という存在は視聴率のとれる「おいしい」存在と映った。だから、本村氏を悲劇のヒーローに仕立て、かつ妻と子どもを殺された夫の悲しみという連続ドラマを演出したのだった。

「悪」の軍団。21人の弁護師たち

しかしながらこの事件が「国民的イベント」となったのは、本村氏個人のタレント性だけで説明がつくものではない。これにさらに別の要素が加わって「ドラマ」が極めてベタで分かりやすいものになったことが、この事件をここまで大きくしたのだった。

ひとつは犯人が友人に宛てた手紙の中で本村氏を中傷したり、自らの行為を正当化したり、自分は死刑にはならないとタカをくくっていたりしたことが報道されたことだった。この文面はメディア・ウケするには十分だ。ヒーローが生えるためには「悪玉」が必要。彼は、これで確信犯的な悪役となった。

そして、この事件が大々的なブレイクを遂げるのが弁護士が安田好弘に変更され、さらには21人の弁護師団が組まれるようになってた時だ。安田は死刑廃止論者でもあり、自説を展開すべくこの事件を利用しようとした。つまり死刑廃止のプロパガンダをこの事件をダシに行おうと目論んだのだ。このメディアウケするネタに、自分も一枚加わろうとしたわけだ。安田はその容貌もあるが、「残虐」な少年の徹底弁護にあたることで、いわば「悪代官」に取り入る「越後屋」の位置に置かれることになる。これで役者は揃った。

さらに、弁護のために供述を変更させるという作戦が、よりメディアにとってはおいしい、つまり国民の暇つぶしの格好のネタとなった。ご存じのように「少年は実は殺意はなかった。絞殺後姦淫したのは「復活の儀式」、押し入れに隠蔽したのは「ドラえもんになんとかしてもらうため」」という、殺意否定の荒唐無稽ともいえる陳述を展開したのである。これでは「悪いやつら」が「悪いたくらみ」をやっているとしか映らない。そして、この明瞭なコントラストをメディアが逃すことは、もちろんなかった。これでベタな勧善懲悪ドラマの設定はできあがり。後は大岡裁き、あるいは水戸黄門の印籠を待つのみという状況が作られた。そして22日、勧善懲悪ドラマのクライマックス、午後8時42分の裁き、印籠ご開帳の時刻となったのだ。だからこそ、メディアはこれをこぞって取り上げたわけだ。(続く)

やっと気付き始めた「企業は、人なり」

そして、どうしようもなくなった企業たちが、改めて自らの立ち位置を振り返ったとき、考え始めたのが新入社員の寮への全入制だったり、社員接待費の設定であったわけだ。そう、ここにきて企業はやっと「企業は人なり」という古いことわざ?を思い出したというわけだ。

ちょっと考えてみて欲しい。例えば学生たちがバイトを探すとき、どのような基準でこれをチョイスするのかを。選択基準の第一位に来るのは必ずしも「時給の高さ」ではない。もちろん最初はその当たりに目がいくのかもしれないが、仕事をはじめて結局、長続きするのは「支払いの良さ」よりも「居心地の良さ」なのだ。支払いに魅力を感じたとしても、居心地が悪ければすぐに辞めてしまう。で、結局、時給は低くとも友達が働いているところとか、面倒見がよいところで働き続ける(アメリカはそうではない。”All need is money”だ)。このとき「居心地」とは、単純に仕事が楽だとかストレスがたまらないということもあるだろうが、最も重要な要素は、やはり、その仕事場に親密性を抱き、アイデンティティを付与できるか、つまり社会との関わりで自らを同定できるかどうか、社会に属していることを実感できるかなのである。このことと同じことに企業はやっと気がついたわけだ。

その点で住友商事の全寮制は効果が期待できる。寮に入れば同期の仲間ができるし(但しドミトリーではなく、あくまでも個室で最低限のプライバシーは確保されている)、迎える側は寮に最低一年は暮らしている「先輩」。この先輩とのコミュニケーションを通して仲間意識が生まれ、また寮の文化伝統を共有することで寮に対するアイデンティティが形成される。そしてその寮を運営しているのが親企業である住友商事というわけで、寮→会社経由で企業への親密性を無意識のうちに高めることが出来るようになっているのだ。これが長年に渡って続けば、当然のことながら、改めて住友商事に企業文化が再構築されることになるだろう。それは言いかえれば「経営家族主義」の復活といえるのかもしれない(全く同じモノとは決して言えないが)。今やミーイズムが社会を跋扈し、好き勝手なことをやるようになったお陰で孤独になったわれわれ。寂しがり屋の現代人の孤独のスキマに入り込み、それを利用して企業を活性化するというのは、結構上手なやり方だし、そうやって利用される側も悪い気はしないだろう。少なくとも心のスキマは埋められるのだから。

一方、日本綜合地所の上司への接待費の支給はどうだろう。つまり上司が部下を飲みに連れて行くための費用を企業が負担するという制度だが、これは僕にはとりあえずの付け焼き刃にしか見えない。まあ、企業の側が上司に強制的におごらせるという制度は上司と部下を酒の席にくくりつけるという点ではよいのかもしれないが、一次会が終わったらご苦労さんでしたってなことになり、それ以上には進まないと言うことも十分考えられる(そして、そういったライトな関わりのほうがいいのかもしれないが)。仕事=グループワークのあくまで潤滑剤、あるいは導入剤?程度の効果しかないだろう。課題は、やはり、上司がこの費用をいかに上手に使って関係を構築するかにある。

あたり前のことだが、人間は機械ではないのである

まあ、いずれにしても「まともな企業」は「まともな会社」がどのようであるべきかに気付きはじめたということであれば、それはそれで先ずよいのだが。組織は機械ではない。メンタルな人間が形成している流動的な存在であり、その組織がうまく動くかどうかはこの流動性をどのように友好的に活用するかにかかっている。それは人間を機械ではなく、あくまで傷つきやすい人間として取り扱うかどうかにかかっていることだけは確かだろう。

企業は、草刈り場になってしまった。その結果……

その結果、企業は殺伐とした環境の中で単に金を稼ぐだけのところになり、そこで働いている人間たちは企業それ自体には愛着=アイデンティティを感じることが出来なくなった。親睦なんてのは遠い昔の話になったのだ。

この競争原理は、しかしながら企業全体の体質の変容もまたもたらすようになる。会社を家族、アイデンティティの寄りどこと見なせなくなった社員たちは、会社=稼ぐところとしてしか認識できず、その一方でこれまでアイデンティティの寄りどこであったところがそうではなくなったので、会社以外によりどころを探さなければならなくなったのだ。つまり企業は膨大な人間のモザイク、互いが決して融合することのない阻害された空間、粒状でバラバラな環境へと変容したのだ。

これは必然的に社員たちのモラール=士気の低下をもたらした。つまり、自分が金を稼げればそれでイイと短絡的に考える、言いかえれば全員が自己中心的な立ち位置となり、自分が儲かることが最優先され、一方で会社はどうなろうと知ったことではないということになったのだ。ようするに「朝三暮四」的なモノの味方が一般化した。そして……当然、こういった心性の一般化は会社という有機体の動脈硬化を引き起こした。つまり会社を有機体=生き物と考えれば、それぞれが統合的に動くのではなく各分子、分野が勝手に作動する。その結果、全体が構造化してうまく稼働しなくなったのである。社会学で言うところの「官僚制の逆機能」状態が生じたたのだ。とにかく社員たちは利己的に抜け駆けをするというのが当たり前になっていく。

言うならば、バブル崩壊後に起こった村上龍が呼んだところの「失われた十年」は、バブル崩壊によって起こったのではなく、バブル崩壊後、その対処のために行ったリストラ=合理化=経費の削減が生んだ会社へのアイデンティティ崩壊によって起こったのである。そして日本経済は沈んでいった。

「個人」単位の概念は日本に馴染まない

なぜこの「競争原理に基づく経営スタイル」が日本には馴染まないのか。その理由は、意外に簡単なところにある。

それは、アメリカには存在する「個人の競争原理に基づく経営スタイルを正当と見なす文化的土壌」が日本には存在しないからだ。つまりこうだ。アメリカにはフロンティア・スピリットやアメリカン・ドリームといった精神が国民の間に浸透している。つまり、個人が成功することは正しいことであり、それを実現したものがヒーローで人々は自らもそれをめざすべきといった認識が歴史的文脈の中で成立し共通感覚として浸透している。ちょっとややこしい表現だが「個人が勝つことが正しい」という考え方が社会全体で認められている。だから個人が成功したことを社会は当然のことながら是認する。それゆえ、人をけ落として成功したことについて咎められることはない。それは「褒められるべき、よいこと」なのだ。

一方日本の場合、こういったアメリカ型の個人が集団に優先するという考え方はまだまだ馴染んでいない。日本の企業はもともと「経営家族主義」、つまり社長は父親、上司は兄、部下は弟という認識であり、家族であるゆえ前述した「終身雇用」という考え方が基本となる。こういった企業=家という揺籃の中で、人々は集団の一員としてアイデンティティを形成する。つまり「会社=組織あっての私」という考え方が一般的なのだ。だから組織というのは家=企業単位であり、アメリカ式の「単なる個人の集積」というとらえ方は馴染まない。

ところがリストラと称してアメリカ型の経営スタイルがもちこまれた。そこでめざとい連中は、これぞチャンスとばかり生き馬の目を抜く、他人をけ落とすという行動に打って出た。そして、とりあえず成功を遂げるのだが。その背後で大量の「負け組」が出現した。

だが問題はここからだ。競争原理に基づく個人の利益が優先すると宣言され、それに勝利した人間にもきちんとしっぺ返しが待っていた。それは「うまくやりやりやがって」「汚いヤツだ」という陰の声だ。つまり、企業がどんなに競争原理を持ち込んだところで、その原理を支える共通感覚が日本という文化には定着していない。だから、勝ったところで「セコイ」と思われるだけの結果が待っている。そのお陰で勝利者には「孤独」と「寂しさ」が副賞として与えられたのだ。で、さっきも示したように、その半面で大量の負け組が出る。つまり日本社会においては、結局勝ち組はいないという図式が登場した。ごくわずかのオイシイところをいただくところと、大量と割を食うところ、この二つに分かれたところに企業が存在するようになった。その二極化=格差は組織全体を揺るがすことになる。(続く)

企業がはじめた新しい取り組み

大企業が組織のあり方について新たな取り組みを始めている。例えば商社の大手・住友商事。新入社員は全員数年間の社員寮での生活を義務づけた。バブル崩壊の際に経営合理化=経費削減のために始めたことのひとつが、この寮の廃止だったのだが、ここへ来て再び寮を建設、社員をそこに収容することになったのはなぜか。

もう一つマンション会社の日本綜合地所が上司に部下向けの「接待手当」を毎月三十万ほど支給することにしたという。つまり、このカネを使って部下を飲みに連れて行けということらしい。

この二例。競争原理と言うことから考えれば、一見、時代錯誤的にも見えるのだが……僕にはかなりオモシロイ取り組みに思える。

90年代経営合理化が志向したこと

バブル崩壊以降、企業がリストラと称して志向したことは(そして政治もまたそうだったのだが)、競争原理の徹底的な導入だった。とにかく競争を煽り、勝利者がトクをするという構造で社員の士気を鼓舞するというスタイルが登場した。とりわけベンチャー企業は最たるもので、中には大量新規採用、一年以内の大量退社という「使い捨て」パターンを採用することで、眼のギラギラしたやつだけを社内に残し、とんでもない業績を上げる企業まであらわれた。

これほどまでではないが、一般の企業もまたこれと似たようなことを実行したのだった。そして競争原理のためなら福利厚生面は削除してもかまわないということになり、寮とか保養所とか、親睦のための諸手当みたいなものはドンドン廃止されていった。

これはわかりやすく言えば、企業のアメリカ化と考えることが出来るだろう。アメリカの企業は原則的に組織と言うよりも個人単位。雇用契約も年単位で終身雇用などというのはほとんどない。まあ、わかりやすく言えばアメリカの企業に勤める人間は皆、大リーグのフリーエージェントの状況にあると考えればいいだろう。だから企業は個人を使い捨てる。ただし、個人の側も負けてはいない。働きながらスキルアップしていき、企業の質、レベルにそぐわないほどまでに自分が成長すると、今度はその業績をもって上の企業に自らを高額で売りに出す。つまりステップアップするわけだ。だからこそ、アメリカでは「転職する人間こそ有能」という図式があてあはまる。一方、日本はその逆。「転職するのは「訳あり」で「何か問題点がある」という人間と見なされる(例外は大学教員くらいだろう)。

これを日本にそのまま持ち込めば、企業は再び活性化可能になるということになるのだが……ところが、このシステムを採用した結果、むしろ企業の業績は伸び悩み、そして活性化することはほとんどないという状況に陥ったのだ。アメリカでは通用する、この個人を単位とした競争原理に基づく経営スタイルがなぜ日本ではダメだったのだろうか。(続く)

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