勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり。(Yahoo!ブログから引っ越しました)

2007年02月

検索とバッティングした専門雑誌

欲しい情報を、欲しいときに取り出すことが出来るネット上の”検索”機能''の出現。

こうなるとネットの機能は完全に専門雑誌とバッティングしてしまう。だが速さとコストの安さ、そして情報の詳細さでは圧倒的にネットの勝ちである。ネットで足らない情報でさえもネット経由で本を購入すればいい。ということは、これらの点で専門雑誌は全く太刀打ちは全く出来ない。だから専門雑誌の負けとなった。そして、さらに敗走を続けているといったのが現状だろう。

以上、雑誌の栄枯盛衰をまとめておこう。雑誌は総合誌として人々のアイデンティファイする対象であったものが、嗜好の多様化によって次第に細分化された専門雑誌となっていったが、インタ-ネットの検索機能の充実に伴って多様性への対応の機能も奪われ、その存在自体が怪しい状況にある。だから雑誌はこれからますます衰退していくことになる。

雑誌以外の出版物は依然、好況

ただし、これは出版物の内、雑誌に該当する事態であり、その他の出版物についてはこの図式は必ずしもあってはまらない。雑誌以外の出版物は本というものが物理的媒体=メディアであることの利点を生かすことによって存続し続ける。いや、これまで以上に活況を呈することもありうる。メディアというのは新しいメディアの出現によって消滅することもあるが、機能を変容させて生き続けることもあるからだ(たとえば映画はその典型。いったんはテレビによってその存在を奪われたが、大型化、シネコン化などによって新しい機能を付与され、再び活況を呈しつつある)。つまり出版物もまた、バッティングする可能性のあるメディアであるインタ-ネット=電子空間の物理的媒体を持たない媒体=メディアのデメリットにつけ込むとともに、そのメディア性をネットとバッティングしない部分に特化させたメディアに変容させることで十分生き残る可能性は高い。

実際、そういったことを踏まえて今、展開されていることの一つが新書の創刊ラッシュだ。つまり検索の末、出してきたデ-タをじっくり読みたい。そういったときにディスプレイ上に文字を表示する電子メディアというのは目が疲れる。かといって印刷するのもおっくうだ。だったら本で読みましょうということになるからだ。ネット上の検索は、あくまでも断片化されたデ-タを拾い集めるというのが基本。長い話は原則的に嫌われる。

またマニュアルやガイドも出版物としては利便性の高い存在だ。たとえばパソコンのソフトウエアの使い方を覚えたいとき、あなたはディスプレイ上のマニュアルやヘルプ機能を使うだろうか?まず、使わないだろう。やっぱりこれも見づらいからだ。だから手っ取り早くまとめた取扱説明書の本を紐解くことになる。また旅行ガイドの場合、これは旅先に持ち歩かなければならない。パソコンを持って歩くのは、こりゃ面倒だ(もっともケ-タイで簡単に調べることが出来るようになれば話は別だが)。

要するに、今後雑誌が生き残る場所は、ネットの持たない「物質としてのメディア」の特性を生かす点にあるのである。(次回からはテ-マの本筋、マンガの衰退をお送りします)

断片化された雑誌の存在論的な陥穽

個別化したニ-ズに対応して総合誌を駆逐していったジャンル別の専門雑誌群。ところがこの新しい雑誌群も安穏とはしていられなかった。というか、こちらも継続するのがきわめて難しい状況に直面していく。

専門雑誌は、細分化されたニ-ズを対象にしているが故に、読者層は限定されていることがはじめからネックとしてあった。ビジネス的には小さなマ-ケットを対象としているわけで、スケ-ルメリットが得られない分、経費はかさむ。しかも読者層は移り気だ。限定され、断片化したジャンル故、雑誌自体に読者が全面的にアイデンティファイするのは難しい(まあオタクなら別だが)。こういった小さなジャンルは消費市場と結びついている故、ジャンル自体が縮小すれば、雑誌の存続はおぼつかない。その結果、小さな市場と移り気な読者層の中で膨大な数の専門雑誌が創刊と休刊を繰り返すことになった。

もっともジャンルが変化しても、そういった断片化した嗜好へのニ-ズ自体はなくならない。ということはニ-ズのあるジャンルを対象にすれば雑誌自体は成立すると言うことでもあった。実際、そういった形で80年代後半から20世紀終わりまでは、専門雑誌はその存在根拠を維持していた。

雑誌というカテゴリ-それ自体の衰退~Web2.0による検索システムとしてのネットの出現

ところが、90年代後半以降、今度は専門雑誌というジャンルもまたその存在を問われるという事態が発生し始める。インタ-ネットの登場、そしてその後発生したWeb2.0現象の出現である。とりわけWeb2.0による人々のネット利用形態の変容は、雑誌というジャンルの存亡に関わる事態を引き起こしていく。

インタ-ネット元年の95年からの数年間の、いわばWeb1.0の時代におけるネットの利用はサイトのブラウズとメ-ルだった。ウエッブサイトの構築・運営はやろうと思えば可能だったが、それなりに知識と技術が必要で、一般が気軽に始められるものではなかったのだ。ところが、Web2.0においてはよりアクティブな利用がおこなわれるようになる。そのもっとも中心となる利用方法は”検索”である。検索によって、専門的な知識の細部にわたって情報を入手すること、しかもそのほとんどが無料で入手することが可能になったのだ。

世界の情報を網羅している”Google”、ネット上の百科事典”ウィキペディア”、そして”はてなダイアリ-”、この三つにアクセスすれば、知りたい情報のほとんどは瞬時にチェックが可能なのだ。わざわざ本屋に行って本を購入するとか、図書館に行って調べるなんてことをしなくてイイ。パソコンに向かって必要な用語を打ち込めば、たちまち膨大な、しかも専門的で、自分だけが欲しい情報が手に入る。またブログによって誰もがワ-プロ感覚でウエッブサイトを構築・運営できるようになったことも大きい。こういった庶民レベルの情報源の飛躍的増大も、検索によってより専門的な情報を獲得するための追い風となった。ブログ自体がきわめて高い専門性、個別性に基づいた情報によって構成されることが多いからだ。つまりブログとは”トリビアの泉”として、検索の利便性を援護射撃することになったのだ(もっともこれによって利用者は”検索リテラシ-”、つまり情報の正確さを査定するスキルを養成する必要が起きたのでもあるが)。

笑えるのは、本の購入、そして本の内容までもはや検索で可能なことだ。そしてAmazonにアクセスしていれば、自分のお気に入りをジャンルの雑誌をサイトを開くたびにこちらに連絡してくれる。要するに出版物というのは、原則的にネットの従属的存在という位置づけをなされるようになっていったのである。(続く)

雑誌というメディアが力を持っていた頃~総合誌の時代

高度経済成長期、出版部数ほど今日ほどではないが雑誌は大きな力を持っていた。テレビの普及はあったものの、テレビの提供する情報はまだまだ少なく、国民の多くは新聞や雑誌などの活字メディアにアクセスすることが多かった。ただし、雑誌の方も今日ほど流通インフラが充実しているわけではない。送り手にしたところで原稿は手書き、印刷は活版と費用も手間もかかる。だから今日のように膨大な種類の雑誌を編集することは困難だった。また、受け手にしたところでたとえばを流通は本屋と駅売店(現在のキヨスク)タバコ屋、そして貸本屋といったところ。

ジャンル自体が少なく、またジャンル内での雑誌も少ない(たとえば男性誌は平凡パンチと週刊プレイボ-イと二誌のみ)。それゆえ雑誌は情報をまんべんなく網羅する総合誌というスタイルを採るのか一般的となった。たとえば男性誌はクルマ、ハダカ、ファッション、セックス、そして少々の時事ネタとマンガといった具合だった。

その中でも75年に創刊された「日本版・月刊プレイボ-イ」は、我が国初の本格的総合男性誌だった。政治、経済、クルマ、ファッション、旅、アウトドアライフ、芸能、セックス、グルメと、ありとあらゆる情報をびっしりと満載した本誌からは、現在メディアの中心的存在である作家(沢木光太郎、戸井十月)、カメラマン(野町和義、多荒木経惟)、ア-ティストなどを次々と排出、あるいはメジャ-化する。言うならば男性ジェンダ-をベ-スにしたエスタブリッシュメント雑誌とでも言うべきモノだった。

総合誌の終わり

ところが80年前後、雑誌創刊ブ-ムが起こると状況は変わってくる。雑誌の創刊は、言い換えればジャンルの細分化、断片化であった。時代とともに進んでいく嗜好の多様化に対応するように、男性向け雑誌といっても様々なものが出版されるようになるのだ。76年創刊のPOPEYE西海岸ファッションとセックス、86年創刊のMEN*S NON-NOはファッション、80年代に隆盛を迎えた「宝島」はサブカルチャ-、79年創刊の「ホットドッグプレス」恋愛マニュアル、そのほか様々な自動車やバイク雑誌、またハダカについては「ウイ-クエンド・ス-パ-」や自販機販売によるマイナ-な雑誌が出現。男性雑誌業界は、たとえて言えば「月刊プレイボ-イ」の切り売り的な状況を見せ始める。

こうなると、総合誌的な売り方は、読者にとっては”うざったい”ものに転じてしまう。総合誌のウリは、いうならば編集者、とりわけ編集長によりイデオロギ-の提示にあった。つまり時代や世代のライフスタイルを一冊のコンテンツの中に凝集して提示、読者もそのライフスタイルを踏襲することを提案していた。そういったイデオロギ-を読者が受容することで、社会や時代の複雑性を縮減する装置として機能していたからである。男性週刊誌にしたところで「週刊プレイボ-イ」「平凡パンチ」では読者層が異なっていたことは、これを物語る。極言すれば、時代のエッセンス(この場合、男性若者)がそこにギュッっと収められていたのだ。月刊プレイボ-イはその最たるモノだったろう。つまり総合誌のコンテンツを媒介として「月刊プレイボ-イ式男の生き方マニュアル」を提示し、これに読者がアイデンティファイする。(だから、読者の多くがこの雑誌をコレクションしていた)週刊プレイボ-イ、月刊プレイボ-イ、そして平凡パンチは、いわば総合誌という体裁を取った「僕たちの尊敬・信頼できる兄貴」的役割を果たしていたのである。

だが、雑誌創刊ラッシュは、こういったスタイルを嫌う読者層を生み出していった。多様化し様々なジャンルの中から自らの嗜好に合わせたモノを選択するのが基本スタイルになっていくと、こういった統合的なライフスタイルの提示は、押しつけがましいモノにしかならなくなったのだ。総合誌は編集者がジャンル、項目を任意に選択する。ところが、読者の方はあまたあるジャンルの中から、自分の関心のあるものだけをチョイスする。だったら、総合誌なんか買うよりも、ジャンルごとの雑誌に目をやればイイ。となれば、関心もない情報を押しつけられるような総合誌は”うざったい”のである。

事実、80年代半ばからこれら男性誌は昏迷していく。編集に一貫性がなくなり(これは編集長が頻繁に変更したこともあるが)、ライフスタイルを提示できなくなってしまうのである。月刊プレイボ-イは新しい読者層を獲得できず、結局創刊から80年代前半に獲得した読者層の維持というスタイルで編集が行われていった。そして、現在、本誌は四十代半ば~五十代半ばに向けた、完全な”オヤジ雑誌”であり、しかもこの年代が好むような情報を、その都度、大きな特集としてあげること(たとえばジャズミュ-ジシャン(マイルス・デイビスやビル・エバンスなどを大々的に取り上げるなど)で状況をしのいでいる状態だ。これは、もはや総合誌の体裁とはなっていないことは、いうまでもないだろう。(続く)

月刊少年ジャンプ、休刊!

2007年6月をもって、月刊少年ジャンプが休刊する。週刊少年ジャンプでこそないが、”ジャンプ”と名のつくマンガ雑誌が休刊に追い込まれるというのはやはり衝撃だ。「ついにこういう日が来たのか」と思わざるを得ない。しかしながらメディア論的には、これは想定内のことでもある。想定外だったのは、マンガの衰退が思っていたよりも急速に進行していると言うことだ。

マンガといえば60年代以降、若者や子供たちの中心の中にあったもの。60年代はカウンタ-カルチャ-の代名詞(天才バカボンや明日のジョ-、アシュラ、カムイ伝といった左翼的色彩の強いマンガが人気を博した。当時の若者を表現したことばに「右手に少年マガジン左手に朝日ジャーナル」というのがあったが、これはまさにマンガが対抗文化の中心にあったことを象徴している)、70年代からは、アニメ文化を産んでいったサブカルチャ-。そしてオタクといった人間像を作るきっかけになったとも言われるもの。それが、いま大きな変容を見せている。これはどうしたことだろう。

とはいうものの、マンガ衰退の兆しは僕の周囲ではすでにハッキリしていた。たとえば大学の部室。僕らの頃(80年代前半)部室はたいていマンガでいっぱいだった。誰が買ってきたのか(あるいは電車の網棚から拝借してきたのか)はわからないが、常にいろんなマンガ雑誌の最新号が部室のテ-ブルにおかれていた。いや、それだけじゃなく、最新じゃないものは部室の隅とか床とかに放置されていて、部室というのはマンガの上を歩く場所といったイメ-ジが強かった。つまりマンガは僕らの時代、日常生活の一部として完全にとけ込んでいたのだ。

ところが、今僕が関わっている学生たちは違う。マンガ雑誌を持ってくる学生はいない。部室に行ってもマンガは置いてない。いや、彼らの話題の中でマンガのことが取り上げられることなどほとんどないのだ。もし仮に彼がマンガの話をしたとしても、そのほとんどはアニメ絡みである。マンガ単独で語られるのは「ギャグマンガ日和」くらいだろうか。とにかく、彼らにとってマンガは生活環境の中心にはない。

なんで、こんなことになったのだろうか?

=== 雑誌というカテゴリ-の衰退 =
いや、実を言うと売れなくなっているのはマンガだけに限ることではない。雑誌業界全体の傾向でもあるのだ。ただしここで間違えてはいけないのは出版そのもをが不振というわけでは必ずしもないことだ。たとえばマンガでも単行本は売れているし、ここ数年は新書本ラッシュで、各出版社が自社の「○○新書」を次々と立ち上げている。販売数が低下しているのはもっぱら「雑誌」というジャンルなのである。そこで、先ずマンガの衰退を語る前に、マンガが部分集合となる雑誌の衰退理由について考えて、その関連で今度はマンガ雑誌の衰退について考えてみよう。というのも「雑誌の衰退」は「マンガの衰退」と置き換えてもよい側面をもっている、いやもっとはっきり言ってしまえば、雑誌の衰退の延長上にマンガの衰退があると考えるからだ。ここでは雑誌のひとつである男性誌に注目して、雑誌の盛衰について考えてみたい。(続く)

四月以降に想定されること

東国原知事のアドリブ、ワンマンショ-、あるいは県議会の演芸場化。実は、県議たちが自らの保身のため、あえて県議会会場を演芸場に換えてしまったことを前回指摘しておいた。つまり、東知事の一連の「芸」はお客たちが笑う準備をしていて、想定どおりになったのだと分析した。

では、今後、とりわけ地方統一選が終了したらどうなるのか。考えられるシナリオは、選挙という禊ぎが済んで自由になった県議たちがいよいよ知事を本格的にいじめはじめるという運びになるだろう。なんと言っても県議の基本は「しがらみ」。建築業界とつながりが強い議員も多い。しかも、これを断ち切って、東の「清潔路線」に乗ったとしたら、自分たちの存在はない。マニフェストに掲げたさまざまな公約を次々とつぶして、知事を手なずけていこうとする画策がはじまる可能性が高い。

メディアがやるべきことは県知事男に支援を続けること

こうならず、東知事のマニフェストに沿った県政をすすめるためにはどうするべきか。それは、他力本願で恐縮だが、メディアが宮崎県政に関心を持ち続けることだ。それはワイドショ-でもかまわない。みのもんたが、小倉智昭が福留功男が筑紫哲也が注目し続け、東に第一の権力を付与し続けること。これは昨年までメディアが小泉純一郎に対してやっていたスタンスだ。もっとも小泉の場合は、完全にメディアが利用されていたのだが。

最近は「そのまんま東劇場」なんて呼ばれ始めてはいるが、やはり小泉に比べれば演出力は弱い。このままではじり貧だろう。だからこそメディアが東を現状のようにポジティブに注目し続け、県民党、国民党、つまり東国原支持のお祭り党を組織し続ける。そうなると、禊ぎが済んだ県議たちも、そう簡単に既存のしがらみスタイルに自らの行動を戻すわけにも行かなくなる。そして東知事に対しても容易にはツッコミを入れられなくなる。幸いなことに、現在のところ宮崎県における「政治異変」は、今年の統一選や参議院選挙の同行を占うものとメディアでは認識されている。そのリトマス試験紙となるのが宮崎東国原県政の動向と位置づけているのだ(”リトマス試験紙”とはそのまんま東の師匠(正しくは”殿)であるビ-トたけしが今回の騒動について論評した際の表現)。だから、東知事と言うことだけでなく、宮崎県政はこれからもしばらくは全国的に注目を浴び続ける可能性が高い。となれば、東知事にとってはこれは好材料ということになる。

そうなれば話はもっとおもしろくなってくる。つまり、東知事はテレビに出演し続け、逐次県政の情勢を全国的に流し、さらにこれに対し司会者やらコメンテ-タ-やらが協力を約束する。時には東にアドバイスをする。つまりメディアが「東応援団」となって、つぎつぎとアイデアを提示。メディアを使って県政の議論をふっかけるのだ。もっとやるならば東知事自体がネット上に「そのまんま宮崎県政を考える掲示板」なんてBBSを用意し、県民党、国民党のアイデアを徴収するなんてのもおもしろいだろう。

こうなると、話は電車男じみてくる。東知事は電車男、そしてメディアや一般人は電車男の掲示板にアドバイスし続ける書き込み投稿者となる。そう、こうなりゃみんなでお祭り党になり、その勢いでマニフェストを実現してしまえと言うわけ。要するに東国原知事は電車男ならぬ「県知事男」となるわけだ。(もっとも、これってそうとうアブナイやりかたでもあるのだが。いうならば群衆行動をコントロ-ルしようというわけなのだから)

宮崎県議会が演芸場であり続けるために

こういった、メディアの支持を取りつけ続けることで、実は県議会は芸人「そのまんま東」が演芸を続ける会場となりうることが出来る。質疑を一問一答式に変更し、また県議会第一日目のように時折ギャグを飛ばすということが可能となるのは、やはりこういった、今や第一の権力であるメディア、そして県民党・国民党=お祭り党のバックアップあってのこと。いいかえれば県議たちを相変わらず観客にし続けておくためには、こういった援護射撃なしではムリだ。そして、もしこういったスタイルが可能になるとすれば、それこそが県議会の新しいスタイルの誕生となる。そのスタイルは県議をすり抜けて一般県民の関心を惹起し、視聴者監視の中で議会のバトルを実質あるものにするはずだ。それは、メディアの時代の新しい政治のあり方を示していることにもなるだろう。もちろん、そのとき東知事がその権力に麻痺してしまい(つまりダ-ス・ベイダ-化し)、小泉のように振る舞い始めれば、あるいは青島幸男や横山ノックのようにイエスマンとして振る舞い始めれば、さらにツッコンで田中康夫のように独善的に議会を無視続ければ、政治の県政の革新は再び元の状況に戻っていくのだが……。

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